「―――それでね。ソロアイドルをやろうってなってから皆ますます張り切ってるんだ~」
虹ヶ咲学園の食堂―――私が日頃よく利用する窓際の席。
そこに対面するように座る―――三年になってから知り合った友人である彼女。エマ・ヴェルデは彼女の所属するスクールアイドル同好会の近況を嬉しそうに話し、笑顔を浮かべる。
「やっぱりその作曲も―――“彼”が?」
そんな彼女に問いかけるように言葉を返す。
私の言う“彼”と言うのは、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の黒一点である少年―――
同好会の作曲担当で優木さん―――生徒会長の中川菜々さんと一緒に虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の創設に関わった男の子。
エマから聞いた話では、この間知り合った高咲さんはマネージャー的立ち位置で入部したと聞いてるし、やはり“彼”と高咲さんを除いた8人の作曲は“彼”が担当しているというのだろうか。
「うん!コウくんね、もう私たちの曲の何曲かを完成しかけているみたいで、すっごく頑張ってくれてるんだ~」
「ソロアイドルをやるって決めたのつい最近じゃなかったかしら……」
虹くんとエマたちとの話し合いに同席してからそう日数は経っていない筈だけど、もう完成しかけているなんて思ったより凄いのね―――“彼”。
私の知る“彼”は、色仕掛けに顔を赤くしてタジタジになっている姿だけど―――でも優木さんにスクールアイドルを続けて欲しいって言った時の姿はちょっとカッコ良かったかも。
「ん~でもなんか土台はすぐに出来てもパソコンの打ち込みに時間がかかるんだ~って言ってたから、やっぱり大変なんじゃないかな」
「そう、彼はいつも部室にいるの?」
「ううん。部室にいてくれる時もあるけど、最近は私たちと一緒に西棟の屋上に来て、少し離れた場所でギターを弾いてることが多いかな?」
屋上ねえ―――一人で弾いてるなら茶々でも入れに行こうと思ったけど、エマたちと一緒に練習していると言うなら行き辛いわね。変に刺激しちゃ彼にお熱な女の子たちに怒られちゃうかも知れないし。
「あーあ、果林ちゃんも一緒にやれたらいいのになあ」
「……そういう賑やかなのは苦手って知ってるでしょ、それにこれ以上
「……うん、そうだよね」
彼女の口から飛び出したふとした提案に断りを入れ、気を逸らすように窓の外を見た。
エマからの誘い、信頼しているからこそのお誘いは確かにありがたい。だけど私には―――朝香果林にはそんな大人数での騒々しい活動は柄に合わない。
それにそもそもの話、8人もの作曲を受け持っている虹くんにこれ以上負担をかけるのは酷であろう。エマもそれが分かっているのか、一瞬だけその顔に影を落とした。
結局この間の優木さんと虹くんの一件だって、単に悲しんでるエマの姿を見たくなかった。ただそれだけの理由だったわけだし。本来ならばこれ以上彼彼女らに深く関わろうとする理由もないのだが。
「なーんか気になるのよね……彼のこと」
「果林ちゃん?」
思わず口からこぼれた言葉にエマは不思議そうに私の名前を呼ぶ。無意識に出てしまった言葉だったが、聞こえていないようで助かった。
恋愛感情と言うわけではない―――そもそも読者モデルをしていれば彼よりカッコいい人、魅力的な人なんてザラにいるし、そういう安直な理由ではないのだが。
ただ彼を茶化すのが面白いという、それだけではない気がするのだ。
「同好会は今日もダンス練習?」
「ううん、今日は部室でミーティングの予定だよ」
「へえ、ミーティングってことは虹くんも作曲せずに参加するってことなのかしら」
「ん~どうだろ。そういうのは侑ちゃんに任せているみたいだし、私たちより先に屋上で弾いてるんじゃないかなあ」
