「あぁ~「CHASE!」ときめいちゃうなあ~」
両手を頬に当て、クネクネと身体を動かしながらキラキラとした目で見つめる侑。
彼女からリクエストされた曲の演奏を終えた俺は、緊張を解くようにふうと息を吐き出しソファに深く座り直した。
「本当にギター上手になったよねコウくん、せつ菜ちゃんの曲もこれで?」
「ああ、大体の流れはこれを譜面に起こして、仕上げはパソコンで打ち込んで完成って感じかな」
「昔から色んなことが出来るのは知ってたけど、作曲も出来るなんてさすが私たちの幼馴染」
先ほどまでソファの左端に座っていた侑は、場所を移動しちょうど俺の右隣に来ていた。
それもあって座る配置は変わり、左から歩夢、俺、侑と、二人に挟まれる形で披露した曲だったが、ちゃんと弾けたようで内心ホッとしている。
「最近は作曲にピアノも取り入れてるんだよね?」
「ああMIDIキーボードね。幸い配列はパソコンで打ち込みする時と同じだし、おかげで前より仕上げが格段に早く出来るようになったかな」
「みでぃきーぼーど?」
「あー簡単に言うと電子キーボード。パソコンに打ち込む時に使うんだけど、CHASE!の時は色々と初めてってのもあったんだけど、マウスとキーボードで一音一音打ち込んでたからえらく時間が掛かってな」
それも込みで菜々は優木せつ菜のお披露目の半年前に俺に声をかけたのだろうか。
そんな話をしたことはなかったが、長めの猶予をくれたのは英断と言えるだろう。まあ今では笑い話だけど、最初は普通に断ってたからなあ。
「やっぱり作曲って大変なんだね……」
隣でそう応える歩夢。
歩夢も今はスクールアイドルを始めたばかりだけど、いつか来るステージの為にも彼女に見合った楽曲を作ってあげないとな。とは思っている。
「ねえ!コウ!」
そんな中、こちらに体を寄せる侑。
風呂上がりを目撃してから時間は経っている筈だが、体を寄せたことによって香るシャンプーの匂い。
歩夢と同じものを使っている筈だが、それとはまた違った心地の良い香りに思わずクラついてしまいそうになるけど、何とかそれを抑え侑を見る。
「何か手伝えることがあったらさ、私を頼ってよ!」
「え?な、なんだいきなり……」
突然、侑が言い出した言葉。
俺が首を傾げていると、侑も先ほどの発言に訂正するように、頭に片方の手を当て申し訳なさそうに笑う。
「あ、ああごめんごめん。歩夢を応援したくて始めたスクールアイドル活動だったけど、コウがここまで頑張ってくれてるってこと考えたら、コウの力にもなりたいなって思ってさ」
照れ臭そうにそう話す侑。
「気持ちは嬉しいけど、DTMとか出来んのか?」
「でぃーてぃーえむ?あのゲームセンターにある踊るやつ?」
「それはDDR、ダンスダンスレボリューションだろ……」
「あっ……えへへ」
見知らぬ言葉に笑って誤魔化す侑だけど、その気持ちは本当にありがたい。
俺が作曲をするのは皆のため。
皆が“大好き”だからってのは勿論なんだけど。俺を導いてくれた皆のことを、俺を支えてくれた皆のことを。
次は俺が導いて支えられる存在になりたいから。
だから変わりたいと思って、選択肢を増やした。
けれど先日せつ菜とかすみとも話したように、同好会メンバーの作曲を担当するというのは、手札を増やしたとしても至難の業。
いつか無理が出てくるかも知れない、そんな時には皆を頼りたいと思っていたから。一番身近な存在である侑がこう言ってくれるのは本当にありがたい。
少しだけ不安の入り混じった表情を見せる侑、その頭に手を乗せて優しく撫でる。
「でも、気持ちは嬉しいよ。その時は頼るからヨロシクな侑」
俺がそう言うと、侑の表情はみるみると明るく花開くのだった。
「―――うんっ!!」
悩んだら、迷ったら、俺にはこう言ってくれる幼馴染も仲間もいてくれる―――これが頼りになると言わずに何というのだ。
「わ、私だってコウくんに手料理の差し入れとかするね!私だってコウくんの幼馴染だもん!」
「えっ?!歩夢の手料理?!そっちのが嬉しいかも!」
「コウ?!わ、私もコウの身の回りの世話とかするよ!」
「いやあそこまで日常生活困ってないし……」
「な、何かさせてよ!私、何でもするからさ!!」
「ん?今何でもするって……」
「コウくん?」
「あっ、すみません嘘ですごめんなさい歩夢さん」
◇
