「コウ先輩ぁああああああい!!!」
「コウさぁあああああああん!!!」
大声を上げながら、西棟屋上に飛び込んできた二つの人影。
俺のいるベンチからではその姿は米粒程度にしか視認出来なかったが、綺麗な黒の艶髪と暖かな色のショートボブをした彼女たちに向け、手を振る。
「おっ。二人ともお疲れー」
こちらに駆けてくる足音と共に米粒サイズだった姿はみるみると大きくなり、練習着を着たままの二人は俺のそばまで来ると、砂埃を上げながら急停止し、キッとした顔でこちらを見た。
「こ、コココォウ先輩!!かすみんたちに内緒で果林先輩と2人で何してたんですか!!」
「そうですコウさん!!正直に白状して下さ―――」
必死な形相でそう問い詰めるかすみとせつ菜。
そんな二人に思わず面食らってしまうが、そう言いかけたせつ菜は、隣のベンチに座る朝香先輩の様子に気付いたように言葉を言い止め、こちらを見た。
「え?いや、これと言って変なことは……?」
何をしてたかと言われても、男心を弄ばれただけとしか言いようがないのだが……。
見ての通りであると言わんばかりに、と言うか結局それしか言えない俺は必死な形相の二人にそう答える。
「……あ、あれ?」
「えーっとこれは……」
我に返ったようにいつもの様子に戻った二人は、明らかに距離の空いた俺たちにも気付いたようで恥ずかしそうな表情を浮かべた。
「な、なんか思ってたのと違いますね……」
「そ、そうですね……」
何を思っていたのかは分からないが、部室からここまで走ってきたのか微かに赤くなっていた頬を更に赤く染め、そんな恥ずかしさを誤魔化すように頬を掻くのだった。
「……と言うかせつ菜も走ってきたのか?表では生徒会長やってるんだし、廊下を走っちゃダメだろ。かすみも、誰かとぶつかって怪我でもしたらどうするんだ」
「ご、ごめんなさい……」
「かすみんも反省します……」
◇
「だから愛さん言ったじゃん〜しもみーなら大丈夫だって」
「まあ、心配してくれたのは嬉しいんだけどね」
両手を頭の後ろに当て、ケラケラと笑いながら俺の隣を歩く愛。
きっと二人は俺が朝香先輩にイジメられてるんじゃないかと心配して来てくれたんだと思うけど、そんな必死に走ってこなくても……。
あれから西棟屋上に遅れてやってきた愛、しずく、璃奈ちゃんと合流した俺たちは、朝香先輩が紹介してくれるという、彼女のクラスメイトが所属する服飾同好会の部室へと向かっていた。
俺たちの前には朝香先輩。後ろには反省した様子で肩を落とすかすみとせつ菜。そんな二人をフォローするように両隣にはしずくと璃奈ちゃんといった並びで歩いていたのだが……。
「えっと……」
「……部室棟はこっちですよ、朝香先輩」
「え、ええ、そうね。そうだったわね」
この先輩、思っているより方向音痴なのか……?
服飾同好会自体、彼女の紹介ということもあって目的地まで先頭を歩いてもらっているわけなのだが、西棟屋上から部室棟までの短い距離でも何度か道を間違え、その度に今みたいにさり気なくフォローを入れているといった状況であった。
「ねえねえしもみー、もしかして朝香先輩って方向音痴だったりする?」
隣を歩く愛は不意にこちらに顔を寄せ、そう囁く。
周りには聞こえないように配慮してくれたのは彼女なりの気遣いだろうが、肩が触れ合うほどに近付いてきたこともあって、彼女から香るお日様の温かな匂いが鼻孔をくすぐり、不意に胸が高鳴る。
無意識での行動に間違いないと思うのだが。ここのところ、言うか同好会に入部してからというもの、彼女の距離がやたら近い気がするのだが気のせいだろうか。
まあ同じ同好会に入って、物理的に会う機会が増えたというのが一番の理由だろうけど。
単に今まで比べたらというだけの話ではあるし、別に距離が近くなったこと自体が嫌というわけではないのでわざわざ聞いたりしないが。俺の自意識過剰かも知れないしね。
「……多分、そうだと思う」
先ほど話してた時は前は暗くて道が分かり辛かったからとは言っていたが、新入生ならともかく二年をこの学び舎で過ごしてきた彼女が、比較的に分かり易い部室棟までの道のりを間違えたと言うのが
まあ全てが完璧な人間より、少し抜けてるぐらいが親しみやすくて好きなんだけどさ。……というかそもそも屋上まではどうやって来たんだろ?
