虹を繋いで   作:うめ茶漬け

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第二部「“楽しい”をもっと皆と」
16 あれからとこれから


 目の前で慣れた手つきでボールをつくポニーテールの少女。

 

 その一挙一動を逃さぬように神経を張り巡らせ、正面で対峙する相手―――宮下 愛へと鋭い視線を向ける。

 しかし彼女も同時に、こちらの隙を伺うように強い視線を向けていた。

 

 そして次の瞬間、宮下は素早いドリブルと共に正面右側からこちらを抜きにかかろうと前へ駆け出す。

 咄嗟の動きに負けじと俺も進行方向を妨害するように、素早く左手を伸ばした。

 

「―――残念、こっちだよっ」

 

 そう笑った彼女は、既に動き始めていた身体を強引に左回りに回転させ、伸ばした左手に空を切らせるように正面の左側に移動し、強く足を踏み込む。

 

 ―――のだが。

 

「―――知ってるよ、そこだろ」

 

 素早く肩を動かし、空を切ったと思われた左手を、抉るように左正面へ向かわせ、前に向かっていたボールを弾き、同時に踏み込んでいた宮下の足も止めた。

 

 ボールは弾いた勢いのまま何度か地面をバウンドし、数十メートル先で静止する。

 ―――この勝負、俺の勝ちだ。

 

「あーーー!!しもみーに止められたあ!!」

 

 先ほどの真剣な表情とは違い、子供のように無邪気な表情で悔しがる宮下に思わず笑みがこぼれる。

 

 放課後―――授業が終わった後、宮下から助っ人の手伝いを頼まれた俺は、同好会の皆へ連絡を済ませ、体育館で待ち構えていた宮下にバスケの1on1をふっかけられていた。

 

 勝敗は見てもらった通りだが、気を抜けば抜かれていたのは俺の方だったかも知れない。

 

「いや本当ギリギリだったぞ、紙一重だった」

「ぐぬぬ……でもしもみー準備運動もしてないし、制服じゃんか」

 

 運動着に着替えていた彼女とは違い、授業そのままの制服で体育館に来ていた俺。

 そんな相手に負けたことが余程悔しいのか、宮下はそのまま地面にへたり込んでしまう。

 

「……たまにはそう日があっていいだろ」

「本当っ少し前までとは動きが段違いじゃん……」

「そうか?自分では分からないけど……」

 

 宮下の助っ人の手伝いという名目で何度か練習相手は務めており、しばらく負けっぱなしだったが、ここ最近は彼女の動きが分かってきたのか、いい勝負が出来ていると思う。

 

「まあ慣れってやつだろ」

「とか言って~しもみー今日の体育の授業でも大活躍だって聞いたけど」

「いやまあ今日は俺たちが勝ったけど……大活躍ってほどのことしたかな」

 

 今日の体育の授業―――情報処理学科と普通科の合同で行われたサッカーの練習試合。

 

 ミッドフィルダーを担当した俺の総合戦績は1ゴール、3アシストで、他の皆の助けもあって4-1で普通科に勝利した。

 確かにゴールは決めたが、ほとんどのゴールは仲間の力があってこそだ、俺だけの力じゃさすがに勝てなかった。

 

「普通科の友達が言ってたよ~、スッゴイ目立ってたって」

「ええ……噂されてんの怖いわ……」

 

 良い噂も悪い噂も関係なく、裏でコソコソされんのは怖い……。

 言いたいことがあるなら直接言って欲しいと思う。まあ宮下の友達だし悪口みたいな真似はしねえと思うけど。

 

「本当にしもみー―――スクールアイドル同好会に復帰してから変わったよね……」

 

 宮下の口から出たその言葉に少しだけ照れ臭さを感じ、頬を掻く。

 

 少し前までは自分なんかダメなんだって、彼女たちに相応しくないんだって逃げていた俺だったけど。

 あの日、同好会の皆が教えてくれて、俺を信じてくれたから、もう一度せつ菜とも向き合って話せ、同好会にも戻ることが出来た。

 

 自分の力だけじゃまだまだ全然だけど。その事実は少なくとも、以前に比べて自信を持てるようになった一端は担っているのかもしれない。と自分のことながら思う。

 

「まあ、そうかも知れないな」

 

 彼女たちのおかげで変わることが出来たなら、それがどういう方向であれ嬉しいことだ。

 そう、頭の片隅で彼女たちのことを思い浮かべながら答える。

 

 そのまま地面に転がったボールを手に取り、へたり込む宮下へと投げ渡す。

 

