虹を繋いで   作:うめ茶漬け

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29 黒騎士コウ

「―――これから花火でも見に行こっか」

 

 試着室のカーテンが開き、淡い色をした着物を身にまとったエマ先輩がそう言い笑う。

 その笑顔はまるで空を彩る大輪の花火のように美しく、その整った顔立ちとスタイルの良さも相まって、その姿はスゴく華やかで綺麗だった。

 

 そんな彼女の姿に目を奪われていた俺に気付いたかのように、エマ先輩の視線がこちらに向けられた―――いや向けられたのは、エマ先輩だけではなく同好会全員の視線のようだが。

 

「え……な、なに?」

「ほらー。コウも一緒に着替えたんだから、何か気の利いた台詞を言わなきゃ~」

 

 状況が掴めずポカンとした俺に、侑は呆れた様子で肩をすくめならそう言う。

 

 あの後、エマ先輩におねがい♡され彼女と色違いの浴衣に着替えた俺だったのだが、彼女が言いたいのは折角衣装に着替えたんだからその衣装に見合った気の利いた一言を言え、と言うところだろうか。いや執事の時は何も言ってなかった気がするんだけどなあ……。

 

 なんてことを考えながらも、侑の言葉にけしかけられたかのように、周りの期待を込めた視線がより一層強くなり、仕方なく気の利いた台詞とやらを言ってみる。

 

「あー。その良かったら花火でも見に行かないか?」

「はあ……。コウは本当女心分かってないよね……もう一回やって」

 

 ……侑さんちょっと冷たくない?

 それっぽく言ってみた台詞は、辛辣な幼馴染に突っぱねられリテイクとなってしまう。もう一度をやらせると言うことであれば、二度あることは三度なんてことにならないようにもう少し真面目に考えた方が良さそうか……?

 しかし着物に見合った台詞なんて、いきなり言われても思いつくわけがないのだが―――こういう時アニメや漫画なら……。

 

「コウはさ、もうちょっと女の子を誘う時のイメージを持って言葉を―――」

「―――ほらっ。手、握っててやるから。離れるんじゃねえぞ」

「え……。あ、あ……えっと、その……はい」

 

 思いついた台詞と一緒に差し出した手に乗せられた侑の温かく小さな手。

 目の前の侑も触れた手に気付き、キョトンとした表情を浮かべているが。

 

「……お前、何やってんの?」

「あっ、ち、違っ。こ、これはつい……!」

 

 

 ◇

 

 

「―――いぇい!ごーふぁいと!」

 

 英語のかけ声もまるで言葉足らずの子供のように言ったエマ先輩に、思わずほっこりとした気持ちになる。

 

 この人って一応留学生だよな。

 ……まあいいか、可愛ければ(思考停止)

 

 次にエマ先輩が着替えた衣装は緑を基調としたミニスカートのチアガール。

 緑のカチューシャに黄色のポンポンが想像以上に本格的で、運動部に所属するならこんな可愛いチアガールに応援して欲しいと切に思う。

 

 エマ先輩が楽しそうにポンポンを振るう度、彼女の胸元が大きく揺れ、俺の男心も揺れ動く。これがきっと連鎖反応と呼ばれるものだろう。やれやれ、また一つ賢くなっちまったぜ。

 

 そして、そんな世迷言を考えている俺はと言うと―――。

 

服飾同好会(ここ)って、こんなものをあるのか……」

「はいっ、コウ先輩。これでバッチリですっ!」

「ありがとうしずく。助かったよ」

 

 手を合わせ、笑顔を見せたしずくにそう応える。

 黒色の袴を身にまとい、頭には鉢巻を巻き、脇にタスキをしずくに結んでもらったこの姿は―――俗にいう学校行事での応援団長と言うものであろうか。

 

 しかしこの袴、実際に使われていてもおかしくないほどに精密な作りをしており、先ほどの浴衣もそうだが服飾同好会はこの生地をどう調達したというのだろうか。決して安い生地を使っているという感じではなさそうだが。虹ヶ咲の七不思議にありそうな内容だ。

 

「しっかし応援団長って実際やったことないけど、こう来てみると不思議な感じだな」

「そうなんですか?私は、その中学の時に一度だけ……」

「へえ~、しずくも袴とか似合いそうだもんな」

「そ、そうですかね?自分ではよく分かりませんが……」

「うんっ。カッコいいと思うし、可愛いと思う」

「か、かわっ―――」

「は~いしず子、かすみんの先輩とイチャつかないで下さい~」

「べ、別にイチャついてなんか!」

 

