虹を繋いで   作:うめ茶漬け

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第三部「“ポカポカ”な毎日を」
23 侑と歩夢とコウ(上)


「コウくん、こんばんわっ」

 

 そう言いニコリと笑う彼女。

 その頬は僅かに火照っており、風に乗って香るシャンプーの匂いが今、目の前にいる彼女―――上原歩夢がお風呂上りなんだと言うことを暗に俺に伝えていた。

 

「……風呂入ってきたのか」

「うん、侑ちゃん家でお先にいただいちゃって」

 

 それもあり日中会う時とは違って化粧も乗せてない歩夢だったが、大きくパッチリした瞳に、キメ細やかな肌。そして、いつものハーフアップではない下ろした髪型にいつもの彼女とのギャップを感じ、不意に胸の鼓動が高鳴るのを感じた。

 

「……コウくん?」

「……歩夢、見ない間に本当可愛くなったよな」

「ふぇ?!」

 

 火照っていた顔を更に赤くし、声を上げる歩夢。

 

 時刻は夕焼けも消え、空が暗くなってから一時間ほど経過した頃。

 寮―――ではなく、実家のマンションの玄関先で歩夢を迎えた俺は、夜風に湯冷めさせてはいけないと頬を赤くした歩夢を家に招き入れる。

 そのまま歩夢をリビングへ案内したいところだが、今日の目的はそれではない。

 

「も、もうコウくん、そういうこと他の女の子には軽々しく言っちゃダメだよ……」

「重々しく言ったらいいのか」

「もう~そういうことじゃなくて……」

 

 玄関先に立つ歩夢の声を背に彼女の言葉に応えながら、自室へ急ぐ。

 俺の部屋は虹ヶ咲学園の寮に入る前と配置は変わっておらず、綺麗に掃除されたその場所は俺がいつでも帰ってきて良いようにと日頃から手を入れているようで、そこにまた母親の愛情を感じた。

 

「定期的に実家には帰ろう」なんてことを考えながら自室の壁に立てかけられたギターケースを手に取り、玄関先で待つ歩夢の元へと急ぐ。

 

「悪い、待たせた」

「ううん、ぜんぜ―――今来たとこっ」

「……なーに言ってんだお前」

 

 語尾に♡でも付けるように甘く言い直した歩夢に正直ドキッとしたが、それを隠しつつジト目でそう応えた。

 まるでデートの待ち合わせのように振る舞う歩夢に男心を弄ばれたのは少々癪だが、そんな歩夢に気の利いた反撃が出来るほど女慣れしているわけもなく、彼女との話もほどほどに家を出た。

 

「―――三人でのお泊り、久しぶりだねっ!」

 

 マンションの廊下を二人で並んで目的地へと向かう。

 隣を歩く歩夢の髪から香るシャンプーの良い匂いが鼻孔をくすぐるのを感じながら、彼女の答えに頷いた。

 

 先日、侑と歩夢から提案されたお泊り会。

 

 長い間距離を取っていた俺とまた三人で話がしたいのだと言う二人の要望に、さすがに最初は難色を示したのだが、今までのことと彼女たちへの埋め合わせが出来ていないことを思い出し。悩んだ結果、最終的には承諾したという、そういう背景がある。

 

 歩夢にしていた態度は勿論のことながら、侑に対しても突き放すような真似をしていた俺には、二人のお願いやわがままにあまり強く出られないというのが正直なところだ。

 

 しかし冷静になって考えてみれば、あの頃からお互い身体も精神も成長しており、そんな男女三人が同じ屋根の下で一夜を共にするなんて、青少年の健全な育成的にはいかがなものか。男同士でも密室だと何が起きるか分かんないこのご時世だし。

 

 しかし隣を歩く歩夢はそんなこと気にしている様子もなく、楽しそうに鼻歌交じりに先の階段を下りる。

 その髪が揺れる度、辺りにシャンプーの良い香りが広がって男心が擽られるのも本音なんだが、幼馴染とは言え本当に無防備だな。

 

「コウくん~!こっちこっち~!」

 

 先を行った歩夢はちょうど下の階の廊下で手招きするように手を振っているが、その服装は就寝時の軽装―――パジャマと言うこともあり、薄い布が浮かび上がらせた胸のシルエットが手を振る度に揺れ、青少年として健全な邪な気持ちが湧き上がるのもまた事実。

 

「……そんなに手振らなくても覚えてるっての」

「えへへ、久しぶりだからつい……」

 

 しかしそんな邪な気持ちに支配されては純粋に幼馴染として好意を向けてくれる歩夢に申し訳が立たないと、遠目でしっかりとその揺れを焼き付け、手を振る歩夢に追いついた。

 

「……にしても、来るのは本当久々な気がするな」

 

 マンションの一室。表札に書かれた「高咲」という文字。

 