「それじゃあ俺はこれで、今日も同好会があるんでな」

 

 器用にも片手でボールをキャッチした宮下に別れを告げる。

 

 そのまま体育館の壁に置かれたスクールバックを肩に担ぎ、着替えを済ませ集まってきたバスケ部の人たちと入れ替わるように体育館を後にしようとする。

 

「あっ、そういえばしもみーさ!明日は予定ある?」

「ん?同好会以外は特にないかな。でもさすがに連日の練習相手はパスだぞ」

 

 そんな中、宮下からかけられた言葉。彼女の言葉に足を止め答える。

 

 彼女の練習相手自体、嫌ではないが。さすがに連日だと同好会の皆との時間が減ってしまう。それもあり、あまり連日誘われても断らざる得ないってのが正直なところだ。

 

 俺の言葉に首を横に振った彼女は、いつものような太陽のような明るい笑顔で口を開いた。

 

「しもみーに会わせたい人がいるんだよね!」

 

 そう言い笑う彼女に、俺は首を傾げるのだった。

 

 

 ◇

 

 

「そんなわけで紹介するね!私の後輩で一年生のりなりー!」

「……天王寺璃奈です。初めまして」

 

 その翌日、宮下から集合場所として教えられた虹ヶ咲学園の中庭にて。

 呼び出した張本人でもある宮下は、大きく手を広げ“りなりー”と呼ばれた子を俺に紹介し、その子は律儀にもペコリと頭を下げた。

 

 そして顔を上げた彼女は、少しクセのある桃色の髪を揺らし、真ん丸としたレモンクォーツの宝石のような瞳でジッと俺を見つめていた。

 背も小さくその可愛らしい姿も相まって、小動物っぽさを感じた。

 

「えっと初めまして下海虹です。キミが宮下のいうりなりーさんでいいのかな?」

 

 その言葉にコクリと頷いた天王寺さんは、相も変わらずジッと俺を見つめていた。

 

「えーっと……?」

「ごめんねしもみーっ!りなりーちょっと緊張してるみたいでさ!」

 

 ああそうか。宮下の知り合いとは言え、一つ上の先輩で、しかも男の人と来れば何を話せばいいか分からなくなるのも頷ける。

 ここは先輩として頼りになるところを見せてあげたいな。

 

 そう考えた俺は彼女と目線を合わせるように膝を付いてしゃがみ、その緊張が少しでも解けるよう、出来るだけの笑顔を意識し話しかける。

 

「宮下とは同じ学科の同級生で仲良くさせてもらってるんだ。天王寺さんのことも宮下から少し聞いてるよ」

「―――璃奈」

「え―――?」

 

 彼女が呟いた言葉に首を傾げ、聞き返す。

 天王寺さんはそのまま真っ直ぐこちらを見つめ、口を開く。

 

「璃奈って、下の名前で呼んでください。虹……先輩」

 

 そう言い、少し潤んだ瞳で見つめたその姿は小動物のように愛らしく、思わず愛でてしまいそうになるけれど、そんな気持ちを抑え、その言葉に応えるよう彼女の髪に優しく触れる。

 

「分かったよ璃奈ちゃん、よかったら俺とも仲良くしてね」

 

 出来るだけ髪の流れに逆らわないように優しく頭を撫で、笑顔を見せる。

 まだ緊張しているみたいだけど、少しでもほぐれたなら嬉しいな。

 

「えええー!りなりーだけずるいぃ!!愛さんのことも名前って呼んでよしもみー!」

「お前はいいだろ!璃奈ちゃんは後輩なんだから先輩が可愛がってあげるの」

 

 璃奈ちゃんの頭から手を離し立ち上がった俺は、まるで駄々っ子のように文句をいう宮下をバッサリと切り捨て、璃奈ちゃんを見る。

 

 少し楽し気な様子の璃奈ちゃんは、そのクリっとした瞳で一直線にこちらを見ており、そんな彼女に応えるよう俺も視線を合わせて微笑んだ。

 

 きっと妹がいたらこんな感じなのかなー、なんてことを考えてしまう。

 

「それで、今日は璃奈ちゃんとの顔合わせってことか?」

 

 口を尖らせブツブツと文句を垂れる宮下にそう声をかける。

 

 予定はないと言ったが、同好会の活動は毎日のようにある。

 同じ学科の同級生とは言えど、部活に遅れ他の女の子たちと一緒にいる姿が目撃されてしまえば色々と面倒臭い。

 特にここ最近はせつ菜とかすみの圧が強い。二人とも俺を好いてくれているのは嬉しいんだけどさ。

 