 間に割ってきたかすみに、頬を微かに染め反論するしずく。

 素直に褒めることがイチャつくってことなら、俺は日頃からかすみとイチャついてることになるけどそれはいいのか。まあ俺の後輩は皆可愛いってことでいいか(思考停止)

 

 ちなみに先ほど侑に怒られた気の利いた台詞ってのは、侑からの申し出により俺だけ中止になりました。

 言えって言ったり言うなって言ったり女心はよく分からんな……。

 

 

 ◇

 

 

「―――あれっ。この衣装」

 

 続いて渡された衣装、装飾された黒のジャケットにシンプルな黒のズボン。

 それはまるで中世を舞台にしたフィクションの作品で出てきそうな、一見どこにでもありそうなシンプルな騎士衣装。しかしその衣装にはどこか見覚えがあり、俺は思わず手を止めた。

 

 直後すぐさまジャケットを広げ、感じた既視感に応えるように衣装の隅々を確認する。

 

「……やっぱり」

 

 思わず声が零れる。

 確かにこの衣装はここまで間近で見るのは初めてだったし、実際この衣装を着ている人や着たことがあるわけでもない。しかし今俺が手に持った衣装は俺と―――彼女(・・)にとって大事なものであり、思い入れの深い代物であることは一目見て間違いなかった。

 

「というか本当に色んな衣装が置いてあるんだな……」

「―――あれっ、コウくんは?」

 

 手に持った衣装についつい物思いに耽っていると、試着室の外から聞こえたエマ先輩の声―――どうやら彼女は俺が物思いに耽っている間にもう衣装替えを済ませたようであった。

 

「ううん。着替えまだみたい」

「ちょっと時間かかってるみたいだね。しもみー大丈夫?」

「ごめんっ、ちょっとボーっとしてて今着替える」

 

 エマ先輩の声に続くよう聞こえてきた二人の声。

 こちらを気にかけてくれた愛にそう答え急ぐように着替えを始める。

 しかしそれほど時間がかかるものでもなく、先ほどまで着ていた衣装を脱ぎ、新しい衣装に袖を通し、ズボンを履き、ベルトを固定して身なりを整える。

 最後に試着室の隅に置かれた小道具らしきものの中から取り出した黒の模造剣を懐に差せば完成だ。

 

「……すげぇ」

 

 そうして試着室の鏡に映った自分の姿―――その姿はまるでフィクションの主人公のようで、思わずその衣装の完成度の高さに感嘆の声がこぼれる

 さながら王国騎士のような衣装。正直衣装に着せられてる感も否めないが、そんな姿でもきっと―――彼女なら喜んでくれる気がして。

 

 そんな期待に胸を膨らませながら、試着室で待つ彼女たちと―――彼女(・・)に衣装を見せてあげようと、確認もそこそこに俺は試着室のカーテンを開けた。

 

「―――ごめん、お待たせ」

「あっ、コウくん大丈……」

「しもみー、次はどんな衣装な……」

 

 カーテンを開けた先。こちらの衣装を見るなり言葉を止め、呆然と立ち尽くす愛とクマの着ぐるみに身を包んだエマ先輩――――ってクマ?!

 

「え、エマ先輩それ衣装なんですか……?」

「え、えっ?あ、ああうんそうなの!クマ・ヴェルデだぞ~!食べちゃうぞ~!」

 

 はいっ、エマ先輩可愛い(断言)(真理)(理)(法律)

 

 ってそうじゃなくて―――いやエマ先輩は可愛かったのは本当なんだけど。

 

 てっきり同じ作品(・・・・)の衣装が用意されると思っていたのだが、エマ先輩が着ていたのはクマの着ぐるみ。しかし着ぐるみといってもそんな大それたものではなく、クマの頭の部分からエマ先輩の顔が見えるといった簡易的なものなのだが。

 エマとクマ、そんな子洒落たダジャレを挟みながら、エマ先輩は腕を広げ自分が着ているクマの衣装を俺に見せてくれた。

 

「コウ先輩、それって……」

「おっ、璃奈ちゃんも気付いた?さっすが」

 

 エマ先輩と愛、二人とはまた違った反応を見せたのは後輩の璃奈ちゃん。

 彼女は以前に録音ブースで俺が歌った主題歌の曲を知っていたように、アニメや漫画など多数のサブカルチャーに精通しており、人気作品は勿論のこと、少しコアな作品や作品の音楽など、ことそのカテゴリーにおいて彼女の知っている知識は広く深い。

