コート上でボールが跳ねる。
その勢いに乗り、対峙する白ユニフォームの相手を抜き去ってゴール下。
そのまま手に戻ってきたボールを持ち上げて、バスケットゴールに投げ込んだ。
ボールはバックボードにぶつかり、そのまま吸い込まれるようにゴールネットに入った―――私たちの得点だ。
体育館の二階にある観戦席から聞こえた歓声。
そちらに視線を向けると、そこには一年生や同じ学年の生徒達の姿が見え、その中に見知った
「―――……しもみー」
観戦する生徒より後方に座って拍手をする彼と一瞬だけ目が合った気がした。
……愛さん、ちょっと本気出しちゃおうかな?
◇
「―――お疲れ」
そう言い投げ渡したスポーツドリンクをキャッチし、目の前の彼を見る。
下海 虹―――私の同級生であり、同じ学科の友達。
こちらを見て笑う彼の姿に、私は質問を投げかける。
「皆の練習手伝ってたんじゃないの?」
今日のスクールアイドル同好会の練習は簡単なミーティングだけを行って、明日の休日練習もあり各自自主練ということでお開きとなっていた。
私はバスケ部で行われた紅白試合の助っ人として呼ばれていた為、ミーティング後は自主練に参加せずそのまま体育館に向かっていた。
確か私が同好会を出る時には彼も部室に残っていた筈。
「まあ自主練には侑もいてくれるし、今日は俺も先に上がらせてもらった」
親し気に呼ぶ名前に少しだけ引っ掛かりを覚える。
高咲 侑―――スクールアイドル同好会のマネージャーで学科は違うが、私たちと同じ学年。
しもみーとは幼馴染の仲らしく、よく親し気に話している姿を見かけることがある。
彼自身が誰と仲良くなっていてもそれは良いことだし、そこに何一つ不満などないのだが。
私が引っ掛かっている理由。
「宮下?」
それは―――彼の名前の呼び方である。
出会ってから今までそう呼ばれ続けてきた名字は、呼ばれるだけで落ち着くし嬉しい気持ちにもなる。勿論、他のクラスメイトにも
せつ菜、侑、歩夢、かすみ、しずく、エマ先輩、彼方先輩。
彼は
これでも彼と出会ってからはそこそこ経っており、親しい間柄と言っても差し支えないと思うのだが。彼は未だに私のことを
何度も名前を呼んで欲しいと訴えかけた言葉は、ことごとくスルーされ、未だに私は名前呼びになるまで至ってない。
そう私は―――虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会で、私だけ。
先日―――そう先日。
何か月前からなどではなく、数日前に会ったばかりのりなりーに対しても、
そのことに対しては直接抗議もしたが、りなりーは後輩だから可愛がってあげるのだとあしらわれてしまって……。
もしも愛さんがしもみーの後輩だったら、すぐに
「大丈夫か、助っ人で疲れてるなら少し休んでから帰るか?」
顔を覗き込んでそう言った彼にハッとし我に返る。
そのまま有りもしないもしもを誤魔化すように笑った。
「あっははは、大丈夫大丈夫!しもみーは心配性だなあ!」
「?そうか、それならいいけど」
前言撤回、後輩になっちゃったら今みたいに仲良くしたり、ちょっかい出したり、もしかしたら出会えなかったかも知れないもんね!