「にしても本当に「CHASE!」って良い曲だよね。コウが作った曲もそうだけど、歌ってるせつ菜ちゃんともベストマッチしてて、初めて見た時は本当にときめいちゃったな~」、
「うん、あの時はスゴかったよね。そういえばなんだけど、コウくんが作曲する時ってどういう風に作ってるの?」
「―――え?」
彼女たちからのリクエストを終え、ギターを腕に抱えていた俺に歩夢から投げかけられた質問。最終的な仕上げは先ほども言った通り、パソコンで打ち込むという形にはなっているが、彼女の言う作曲と言うのは、打ち込む以前の曲のことを言っているのだろうか。
「えっと、“イメージ”から弾き起こしてるかな……」
「「イメージ?」」
その言葉に両隣の二人は不思議そうに首を傾げ、聞き返す。
「皆のやりたいことを叶えられる曲ってのが一番だけどさ。その子が今感じてることとか思ってることを、その子を見て、聞いて、話して、知って。そういう風に膨らんだ“イメージ”を弾いて譜面に起こしてるって感じ……かな?」
それぞれの叶えたい一番。
そういう原点みたいのは変わらないと思うけど、人のやりたいことって言うのは日々変化し、進化していく。
そういうのを知る為にその子を見て、聞いて、話をして。そうして感じたその子の“今”の“イメージ”をギターで形にすることによって曲を作っている。
「へえ……天才肌ってやつなのかな……?」
「え?」
「いや、よく聞く話だと楽器を弾きながら譜面に書き起こして曲を作るってのが定番だからさ。コウがやってるのって先にギターを弾いて、後から譜面に起こすってことでしょ?」
言われてみれば……。
先に“イメージ”を録音しながら弾いて、後から譜面に書き起こすってことならやったことがあるが、先に譜面を書き起こして作曲するってのはやったことがない。
まあ天才でも秀才でも、彼女たちのやりたいことを叶えられるなら何でも良い。才能があると言うなら、その才能とやらをボコボコになるまで使い潰して彼女たちに仕えようではないか。
まあ同好会以外の作曲とかはやるつもりはないし。
「―――じゃ、じゃあさ、コウくん」
そんなことを考えていると、おずおずとした様子で手を上げた歩夢。
不思議そうにそちらを向いた俺へと、歩夢はその問いかけに続くようにゆっくりと口を開いた。
「わ、私のイメージだとどういう感じなのかな?」
「え?」
こちらの様子を伺いながら、恐る恐るに言った歩夢に間の抜けた声が上がる。
勿論それは俺から出た声なのだが、つい先ほど歩夢の曲も作ってあげないとなと思っての発言だった為、少々驚いている。
でも当たり前だけど、歩夢も自分からスクールアイドルを志した一人。
しかし先ほども話した通り“イメージ”の上で弾き起こす俺のスタイルでは、今の歩夢のお願いには答えることは出来ない。
幼馴染と言うこともあり“イメージ”は知っていると思われてそうだが。
歩夢の叶えたい一番。その原点ってのは昔から変わっていなくても、“今”彼女がやりたいことってのは“今”の彼女を知らなければ答えられない。
ここで引き合いに出すのは少々酷だが、昔と同じように仲良く出来たとしても、三年という時間で空いた溝はそう簡単には埋まらない。
三年の間に彼女たちのことで知らないことも増えただろうし、逆に俺のことで彼女たちが知らないことも増えている。
短いようで長い。三年という時間は歩夢の“今”を弾き起こすには、あまりにも致命的で彼女の問いかけに誤魔化すことしか出来ない自分が情けなかった。
「あー……さすがにいきなりってのは難しいな。何か曲を“イメージ”出来るものがあれば別なんだけど」
「あっ―――そ、それなら……!」
俺がそう言うと、歩夢は何かを思い出したように立ち上がって廊下の方へ駆けていく、そのまま歩夢の足音はだんだんと遠ざかり、玄関から外に出ていく物音が聞こえた。
思わず顔を見合わす俺と侑だったが。それからすぐに玄関が開く物音が聞こえて歩夢が帰ってきた。ちゃんと鍵も閉めてるみたいだ。
そのまま歩夢には珍しくドタドタを足音を響かせながら、微かに息を切らした状態でリビングへと飛び込んできた。
「こ、コウくん!これ!!」
そう言い歩夢が差し出したのは一冊の帳面。
ピンク色のキャンパスノート。
「こ、これは?」
「か、歌詞!書いてみたの!」
歩夢の言葉に驚き、手に持った帳面を見る。
