虹を繋いで   作:うめ茶漬け

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20 皆の為に

「いやあそれにしても久々の侑の歌は良かったなあ~……」

「も、もうやめてよコウ~恥ずかしいって……」

「侑ちゃん歌上手いんだし、照れることないのに~」

 

 録音スタジオでの練習を終え、スクールアイドル同好会の部室に戻ってきた俺たちは、侑、歩夢と共に残るメンバーの帰りを待っていた。

 

 録音スタジオで一緒に練習していたせつ菜と、部室で座学を行ったしずく、かすみは場所を移動し、西棟屋上でのダンス練習に合流している。

 あれから少し時間が経ったということもあり、そろそろ戻ってくる頃だと思うが。

 

「そ、それにしても愛ちゃんが持ってきてくれたお漬物、美味しいね!」

 

 褒められるのが照れ臭いのか話題を逸らすように侑はそう切り出す。

 

「おばあちゃん特製のぬか漬けだよ!」

 

 侑の手に持った爪楊枝とその先に刺さったキュウリ。

 侑の言葉を返すように宮下は笑顔でそう言い、俺も手に持った爪楊枝に刺さるキュウリを見た。

 

 練習後、部室に戻り談笑をしていた俺たちに、おもむろに宮下が取り出したタッパ。

 その中には彼女のいうおばあちゃん特製ぬか漬けが入っており、同好会へのお近づきの印ということで、差し出した彼女の好意に甘えるように舌鼓をしているというわけであった。

 

「本当おばあちゃんの味って感じだよね~」

「でしょ~」

 

 ポリポリと漬物を食べる歩夢に宮下は嬉しそうにそう応える。

 確かにこの味は寮暮らしの俺にとって心に染みる懐かしい味だ。寮暮らしだと基本食事はコンビニか学食になるから、こういう手作りは泣けてくる。

 

「うぅ…!なんですかこの臭いは…!!」

 

 そんなことを考えていると、不意に同好会の扉が開けられ、残りの面々がその顔を見せる。

 先頭で扉を開けてくれたかすみは漬物の匂いに思わず鼻を摘み、そう言った。

 

「皆も食べる~?」

 

 順番に部室に入ってきたメンバーにそう言い、宮下はタッパの中の漬物を見せる。

 物珍しそうに「食べたい~」と言ったエマさんを筆頭に、漬物に興味を示すようにこちらへ歩み寄るかすみとしずく。

 

「彼方ちゃんクタクタだよ~」

 

 彼方先輩も俺たちの輪に混ざるように、テーブルの椅子に腰かけ突っ伏した。

 時間的にも彼女たちのダンス練習が終わったということであれば、今日はお開きだろうか。

 

「ああ、かすみさんとコウさん、お話があるのでちょっと残ってもらえますか?」

 

 そんな中、漬物に舌鼓をするかすみと俺に向けせつ菜がそう言う。

 かすみは少し怯えた表情を見せたが、俺たち三人での話と言うことであればあのこと(・・・・)だろうか。

 

 入部初日だった宮下と璃奈ちゃんに色々と話を聞きたかったが、それはまた明日。

 

「め、眼鏡のことなら何度もごめんなさいしましたよね…?コウ先輩のこともかすみんもの凄く反省してますし……!」

 

 申し訳なさそうにそう返すかすみ。そんな彼女の否定するように俺は手を左右に振り、せつ菜は苦笑いで返すのだった。

 

「そ、それではなくて……」

「……まあ、今後の話ってとこだろ」

 

 その言葉に新入部員の二人を除いたメンバーがハッとした表情を見せた。

 宮下と璃奈ちゃんもその発言で部室の雰囲気が変わったことに気付いた様子で、不安そうに俺たちのことを見ていた。

 

「それじゃあ今日の練習は終わりってことで」

 

 そう言い、手に持った爪楊枝のキュウリを一口で食べ、おもむろに席を立つ。

 そのまま俺は彼女たちに背を向け、部室の外へと歩き出した。

 

「し、しもみーどこ行くの……?!」

 