「果林ちゃ~~ん!皆~!」
そんなことを考えながら部室棟に辿り着いた俺たちは、部室棟のちょうど中央にある写真部や園芸部、美術部の展示コーナーの近くで大きく手を振る人影に気付き、そちらへと足を向かわせた。
部室棟の中央で俺たちを迎えたのはエマ先輩を始めとした部室に残った同好会の面々。
その中の一人、高咲侑は歩いてくるこちらの姿を見るなり、楽しそうに口元に手を当てニヤニヤと笑いを浮かべるのだった。
「……なんだよ、侑」
「いやぁ?私の幼馴染がこんなに女の子をたぶらかして、両手に花どころかもうお花畑だなって思って」
「……お花畑なのはお前の頭の方だろっ」
「あいたっ」
そう言い笑う侑の頭に軽くチョップを入れ、本題に移るように合流したエマ先輩と話す朝香先輩に視線を向ける。
―――先ほど、エマ先輩が朝香先輩に連絡を入れ、ここに呼んだ理由。
それは本日のミーティングの議題として挙げられた「
と言うのも先日投稿したかすみと歩夢の自己紹介動画。その再生数がここ最近伸びていることを受け、今日のミーティングではせつ菜からの提案の元、同好会メンバーそれぞれのソロPVを作ろうという話になったらしく。その内容としては自己紹介や特技など、自分をアピール出来るものを上げていき、作りたいPVのイメージを固めていくといった感じだったのだが。
そんな中、エマ先輩が挙げたイメージというのが「人の心を
しかしそれは、それを挙げた彼女自身にも一体どういったアイドルなのかが分からず、そんな彼女に同好会の皆も思い思いのアドバイスを送ったのだが、個性もタイプも違う彼女たちが出した答えは全員バラバラ。結局は本人のイメージが一番大事という話になり―――。
向けた視線の先、朝香先輩はこちらの視線に気付くと、エマ先輩との会話に一旦区切りを付けるようにポケットからスマホを取り出し、画面を点灯させた。
点灯させたスマホにはどうやら新着メッセージが届いていたようで、素早くを返信を返した彼女は、そのまま顔を上げ視線を向ける俺たちへと応えるのだった。
「それじゃあ衣装の準備も出来てるみたいだし、向かいましょうか」
◇
『―――うわあ~~!!!』
扉を開けた先、服飾同好会の部室に並べられた色とりどりの衣装。
その様子に喜びとも感動とも取れるリアクションを見せるスクールアイドル同好会の女性陣。つっても俺以外全員女性陣なんだけど……。
胴体だけのマネキン―――トルソーに飾られた衣装に、机の上に置かれた数々のミシンやそれに付随する裁縫を行うための道具。中には立派なフィッティングルームもあり、棚には所狭しと服飾に関係する本や参考書、裁縫道具が収納されているであろう箱などが並べられていた。
彼女たちが入室したのを確認するように遅れて部室に入った俺は、部室内に散り散りとなって裁縫道具や衣装を観賞する彼女たちと共に部室をぐるりと一周見回した。
「―――本当にありがとうございます!」
「ん?」
各々が服飾同好会の部員さんに衣装や裁縫道具の説明を受けている中、ハッキリと聞こえてきたせつ菜の声。
そちらを向くとせつ菜と、
朝香先輩の紹介とは言え、急なお願いを快く受け入れてくれた服飾同好会の部長さん―――部員の皆さんには感謝しなければならないな。
「あっ、コウさん!」
そう考えそちらへ近付いた俺に、部長さんの手を離したせつ菜はこちらの姿に気付いたように振り返りパァっと笑顔を浮かべた。
「えっと、服飾同好会の部長さんですよね。すみません突然のお願いで……」