侑ちゃん―――高咲さんと活動のサポートは分担しているみたい。それじゃあ今日エマたちが合流するまで彼はフリーってことよね。
―――ふふっ、いい話を聞いたわ。
◇
「―――隣いいかしら。下海虹くん」
「……ど、どうぞ」
怯えた子犬のような表情で、こちらを見上げる瞳に問いかける。
そんな私に彼はぶっきら棒に先ほどまで彼が話していた女生徒が座っていたベンチを指差し、そう答えた―――あらっ、早速警戒されてるみたいね。傷付いちゃうわ。
だけど私が座りたいのはそんな離れた場所じゃなくて―――。
「それじゃあ失礼して……」
そう言い、一度は彼の示した方を向く私。
そんな私に、一瞬ホッとした様子と共に見せた隙―――それを見逃す
ベンチに座り直した彼の隙を突くように、示した場所とは正反対の―――彼と同じベンチに素早く腰かけた私にギョッとした顔を見せる彼。
「あ、朝香先輩。隣空いてますよ」
「―――虹くんの隣がいいの、ダメ……かしら?」
震える声の彼へ身体を近付け、上目遣いで首を傾げる。
赤くなった頬を隠すように視線を逸らした彼は、そのまま恥ずかしそうに「分かりました」と一言、そう答えてくれた
警戒はされてるみたいだけど、嫌われてはないのかしら。ふふっ、良かったわ。
本気で嫌がられたらどうしようかと思ったけど心配し過ぎだったみたいね。
そんなことを考えながら近付けた顔を離す私だったが、彼はそんな私の一挙一動にも怪しむような視線を向けるのであった。
「もう、そんなに熱く見つめられるとお姉さん照れちゃうわ……」
「は、ハア!?み、みみみみ見てないです!」
自意識過剰とも取られる台詞―――そんな私の言葉に動揺を見せるように声を震わせた彼が可笑しくて少しだけ笑ってしまう。
っていけないいけない。あんまり彼で遊んじゃ可哀そうね、後でエマに怒られそうだわ。
「そういえば、さっきまで一緒に話してた子って知り合いの子?」
「え?あー演劇部の部長さんですよ。朝香先輩と同じ三年生の」
エマのことを思い浮かべながら、話題を切り替えるように問いかけた言葉に、彼はそう答える。
演劇部の部長さんねえ。お互い面識はないからあまり詳しくは知らないけど、確か二年生の頃に見た演劇部の舞台主演が彼女だったかしら。
そんなうろ覚えの知識しかない相手ではあったが、そんな
「へえ……親しそうに話してたみたいだけど、二人はどういう関係なのかしら」
「単なる後輩繋がりですよ。桜坂しずく、朝香先輩も知ってるでしょ」
少し鎌をかけながら問いかけた質問に、さも当然かのように返してきた
桜坂しずく―――スクールアイドル同好会の部員でエマや彼方たちの後輩。
優木さんと虹くんの一件があった時に少しだけ会話を交わしたが、年齢のわりに大人びており、他の一年生に比べて落ち着きを感じさせたその姿が記憶にも新しい。
「桜坂さんは知っているけど後輩繋がりって?」
「しずくはスクールアイドル同好会と演劇部を兼部してるんですよ」
「そうなのね。それで演劇部の部長とどんな話をしていたの?」
「それは……まあこれからもお互いに後輩をお願いしますって話をしただけですよ」
少し口ごもらせながらも、素直にそう答える彼。
しかしその後、何かを考えるように唸ったかと思いきや、こちらを向きジッと私の瞳を見つめる彼。思いも寄らぬ熱のこもった視線に恥ずかしさを覚え、目を逸らしそうになってしまうが、それを堪え見つめ返した私に彼はおもむろに口を開いた。
「……朝香先輩から見て、しずくってどういう子でしたか?」
「え?」
問いかけられた言葉に間の抜けた声がこぼれる。
恥ずかしい―――そう思ったが、目の前の彼はそんなことお構いなしといったように、真剣な表情のままこちらを見つめていたのだった。
「……えっと他の一年生に比べたら大人びてると言うか、ちょっと達観してるように感じたぐらいかしら」
「まあ……そうですよね……」
「?」
