「……すげぇ」
湧き上がる拍手と歓声。
気が付くと俺と宮下の周りには多くのギャラリーが集まっており、その拍手と歓声に、今彼女が見せた即興のダンスとその歌に引き寄せられて来た人達なんだと言うことが分かった。
「―――サイッコー!!」
宮下がやりたいと言った―――“楽しい”スクールアイドル。
それは未完成のパフォーマンスだったとしても、ここまで多くの人間を魅了し、老若男女を引き寄せ笑顔にするのかと、その末恐ろしいポテンシャルに驚きが隠せなかった。
無論、俺も彼女が披露したパフォーマンスにくぎ付けになった一人なのは言うまでもない。
そしてそれと同時にそんな彼女のポテンシャルを十分に発揮させるほどの実力が俺にあるのかと、そう考えてしまったのも事実だ。
「―――しもみー!!」
名前を呼ばれ、その声にハッとして顔を上げた次の瞬間―――。
身体に感じた柔らかさと温かさ。
宮下が俺に抱き着いてきたのだと気付くのにそう時間は掛からなかった。
「みっ、宮下ぁ?!」
走った勢いのまま抱き着いたのか、後ろに倒れそうになってしまうけど、数歩下がりながらもしっかりと彼女を受け止め、その顔を見る。
「ほんとっ!しもみー最高だよ!!ねえねえ愛さん達って相性バッチリじゃない?あっ!―――アイ、だけにね」
得意げな顔でウインクをし、そう言う宮下だが。それアイって付いてたら何でもありじゃねーか。
『―――いやあ熱いねご両人!青春だね~!』
「い、いや違いますって!ちょ、ちょっと離れろ宮下」
不意にかけられた声に今の状況を思い出す。
俺たちの周りには、先ほどの宮下のパフォーマンスで多くのギャラリーが集まっており、そんな中で宮下が勢い任せに飛びつくもんだから、周りの人達からは俺たちが
「え……?違うのしもみー……愛さんとは、私とは遊びだったの……?」
「お前分かってやってんだろ!!」
「てへっ☆バレたか」
しおらしくそう言う彼女にツッコミを入れ、可愛らしく謝る宮下。
さすがにこのままでは気恥ずかしいと、助けを求めるように周りを見回していると。ギャラリーの後ろ―――公園の入り口付近に俺たちを除いた同好会メンバーの姿があるのを見つける。
抱き着く宮下を引きはがしながら、彼女たちに助けを求めるが、その顔は皆何とも言えない表情をしており、特にせつ菜とかすみの顔が怖い。
「もう皆来てるから行くぞ、宮―――」
ようやく離れた彼女の手を取り、公園の入り口付近に集まっている同好会メンバーの元へ向かおうとするのだが。
そんな中、俺はふいに言葉を言い止め、彼女を見た。
「……しもみー?」
パッチリとした大きな瞳は真っ直ぐに俺を見つめており、言葉を言い止めたこちらに首を傾げているのだが。
握った手の平から感じる熱。
彼女の額に微かに流れる汗。
そこに、彼女の先ほどのパフォーマンスへの真剣さを覗かせる。
彼女がそのパフォーマンスに使ったのは、初めて本格的にピアノを取り入れて作った曲―――そこに正直“不安”はあった。
今までもパソコンの打ち込みでピアノを使っていたとは言えど、メインをギター演奏からピアノ演奏に変えて作った初めて曲なのだ。
やり方を変えたことで今までの形や俺の作る曲スタイルが変わってたり、皆の為にと取り入れた
あの曲は、そんな初めての“不安”と隣り合わせに作った曲だった―――。
だけど彼女はそんな“不安”を“楽しい”に塗り替えて魅せた。
もう何度目かも分からない。
こんな“不安”を“楽しい”に変えてもらったのは。
同好会のゴタゴタがあった時もそう。
状況を知らなかったってのもあるんだろうけど、同好会を辞めた時もいつもと変わらない様子で接してくれて、ほんの少し荒れていた俺に気分転換をさせるよう助っ人の手伝いをお願いして来たり。
きっとあの時に変に気を使われて、ずっと一人でいたら悪いことばかり考えてしまってダメになっていたかも知れない。
小さなことで言うと、同好会に差し入れを持っていった時もそうか。
そんな、彼女にしてみれば些細なことかも知れないけど。
彼女といてその“楽しい”を感じさせる姿に助けられたのも事実だ。
そして極め付けはそんな“不安”を抱えながら作った曲を、あそこまでのクオリティに昇華させた彼女。もしかしたら先ほど言っていた相性が良いってのもあながち間違いでもないかも知れない。
だからか分からないけど―――ほんの気まぐれかも知れないけど。
「―――
そんな彼女を―――
「!! し、しもみー!い、今……!!」
「う、うるせえ。何か言うならすぐに戻すからな!―――
「う、うん!ごめんねしもみー!!」
何故か分からないが再度湧き上がる拍手と歓声。
そんなギャラリーを掻き分け、愛の手を引きながら、公園の入り口付近に集まる同好会メンバーの元へと急ぐ。ギャラリーの拍手と歓声に愛は丁寧にお礼を言いながら会釈を繰り返してるのだが、何かもう俺だけ恥ずかしいので先に離れてていいですかね!?