「あっ!えーっとね、用件はもう一個だけあって!今日はそれが本題なの!」

 

 ころりと表情を変えた宮下は、そのまま璃奈ちゃんに目配せをし。

 璃奈ちゃんもそれに応えるようにトテトテと宮下の隣へと移動し、横に並ぶ。

 

 首を傾げた俺に二人は再度顔を合わせると、背中に隠していた用紙をこちらに差し出し、声を揃えた。

 

「私たちもスクールアイドル同好会に入部したいんだっ!(ですっ)」

 

 目の前に差し出されたのは「スクールアイドル同好会」の入部届。

 

 突然のことに驚きを感じながら、二枚の用紙を手に取り、顔を上げ並ぶ二人を見た。

 

「この間の講堂ライブをりなりーと見てさ!歌は勿論だけど、隣でかっちょ良くギター弾いてるのが、しもみーと来たもんだから余計感動しちゃって、愛さんあれからドキドキが止まらなくってさ~!」

 

「あ、ああ。お前ら見に来てたのか……」

 

 知り合いに見られたと思うと少しだけ恥ずかしさを感じるが、あの時の講堂ライブでスクールアイドルに興味を持ってくれたなら、それを演奏した本人としては冥利に尽きる。

 

「……虹先輩、スゴくカッコ良かったです」

「そ、そっか。ありがとう璃奈ちゃん、嬉しいよ」

 

 璃奈ちゃんは両手を胸の前で組み、真っ直ぐとそう伝えてくれる。

 照れくささも感じつつも、素直に伝えてくれた彼女に返せるのは、同じく素直な感謝の言葉だけであった。

 

「―――それでどうかな?愛さんたちの同好会への入部」

 

 首を傾げ、その提案を再度問いかける宮下と、手渡された二枚の入部届。

 そんな彼女たちの姿に応えるよう入部届を受け取り、大きく頷いた。

 

「どうかなも何も断る理由はないからな、歓迎するよ―――宮下、璃奈ちゃん」

 

 その答えに目を輝かせた二人は、顔を見合わせ嬉しそうに青空へとハイタッチを響かせるのであった。

 

 

 ◇

 

 

「―――それで同好会の皆ってもう集まってるの?」

 

 あれから場所を移動し、スクールアイドル同好会の部室に向け部室棟を歩く俺たち。

 右隣を歩く宮下はこちらの顔を伺うようにそう問いかける。

 

「ああ、部室の大掃除は一昨日に終わったし、今は活動前のミーティングをしてるってところかな」

 

 手元のスマホに映し出されたスクールアイドル同好会の会議画面。

 そこには、俺が先ほど送った参加が遅れる旨のメッセージと、それに返信するせつ菜のメッセージとスタンプ。

 

 そこまで時間が経ったというわけでもないので、練習を始める時間には間に合いそうだ。

 

「き、緊張してきた……」

 

 左隣の璃奈ちゃんから聞こえてきた声。

 その表情にはまだ微かに不安が残っているようで、そんな不安を和らげるように、頭に手を乗せて髪を撫でる。

 

 ほんの少し驚かせてしまったようで、一瞬身体を震わせた璃奈ちゃんだけど、触れる手に抵抗を見せる素振りはなく、手の流れに気持ち良さそうに目を細めるのだった。

 

「ええー!りなりーだけズルいよ、しもみー!!愛さんも撫でて~ほらほら~!!」

「お前はいいだろ、璃奈ちゃんは緊張してんだから特別よ」

 

 頭を擦り付けるようにグリグリと動かす宮下を一蹴し、もう一度璃奈ちゃんを見る。

 心なしかその表情は先ほどより落ち着いたものになっており、俺もホッと胸を撫で下ろした。

 

「璃奈ちゃん、同好会は皆いい子ばかりだから大丈夫だよ」

「愛さんもいい子だから撫でろよ~ねえ、しもみ~~」

「ちょっと宮下さんうるさい」

 

 今璃奈ちゃんに頼りになるところ見せてる良いところなんだから。

 

「虹先輩……ありがとうございます」

 

 ほら可愛い。璃奈ちゃん可愛い。めっちゃ可愛い。

 

 そんなこんなで部室棟の奥にあるスクールアイドル同好会の表札の前へと辿り着いた俺たち。

 

 いつもは開けること、どうってことない扉だけど、今日は新入部員を連れていることもあり俺も少しだけ緊張してしまう。

 