 

 俺自身、そんな彼女があの作品(・・・・)についても知っていることは予想していたし、分かってはいたものの、こうして作品を知っている人の前でそのキャラクターの衣装(・・・・・・・・・・)を着るとなると、少し気恥ずかしさを感じてしまう。

 しかし目の前の璃奈ちゃんはそんなこちらの不安を払拭するかのように、キラキラとした真っ直ぐな瞳で見つめており、俺もそんな彼女に応えるように腕を広げ、衣装を見せる。

 

「どうかな璃奈ちゃん?俺、似合ってるかな」

「似合ってる。スゴくカッコいい。守られたい」

「ありがとう。えっと―――『キミは死なせない。“キミの命”は俺が守るから』だったよね?」

「っ……合ってる。だけど不意打ちはダメ、ビックリした」

 

 褒めてくれた璃奈ちゃんに思わず真似てみたその作品の台詞は、わずかに頬を赤くした璃奈ちゃんに怒られ咎められてしまうのだが、作品を知っている人が反応を見せてくれたことに、反省しつつも思わず笑みが零れる。

 

「し、しもみー……。え?愛さんの知ってるしもみーだよね?」

「どういう意味だそれ。正真正銘お前の知ってる俺だろ……」

 

 目を真ん丸くして、恐る恐るといった様子で問いかける愛の言葉に、逆にこちらが心配をしてしまうが―――って違う違う、今はそうじゃなくて。

 

 俺がこの衣装に着替えたことを一番喜んでくれそうな。

 そう、俺がこの衣装を着ている姿を一番に見せたい。あの作品(・・・・)が“大好き”な―――。

 

「―――ってあれ。せつ菜は?」

「え?あ、ああ。せっつーならそこに……」

 

 そう言い、愛が指差した先。服飾同好会の部室の隅には、口元に手を当て何やら一人で呟いている様子のせつ菜の姿があった―――もしかしてあれって……。

 

「せつ菜先輩、さっきのかすみんの話をえらく気にいっちゃったみたいで、さっきからずっとあの調子なんですよ~。声かけても反応ないし……」

「そうだったのか……」

「そ、それよりコウ先輩。せつ菜先輩より先にかすみん姫を守る騎士として、かすみんとツーショットの写真を……」

「ごめんかすみ、写真はまた後でな」

 

 かすみん王国での俺の役職は執事じゃなかったっけ―――なんてことを考えながら、かすみの誘いを断り、せつ菜の元へと向かう。

 歩くたびに腰に差した模造の黒剣が揺れ、部室内の視線が向けられが、俺より突飛なクマの衣装を着たエマ先輩がそこにいるのに、この空気に馴染んでいるのは何故だろう……。

 

「―――せつ菜、せつ菜」

 

 案の定、何やら独りでに話すせつ菜の姿。そんな彼女の肩を揺らしながら声をかける。

 

 自分の“大好き”に真っ直ぐ、夢中になれるところがせつ菜の良いところだけど、目を離すとすぐに周りが見えなくなって没頭してしまうことがあるから、こういう時は誰か―――いや、俺が彼女に声をかけてあげたい。

 彼女自身も夢中になると周りが見えなくなってしまうことが分かっているみたいで、気を付けてはいるようだけど、俺としては彼女が自分の“大好き”に嘘偽りなく夢中になっている姿を見れるのは、単純に嬉しいことだ。

 

「えっ。あ、コウさん……ってああっ!ごめんなさい私またっ!」

「おかえりせつ菜。そんなに気にしなくても大丈夫だって、俺の方こそ気付かなくてごめんな」

 

 ハッとし顔を上げ、申し訳なさそうに頭を下げたせつ菜に出来るだけ優し気な声でそう応える。

 そもそもせつ菜はかすみの話に乗って、妄想を膨らませていただけだし、むしろそれに気付かず一人にしてしまった俺の方こそ謝らなければならない。

 

「それよりせつ菜―――どうかなこの衣装」

「?、どうかなってどういう―――えっ」

 

 そう言い、身にまとった衣装をせつ菜にも見えるように腕を広げ、披露する

 

 この衣装は、先ほども言った通り、俺たちにとって思い入れの深い作品(・・)の―――。

 