そんな返答にまたもや何かを考えるように唸り、視線を落とした彼。未だ察しのつかないこちらには気にも留めず、腕に抱えたギターの弦に触れ、その音を響かせた。
恐らく無意識なのだろう。ギターの上部、フレット部分を抑える指に変化を与えながら、響かせる弦の音を変えていく虹くん。
そしてその憂うような彼の横顔が綺麗で、思わず見惚れてしまうが、それを気の迷いだと振り払うように、平静を保ち彼へ問いかけた。
「それって……」
「―――え?あ、すみません……。そういや朝香先輩に見せるのも初めてな気がしますね」
その言葉に我に返り演奏を止めた虹くんは、腕に抱えたギター視線を向けた後。先ほどとは違い意識的に左の指先を変え、ギターを構え直した。
「―――こんな感じでっ」
そして先ほどのような無意識の演奏とはまた違った、彼の作った音楽を奏でるようにギターの弦を弾き、演奏を始めてみせた―――。
―――そうして響き渡る旋律。
それは周りを包み込むように優しく温かくて、まるで季節遅れの桜が舞い上がるような。そんな情景を私に思い起こさせた。
彼が演奏してくれたのは一節ほど。
しかし私にはそれが永遠のように感じられ、気付けば私は現実に引き戻されており、彼のギターの旋律と共に舞い上がっていた桜もどこかへ消え去っていたのだった。
そこに僅かに寂しさを覚えた私だったが、隣で緊張を解くように溜め込んだ息を吐き出した虹くんに向け、声をかける。
「いい曲ね……それも同好会の子の曲なの?」
「ありがとうございます。これは歩夢の曲です、って言ってもまだ未完成の曲なので他の曲とも並行して詰めてるって感じですが」
歩夢―――上原さんのことだったかしら。確かエマが上原さんと高咲さん、そして虹くんの三人は幼馴染なんだって言ってたわね。
優し気な瞳でそう言い、笑う彼。
以前の話し合いの場ではもう少し気まずそうにしていた気もしたが、それは私の気のせいだったのだろうか。まあ今はそんなことどちらでもいいか。
……それにしても今の演奏。
エマから作曲を担当しているという話は聞いてはいたが、こう目の前で演奏を聞くとその姿に驚かされる。私が知っていた彼からは想像も出来ない姿。
「ねえ……虹くん」
だから、だろうか。
不意に浮かんだ疑問を言葉にするように、問いかける私。
「もしも―――私に作るとしたら、どういう感じになるのかしら、なんて」
「え?」
疑問―――沸きあがった好奇心は留まることを知らず。そう問いかけた私に虹くんは驚いた表情を見せる。そしてそのまま彼は少し悩んだ素振りを見せた後、何かを確かめるようにギターの弦に触れ、一音を鳴らした。
「
「暫定……?そ、それじゃあお願いしても、いいかしら」
彼のいう暫定という言葉はともかく、弾いてくれるというのであれば彼の優しさに甘えよう―――本当は、色仕掛けの一つでも必要かと思ったんだけど。
そんなことを考えながら、応えた言葉。
しかし彼は既にそんな私の姿には目もくれず、真剣な眼差しのままギターのフレット部分に視線を向けており、そのまま弦を弾くように右手を素早く動かした―――。
「―――!!」
―――それは先ほどの曲調とは全く異なる鋭く、激しい、情熱的な旋律。
その旋律の中に感じる彼の描く色とりどりの世界―――それはまるで風が吹き抜けるかのように私の胸を突き抜け、駆け抜ける。
息をするのも忘れてしまいそうなほどにその世界は眩く、思わず目を瞑ってしまいそうになるけれど。そんな私をも嘲笑うかのように浮かび上がっていく色鮮やかな情景。
その景色は今まで私が見たこともない夢のような世界―――そして、そんな世界に抗えるわけもなく、私の胸もまた大きく鼓動を打った。
そんな彼の描く世界に息をつく暇もなく―――私は。
「―――っ!!」
不意にむせ返り大きく咳き込む。
息をするのも忘れてしまいそうなほど―――と言うのも単なる比喩表現ではなく、私は本当に息をするのも忘れて彼の演奏に聞き入ってしまっていたのだ。