 そんな俺に不安そうな様子で声をかける宮下。

 

 その表情には僅かな動揺と気遣わしさがあり、今の状況が分からないながらも声をかけてくれたという彼女に優しさに応えるように、俺は言葉を返した。

 

「ど、どこって着替えるんだったら俺いちゃマズくない……?」

「あっ…………そっか……ごめん」

 

 俺の言葉に頬を赤くした宮下は、視線を逸らして申し訳なさそうにそう言う。

 い、いや俺の方こそ紛らわしくてすまん……。

 

 そのまま俺、せつ菜、かすみの三人以外はお開きということで彼女たち(宮下と璃奈ちゃん)のスクールアイドル同好会の初日は終わりを迎えたのだった。

 

 

 ◇

 

 

「―――……ソロアイドルですか」

「……ええ、あくまで選択肢の一つという話ですが」

 

 重々しく口を開いたかすみに、せつ菜は視線を落としたままそう答える。

 

 つい十数分ほど前まであった騒がしさは鳴りを潜め、スクールアイドル同好会の部室では俺、かすみ、せつ菜の三人が向かい合っていた。

 

 せつ菜が俺とかすみを呼び止めたのは俺の想像通り、先日せつ菜と二人で話し合い保留となっていたこと。

 スクールアイドル同好会のこれから(・・・・)のことだった。

 

「部員一人一人がソロアイドル(・・・・・・)としてステージに立つ、その選択肢は皆さんの頭の中にもあった筈です」

 

 せつ菜と話し合ったこと。

 

 それは虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会はグループではなく、それぞれが自分のやりたいことに挑戦するソロ(・・)での活動をするということだった。

 

 俺たちは一度、それぞれが大事にしていること、叶えたいことを混ぜようとして―――失敗した。

 

 それでも誰一人欠けることなく新入部員を迎え再始動したスクールアイドル同好会だが、さすがに何度も同じ失敗を繰り返すわけにはいかなかった。

 

 けれど全員が全員やりたいことがあって、やる気があって、だけどその中には譲れない信念があって、こだわりがある。

 だからこそそれを無理に混ぜてしまおうとすれば衝突も起きるのは必然で。

 

 誰か一人のやりたいことを優先すれば、別の誰かのやりたいことが蔑ろになって。また別の誰かを優先すれば、また別の誰かが蔑ろになる、今もなおそんな八方塞がりの状態で。

 

 俺は―――彼女たちには笑顔でいて欲しい。

 

 その為には再始動したスクールアイドル同好会も、誰一人我慢することなくやりたいことをやれて、自分の信念を貫けて、こだわりを突き詰められるような。

 そんな、自分なりの一番をそれぞれ叶えられる場所でないとダメなんだ。

 

 俺とせつ菜が話し合った中で出た、皆の思いを汲み取り、かつ以前の二の舞い(俺たちのよう)にならない唯一の方法。

 

 それが―――ソロでの活動。

 

 その考えについては俺も賛成だったのが、せつ菜との話し合いの中で問題点(・・・)が浮上したこともあり、その場では即決出来ず保留という形で終わっていた。

 

 グループとして混ざり合えば反発してしまう俺たちが選べる選択肢はそう多くはない。

 だからこそ慎重にならなくてはいけないし、そう簡単に答えは出せないのも事実だ。

 

「……でもそれって簡単には決められないですよね、それに―――」

 

 かすみはそう言い、視線をこちらへ向ける。

 せつ菜も同じように俺の方を見て口を開いた。

 

「……ええ、少なくとも作曲をお願いするコウさんに負担を押し付ける形になります」

 

 先日、せつ菜と話し合った際に浮上した問題点、それは作曲に関すること。

 

 以前の同好会はグループでの活動がメインだった為、新入生歓迎会で一曲、お披露目ライブで一曲、ラブライブ!に向けて一曲と、作曲のペースとしても早過ぎることはなく十分な時間を取れていたのだが、ソロとなれば話は変わる。

 

 スクールアイドル同好会の部員―――侑を除いた8人の曲を俺一人が受け持つことになる。

 