歩夢の様子から察するに作詞自体が始めてのようであり、不安と恥ずかしさが入り交ざったその表情に、少しだけ開くのをためらいそうになってしまうが。
「見て、いいのか?」
「うん、コウくんに見て欲しい。私のやりたいことを書いてみたから」
不安も恥ずかしさもある。だけど真っ直ぐと芯の通った歩夢の言葉に思わず息を飲む。
そしてそんな彼女の言葉にしっかりと応えるように、帳面の開きそこに書かれた歌詞に目を通した。
「―――これは」
曲名は「Dream with You」
直訳で―――あなたと夢を見る。
昔と変らず女の子らしく可愛いらしい歩夢の筆跡。
しかし、そこに書かれていた歌詞は俺の知らない“今”の歩夢。
ダイバーシティでのせつ菜のライブを見て、スクールアイドルを志した彼女が、隣で応援したいという侑と共に、これからの環境の変化や叶えたいことを赤裸々に書き記した歌詞。
彼女が“今”やりたいこと、伝えたいこと、叶えたいこと。
それは、そんな“今”の上原歩夢の“イメージ”が十二分に詰まった等身大の歌詞だった。
「どう……かな?」
「これだったら、いける、かも……。侑、録音頼めるか?」
「え?あ、ああ、うん!任せて」
帳面にある歌詞の書かれたページを机の上に開き、ギターを構える。
侑の隣で不安そうに胸元で手を組む歩夢と、キラキラとした目でスマホを構える侑。
彼女が書き起こした“今”の
その歌詞に感じた“イメージ”を漏らさないように、俺は大きく息を吸い込んだ―――。
「―――飛び立てる Dreaming Sky 一人じゃないから」
「どこまでも 行ける気がするよ 空の向こう―――強く 願う 今」
そうして歌う。俺の知らない彼女を―――上原 歩夢の“今”を。
◇
気が付けばギターを演奏は終わっており、俺の耳には二人分の拍手が送られていた。
ピコンという録音を終える音が聞こえ、スマホを構えた侑を見ると、侑は先ほどよりも鼻息荒く興奮した様子でこれでもかと言うぐらい目をキラキラさせ、顔を近付けた。
「最っ高にトキメいちゃったよ!!!!コウ!!!!」
「うっさ……声抑えろ侑……」
こういう時、自分以上に盛り上げっているやつを見ると逆にこっちが冷静になるの法則。
近所迷惑な声の大きさの侑にツッコみを入れ、近付いてくる彼女を遠ざけるように侑のおでこを押して引き離す。
そしてその後ろで頬を赤く染め、嬉しそうな表情を見せる歩夢に声をかける。
「歩夢、どうだった?今の」
「うん!うん!やっぱりコウくんは本当スゴいね!」
「おう。ありが……とう」
その言葉に一気に緊張がほどけたように、ソファの背もたれに倒れ込みそのまま身体を脱力させた。
お腹に乗せたギターの子守りをするように優しく叩きながら、先ほどの録音データを確認しておきたいと、スマホに目をやる侑へと声をかける。
「あー侑。さっきの録音したデータ、俺のスマホに送っといてくれ」
「うん!送っとく!えっと―――」
「コウくん、本当にありがとね!今飲み物用意するから待ってて!」
「ありがとぉ歩夢……」
そう言いパタパタと鼻歌交じりにキッチンへと向かう歩夢と、スマホを操作し先ほどの録音データを送る準備をしている侑。
そして聞こえた
おもむろにポケットから取り出したスマホの画面には、録音データを送ってくれた侑の名前が表示されているのだが。
「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会……?」
「―――あっ、間違えた」
そこに表示された言葉の意味を理解する前に、次々と鳴り響くメッセージの通知音。
それは同時に俺のスマホの画面に多くのメッセージを表示し、侑と歩夢のスマホからも同じ通知音が何回にも響き渡っていた。
一時の放心状態から回復した俺はそのまま音の通知元であるLINKのトーク画面、そこに表示されたメッセージをゆっくりと開いた。
| 愛 |
|
| か |
|
| せ |
|
| し |
|
| エ |
|
| 璃 |
|
| 彼 |
|
「おまっ……侑!」
状況を理解し、やってしまったという表情をしていた侑を睨んだ。
そもそも今回のお泊り会自体も、同好会の皆には(幼馴染とは言え)男女が一つ屋根の下で寝泊まりすると言うことで、要らぬ誤解を生まぬよう伏せていたわけなんだが―――って動画?