忘れていた息継ぎを思い出すようにむせ返りながらも肺に空気を送り、平穏を保とうとするのだが。
「!?朝香せんぱっ―――」
「ご、ごめんなさ―――」
むせ返った私に驚き、演奏を止めた彼。
隣でワタワタと焦った様子を見せた彼に申し訳なさを感じてしまうが、ほんの数秒前の真剣な表情の彼とのギャップを感じてしまい、思わず頬が緩む。
しかし咳き込む喉は変わらず、彼は心配そうに私の背中を擦りながら、解決策を探すように周りをキョロキョロ見回してくれていたが。
「―――み、お水っ」
一方が焦っているともう一方が冷静になるの法則、って何かのテレビで見たわね。
冷静に咳き込む喉でそう伝えると、彼はハッとしたように彼と私の間に置かれた飲みかけのペットボトルの蓋を開け、私に差し出した―――けどこれって。
脳裏に浮かんだ考え。しかし背に腹は変えられないと彼の渡すペットボトルを受け取り、咳き込む喉へと流し込み、潤いを取り戻す。
息を切らしながら飲み口から口を離し、彼の渡してくれたペットボトルのキャップを締める。
ついさっきまでは焦った様子で心配そうにしていた筈の隣の彼だったが、何やら今は熱っぽい視線を私に向けているようだが―――どうやら彼も
「虹くん、これありがとう。助かったわ」
「あ、ああっ!い、いえいえお構いなく……」
平静を装いながら飲みかけのペットボトルを渡し、笑顔を浮かべる。
そんな私に焦ったように返答を返した彼だったが、私は彼の視線がペットボトルの先に向けられていることに気付き、思わず頬を緩ませた。
―――やっぱり。
一瞬の静寂の後、私の手に持ったペットボトルを受け取ろうと手を伸ばす彼。
しかし伸ばした先、掴んだペットボトルは彼の手に移ることはなく、一本のペットボトルが二人の手を繋いだ。理由は簡単なことなんだけど。
「これって―――間接キス、よね♡」
キス―――その言葉を強調するように人差し指を唇に当て、囁いた言葉
その言葉により一層顔を赤くした彼はそれを隠すかのように顔を背けてしまい、そんな可愛らしい姿に思わず笑いが込み上げてしまう。
「―――あっ、朝香先輩ィ!!」
「ご、ごめんなさいっ。こ、虹くんの反応が可愛くてついっ……ふふふっ」
込み上げる笑いを隠すようにそっぽを向く私だけど。これ以上は本当にエマに怒られかねない。
そう考えながらも笑いは止まらず。彼への謝罪の言葉を考えながら、怒った様子で私の名前を呼ぶ彼の隣で、二人の時間は過ぎていくのであった―――。
◇
「ねえごめんなさい。機嫌直して、ね?」
「……」
申し訳なさそうに手を合わせ謝罪する朝香先輩に、そっぽを向きギターの弦を弾く。
彼女との雑談の最中、こちらのギターに興味あり気な様子を見せた朝香先輩に、歩夢の曲の一節を弾いてみせた所。彼女から問いかけられた言葉―――それは自分に作るとしたらどういう感じの曲になるのか、というもの。
作曲の取っ掛かりを“イメージ”から作っていく俺のスタイルなら、本来であればすぐに断れるような提案だったのだが。ふと
一生懸命(ここ大事)弾いている最中に突然、朝香先輩が苦しそうに咳き込み始めたので、手元にあった飲み物を渡した所、優しい俺の良心を弄ぶかのように囁かれた言葉。
―――間接キス、よね♡
正直俺も朝香先輩が口を付けてからハッとしましたけど、それでも辛そうに咳き込んでた彼女を心配して渡したものだったのに、あんな風に言われると―――。
―――正直、興奮しますよね。はい。
彼女と出会った最初から言ってるけども、読者モデルを務めるほどの美貌を持った、妖艶で美しい上級生でもある朝香果林先輩と、こういう関係になっていると言うのは本音を言うと嬉しいんです。
し、仕方ないじゃん!!俺だって健康優良児の思春期真っ盛りの男の子なんだし!そ、そもそもえっちなお姉さんが嫌いな男はいねえだろうがふざけんじゃねえぞ!!