 目の前のせつ菜はてっぺんからつま先まで衣装を見ると、信じられないものを見たかのように目を真ん丸にして、口を開いた。

 

「―――ユウキくん」

 

 気付いた様子のその言葉に、思わず頬を緩める。

 

「そうっ!この衣装、あの作品(・・・・)の衣装だよな?」

 

 俺が着替えた衣装―――それは黒を基調としたジャケットとズボンに、腰に刺さった剣を固定するように巻かれたベルト。まるで中世に出てくる王国騎士のような衣装。

 

 この衣装はせつ菜の“大好き”な作品―――とあるライトノベルの主人公である「ユウキ」というキャラクターが着ていた衣装、装備であり。

 

 その人物こそ何を隠そう“優木せつ菜”の名字の由来となった人物なのである。

 

 勿論、名字と言うように名前の由来となった「セツナ」というキャラクターもいるわけで、せつ菜―――菜々の活動名を“優木せつ菜”と命名をした時に、生徒会室で菜々からその作品について聞かされたことが昨日のことのように覚えている。

 

「どう、かな?まあコスプレってわけなんだけど、その……似合ってる、かな?」

 

 その問いかけに目の前のせつ菜はただ呆然と口を動かすこともなく、その視線は真っ直ぐと俺に向けられていた。

 

「せつ菜……?」

 

 何も反応を見せない彼女に思わず首を傾げていると、射貫くように向けられていた真ん丸とした瞳が不意に潤んで―――。

 

「―――せ、せつ菜?!」

「あっ―――いや」

 

 突然ポロポロと涙を流し始めたせつ菜。

 いきなりのことだったもので俺も動揺を隠しきれず、両腕で顔を覆った彼女にどうすればいいのかと困惑していると、せつ菜は目を拭いながら微かに赤くなった目元のまま顔を上げた。

 

「ご、ごめんなさい、そ、その……つい思い出してしまって」

 

 そう言い、申し訳なさそうに笑うせつ菜。作中の主人公の「ユウキ」と、その衣装を着た俺を重ねてしまったのだと、そう話してくれたのだった。

 

 と言うのもこの「ユウキ」という主人公が出てくる作品。

 

 俗にいう仮想現実、VRMMOを舞台にした作品であり、主人公の「ユウキ」が先ほど名前を上げた「セツナ」や仲間たちと困難に立ち向かうという話なのだが。

 その中で「ユウキ」は他の仲間たちが反対するような無理を押し通す場面が多く、ファンからは事あるごとに賛否両論の意見があったらしい。

 

 しかし、その実この「ユウキ」という主人公には現実世界で重い病気を患っていたというキャラ背景があり、「ユウキ」が無理を押し通していた理由も―――ってそこまではさすがにいいか。

 まあ、ご都合主義が多い作品ではあるのだが、感動するシーンも多く、最終回では俺もバスタオルを濡らしたものだ。

 

 せつ菜は現実世界で重い病気を患っていながらも、仮想世界で困難に立ち向かっていた主人公である「ユウキ」のことを、俺の姿を見て思い出してしまったと言うことらしい。

 

「す、すみません……これじゃあコウさんが泣かしてるみたいですよね……」

 

 申し訳なさそうな声でそう言い、目を拭うせつ菜だったのだが。

 

「俺は気にしないよ、それより―――」

 

 そんな彼女が拭う手を掴み、目元からゆっくりと離す。そんな俺に不思議そうな顔をした彼女へと、先ほどよりも赤くなった目元に溜まった涙を優しく拭う。

 

「―――そんな強く擦ったら、目に悪いだろ?」

「っ……あ、ありがとうございます。コウさん……」

 

 そう言い笑いかけた俺に、せつ菜は恥ずかしそうに目を逸らした。

 

 “大好き”な作品の“大好き”な人を思い出して、涙を流せるのがせつ菜の優しいところで、真っ直ぐな良いところだと思うから、変にそれを我慢なんてさせたくない。

 何よりそんな彼女の“大好き”に一番に寄り添い、その涙を拭うのは俺でありたいと思う。

 

「それで、どうかなこの衣装……?せつ菜が喜ぶかなって思ったんだけど……」

「は、はい!素敵ですっ、とてもカッコいいです……」

 

 嬉しそうに笑うせつ菜の笑顔にホッと胸を撫で下ろす。

 キラキラとした宝石のような瞳は真っ直ぐと俺を見つめており、そんな彼女と見つめ返すように俺は―――。

 

