「―――いや、それにしても急すぎやしねえか?」
「いえ、何事も早いに越したことはないので!」
呆れた表情でそう言う彼に私―――優木 せつ菜こと中川 菜々はそう答える。
私の隣でエレキギターを正面に掛けた彼―――下海 虹。
コウさんは私の言葉に乾いた笑いをこぼした。
西棟の屋上にて行われた彼との言い争いから翌日の放課後。
場所は虹ヶ咲学園の講堂―――そこで
あの後、スクールアイドル同好会に復帰することを決めた私は、コウさんの引率のもと、同好会の面々、そして巻き込んでしまった彼の幼馴染である高咲 侑さんと上原歩夢さんに謝罪をした。
皆さんはこんな未熟な私を許してくれて、また一緒にスクールアイドル活動をしたいのだと言ってくれて、私は思わずまた涙が出てしまいそうになりました。
それから、これからのことを話し―――私は彼に二つの提案をした。
「確かにそうだけど、よく昨日言って今日講堂の使用許可が取れたもんだ」
「そこはまあ……生徒会長権限で」
幸いにも今日はどの部活も放課後に講堂の使用はなく、すぐに申請を行ったこともあり彼の言う“昨日言って今日に”私たちが講堂の使用許可を得ることが出来たのだ
そして私が、彼に行った提案、その一つが―――優木せつ菜の復活ライブ。
最初はその提案に驚いた彼だったが、私の話の聞いてくれて、思いを聞いてくれて、その提案を受け入れてくれて今に至る。
「皆にも後でちゃんとお礼を言わないとな」
「そうですね、皆さんには言わなきゃいけないことが沢山です」
皆―――それは同好会のメンバーである、かすみさん、しずくさん、エマさん、彼方さんを始め、私たちが抜けた後の同好会に入部した高咲 侑さん、上原歩夢さんのことだ。
彼女らは突飛な私の提案にもすぐに力になってくれて、ステージ照明や音響、ライブ告知などに尽力してくれている。
『―――この後、16時から講堂にて優木せつ菜のスペシャルライブを行います。ご参加の方はどうぞ虹ヶ咲学園、講堂へと足をお運びください』
校内スピーカーから聞こえる上原 歩夢さんの声。
私を屋上に呼んだ時も彼女が放送をしたらしいのですが、とても声が可愛いですね。
そのことを彼に言うと、彼は照れくさそうに頬を掻いていましたが、昔に何かあったのでしょうか?
「いやあ緊張すんなあ……やっぱり音源じゃダメなの?」
「ダメです、優木せつ菜のはじまりは―――
私の言葉に「うへぇ」という声と共に苦々しい顔をした彼。
私が彼に提案したことの二つ目―――それは。
「まさかせつ菜の後ろでギター演奏してくれなんて、嘘だと言ってよバーニィ」
―――優木せつ菜の復活ライブで、一緒にステージに立ってもらうこと。
これに関して最初は難色を示した彼だったが、その場にいた彼の幼馴染である高咲 侑さんの説得もあってか、最終的に彼はその提案に乗ってくれた。
「男に二言はない筈です!」
「いやあそうでもないぞ、二言どころか三言四言話し出す男とかもいるからな」
そう言い返す彼の顔には先ほど変わらず渋い顔が浮かんでおり、その表情に少しだけ不安になる。
「……で、でももしコウさんが本当に嫌というなら、私は」
弱弱しくこぼれる声。彼が本当に嫌がるというなら無理強いはさせたくない。
確かに彼も一度は承諾してくれたが、これは単なる私のわがままで、それを彼に強要させることだけはしたくない。
気持ちがどんどん沈んでいくのが分かる。
彼を見ていた視線はいつの間にか下へ下へと下がっていき、私の顔に影を作った。
「一人でも―――」
そう言いかけた時、彼が不意に私の頭に手を乗せた。
「ごめん、少し言い過ぎた。せつ菜の“大好き”に答えるって言ったもんな」
優しく大きな手が私の髪を撫でる。その度に心地よさと温かさで思わず目を細めてしまう。
「これが、せつ菜のやりたいことだもんな。なりたい自分なんだよな」
彼の手が離れる。そこに少しだけ名残惜しさを感じるけど、このライブが終わった後、また沢山撫でてもらおうかな。
少しわがままかな?でもそんな“
時刻は16時ちょうど。
舞台袖から見えるステージはスポットライトが照らされており、聞こえてくる歓声は今か今かと私たちの二度目の“はじまり”を心待ちにしている。
こうやって誰かに期待されるのは嫌いじゃない。
だけど久しぶりのステージはやけに大きく感じられて、その重圧に思わず身体が震える。
最初に優木せつ菜をお披露目した時もこんな気持ちだったなあ、なんて懐かしさを感じてしまう。
けれど、あの時と決定的に違うのは―――。
横目で彼の横顔を見つめる。
その視線はステージに向いており、私と同じように緊張しているのかなと思って、少しだけ嬉しくなる。
緊張していて、怖くて、不安で、身体が震えて―――だけど。
あなたと一緒なら、二人ならきっとどんな大きなステージでも大丈夫だって。
あなたが教えてくれたから、信じてくれるから。
私もそれを信じられる。
「―――さあ行きましょうコウさん、これは私たちのはじまりのライブです!」
隣に立つ彼に向けて、私は拳を突き出す。
彼はその拳と私を見つめた後、優しい笑顔を浮かべ、拳を合わせた。
「―――ああ、優木せつ菜を、お前の“大好き”を世界に知らしめてやろうぜっ!!」
合わせた拳はあの時と同じで。
少しだけ違うのは私が向かうステージには、彼もいてくれること。
それが心強くて嬉しくて、だけど―――これが最初で最後。
私はスクールアイドルの優木せつ菜として、曲がりなりにもアイドルを名乗るのだ。
彼がいなくちゃステージに立てないなんてあっちゃいけない。
彼がいなくちゃ、隣にいなきゃ舞台に立てないなら戻ってきた意味などない。それは応援してくれるファンの期待を裏切るどろか、彼を縛り付けることでしかないから。
ステージに彼がいなくても大丈夫。
いつだって彼は私を信じてくれて、隣にいてくれるから。
それは彼が伝えてくれた“大好き”と、触れあった熱が教えてくれたこと。
沸きあがる歓声に身体は高揚する。
ステージに立った私たちを迎えたのは講堂を埋め尽くすほどの観客。
ここまで優木せつ菜に期待してくれた人がいたなんて、待っていてくれた人がいたんて、応援してくれる人がいるなんて。
嬉しさに思わず彼の方を振り向く。
エレキギターをアンプに繋いだ彼は小さな音量で音合わせをしており、振り向いた私に気付くと嬉しそうに笑顔を浮かべ、頷いた。
私は前を向き、手に持ったマイクのスイッチを入れる。
彼が教えてくれた“大好き”が、私の
私が間違え、否定してしまった“
本当は消える筈だった
彼が教えてくれたこと、彼が伝えてくれたこと。
私の“大好き”が“大好き”なのだと叫んでくれたこと。
思い出せば胸がいっぱいになって、自然と“大好き”が溢れてくる。
私は
その思いがあれば、あの瞬間があれば
彼が教えてくれた“大好き”があれば
私はいつだって、何度だって、何者にでもなれる。
忘れるな中川菜々―――いつも心に
手を天に掲げ、息を大きく吸い込む。
さあ歌おう、叫ぼう―――私たちの“大好き”を。