「―――せつ菜ちゃん!!!」
ライブを終え、舞台袖に戻った俺とせつ菜。
互いに緊張から解放されてほっと一息ついたのも束の間、舞台袖の扉を開けて飛び込んできた彼女―――高咲 侑はそのままの勢いでせつ菜に飛び付き、せつ菜は思わず尻もちをつく。
「もうっ大好き!!」
「た、高咲さんっ!?」
興奮冷めやらぬといった様子で抱き着く侑に、せつ菜も最初は驚いた様子を見せたが、すぐさまその表情は嬉しそうな笑顔へと変わった。
「やっぱりせつ菜さんはスゴイね」
そんな中、侑に遅れてやってのは、もう一人の幼馴染である彼女―――上原 歩夢
歩夢はこちらに視線を合わせると、スタンドに置かれたギターと俺を交互に見て微笑んだ。
「コウくんのギターもすっごくカッコ良かったよ」
「おう、ありがと」
歩夢にフラれた傷心で始めたギターだけど、今となってはあの時始めて良かったなんてことを思う。そしてそのキッカケをくれた歩夢には少しだけ感謝している。
いや、さすがにそれはお人好し過ぎるか。中二の頃の俺が聞いたら泣きそう。
「侑ちゃん、いつまでもその恰好でいたら制服が汚れちゃうよ」
「ほらっ、せつ菜も」
侑が押し倒したこともあり、未だ舞台裏で膝を付く侑と尻もちをついたせつ菜に、俺と歩夢はそれぞれ手を差し伸べる。
侑はすぐに歩夢の手を取って立ち上がり、膝についた汚れを叩き落としているのだが。
「―――せつ菜?」
目の前で尻もちをつくせつ菜は中々手を取らず、俺は首を傾げる。
しかし彼女の宝石のような綺麗な瞳は真っ直ぐにこちらを見つめていて。
「もしかしてどこか怪我でも……―――」
一抹の不安が過ぎった、次の瞬間。
せつ菜は俺が伸ばした手を掴み、勢いよく自分の方へと引っ張った。
その勢いは、俺が想像していたものより強く、思わず身体のバランスが崩れそうになるが、咄嗟に足に力を込め、倒れ込んでしまいそうなるのを抑える。
そしてその勢いのまま立ち上がったせつ菜は、そのまま俺の首に抱き着き。
「―――え?」
そんなせつ菜に驚いたのも束の間、俺の頬に
何かが触れたと、そう認識した時にはもうせつ菜は俺の首から離れていて。
唇に手を当てる彼女の仕草と、赤く染まったその頬に、ほんの数秒前に俺の頬に
「―――これはほんの、感謝の気持ちですっ」
俺を見つめ、上気したように赤くなった顔で、彼女はその言葉を口にした。
と、と言うか。やっぱり今のって、き、キ―――。
「あーーーー!!!!せつ菜先輩何やってるんですか!!!」
突然響き渡った声に我に返り、その声がした方を振り返る。
その先、舞台袖の扉の前には、先ほどのライブの手伝いを引き受けてくれた侑と歩夢を除く同好会のメンバーが立っており、かすみを始めとした全員が驚いた様子を見せていた。
「せ、せつ菜先輩ぃ!!い、いいいい今コウ先輩に!きっキキキキキ……!!」
大きな声を上げながら、ズカズカと歩み寄るかすみはせつ菜の正面に立つようにして俺の腕にギュッと抱き着いた。
「か、かすみんの先輩に!い、いいいいい今何をっ!!」
「何ってキスですよ?それにかすみさんのコウさんじゃありません、皆のコウさんです」
「いやそもそも俺は誰のものでもないと思うんだが……」
そんなかすみの後ろに遅れてくるように他の面々も俺たちの周りへ集まってくる。
「やっぱり日本でも親しい友達の頬にキスするんだね!てっきり私の故郷だけの文化かと思ってたよ!」
「いやあエマちゃん、日本でも挨拶代わりにキスする文化はないよ~」
「さっきのせつ菜さん、す、すっごい大胆でした……」
手を合わせ嬉しそうにそう言うエマ先輩と、それにツッコむ彼方先輩。少し頬を赤らめ先ほど見た光景を解説するしずく。
「いやあモテモテだねコウ、それにしてもせつ菜ちゃんにチューしてもらえるなんて羨ましい!」
「……侑ちゃん、何言ってるの?」
他人事のようにそう言い笑う侑と、そんな侑に疑いの眼差しを向ける歩夢。
ほんの数日前までは想像も出来なかった光景に、思わず頬が緩んでしまった。
「あーーーー!!!先輩、今さっきのちゅー思い出してニヤニヤしましたか!?」
「は?!ち、ちげぇよ!!」
「ち、違うんですかコウさん……やっぱり私って魅力ないんですかね」
「そ、そういうことじゃなくて……!!」
「それじゃあ私も、色々頑張ってくれたコウくんへの労いも兼ねてちゅーしちゃおうかな?」
「え、エマさん!?」
「お~何だかよく分からないけど、コウくんを甘やかす流れか~?彼方ちゃんも乗るしかないぜこのビックウェーブに」
「い、いや乗らなくていいんですよ彼方先輩!!」
「も、もしかしたらこの先、舞台でキスシーンを演じることも……」
「そこで真面目にならなくていいんだよしずく!?」
ワイワイ、ガヤガヤ。
耳に聞こえる騒がしい声もドタバタも、確かにここにあって。
「コウ先輩ぃ!!ここはもうかすみんにもキスさせてください!!せつ菜先輩だけズルいですぅ!!!」
「はあ?!かすみ?!ヤケになるのはやめろって!!」
「えぇ~い!頑張ったコウくんにハグ~!ぎゅ~~!」