 全員がこれから活動していくには歌う楽曲も必要となり、その大前提として8人それぞれに歌う曲がなければならない。それに、もし作れたとしても彼女たちが自分のやりたいこと、一番を叶えられるような歌でなければ何一つ意味がない。

 

 ソロでの活動には前向きだったせつ菜も、その問題点が浮かぶや否や難色を見せ、結局先日は保留という形で終わっていた。

 

「……私たちの在り方としてソロアイドルをすること自体は賛成なんですが、コウさん一人に負担を強いるぐらいなら……」

「……はい、かすみんもこれ以上コウ先輩に負担をかけたくないですし、きっと皆も同じ気持ちだと思います」

 

 せつ菜とかすみはお互いの意見にすり合わせるように頷いた。

 

 これからの虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の方向性。

 

 彼女たちは全員がまとまる為、自分たちが叶えたいことを我慢し、自分たちの信念を曲げ、そのこだわりをお座なりにする。

 つまりはそういう方向性を選ぶという。

 

 しかしそれは彼女たちの優しさで、思いやりで、ただ作曲を受け持つ俺に負担をかけたくないからだと言った。

 

 確かに一人で8人分の作曲は難しいのかも知れない。

 俺が思うよりそれは至難の業で、俺にとって負担になってしまうかも知れない。

 

 ―――だけど。

 

「―――悪いが俺は反対だ」

 

 ―――彼女たちが自分たちの “大好き”を叫べないと言うなら、俺はそれに納得できない。

 

 そう言った俺に反発するように、動揺の色が見せたせつ菜とかすみはそれぞれ口を開く。

 

「……コウさん、自分の言っている意味分かっているんですか?」

「……そうです、反対ってことはコウ先輩一人で8人の曲を受け持つってことになるんですよ……?」

 

 この言葉も俺を心配して、負担を掛けさせないようにとかけてくれる言葉。

 

 彼女たちの優しさも思いやりも心から嬉しいし、それだけ俺のことを思ってくれているという事実は確かにありがたい。

 それでも彼女たちが自分のやりたいことを蔑ろにして、“大好き”を叫べないというなら―――そんな優しさも、思いやりも俺はいらない。

 

 彼女たちの優しさに、思いやりに甘える為に俺は選んだわけじゃない。

 

 優木せつ菜を―――中川菜々にスクールアイドルを続けて欲しいと伝えたわけじゃない。

 

 例え難しくとも、困難だったとしても、負担になったとしても

 いつだって、どんなことだって

 ―――やってみないと分からない(・・・・・・・・・・・・)のだから。

 

 不安そうに見つめる二人の瞳を真っ直ぐに見つめ、彼女たちに応える。

 

「―――二人に見せたいものがあるんだ」

 

 

 ◇

 

 

「……使用許可は取ったんですかコウさん」

「固いこと言うなよ菜々、ちょっと使うだけだ」

 

 差し込む夕日が鎮座するグランドピアノを照らし、眩しく煌めく。

 同好会の部室から移動し、彼女たちを連れてきたのは―――虹ヶ咲学園の音楽室。

 

 普段は音楽系の部活動が使っていることの多い教室だけど、完全下校時間が近いこともあってか生徒は残っておらず、俺たち三人はそんな誰もいない音楽室に足を踏み入れていた。

 

「……使うって何をですか?」

 

 俺の言葉にかすみは不思議そうに首を傾げ、そう問いかける。

 

「……まあ、見ててくれ」

 

 閉め切っていた教室は熱がこもっているのか少しだけ暑く、その暑さを外へ吐き出すように窓を開け、そこから舞い込むように風が吹いた。

 

 風通しが良くなったのか開けた窓からは涼しい風が舞い込み、俺たちの髪を優しく揺らすのだった。

 

「コウさん、何を……?」

 

 隣のかすみと同じように状況が分かっていない様子のせつ菜。

 

 いい加減二人の言葉に応えなければと、俺はグランドピアノの椅子に腰かける。

 ふぅーっと息を吐き出し、目の前に並ぶ白と黒の鍵盤に指を乗せた。

 