「あ、ああ、いえ!そ、その作業も落ち着いてた時でしたし全然……!」
せつ菜の隣に立ち、服飾同好会の部長さんにもそう伝えると、彼女は先ほどまでせつ菜と合わせていた筈の視線を下ろし、慌てた様子でそう答える。
先ほどとは違う彼女の様子に首を傾げる俺だが―――あっ、そういやスクールアイドルで活躍しているせつ菜や部室棟のヒーローのような愛とは違い、裏方で仕事をしている俺のことを知らなくても当然か。
そんな相手から声をかけられれば驚くのも当然のこと。
そもそも彼女からすれば女性だらけの同好会で一人だけ男子生徒が混ざっている姿が異様に見えるかも知れないし、ここで他の同好会からの心象を良くしといて損はないか。
「すみません、挨拶が遅れました。えっと俺は下海―――」
「―――下海虹くん、ですよね?」
「え?」
改めて自己紹介をしよう。そう考え口を開いた俺だったのだが、そんな考えを否定するように彼女から呼ばれた名前に思わず間の抜けた声がこぼれる。
気付けば先ほどまで下ろしていた視線はジッと俺を見つめており、そんなギラギラとした瞳に俺は何かを予見するように思わず数歩後ずさった。
そして服飾同好会の部長である彼女は胸元で手をギュッと握ると、意を決したように息を吸い、周りが振り向くほどの声量を出すのだった。
「あ、あの!お願いがあります―――!!」
◇
『―――おおおおおお~!!!』
ここに来た最初より何倍もの大きな声を上げ、それぞれ思い思いのリアクションを浮かべるスクールアイドル同好会と服飾同好会の面々。
しかし、その視線の先―――
あの後、服飾同好会部長直々の“お願い”という名目でフィッティングルーム―――試着室に放り込まれた俺は、中に用意されていた衣装への着替えを命じられ―――。
「あっはははははは!こ、コウッそのかっこ―――あっはははは!!」
「こ、コウくん。す、スゴイ似合ってるよ……!」
「……」
―――今に至るというわけなのである。
不服そうに眉をひそめる俺にはお構いなしといった様子で侑は腹を抱え笑い、目を真ん丸くさせた歩夢は驚いた様子を浮かべていた。
いや、さすがに俺も最初の用意された衣装を見た時は断ろうとした。
しかし理由はどうであれ服飾同好会の部長さんがスクールアイドル同好会の皆の為に衣装を貸してくれるというのだ。
その好意にはそれなりの対価があって然るべきであり、少なくともスクールアイドル活動を続けていく中で、彼女たち服飾同好会の存在というのは、こと衣装の面におおいて大きな力となることだろう。
そう、俺が着せ替え人形となることで、スクールアイドル同好会皆の力になれると言うなら俺は甘んじてその役割を引き受けよう。と
そう考え、意を決して執事服へと袖を通したというわけである。
「えっ、ちょ、ちょっと待って。しもみー?え、嘘、ヤバ……」
「こ、コウ先輩……カッコいい」
「うお~……コウくんスゴいねえ、カッコいいねえ」
口元に手を当て早口で何かを呟いてたり、キラキラとした瞳で真っ直ぐに見つめていたり、孫を見るような温かい目で見ていたり。
各々が各々の反応を見せているのだが―――。
「……あの。目的はエマ先輩のPVイメージの為ってことをお忘れなく……」
『―――あ』
―――元々ここに来た理由は彼女、エマ・ヴェルデ先輩のPVのイメージを見つける為である。
と言うのも先ほど、エマ先輩のPVのイメージに対し、部室内での話し合いで本人のイメージが一番大事という話になった後のこと。