とは言ってもさっきのは俺が、じゃなくて朝香先輩が俺の飲みかけを飲んだってだけの話だし、俺がそこまで意識をする必要もないかも知れないけど。
むしろ朝香先輩が意識でもしてたら~なんてことも思ったが、この様子を見る限りやはり俺はアウトオブ眼中ってことでやっぱり朝香先輩ってそういう経験も豊富なんだろうなあ……。
「……はあ。まあいいですよ、飲みかけ渡した俺も悪かったですし」
「ち、違うのよ?咽せたってのは本当で飲み物をくれたのも本当に助かったのよ?本当よ?」
そういう話もあり、彼女と距離を置くように一つ隣のベンチに移動した俺。
先ほどまで俺も座っていたベンチに腰掛ける彼女はこちらに釈明するようにそう言っているが、さてさてどこまで本当なのやら。
彼女と出会ってから男心を弄ばれるのはこれでもう何度目かも分からない、だからこそあらためて思うのだが……。
「……本当今更ですけど朝香先輩ってエマ先輩と全然タイプ違いますよね」
「え?」
そんな今更な問いかけに首を傾げる朝香先輩。
勿論、俺が知らないだけで似ている部分もあるとは思うが……。む、胸とか?それは知ってたわ。
「いえ、性格とかもろもろ全然違うなーって思いまして。そもそもお二人ってどうやって知り合ったんですか?」
「あら虹くん、そんなにお姉さんのこと知りたいのかしら」
「……それじゃあエマ先輩に聞くんでいいです」
「ちょちょちょちょっと待って、虹くん冷たくない?」
問いかけた言葉にまたもや色気を醸し出し微笑む朝香先輩。
しかしそう一日に何度も弄ばれれば心も凍るというもの。バッサリと切り捨てたこちらに焦る様子を見せた朝香先輩だったが、仕切り直すようにと咳払いをし、釈明するように口を開いた。
「どうも何も校門前で寮の場所を探していたエマに私が声をかけたってだけよ」
「寮の場所を?」
「ええ、スイスからこっちに来てすぐだったみたい。見かけない服装だったし、キャリーケースもあったから新入生かと思ってね」
「へえ~……朝香先輩がですか?」
「今の話の流れ的に、私以外に誰がいるって言うのよ」
思わず驚きの声がこぼれる。
と言うのも噂に聞いていた朝香果林という人物はもっとこう、高嶺の花と言うか、誰も寄せ付けないような美貌と彼女自身もあまり多くの人と関わろうとしないような一匹狼。
そんな勝手な印象を持っていたわけなのだが。真実は違ったみたいだ。
まあ今こういう風に純情な後輩の男心を弄んでいる辺り、多少はフランクな人なんだとは思っていたが―――。
「……俺、朝香先輩のこともっとこう……冷たそうな人だと思ってました」
「……虹くんごめんなさい。さっきのことは本当に謝るから許して頂戴」
あ、何か言葉選びミスったか?
要らぬ誤解を与えてしまったみたいで、悲しそうな声音で視線を落とす朝香先輩。
「あー……いえそういう悪い意味じゃなくて。もっとその困ってる人がいても視界に入れないように入らないようにすると言うか。良い意味でも悪い意味でもクールと言えばいいのか、損得で考えてそうな感じしてました」
「虹くんお姉さんに出来ることなら何でもするから、ね?それ以上はやめて」
えっ―――今何でするって……ってそうじゃなくて!