 扉の奥から聞こえてくるのは、いつもの“大好き”な日常で。

 

 俺を挟む形で左後ろと右後ろに立つ宮下と璃奈ちゃん、その二人にアイコンタクトを送ると、彼女たちも決心がついているのか大きく頷き、二人は扉の先を見つめた。

 

 そして、いつものようにノックを二回。

 扉の先から聞こえた「どうぞー」という声に、扉を開け挨拶をする。

 

「おはよう皆、ちょっと遅くなった」

「おはようございますっ、ちょうどこれから練習を始めるところで―――ってコウさん、後ろのお二方は……?」

 

 挨拶を返すせつ菜の視線が、遅れるように部室に入ってきた二人に向けられる。

 他の面々も挨拶を返してくれるのだが、その視線は皆俺が連れてきた二人にへと向けられていた。

 

「ああ、紹介するよ入部希望の―――」

 

「情報処理学科二年、宮下愛だよ!」

「一年、天王寺璃奈…です」

 

 俺が紹介する前に元気ハツラツといった様子で手を挙げて名乗った宮下と、それに続くよう挨拶をした璃奈ちゃん。

 璃奈ちゃんには微かに緊張の色が見えるが大丈夫だろうか、お兄さん心配だよお。

 

「えーっと、二人はこの前の講堂ライブを見て興味を持ってくれたらしくてさ。スクールアイドル同好会に入部したいんだとさ」

 

 彼女たちの自己紹介に補足を加え、新入部員ということを全員に伝える。

 

 思った通りだけど、その補足に部室全員が歓迎ムードで各々が嬉しそうな表情を見せていた。

 宮下はともかくこれで璃奈ちゃんの緊張も少しはほぐれるかな、と。

 

 そう思った、その時だった―――。

 

「入部は勿論、大歓迎なんですが……」

 

 ポツリと呟くかすみに全員の視線が向けられる。

 

 そのまま新入部員の二人と俺を交互に見たかすみは、ゆっくりとした口調で、ハッキリとした言葉遣いで口を開いた。

 

「お二人はコウ先輩とどういう関係で……?」

 

 あまりにも真剣に話すもので一体何事かと思いきや、かすみの口から出た拍子抜けしてしまう質問に笑いながら答え―――。

 

 ―――ようとしたのだが。

 

「―――私としもみーはねっ!」

 

 左腕に抱き着く柔らかい感触と柑橘系の爽やかな匂い。

 

 気付いた時には彼女―――宮下愛は俺の腕に自分の腕を絡めており、こちらの視線に向けられたことに気付くと、更に力強くギュッと抱きしめ、笑った。

 

「同じ学科の友達で、よく私の練習にも付き合ってくれる大好きな人だよっ!」

 

 一体何を言い出すかと思いきや、大好きな人って少し大げさ過ぎやしねえか…?

 

 そんなことを考えていると、右腕の袖が引っ張られていることに気付き、そちらを向く。

 

 上目遣いで見つめた璃奈ちゃんは振り返った俺と視線を合わせると、服の袖を握ったまま同好会の面々へ視線を移動し答えた。

 

「まだ知り合ってちょっとだけど、虹先輩はスゴくカッコ良くて憧れの……先輩です」

 

 璃奈ちゃぁあん……お兄さんのことそういう風に思ってくれてたの?泣けるよ本当に。

 

 二人とも大げさだけど、各々の思いを伝えてくれて嬉し恥ずかしこそばゆい。

 

 これからは同好会の皆とも仲良く―――そう思いながら見渡すのだが。

 

「こ、コウさん。い、いつの間に宮下さんとあんなに親しく……!」

「ぐ、ぐぬぬ……コウ先輩の可愛い後輩ポジションだけは絶対に譲らないんだから……!」

 

「私たちもコウくんが大好きだし、同じ仲間が増えるのは嬉しいね!」

「いやあ本当コウくんはどこでもモテるんだねえ。後輩、同級生と来て……もしや次は先輩!?満を持して彼方ちゃんの出番なのか……?」

「これはペンタゴンラブ……いやヘキサゴンですか……?」

 

「いやあ、私の幼馴染がこんなにモテるわけがないってね、天晴れだよコウ」

「……また新しい女の子を…」

 

 せつ菜とかすみ、エマ先輩に彼方先輩にしずく、幼馴染の侑と歩夢。

 それぞれがそれぞれ複雑な表情を見せており、俺は思わず首を傾げるのだった。

 

 あ、あれ?思ったより何か変な空気になってない……?大丈夫かこれ。

 

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