そうして校舎を背に彼と並んで歩き出す。
……自然にこういう流れになってしまったけど、しもみーがここにいる理由を聞いていなかったと思い出し、隣にいる彼に声をかけた。
「もしかして愛さんのこと、待っててくれたの?」
「まあな。宮下の助っ人の手伝いはしたことあったけど、活躍してるとこまで見たことなかったから気になって、そのついでだ」
つれないことを言いながら目線を逸らし頬を軽く掻いた彼。
その姿がどこかおかしくて、込み上げてくる笑いを抑えながらそんな彼を小突く。
「本当かなあ~?ついでにしては練習試合終わってからわりと時間経ってると思うけどね~」
「……じゃあ今後はすぐに帰ることにするよ」
「嘘嘘!ごめんごめんしもみー!愛さんが悪かったから~!」
そう言って早足で行こうとする彼の腕を掴み、笑いながら弁明する。
足を止めたしもみーはジットリとこちらを向き、仕方がないといった表情を見せた。
そのまま彼に追いつくように歩幅を早め、地面に二つ、長い影を並べる。
影はゆらりゆらりと揺れているが、並んだ二人の距離は変わらない。
「それで、スクールアイドル同好会の方はどうだ?」
話題を切り変えるようにそう問いかけるしもみー。
欲を言えば先ほどの練習試合で活躍したこととか、同じ学科の授業のこととか課題のこととか、話したいことはいっぱいあったのだが、彼が待っててくれたのは私にそれを聞く為だろうか。
「昨日、他の皆とも話してたんだけどさ。他の部ではやってないことばっかりでやっぱり新鮮かな~。しもみー含めてタイプ全然違うけど、皆すっごく優しくて面白くてそこもサイコーって感じだし!」
「……そっか、楽しんでるようなら良かったよ」
笑顔で話す私を見て、彼もそう返す。
同じ歩幅で歩く彼を私も見返す。
彼が私に聞きたいことがあるように、私だってしもみーに聞きたいことがある。
幼馴染のこととか、生徒会長―――せっつーやかすみんとの関係性とか。
私はそう考え、口を開こうとするのだが。
「なんか悩んでることとか、困ってることとかはなさそうか?」
「―――え?」
私の聞きたかったことは彼の問いかけた言葉にかき消され、思わず素っ頓狂な声が出てしまう。もしかして悩んでるように見えたのかな?
「あはは!大丈夫大丈夫!だからしもみーは心配性だなあ」
嘘。本音を言えば大丈夫じゃなかった。
それは、私たちがこれから始めること。かすみんに教えてもらったスクールアイドルの奥深さ。
スクールアイドル同好会に入部してから私が思いもしなかった現実を知ってしまったことで、悩みとまではいかないが
「さっきも言ったじゃん?皆のことサイコーだって、だから愛さんに悩みも困りごともないよ~」
だけど今日のミーティングで知った彼のこと。
私たちが活動する際の作曲をしもみーが一人で受け持つという話を聞き、私自身これ以上彼に悩みの種を増やして欲しくないというのが本音だ。
もしも彼に少しでもそういう風に感じ取らせてしまったのなら、私も気を付けないと。
「―――本当か?」
「も、もう~本当しもみーってば心配性過ぎじゃない~?そ~んなに愛さんのことが気になるのかなあ~?」
軽いジョークを混ぜつつ、悟られないよう冗談っぽく笑いながら彼を見る私だったが―――
「―――宮下」
見返した先、真っ直ぐと見つめるその瞳に思わず息を飲んでしまう。
こちらを見据えるように向けられた視線は、全てを見透かされてしまうんじゃないかと思うほどに綺麗で美しくて
次に考えていた台詞も、聞きたかったことも全部抜けてってしまうような感覚がした。
「……今、その目で見てくるのはズルくない…?」
彼の瞳。
その宝石のような瞳で見つめられるのは、何もこれが初めてではなかった。
それは一年ほど前。私たちがそこまで仲良くなかった頃。学科の授業で隣同士になるぐらいの関係性だった頃。
こんな私にもとある一時期、難しい試験と家庭のことが重なって、メンタルがちょーっとだけやられてた時期があった。で、でも本当にちょーっとだったし愛さん自身いつも通り振る舞っているつもりだったんだけど、現に他の友達はいつも通りだったし。
そんな時にしもみーは私を呼び出し、私のことに気付き、その悩みを聞き出そうとしたって話。
あの時の彼の姿は今でも鮮明に覚えており、そんなことは懐かしい思い出なのだと思っていた筈なのに……。
目の前に立つ彼は、あの時と同じように全てを見透かすような瞳で私を見つめていた。
「ほんとっ同好会に戻ってからしもみー変わり過ぎだって……」
視線を下ろし、彼に聞こえないぐらいの声量で呟く。
そのまま顔を上げて、真っ直ぐと見つめる彼に応えるように私は笑うのだった。