「最後まで話を……。
少なくとも今の話では彼女がそんな勝手な印象通りの人物でないことは明らかであろう。
声をかけてもらえたエマ先輩からすれば、スクールアイドルになる為に遥々スイスから留学に来て、頼れる家族もいない異国で、困っていた時に手を差し伸べてくれた相手がいたと言うのは本当に嬉しく喜ばしい出会いだっただろう。
そしてそれは彼女の気まぐれだったと言うわけではなく、朝香先輩は見かけない人だったからという理由だけで、声をかけてあげる優しい人なんだと言うことが俺にも分かった。
「本当良い女ですねえ朝香先輩。寮には無事案内出来たんですか?」
「褒めてるのか貶してるのか分かんないわね……。さすがに学園から寮までの道のりぐらい分かるわよ」
「寮の場所は分かるのにどうしてお台場で迷子になってるんですか……」
数週間前、かすみに呼び出され、侑と歩夢と再会を果たしたデックス東京ビーチからの帰り道の出来事。道に迷っていた彼女を女子寮まで案内したことが一度だけある。
その時、いつもはエマ先輩に迎えに来てもらっていると言っていたが、エマ先輩と出会う前まではどうやって過ごしていたんだろう?
「あ、あの時はたまたまよ。暗くて道が分かり辛かったの」
「別れた時は思いっきり夕方だった気がしますけど……」
必死に言い訳をする朝香先輩に普段の彼女とはまた違った可愛さを感じてしまう。
そういえば、せつ菜との一件もエマ先輩絡みだったこそ、あそこまで力を入れていたということだろうか。それにしても見知らぬ男子生徒に声をかけて聞き出そうとするなんて、友人の為とは言え普通はやらないだろ……。
「ま、まあそれから食堂でエマから声をかけられて今に至るって感じかしら」
そう言い話の区切りを付けるように背を伸ばし、ベンチから立ち上がる朝香先輩。
無論俺もその動きに反射するように立ち上がり、距離を取る。自然に話が出来たからといって警戒が解かれたわけではない。
「……今日のところは帰るわ。ちょっとやり過ぎちゃったわね、本当にごめんなさい」
そんなこちらを見てかはいざ知らず、申し訳なさそうに謝った朝香先輩。
それでも変わらぬこちらの姿に別れを告げるように背を向けた―――その瞬間。
「―――?」
軽快な音楽と共に立ち止まった朝香先輩。
彼女がポケットから取り出したスマホにその音が着信音だと言うことが分かり、電話に出た彼女に警戒を解くように俺は再度ベンチに腰かける。
別れのタイミングとしてはちょうど良かったな。
「―――エマ?どうしたの」
そのままギターを構え直した俺の耳に飛び込んできたその名前―――エマ先輩か?
まあ俺と彼女の共通の知り合いでエマと言われれば一人しかいないし、彼女たちの練習前の柔軟を朝香先輩に指導してもらっていると言うのは知っているが……。
もしかしてミーティングがもう終わったのだろうか。それにしても当日電話で誘うのは急な気がするが……。
しかし電話の内容はやはり同好会絡みらしく、振り返った彼女は不思議そうにこちらに視線を向けるのだが、俺にも一体何の相談なのか想像も付かない。
「衣装?クラスに服飾同好会の子はいるわね……。まだ校内にいると思うし、聞いてみるわ」
首を傾げる俺を尻目に朝香先輩と、その電話先にいるであろうエマ先輩は話を続ける。
どんな内容かは分からないが男手が必要であれば、
「虹くん?ええ、いるわよ。西棟屋上で会ってさっきまで一緒にお話ししてたの」
指を動かしギターの音を変えながら、彼女の電話が終わるのを待つ。
ギターを弾き始めたことで、こちらからは彼女たちが何を話しているのかは分からなくなってしまったが、聞いても片っぽの会話だけでは分からないんだし、終わるまで適当に弾いていよう。
「え?え、ええ分かったわ。伝えておくわね。ええ、じゃあまた後で」
思ったより話が早く終わったようで、朝香先輩が耳からスマホを離したことに気付き、俺も演奏を止め顔を上げる。
その視線の先、首を傾げたままの朝香先輩が口を開いた。
「中須さんたちが部室を飛び出していったって、エマから」
「?」
そう一言―――え?一体何の話、お手洗いに行ったってこと?
意味が分からず首を傾げる彼女と、状況が分からず首を傾げた俺。
エマからそう伝えるように言われたというが、どういうことだろうか?
そう、頭を悩ませる俺であったが―――。
俺がエマ先輩の言葉の意味を知るのは、そのほんの数分後のことであった。