少しの間、頭を悩ませていた同好会メンバーだが、しずくがふと口にした「衣装を着るとイメージが湧いたりする」と言う発言に解決の糸口を見出したらしく。
そして、偶然にもエマ先輩の親友である朝香先輩が衣装―――服飾関係の学科の人物と言うこともあり、そのツテを頼り服飾同好会の部室に辿り着いたというわけなのである。
決して俺にコスプレをさせて辱めようというわけではないのだ。
俺がそう言うと全員が一斉に動きを止め、思い出したかのように焦った様子で動き出した。
「ご、ごめんエマさん!こ、この衣装とかどうかな?」
「え、エマさん!こっちの衣装もイメージしやすそうでいいのでは!」
「う、うんっ!そうだね、すぐに来てみるよ~」
忘れてやがったのかコイツら……コスプレ撮影会をしに来たんじゃねえんだぞ。
そもそも唯一の男子部員だから白羽の矢が立っただけだと思うけど、俺のコスプレとか一体誰得って話だっつーの。黒歴史にならないか心配なんだが?―――と言うか今思ったけど、この衣装思ったより生地がしっかりしてるのな。
「―――コウさん」
そんなことを考えながら、ふと身にまとった衣装をマジマジと見ていると不意にかけられた声。
「せつ菜?」
その声の主―――優木せつ菜はどこか目を泳がせながらこちらに近付くと、恥ずかしそうに顔を赤らめ、小さく口を開いた。
「あ、あの。い、一緒に写真撮ってもらえませんか?」
「―――はあ?」
「お、お願いします!」
突然せつ菜が言い出した言葉に思わず素っ頓狂な声が出る。
頬を赤らめたせつ菜はポケットから取り出したスマホで顔を隠しながら、緊張した面持ちで頭を下げそう言った―――いや顔は隠れてねえけどさ。
「ええっと、まあ一枚ぐらいなら―――」
「!!ほ、本当ですか!そ、それと出来ればその格好で言って欲しい台詞も何個かありまして、私の一押しとしては『白執事』のウイングハイヴ伯爵家の執事のセバスチャンの台詞なんですけど、他にも『カエデのごとし』に出てくる絢崎カエデくんの台詞とか『
「ちょっとちょっと多い多い多い多い!!!!」
こちらが言い切るか言い切らないかのタイミングで早口でまくし立てたせつ菜に、その半分も聞き取れず俺は思わずツッコんでしまう。
「あ、ああ……!ごめんなさい、コウさん私っ!」
「まあとりあえず写真は撮るから、台詞も……恥ずかしいけど言ってくれれば―――」
「―――お嬢様」
「―――え?」
頭を下げたせつ菜をなだめ、彼女の希望にも出来るだけ添えるようにとしていた中、聞こえてきた声。
「かすみ?」
その方向を向くと、真っ直ぐと真剣な表情をしたかすみが俺を見つめており、そのガーネットの宝石のような瞳をこちらに向けたまま、彼女は言葉を続けた。
「―――コウ先輩はかすみん王国の姫であるかすみん直属の執事です」
「え……?」
「コウ先輩は代々かすみんの家に仕えてきた執事の家系の末裔」
「か、かすみ……?」
「かすみん達は幼い頃からの幼馴染で、兄妹のように過ごしてきた仲」
「さ、さっきから何を言って……」
「だけど年齢を重ねるにつれ、それぞれが担った立場を意識し始めます」
「あ、あれ……」
「それと同時にコウ先輩はかすみんを姫と―――一人の女性として意識してしまって」
「お、俺は……」
「そんな明くる日の朝。いつものようにかすみん姫を起こしに来たコウは―――」
◆
「―――姫様、朝ですよ」
大きな城の一室に置かれた天蓋付の大きなベット。