 そして、そのままゆっくりと指を動かしてみせる。

 

 音楽室に響き渡る旋律。それはまだぎこちない音楽だけど、出来るだけ丁寧に一音一音を大事に白と黒の鍵盤を押すように俺は指に力を加えていく。

 

「これって……!」

 

 驚いた表情で演奏を聞くせつ菜とかすみ。

 

 所々で音は外れ、指もまだ上手に動かせやしないけど、それでも一歩一歩音を進めていき、サビを終えた所で俺は演奏を止める。

 

 鍵盤から指を離すが、張り裂けそうな胸の鼓動と小刻みに震える手が遅れてきた緊張を知らせるようにアラートを鳴らし、それを押し止めるように俺は大きく息を吸い、大きく吐き出した。

 

「……こ、コウさん、今のって」

 

 そのまま、こちらを見つめていたせつ菜とかすみの二人に応える。

 

「ああ「CHASE!」のピアノバージョンってところかな」

「そ、そういうことではなくて……!!」

 

 我に返ったように先ほどの演奏のことを聞き出そうとするせつ菜。

 

 俺が彼女の為に初めて作った曲だ。さすがに譜面は見なくてもある程度は演奏することが出来る。彼女たちに演奏してみせたのだってこれが初めてではない筈だ。

 

「だ、だって、コウ先輩が弾けるのはギターだけだって……!?」

 

 そう、彼女たちが驚いているのは俺が演奏していた(・・・・・・・・)ことではない。

 

 俺がピアノで(・・・・)演奏をして見せたからであった。

 

「ああ、ピアノ、始めてみたんだ」

 

 せつ菜と共にスクールアイドル同好会に戻ったその日、俺は一人で考えたことがある。

 

 それは勿論同好会への復帰のことだったり、同好会メンバーへの感謝だったりが大半だったのだが、その中で彼女たちのこれからの活動自体についても考えていた。

 

 またグループでの活動を再開させるのか。

 新しく少人数でのユニットやソロでの活動を行うことにするのか。

 

 もしこれから全員が一つの目標に向かって進むというならグループだって構わないし、一つのテーマに沿って行うのならユニットだっていいと思う。

 

 だけど皆それぞれにやりたいこと、叶えたい一番が違った俺たちはそのどちらも選ぶわけにはいかなかった。

 

 それは一度目の失敗で嫌と言うほどに身に染みたことであり。

 その方法では彼女たちが心の底から笑顔になれないと思ったからだ。

 

 そうすると自ずと答えは、それぞれがそれぞれのやり方でそれぞれの一番を叶えられるソロでの活動に行き付いてしまうことは言うまでもない。

 

 しかしそこでソロ活動を行うハードルと自分自身の能力とで考えた時、どうしても釣り合いが取れないのが事実で現実だった。

 

 ギター一本で曲を考え、パソコンの慣れない操作で一音一音打ち込みをする今のままでは、彼女たちの“大好き”を表現するには技量が足りなかった。

 

 だからそんな“(ギター一本)”を変えようと思った。変わろうとした(ピアノを取り入れることに決めた)

 

「そ、そんな当たり前みたいに……私たちの作曲の為ですか……?」

「ああ、パソコンで打ち込むよりピアノで弾けた方が早いからな」

 

 せつ菜の言葉に頷きそう答える。

 

 キーボードで打ち込む入力とは違い、鍵盤で打ち込むピアノ―――電子キーボードの方が以前よりも格段に早く音を入力でき、作曲全体のスピードを底上げすることが出来る。

 

 寮には既に購入した電子キーボードが置いてあり、既に何曲か完成しており、次の作曲にも取りかかっている。

 

 俺の言葉に未だ驚いた様子を見せるせつ菜とかすみに話す。

 

「俺は、皆それぞれがやりたいことを叶えられるよう、力になりたいんだ」

 

 ピアノ椅子から立ち上がった俺は、そのまま夕日を背に二人に向け笑いかける。

 

