侑と歩夢とのお泊り会から数日が経った、ある日の放課後。
同好会の皆が練習場所としてよく利用する西棟屋上、そこに俺はいた。
いつもはこの時間帯、
今日の議題を何にするかという話は聞いていなかったが、時間内で話がまとまれば合流するということは言ってたし、ミーティングには侑もいてくれている。もう少し俺一人で弾いていても大丈夫だろう。
「えーっと……今のは……」
ベンチの傍らに置いたスマホの録音機能を止め、そこから繋がれたイヤホンを両耳に入れる。そして、再生ボタンを押した後に流れ始めたアコスティックギターの音色。
それを自分の耳で確認しながら、屋上から見える青空を見つめているが、口から零れるのはそんな澄み渡った青空とは正反対の重苦しい唸り声。
彼女たちの“イメージ”を表現するには、まだまだ改良の余地があるみたいだ。
「―――下海君」
そんなことを考えながらイヤホンを外し、ギターの音を確認するように弦に触れていると、不意に呼ばれた名前。反射的にその声がした方を振り向いた俺は、呼ばれた声に応えるように彼女の名前を呼んだ。
「―――小山先輩」
そこに立っていたのは、三年生を示すオレンジ色の虹ヶ咲学園指定ジャージを身にまとった彼女―――
小山先輩は振り返った俺に応えるようにこちらに歩み寄り、隣のベンチに腰かける。
「えっと、すみません。やっぱり練習のお邪魔でした?」
「いや、そんなことはないよ。時折聞こえるギターの音色が心地良かったぐらいだよ」
そういい微笑んだ小山先輩。
虹ヶ咲学園の屋上は俺たち同好会が練習に使わせてもらうことも多いのだが、その敷地は他の学校に比べても大きく。スクールアイドル同好会の皆が広がって練習をしたとしても、有り余るほどの広さがあるのだ。
その為、他の部活動が使っている姿も多く見受けられる―――と言っても、この
そんな中で屋上に訪れた俺だったのだが、今日は演劇部が屋上での発声練習をしていた為、ギターの音色が彼女たちの練習のお邪魔にならないように、先に声を掛けていたというわけなのである。
「それはどうも。他の部員の皆さんは?」
「他の部員はランニングに行かせたよ。とは言っても私もこの後に合流するんだけど」
辺りを見回すのだが、屋上には先ほど練習していた演劇部の生徒たちの姿が見えないことに気付き、彼女にそう問いかける。
隣のベンチで足を組んだ彼女は、微笑んだままこちらを見つめそう答えた。
「……えっと。何か用ですか?」
「用がなきゃいちゃいけないのかい?」
「い、いや、そういうわけでは……」
後で合流するとは言っていたものの、演劇部の人たちをほったらかしにして俺に絡んでくる意図が分からない。
そう思って問いかけた言葉だったのだが、いなすように返され思わず言葉に詰まる。
「冗談だよ。スクールアイドル同好会の方でしずくはどうかなって思ってね」
そんな言葉を訂正するように呼ばれた後輩の名前。
桜坂しずく―――俺の後輩でかすみや璃奈ちゃんとも同じ一年生。
同年代に比べ、少し大人びた彼女はスクールアイドル同好会と兼部をする形で演劇部にも所属している。
「……その折はすみませんでした」
しかし一時期、同好会が廃部になっていたこともあり、しずくが演劇部のみの所属だった時期がある。
短い間だったとは言え、演劇部の部長である彼女からしてみれば、将来有望な一年生が演劇部一本に絞ってくれたというのは大変喜ばしいことであろう。
しかしスクールアイドル同好会は再建され。また
そして同好会を
「え?あー違う違う、キミたちを責めているんじゃなくて……」
“キミたち”と言うのは、俺とせつ菜のことだろう。
周りからしてみれば、スクールアイドル同好会を抜けた俺と優木せつ菜が復帰ライブを経て同好会に戻っている姿を見れば、嫌でも俺たちが原因だったことを察するだろう。
それもあって応えた言葉だったのだが、どうやら彼女が言っていたのは違うことらしい。
「えっと、スクールアイドル同好会のことはよく分からないけど、しずくが悩んだりしていないかって心配になってね」
「心配……ですか?」
「ああ、しずくは何かあっても大丈夫って答える―――癖みたいなものがあるから。演劇部に来た時は私が見てられるけど、
そう言って笑う彼女。
俺はしずくのこと、一年生にしては大人びている頼りになる後輩ぐらいの認識しかなかったが、
「……そうなんですね」
「まあ単なる私の杞憂ならそれでいいんだけど、これから先大きな舞台も控えているからね」
知らなかった、と言うのは言い訳なのだろう。
同好会と演劇部を行き来しているしずくと直接会える時間は平等に与えられている。
その中で小山先輩に気付いて、俺がそれに気付かないという道理はない。
それに片やマンモス校の演劇部部長、多くの部員を従えて取り仕切っている彼女と、ようやく10人を越えたほどの部員しかいないスクールアイドル同好会に所属する俺。
しずくが大人びているという先入観で、どこか彼女を特別扱いしていた節があったが、彼女も数か月前に高校生になったばかりの少女。かすみや璃奈ちゃんと何ら変わらない女の子なのだ。
確かに、移り変わる環境の中で悩みや迷いも出てくるかも知れない。
「小山先輩。ありがとうございます」
「私は何もしてないよ。これからもそっちでのしずくのこと頼めるかな?」
「はい。―――
そうして腕に抱えたギターに視線を向ける。
彼女たちのやりたいこと、叶えたい一番を叶えるのが俺のやりたいことだけど。
それと同じぐらい“大好き”な彼女たちを支えたいと思うし、心の底から笑って欲しいとも思う。それ故の言葉であり、あらためての全員に向けた決意であった。
「……スクールアイドル同好会の皆は本当に愛されてるね」
「……え?今何か言いましたか?」
小さく呟いた言葉は風の音にかき消され聞こえなかったが、そう問いかけた言葉に「何でもないよ」と返した彼女は、ベンチから立ち上がりその場で大きく伸びをした。
「そうだ!いつかキミにも演劇部の舞台の音楽を担当して貰おうかな?」
「いやそれはさすがに音楽科に頼んだ方が……―――でもしずくが主演をする舞台ならやらせて下さい。しずくのことは
「ふふ、それじゃあその時はお願いしようかな―――っと」
そう言いながら彼女は背を向け、歩き出す。
別れを告げるように軽く手を上げた彼女は、その言葉に付け加えるように、振り向きざまに答えた。
「それじゃあ私は失礼するよ―――キミへの来客もいるようだし」
「え―――?」
そう言い、小山先輩が指し示した先―――今、俺のいる西棟の屋上に訪れた人物。
その人は―――妖艶な笑みを浮かべたまま、そのセミロングの綺麗な艶髪を風で揺らし、一直線にこちらに歩み寄ってくる。
逃げなきゃ―――そう、俺の第六感が訴えかけていたが、彼女の何度見ても見慣れない主張するように膨らんだ胸と、見惚れるほどのプロポーションに思わず目が奪われてしまい、その場から動けなくなってしまっていた。
「―――朝香、先輩」
そして、気が付けば彼女は俺の座るベンチの目の前で立ち止まり見上げるこちらをその
「―――隣いいかしら。下海虹くん」