「侑!お前さっきの録画してたのかよ!俺のことは撮らなくていいんだって!」
「あーさっきのコウがあんまりにも様になってたからつい……」
「え、ああ。いや気持ちは嬉しいんだけど……」
侑と話している間にも鳴り止まぬ通知音。
トーク画面にはせつ菜やかすみたちからのメッセージが時間が経つことに増えており、どうやら個人のトークにも問い質す節のメッセージが送られてきているようであった。
「どうすんだよこれ……」
「コウくん!私に任せて!」
今この瞬間にも増えていくメッセージに困惑を隠しきれない俺に、助け舟を出すように自信満々に声を上げる歩夢。そんな頼もしい歩夢の姿に俺も期待せずにいられない。
すると彼女は手に持った飲み物入りのコップを机に置き、ポケットからスマホ取り出すと、こちらに背を向けおもむろにスマホを構え。
「ほら二人とも撮るよ~。はいチーズっ」
「イェイ☆」
「は、はいっ」
そして鳴り響いたシャッター音。
思わずピースをしてしまったが、歩夢の行動に首を傾げていると、スマホのトーク画面に一枚の写真が投下された。
恐る恐るそれは見ると、そこには可愛らしく笑顔を浮かべピースをする歩夢と楽しそうにピースをする侑。そして、その後ろで状況が分かっていない様子でポカーンとピースをする俺の写真が上げられていた。
| 歩 |
|
| 侑 |
|
「高咲ィイイイ上原ァアアアアアア!!!」
思わず声を荒げた俺に噴き出し、楽しそうに笑う二人。
正直、本気で一喝したいところだが、そんな二人の笑顔を前にして怒るに怒れず、そんな怒りを発散させるように大きな溜め息を吐き出すのであった、が。
「―――ひぃいい!!」
「あっ、通話だよコウ」
先ほどまでの通知音とはまた違った―――着信音がスマホから鳴り、画面に表示された優木せつ菜の文字。
そこに感じた恐怖に思わずスマホを手から離してしまうのだが、ソファに落ちたスマホからは先ほどと変わらず同じ着信音を鳴り響かせるだけであった。
「あっ、コウくん。せつ菜ちゃんが週明けに生徒会室に来て欲しいだって」
「な、なんで俺だけ……」
「ドンマイだよ、コウ!」
「ぐぬぬ、今に見とけよお前ら……」
未だに増え続けるメッセージと代わる代わるに鳴り響く通知音。
溜め息を吐き出した俺を尻目に楽しそうな笑顔を浮かべる
こういうのもまた俺たちの関係性としては正しいのだろうか。まあ二人が笑顔ならそれでもいいか、なんて。
そんなことを考えながら、三人の時間は過ぎ、夜は更けていくのだった―――。
―――あー週明け、せつ菜にどう説明しようかなあ
◇
そして運命の週明け。
せつ菜―――菜々曰く男女の宿泊は不純異性交遊らしく咎められましたが、私のような監督者がいれば構わないと言っていました
単に混ざりたかっただけじゃねーか。