「そりゃあギター一本で叶えられるなら、それにこしたことはないけど、皆の叶えたいものってそう簡単なものじゃないと思うんだよ」

 

 それぞれに譲れない信念も、曲げたくないこだわりもあるからこそ、その一本だけでは支えきれないことは薄々分かっていた。

 

「で、でも!今から覚えていくのってコウさんにとっても凄く大変なことじゃ……!」

「かもな、だけどこれから皆のやりたいことを叶えるには、ギターだけじゃ全然足りないんだよ」

 

 せつ菜には“大好き”を。

 かすみには“可愛さ”を。

 歩夢には“可愛い”を。

 

 今分かっているだけでもそれぞれにやりたいことがあって、叶えたい一番がある。

 俺はそれを叶えてあげたいし、彼女たちを支える存在でありたい。

 

 彼方先輩にエマ先輩にしずく。新入部員の宮下と璃奈ちゃん。

 彼女たちにもやりたいことがあって、叶えたい一番がある。

 その為には叶える方法とその手段を増やしておいた方が良いに決まっている。

 

「それに選択肢が増えるって分かっててやんねえなんて、つまんねえだろ」

 

 それでも、やっぱり難しくて、困難で、負担になるのかも知れない。

 彼女たちの優しさと思いやりを否定してまでやることじゃないのかも知れない。

 

 その優しさに甘えてしまった方が、思いやりを受け入れた方が良かったのかも知れない。

 

 だけど―――

 

「これが、今俺がやりたいことなんだ」

 

 俺にだって“やりたいこと”があって、“叶えたいこと”がある。それは確かで。

 

「ど、どうしてですか……?」

 

 そんな中、かすみがポツリと呟く。

 彼女は不思議そうにその宝石のような瞳でこちらを見つめ、言葉を続ける。

 

「どうして……私たちの為にそこまで……?」

 

「……どうして………ぷっ」

 

 かすみが問いかけた言葉に一瞬呆気を取られてしまうのだが、不意に笑いが込み上げてきて、思わず彼女たちの前で吹き出してしまった。

 

「なっ!せ、先輩!!かすみんは真剣に……!」

「あっ、ああ!ごめっ違うんだよ…!そうじゃなくて」

 

 かすみがあんまりにも当たり前のこと(・・・・・・・・・・・・・)を聞くから、思わず笑ってしまった。

 だけどかすみは今もなお真剣な様子でプンプンと可愛らしく怒ってこちらを見つめている。

 

「そう言えば、ちゃんと言ってなかったかもな―――」

 

 せつ菜―――菜々にはちゃんと言ったけど、他の皆にはまだ言えてなかったっけ。

 

 俺が、作曲の為にピアノを始めた理由。

 “今”を変えようと、変わろうとした理由。

 皆それぞれの一番を叶えてあげたい理由

 彼女たちを支える存在でありたい理由。

 彼女たちの“大好き”を表現したい理由。

 

 彼女たちの心の底からの笑顔を望む理由―――。

 

「だって俺は、皆のことが――――」

 

 せつ菜のことも。同好会のことも。

 何もかも失敗して腐ってた俺のことを

 自分を貶めていた俺のことを

 

 涙ながらに怒ってくれた子がいて。

 素敵な先輩なんだと伝えてくれた子がいて。

 自慢の後輩なんだと叱ってくれた子がいて。

 俺じゃなきゃダメなんだと教えてくれた子がいて。

 

 何年もわざと距離を取っていた俺のことを

 

 何年経っても大切に思ってくれた子たちがいて。

 手を伸ばしてくれて、道を示してくれた子たちがいて。

 

 不甲斐なかった俺のことを

 

 また信じてくれて―――隣で笑ってくれる子がいたから。

 

 そんな―――俺には勿体ないくらいに素敵で、可愛くて、笑ってくれる彼女たちのことが。

 

「―――“大好き”だから、な」

 

 そこまで(・・・・)したって足りやしない。

 それくらい彼女たちの存在は大きく、俺が変わりたいと思えた理由なのだ。

 

 そう言い笑うと、二人は頬を染め口を開いた

 

「そ、そこまで言うならコウさんが“大好き”な私たちもコウさんの“大好き”を否定したくないですからね……そ、ソロ活動でも?」

「そ、そうですね。コウ先輩がこう言ってくれるならかすみんもその意見に賛成です……こ、コウ先輩の“大好き”なかすみんは賛成です」

「ふ、二人ともありがとう……!!」

 

 す、少しだけ変な空気になっているのでこの話はこれで終わり!もう帰るよ!