「―――本当スゴかったよ愛ちゃん!」
ようやく集まったギャラリーから抜け出して同好会メンバーの元へ辿り着いた俺たち。
早速先ほどのパフォーマンスを見ていたらしい侑がキラキラした瞳で愛に駆け寄る―――っておいおい侑さんや、歩夢がこっち見てるぞ。
そんな侑に愛も嬉しそうな表情で後ろ頭に手をやっているが―――ってどうしたその顔、めっちゃふにゃふにゃしてるぞ何があった。大丈夫かそれ。
どうやら先ほどのパフォーマンスを全員が見ていたようで、侑と同じように愛に向けて尊敬と感動の眼差しを向けている―――のだが。
その中で二つ―――それとは違った視線を向ける二人の姿が。
「ところで~お二人はいつまで手を握っているんですか~?」
「そうですよコウさん、そんな羨ま―――不純異性交遊は認められません」
ニコニコと笑顔で話しかけるのはかすみとせつ菜。
手を握ってたのはつい離すのを忘れてしまっていただけだが、不純異性交遊に関しては頬にキスしてきたお前がそれを言うのか……。
まあかすみの言うこともごもっともなので、繋いでいた手を離そうと力を弱めるのだが。
「―――愛?」
その手はギュッと握り返した愛の手によって、変わらず繋がれたままであった。
そんな愛に首を傾げ、そちら向くのだが、そのタイミングと同時に彼女はこちらに身を寄せ、腕に抱き着いて笑って見せた。
「えへへ―――だって愛さんとしもみーは相性バッチリ、だからねっ」
嬉しそうに楽しそうに笑う彼女に一瞬だけドキッとしたのは内緒だが。
愛はそのまま「ぐぬぬ」と悔しそうな表情を見せたかすみと驚くせつ菜に向け、不敵に笑ってみせた。
「負けないからね―――せっつー、かすみん」
宣戦布告にも取れる台詞。
しかし同好会のメンバー全員ではなく、せつ菜とかすみだけと言うことは一体何の勝敗についてだろうか。
そんな愛にせつ菜とかすみもハッとした表情を見せた後、ニヤッと笑いお互いの視線を交わすのであった。
「え?なんの話、スクールアイドルの話じゃねえの?」
「ううん!しもみーは関係ないから大丈夫!」
あっ、そうでしたか……。
問いかけた言葉を元気よく一蹴する愛。彼女はそのまま抱き着いた俺の腕から離れ、せつ菜とかすみと向き合い、バチバチとお互いを見合っているが……。喧嘩だけはするなよ、そう切に願う俺であった。
「ねえ、コウ!私、皆のステージも見てみたい!」
そして愛の拘束から解放された俺に、興奮冷めやらぬといった様子で声をかける侑。
彼女はそのトレードマークのツインテールをぴょこぴょこと動かしながら、言葉を続けた。
「“一人”だけど、
侑の言う通りだ。彼女たちの個性は。それぞれ皆のやりたいことは十人十色。
せつ菜が“大好き”を大切にするように。
かすみが“可愛さ”を極めるように。
愛が“楽しい”を求めるように。
全員が全員スクールアイドルに対する答えが違って、決して混ざり合えない俺たち。
だけどそれは裏を返せば、違うからこそ一人一人が自分達の色を大切にして、自分達のやりたいことを極め、どこまでも求めるように光り輝けるということ。
「そんな皆がライブをやったら、なんかスッゴイことになりそうな気がしてきちゃったんだ!!」
目を輝かせ、宝物を見つけた子供のように話す侑の姿。
それは確かに叶えば最高な夢のような話だけど、本当に一人一人が輝ける場が作れるかどうかなんて分からない。個性の強い俺たちなら尚更だ。
けれどその場にはそんな夢物語を話す侑を笑うものはおらず、全員が真剣に、先ほどまで火花を散らしていた三人もまた侑の言葉に聞き入っていた。
キラキラと輝く宝石のような瞳をより輝かせる為に。
叶えば最高な夢を叶える為に。一人一人が輝ける場を作る―――。
「―――ああ、その為に俺がいる」
せつ菜の“大好き”も、かすみの“可愛さ”も、愛の“楽しい”も。
歩夢、しずく、璃奈ちゃん、彼方先輩、エマ先輩。
皆の個性を、やりたいことを表現して。
彼女たちの“一番”を叶える。
それが俺のやりたいことで―――その為の
集まる視線を見渡し、彼女たちの熱い視線に応えるように俺もまた目を輝かせたのだった。
「だからもっと俺に教えてくれ―――皆の“やりたい”ことを!!」
第二部「“楽しい”をもっと皆と」編、完。
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