 どうやら今日は侑の両親が仕事でいないらしく、それもあってかお泊り会も今週に計画されたという。

 まあ俺自身どういう理由であれ、娘さんに辛い思いをさせたのも確か。そのご両親がいるとなると居たたまれなく断っていたかも知れない可能性を考えると、タイミング的には良かったのかも、なんて。

 

「侑ちゃんも今日のお泊り会すっごく楽しみにしてたからね。じゃあ開けるよ」

 

 そう言い、歩夢は侑の家の扉を開ける。

 扉の先、ルームフレグランスの爽やかな香りを鼻に感じながら、扉を開けてくれた歩夢の後ろに続くよう、俺も玄関に入る。

 並べられた侑のローファーに目新しい玄関マット、リビングへ続く廊下は昔と変らず懐かしさを感じる。侑はリビングで待っているのだろうか?

 

「侑ちゃーん!ただいまー!」

 

 楽しみにしてると言うぐらいだから出迎えの一つでもあるのかと思ったが、侑は一向に現れず、スリッパに履き替えた歩夢は痺れを切らしたように侑を呼ぶ。

 

「うんー!おかえり歩夢ー!」

 

 そうして聞こえてきた侑の声。

 リビングに続く廊下の右奥にある扉から聞こえたその声の主は、何かを急ぐようにバタバタと物音を立てた後、落ち着きを取り戻したようにゆっくりと扉を開け、その姿を見せた―――。

 

「コウならまだ来て、な―――」

 

 それも―――バスタオル姿で。

 

「―――え?」

「―――は?」

「―――あっ」

 

 身体から湯気をあげ、生まれたままの姿にバスタオルを巻いて現れた侑。

 

 いつものツインテールではなく解かれた髪は僅かに湿っており、その前髪から落ちた水滴が彼女の健康的な身体を伝い胸元の谷間へ吸い込まれる。

 半分以上はタオルで隠れてはいるが、隠しきれない上乳はハッキリと見えており、タオルの下から伸びた太ももを含めて綺麗な肌色をしており、思わずその姿に目を奪われてしまう。

 

 そして顔を上げた先、視線が合った侑はみるみると顔を赤くし―――叫んだ。

 

「う、うわああああああ!!な、なんでコココココ、コウが!!!!」

「ゆ、侑ちゃん!早く脱衣所に戻って!!」

 

 思わずその場にしゃがみ込む侑。

 歩夢は焦った様子で侑の元へ駆け寄り、侑の声で我に返った俺はすぐに背を向け、布切れ一枚の侑から目を逸らした。

 しかし侑には悪いがもろアウトだ、色々と見えてしまった。も、勿論中身ではなく外側の肌色のことだが。

 

「ゆ、侑ちゃん!ほ、ほら立ち上がって!」

「こ、コウ!ぜ、絶対後ろ振り返らないでね!絶対だからね!」

 

 ……もしかしてそれはフリなのか?

 

 後ろから聞こえる侑と歩夢のドッタンバッタン大騒ぎにお泊り会に来て早々帰りたさを覚えながら、脳裏に焼きついた侑のバスタオル姿に身体の熱が集まるのを感じ、その気恥ずかしさに思わず目を覆うのだった。

 

 思ったより胸あるんだな……侑。

 

 

 ◇

 

 

「大変申し訳ございませんでした」

 

 リビングの床に頭を付き、綺麗な土下座を披露する侑。

 先ほどの布切れ一枚の状態から着替え、Tシャツとショートパンツを着た侑はソファに腰かける俺へと深々と頭を下げて謝った。

 

「い、いや俺こそごめんって言うか、馳走様と言うか……」

「……コウくん?」

 

 思わずこぼれた本音にキッチンに立つ歩夢の方から聞こえた凍えるように冷たい声と、背中に感じる氷のような視線から逃げるように、リビングの床に膝を付き侑と向かい合う。

 

 侑は恐る恐ると顔を上げ、俺を見た。

 その頬にはまだ微かに羞恥心が残っており、そんな年頃の彼女にしてしまったことへの気まずさと申し訳なさを感じながら、俺も言葉を返す。

 

「本当に悪い、俺もタイミングをもうちょっと考えるべきだった……」

「い、いやコウは悪くないよ。歩夢がコウを迎えに行くってのを聞き間違えたせいだし、これは全面的に私が……」

 

 歩夢の話では侑が風呂に入った直後に、お風呂場の扉越しで俺を迎えに行くと伝えたらしいのだが、シャワーの水の音で聞こえなかったらしく、コンビニへ買い出しにでも行くのだと勘違いしてしまったということらしい。

 

 正直な話、年頃の男の子としてはこういうラッキースケベは願ったり叶ったりであり、眼福だったわけなんだが。相手は幼馴染と言えど年頃の女の子、嫁入り前に彼氏でもない男に裸を見られたとなれば、その心の傷は計り知れない。

 