閉じられたカーテンの隙間から漏れる日の光の朝を告げており。
部屋の中央、ベッドの上で先ほどから微かに揺れ動く寝具が、愛しい彼女がちゃんとそこにいてくれているということを示しており、ホッと胸を撫で下ろす。
顔まで埋もれるように、膨れ上がった寝具を少しだけめくると、小さな寝息を立てながら安らかに眠る愛しい彼女―――かすみん姫の姿がそこにあって。
昨日は夜更かしでもしていたのか、未だ夢の中のようで、少しはだけた寝巻を整えることもせず、無防備に眠るその姿に思わず胸が高鳴る
「―――ほら、起きて下さい姫様」
「―――んー……」
そんな気持ちを抑え、眠るかすみん姫を優しく揺らし声をかける執事―――コウ。
しかしそんな優しい目覚ましには気付かないといった様子で眠りこけるかすみん姫。揺らす度にはだけた寝巻から覗く白い肌がコウの胸の高鳴りを早めるだけでした。
昔は一緒に寝たこともある仲なのに、今は無防備に眠る姫にそんな邪な気持ちをい出してしまう自分に罪悪感を感じるコウ。しかし、その邪は好きだからこその裏返しなんだと言うことにも気付かぬまま、自分はあくまで姫を支える執事という立場を思い返し、その気持ちを今一度押し殺すのだった。
「もうっ王妃様に怒られるのは私なんですからね」
だけどコウも年頃の男児、これ以上姫様のこんな無防備な姿を見ていると頭がどうにかなってしまいそうだと、先ほどよりも強く姫の肩を揺らし、自分の役割を全うしようとするコウだったのだが―――。
「姫さ―――うわっ!!」
突然伸ばされた手はコウの腕を掴み、そのまま自ら―――姫の元へと引き寄せた。
不意を突かれたせいかベッドに引き込まれるコウ。すぐに抜け出そうと考えるのだが、乱暴に抜け出して、目の前の姫に傷をつけてはいけないと抗うことも出来ず、その勢いのまま姫の柔らかな胸に抱きしめられた。
「ひ、ひ―――むぐぐっ」
「えへへ~コウ……むにゃむにゃ」
すぐさま抜け出そうとするのだが、まるで絵に描いたような寝言と共にギュッとコウを抱きしめたかすみん姫。
姫の胸の中に納まったコウはその柔らかな感触と優しい匂い、そんな心地よさに思わず身体から力が抜けていくのを感じた。
ああ、このまま眠ってしまえば―――子供の頃のようにキミの隣でいられるだろうか。
それはただの夢物語。そんなことは分かっているけれど。
齢15を越えて立派な成人としての責務についているかすみん姫とコウの立場はあくまで一国の姫とその執事。
姫様と一緒にベッドで眠りこけている姿なんて見られた日には、王国に仕えてきた一族の恥として国から追放される可能性すらある。
抱きしめた力が少し緩んだ隙に姫の拘束から抜け出し、胸の高鳴りを抑えるようにベッドの上で息を整えるコウ。
赤らめた頬を少しずつ冷ましながら見つめる先、未だ優しい寝息を立て眠るかすみん姫。
そんな無防備な姫の寝顔に収まっていた筈の鼓動が少しだけ早まるのを感じた。
―――本当に隙だらけじゃねえか。
眠る姫を起こさないようゆっくりと近付き、ジッと見つめるその寝顔。
長いまつ毛、キレイな鼻、キメ細やかな肌―――柔らかそうな唇。
それはいつかどこかの誰か、今は名前も知らぬ誰かと婚姻を結ぶ時。
婚約の刻印として使われる―――口づけを交わす
「―――姫様が……」
それを、誰かに奪われるぐらいなら―――。
少しずつ、少しずつ、ゆっくりと、より近く、眠り姫へと近付いていく。