「え、エマ先輩?!い、色々と腕に当たってますって!!」
「よぉ~し彼方ちゃんは後ろからぎゅ~っとするぜ~」
「か、彼方先輩も?!ぐ、ぐぉおお…背中に柔らかいものが……!!」
「ぐ、ぐぬぬ……私が入る隙間が……しょ、正面から!」
「ちょっとしずくぅ!?ふざけてないで助けてよ!!」
「さあコウさん!私の“大好き”受け止めてください!!」
「せつ菜さぁん!?今は少しだけ抑えてもらっていい?!」
彼女たちの笑顔が、彼女たちの笑い声が、彼女たちの“大好き”が、そこにはあって。
「あははは、すっごいモテモテだねっコウ」
「……男冥利に尽きるんじゃないかなあ」
それは全てを諦めかけていた俺が求めた叶わない夢物語―――かどうかは分からないけど。
「ちょ、ちょっと見てないで助けてくれよ!!―――
今はこの騒がしい日常を。“大好き”な日常を―――
「侑ちゃんっ」
「うんっ、そうだね歩夢」
―――大切に、守っていこう。
◇
その後、侑と歩夢の助けもあって自由の身になった俺は、膝に手を付き肩で息をする。
「大丈夫、コウ?」
「侑、お前にはあれが無事に見えてたのかよ」
先ほどの主犯でもある侑と歩夢を除いた同好会メンバーはしょんぼりとした様子で反省した姿を見せており、これで当分は変に暴走することはないと思いたい。
次にあんな嬉し恥ずかし柔らか良い香りに襲われちまったら、さすがの俺でも理性がもたない。さっきも中学の頃の非常勤講師のおばちゃん先生のことを思い出してなかったらヤバかったかも知れない。
「ごめんごめん、……ふふっ」
「……?なんだよ」
申し訳なさそうに謝罪をし、侑は何かを思い出しかのように笑声を漏らした。
幼馴染が困っていたのがそんなに面白かったのだろうか、良い性格してるぜ。
しかめっ面をした俺とは正反対に侑はニカッとした爽やかな笑顔を浮かべた。
「コウが言ってたこと―――“無理”じゃなかったね!」
三月の桜が咲く頃、実家に帰った時に侑が言った言葉。
―――”難しい”、だけだよね!!―――”無理”じゃないよね!
いや正確には俺が言って侑がそう答えた言葉、だが。
彼女たちと関わることはもう二度となく、幼馴染って関係も大人になるにつれ、自然に消滅すると思っていたあの時。
巡り巡って交わって、紆余曲折あって、今こうして俺たちは一緒にいる。
「また三人、仲良し幼馴染一緒だねっ」
とは言えど今まで侑と歩夢には冷たい態度ばかり取ってしまっていたのは事実。
フラれた後もどうにか仲を取り持ってくれようとした侑を突き放し、その気持ちを蔑ろにして、フラれた腹いせみたいに歩夢に罪悪感を感じさせるような態度をとっていた。
それでもこの関係を大切に思ってくれていて、ずっと手を伸ばし続けてくれた侑と歩夢に何か埋め合わせが出来ればいいな、なんてことを思う。
「―――そういえばなんですけど、コウ先輩ってどうして今まで侑先輩たちと距離を取ってたんですか?」
そんな中、キョトンとした様子でかすみが問いかける。
「あっ、それ私も気になりました。少し前に歩夢先輩が言っていた、虹さんを一人にさせちゃったってことと何か関係あるんですか?」
いや関係あるけど、さすがにフラれたことは言わないよ。当たり前じゃん。
代わりに誤魔化してもらうよう侑に目配せをし、侑はその合図に頷き口を開く。
「ええと、色々あっ―――」
「―――うん、
―――え?
空気が凍る、静寂に包まれる、舞台袖が静まり返る。
歩夢は舌をペロッと出すと、小さな声で可愛らしく「ごめんね」と謝った。
しかし時は遅し。侑は額に手を当てあちゃーといった表情をしており、俺の額からは嫌な汗がとめどなく溢れていた。
全員の視線はゆっくりと俺に注がれ、数秒の後に―――着火した。
「こ、コウさん!!私のこと“大好き”って言ってくれましたよね!?あの時の言葉は嘘だったんですか!!」
「せ、先輩!!かすみんのこと本気で可愛いって、メロメロだって言ってくれましたよね!?告白したってどういうことですか!!」
ギラギラした視線で詰め寄るかすみとせつ菜―――確かに言ったけど!そうは言ったけど、それとこれとは話が別なんだって!あとメロメロだとは言ってねえ!
「あぁ~これが俗にいうジャパニーズ修羅場ってやつだね!!」
「いやあ三股とはやりよる、プレイボーイだねコウくん~」
「……トライアングル……いやカルテットラブですか…」
そんな二人を尻目にエマ先輩、彼方先輩、しずくは、各々が思ったこと話しており。
「侑っ―――!!」
助けを求めた先、幼馴染の侑は肩をすくめて、お手上げといった様子で苦笑いを浮かべていた。
「コウさんっ!!」
「コウ先輩っ!!」
ああもう―――前言撤回。
騒がしい日常もいいけど、こんな日常も“大好き”だけど。
しばらくはもう少し静かに落ち着いて暮らしたい―――そう切実に思う俺なのであった。
第一部「私たちの"大好き"を」編、完。
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