「愛さんの話ちゃーんと聞いてもらうからね、しもみー!!」
◇
東京湾に浮かぶ人工島の都市、お台場。
商業施設から少し離れた海沿いの公園―――潮風公園。
この場所はつい数週間前にかすみや侑と歩夢、同好会の皆と話し合った場所であり、俺にとって記憶に新しく、感慨深い場所でもある。
その場所で隣にいる宮下は海沿いの手すりを掴み、段々と暗くなっていく空とお台場の海を眺め、潮風に当たっていた。
手すりを背にし、夕日が作る長い影が消えていくのを見ていた俺に、彼女は口を開く。
「愛さんさ。同好会に入って、皆と出会って、これからこのメンバーでどんなライブすることになるんだろーってワクワクしてたんだ」
弱々しく呟く彼女の言葉を一つでも聞き逃さぬよう耳を澄まし視線を向ける。
彼女の横顔は真っ直ぐで凛々しくも、どこか迷いを感じさせるそんな表情で。
「でも蓋を開けてみたらグループじゃなくてソロで活動するって聞いて、愛さん一人でステージに立つって考えた時に、一体どんなスクールアイドルがやれるのかなって悩んじゃってね……」
色んな部活動の助っ人として活躍をしてきた彼女がやってきたのは、どれも“皆”でやる競技ばかりで。
スクールアイドル同好会も他と同じように“皆”でどんな活動が出来るのかと胸躍らせていた。
しかし知らされたのは“皆”ではなく“一人”でステージに立つこと。
それは今まで“皆”でやってきた彼女にとって未体験で、未知の領域なのだろう。
何でも卒なくこなす彼女なら、その答えもすぐに見つけると思っていたのだが、俺が想像しているより“一人”と言うのは彼女にとっては頭を悩ませる問題らしい。
「スポーツにはルールがあるけど、スクールアイドルにはそういうのないじゃん?だからこそ、愛さんの正解って何なのかなって……」
確かにスポーツや勉強にはルールがあり答えがある。
彼女が卒なくこなしてきたモノには明確な正解があって、その一つの正解を探せばいいだけだったのに、今彼女が向き合っているスクールアイドルには正解はない。
否―――正解がないわけではなく全てが正解なのだと。
先日、彼女の入部初日に行われた座学でもかすみが言っていたことだ。
スクールアイドルにはハッキリとした答えはなく、ファンに喜んで貰えることならどれも正解。だからこそ今まで一つの正解を見つけてきた彼女にとって悩みの種ということらしい。
潮風に揺れる綺麗な金髪。
暗くなった空を眺め、それが難しいと笑う彼女の隣で僭越ながらも俺は口を開く。
「なあ宮下。宮下ってスクールアイドルで何がしたい?」
「へ―――?」
間の抜けた声がおかしくて少しだけ笑ってしまう。
こちらを向いた彼女は少し考えた後、一つ一つ答えていく。
「えっと……ダンスに、歌に、ライブに、色んな衣装着たり、色んなスクールアイドルを知ったり……と、とにかく色々したい!!」
「じゃあ、それはどうして?」
「え―――?り、理由……?」
本日二度目の間の抜けた声。
少しだけヒントを与えすぎている気もするが、悩んだまま難しい顔をしている彼女を俺はそう長く見たくない。
彼女の求める彼女の正解は何となく分かる気がする。
確かに俺が正解を教えるのは簡単だけど、これからスクールアイドルを始める彼女にとってその原点は。
彼女の
だからこそ答えは言わず、彼女に問う。
今、何がしたいのか。スクールアイドルでどうしたいのか。
うーんうーんと頭を悩ませる彼女に向け、知っている限りの大きなヒントを伝える。
「答えは思ってるより簡単だよ。というかお前はいつだって
「へ?愛さんがいつもそう……?」
伝えた言葉にはてなを浮かべ頭を悩ませる彼女だが、これ以上はほとんど正解になってしまうので、あとは自分で考えて貰うのがいいだろうと思ったのだが―――。
「少なくとも、俺はお前と一緒にいるとだいたい
―――ほんの少しの優しさだけ残しておこう。
俺自身、彼女の
「え、ええ?!しもみーが愛さんに思ってることってな~に?ね~え~教えてよしもみー!」
「ダメだ、もう少し自分で考えてみろ」
甘えた声を出す宮下を突っぱね、分からないと首を傾げる宮下を尻目に、手すりから離れ事務連絡を兼ねて声をかける。
「バス停まで送ってくよ。明日の練習は朝9時にレインボー公園に集合だってさ。俺は先に着いてると思うけど遅れんなよ」
そう言い未だ頭を悩ませる宮下を連れ、夜の街頭が照らすお台場を二人でバス停に向けて歩き出す。
未だ隣で唸る彼女の横顔を見ながら、そんな彼女の未知を見つけるその瞬間に俺は胸を高鳴らせるのだった。
―――早く見つかればいいな、お前がやりたいスクールアイドル。