胸のドキドキがうるさい。だけどもう止められない。
胸の高鳴りに耳を塞ぐように、息がかかるように距離でコウは―――。
「―――かすみが悪いんだからな」
無防備に寝ているお前が悪いんだと言うように目を閉じ。
そのまま、口づけを―――。
◆
「なんて……キャ~~~~~~!!!」
「……何言ってんだお前」
頬に両手を当て身体をくねらせるかすみを呆れたように見つめる俺。
真剣な表情で何を話すかと思いきや、さっきのせつ菜と言い女の子ってのは執事が出てくる作品が好きなもんかねえ。
「さすがかすみさんです。一国と姫と姫に忠誠を誓う執事のラブロマンス。二人は本来幼馴染で親しい仲だと言うのに、年齢を重ねたことによってそれぞれの責務を果たさなければならない立場となり、昔のようにはいられなくなる。だけど心の奥底には幼い頃から感じていた思いが、離れてしまったことによってより強く、互いを異性として意識し始めてしまって―――」
「……おーい、せつ菜―?帰ってこーい」
突如饒舌に語り出したせつ菜と未だイソギンチャクのようにクネクネと動くかすみ。
「―――だけど日常では姫と執事という互いの立場として平静していなくちゃいけない。そんなモヤモヤとした気持ちを胸に抱え接している中での出来事」
「だ、ダメですコウっ……そ、そんな……」
「せつ菜?かすみ?おーい」
「無防備に眠る姫の姿とその姿をどうしても意識してしまう執事。朝起こしに来たという習慣的であると思われる行動に邪魔者はおらず、部屋には完璧な二人だけのシチュエーション―――」
「コ、コウ。ダメッ……眠っているかすみん姫に……あ、あぁ~~!」
「……ダメだ、聞いちゃいねえ」
うわ言のように話し続ける二人はひとまず置いといて……。
「何やってんのお前らは……」
服飾同好会の部室内―――隣の試着室で衣装に着替えているエマ先輩と、それをすぐにフォロー出来るように待機する侑と歩夢。他の衣装を吟味するようにトルソーとハンガーラックを見ている彼方先輩と朝香先輩。
そして―――。
「え?順番待ち?」
目を向けた先。当たり前のようにそう口にする愛と、その後ろに並ぶ璃奈ちゃんとしずくに服飾同好会の面々。
「は、はあ?じゅ、順番待ちぃ?」
「かすみんとせっつーの分ってもう終わったよね。だから次は愛さんがお願いしてもいいかな?」
「え、えっと……な、何を?」
「え、写真だけど?あ、愛さんのはそ、そのツーショットで……」
そう言い、少し顔を赤らめてスマホを構えた愛の姿にハッとしたように彼女の後ろに並ぶ列を見た。
「ツーショット、スマホの壁紙にしたいからその……」
「わ、私はその演技の参考に……」
璃奈ちゃんとしずくも照れ臭そうにそう言い、更にその後ろに並んだ服飾同好会の人たちのほとんどがスマホを構えており、その姿に愛の言う順番待ちという意味を理解したと同時に開いた口が塞がらなかった。
おいおい。そんな、まさか、まさかそんな―――
「―――執事ってこんなに流行ってんのか……?」
「んー……なんか変な勘違いしてるみたいだけどまあいっか。ほらっしもみー撮るよ~!」
そんな俺にはお構いなしといったように、身体を寄せた愛はスマホのカメラを構える。
練習着姿の愛に執事服姿の俺。スマホの画面越しでもそれは異様な光景であった。
まあ人数もそんなに多くないし、エマ先輩が着替え終わるまでに済ませよう……。
俺がそう決意したと同時に、服飾同好会の部室にスマホのシャッター音が鳴り響いたのだった。