「こ、コウも災難だったよね。歩夢の裸ならまだしも私みたいな貧相な身体を見ても嬉しくとも何ともないだろうし……」

「……え?」

「大げさに驚いちゃってごめ……え?」

 

 申し訳なさそうに空笑いをした侑に思わず間の抜けた声がこぼれる。

 言葉を言いかけていた侑も俺の間の抜けた声に言葉を言い止め、不思議そうにこちらを見た。

 

「……あーえっと、まあうん。そ、そうだなー災難だったなー。うんうん」

「え?え?え?ど、どういうこと?い、今の間は何なのさコウ?」

 

 先ほどの侑の発言に乗っかる形で同意する俺に焦ったように聞き返す侑だが、変な発言をして黒歴史を残すのも嫌なので、このまま勘違いしてもらった方が都合が良い。

 

 正直、侑は可愛いし、スタイルもちゃんと良い。

 

 引っ込むところは引っ込んで、出るところはちゃんと出ており、思春期の男子としては理想的なプロポーションだと思う。

 そんな彼女の風呂上がりの無防備な恰好を一目でも見れたとなれば、誰もが歓喜の歌を歌いだすこと間違えないのだが、侑自身そうは思わないらしい。

 

「いやいや、全然気にしなくていいよ。うん、あの大丈夫。俺は大丈夫よ」

「えええええ?!ちょ、ちょっと大丈夫じゃなくて教えてよコウ~!」

「ハハハハハハハ」

 

 服を掴んだまま身体を左右に揺らし、詰め寄ってくる侑に空笑いを浮かべながら、彼女と二人、キッチンで夕飯の準備をしてくれている歩夢の到着を待つのであった。

 

 

 ◇

 

 

「「ごちそーさま!」」

「お粗末さまでした」

 

 手を合わせ合掌した俺と侑に、ニコニコと笑顔を浮かべ歩夢はそう応える。

 お皿に盛られたカレーを綺麗さっぱり完食し、歩夢がおかずとして作ってくれた特製卵焼きは塵一つ残さぬように味わった。

 普段、寮での食事は学食かコンビニが多い為、こういう幼馴染の手作りと言うのは本当に心が温かくなって美味しく感じる。

 

「あー……歩夢の料理を毎日食べたい……」

「分かる、歩夢の作ってくれた料理って絶品だもんね。今日のカレーは私も手伝ったけどさ」

「なあ歩夢、残ったやつをタッパーで持って帰っていいか?」

「え?うんっいいよ。侑ちゃん、余ってるタッパーってある?」

「あるけど、コウ。今日のカレー本当に美味しかったよね!あれ実は私も手伝ったんだよ」

「卵焼きも美味しかった……俺は満足だ……」

「卵焼きも同意するけど、あ、あれ?聞こえてないのかな私の声?」

 

 食べ終わった食器を片付け、三人で役割分担をして皿洗い。

 その後はリビングのソファに座って、リビングに置かれたテレビから流れるバラティー番組を見ながら談笑し、時にはツッコみ時間は過ぎて行く。

 

「そういや愛がこのお笑い芸人さん、最近一押しって言ってたっけ」

「へえー、どういうネタする芸人さんなの?」

「いや、ひたすらおやじギャグを言うらしい」

中年(・・)のどこが悪いっちゅうねん(・・・・・)睡魔(・・)に負けてすいま(・・・)せん!許してください!何でもしますから!』

「プッ―――アッハハハハハハハ!!アハハハッハハ!!お、お腹痛い~!!」

「笑ってんのお前だけだぞ……。いや待てよ、テレビに出るほど人気ってことは面白いのか……?もしかしてこの笑いを分からない俺たちの方がおかしいのでは?」

「コウくんが笑いを分からなくなっている……」

「アッハハハハハ!!ハハ……ゲッホゲホッ!!あ、あゆむっ……助けっ……!!」

「も、もう侑ちゃん笑い過ぎだって、ほらお水!」

 

 それは、ほんの少し前までは想像も出来なかった光景。

 

 侑、歩夢、コウ。

 幼馴染の三人がまた一緒に集まって、笑い合っている。

 

 出会ってから長い年月が経ち、それぞれが大人の階段を登り始めた俺たち。

 男女の成長の違いに戸惑い、時に間違えながらも、お互いのことを知っていって、今もこうして一緒にいる。

 それがどれだけ幸運なことなのか想像も出来ないけど、それもこれも俺を諦めてくれなかった二人(侑と歩夢)のおかげであり、そんな二人(侑と歩夢)のことが俺は"大好き"だ。

 

 侑が手を伸ばし、伝えてくれたから。

 歩夢が寄り添い、教えてくれたから。

 二人(侑と歩夢)だったから―――今がある。

 

 だから今度は俺が"二人"のやりたいことを、叶えたい一番を応援する番なのだと。そう思う。

 俺のわがままで二人を悲しませた分、幸せにしてあげたいと心新たに決意するのだった。

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