 

 そのまま二人の横を通り、音楽室の外へと向かおうとする。

 頬を赤くした二人も遅れるように後ろに付いてくるのだが、不意にせつ菜が足を止めたことに気付き、後ろを振り返る。

 

 その先、振り返った先で、ほんの数秒前までとは違って深刻そうな面持ちに変わったせつ菜は、そのまま口を開いた

 

「で、ですけどやはりコウさんに負担をかけること自体は変わりませんよね……?」

 

 確かに新しくピアノを取り入れ、作曲に選択肢が増え、全体のスピードが速くなったとしても、二人が否定した同好会メンバー8人の作曲を受け持つことになるという事実は変わらない。

 

「あっ、そ、そうですよね。かすみんたちの為にそこまでしてくれるコウ先輩の気持ちはすっごく嬉しいですけど、やっぱりソロ活動は……」

「……まあそうだけど、何事もやってみなくちゃ分からないだろ」

 

 せつ菜の言葉にかすみも我に返ったように冷静に返すのだが、勿論彼女たちの考えも一理ある。

 選択肢が増えたとしても、レパートリーが増えたとしても、一人(・・)で8人分の作曲を担当するのは天才音楽家でもなければ至難の業というのは確か。

 

 そう、確かにそうなのだが―――それは本当に一人で作らないと(・・・・・・・・・・・)いけないというなら(・・・・・・・・・)の話だが。

 

「それでももし難しいなーってなったらさ、その時は―――」

 

 俺は知っている―――俺のそばには本当に頼りになる幼馴染と、信頼できる生徒会長と、部室棟のヒーローがいてくれるのを。

 

 俺は知っている―――俺のそばには本気で可愛い後輩と、頑張り屋さんの後輩と、真っ直ぐで優しい後輩がいてくれるのを。

 

 俺は知っている―――俺のそばには間違えた時に優しく叱ってくれて導いてくれる。そんな魅力的な先輩たちがいてくれるのを。

 

 俺は知っている―――俺の周りにはこれでもかってくらい素敵な仲間たちがいてくれるのを。

 

「―――皆を頼るからさ、力を貸して欲しいかな?」

 

 もしも作曲が行き詰った時、どうしたらいいか分からなくなった時。

 辛くて、苦しくて、どうしようもなくなった時は。

 

 その優しさに、思いやりに甘えさせて欲しい。

 もしかしたら都合が良いやつって思われるかも知れない、断られるかも知れない。

 

 だけどやっぱり皆がやりたいことを、叶えたい一番を叶えるってのは、俺がやりたいことで叶えたいことだから。

 

 行き詰った時は―――その時は皆の力を貸して欲しい。

 今はまだ頼りなくて、一人では難しいかも知れないから。

 

 そう言い、申し訳なそうに笑う。

 

 するとせつ菜とかすみはお互いの顔を見合わせ、優し気な笑顔で応えてくれた。

 

「ええ、そうですね、何かあったらすぐに相談してください!」

「はいっ!かすみんたち、全力でコウ先輩の力になりますから!」

 

 そう言ってくれる彼女たちは、本当に素敵で、可愛くて、魅力的で、優しいのだと。

 

 少しだけ泣きそうになる気持ちを我慢して、俺は目の前にいてくれる二人へと笑顔を向けるのだった。

 

「―――ありがとう、せつ菜、かすみ」

 

 例え難しくても―――きっと、無理ではないと思うから。

 俺のやりたいことは、叶えたいことは―――皆の為に。

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