「―――で?お二人はいつまで自分たちの世界に入ってるつもりですか~?」

 

 そんな中、不意に隣から聞こえてきた声。

 そちらを向くと、頬を膨らませ不機嫌そうにしたかすみが腰に両手を当て立っており、こちらがその姿に気付くと、俺とせつ菜の間に割り込むように腕を広げ俺たちを引きはがした。

 

「か、かすみさん。ごめんなさい私……!」

「ま、まあ今回はちょっと、ほんのちょっとだけかすみんのせいもあるので大目には見ますが、次はないですからね!コウ先輩も!」

 

 かすみは「コウ先輩はかすみんの一の騎士なんですから!」と声高にビシッと指を指した後、皆のいる一角へと戻っていく。元々、俺たちがここにいるのもエマ先輩のPVのイメージ作りの為だし、かすみにも写真を撮って欲しいって言われてた手前、俺たちもほどほどにして戻らないとな……。

 

「ほらっせつ菜、俺たちも」

「はいっ、そうですね。ちょっと暴走し過ぎちゃいましたかね……」

「あれぐらい気にすることねえよ。何かあっても次は俺がちゃんと見てる」

「コウさん……。そう、ですよね。えへへ……」

 

 そう言い頬を緩ませたせつ菜と共に皆が集まる一角へと足を運ぶ、のだが……。

 

「あ~コウくん、せつ菜ちゃんお帰りなさ~い!」

 

 クマの着ぐるみを着て、笑顔で手を振るエマ先輩。

 

「あー……コウ。せつ菜ちゃんとの話終わった?」

「あ、ああ、終わったけど……何やってんのお前」

 

 そんなエマ先輩に抱き着きながら、頬を緩ませそう話す侑。

 ゆるゆるになった顔で何をしているのかと思いきや……。

 

「いや違うんだよコウ。エマ先輩めっちゃ癒されるから……」

 

 エマ先輩は癒しと言うのはとても分かる。少し前に人をダメになるソファと言うのが流行ったが、テレビで見た芸能人の人がこんな顔してた気がするな……。

 つまりエマ先輩=人をダメにするソファ……ふむ、なるほど。

 

 って、違う違うそうじゃなくて。

 

「あ˝あぁ……癒˝される……」

 

 侑が他の衣装についても許可を取ってくれたのはありがたいことだが、本来の目的を忘れてるのではないだろうか。いやこれはもう忘れていると言っていいだろ……。

 

「ねえエマ、こっちはどうかしら?エマに似合うと思うんだけど」

 

 そんな中、脱線していた流れを軌道修正してくれたのは朝香先輩。

 彼女は先ほどからエマ先輩の衣装を探していた様子で、手に持った衣装をこちらに見せた。

 

 白を基調としたその衣装は、胸元からスカートにかけて掛けられた黄緑色のエプロンが、衣装の白色と調和しており、胸元の宝石とエプロンから延びるリボンがとてもチャーミングで可愛らしい、エマ先輩にとても似合いそうな衣装であった

 

「ねえエマさん!次の衣装に着替える前に一緒に写真撮らせて!」

「もちろんっ!」

「だ、だったら私も一緒に!」

「それじゃあ折角だし、皆で撮っちゃおうか!」

 

 クマ・ヴェルデ先輩をえらく気にいったのか写真を撮りたいと伝えた侑と、それに乗っかる歩夢。そんな二人にエマ先輩は全員へ向け、笑顔でそう提案する。

 

「ほらほらコウくんも~!」

「いやこの衣装わりと目立ちますし、エマ先輩をメインに撮るなら俺はいない方が……」

「そんなことないよ~!あっ、そうだ―――皆で撮りたいの、だめ?

 

 止めろめろめろ、味を占めるんじゃない。

 止めてくれエマ先輩。その可愛さはオレに効く。

 

 そう甘えた声でおねがいされては断れるわけもなく、カメラの前に並んだ彼女たちに混ざるように俺も後方へ並ぶ。

 

 並びとしては愛、歩夢、璃奈ちゃん、侑、エマ先輩、かすみ、しずく、せつ菜、俺といった感じでカメラの前で並び、各々ポーズを決めるのだが……。

 

「ってあれ、彼方先輩は?」

「あれっ?本当だ、彼方先輩……」

 

 そんな中、不意に呟かれたかすみの言葉。

 その言葉に部室内を見回すと、彼方先輩は朝香先輩の隣に並ぶようボーっと立っており、こちらのやりとりに気付いて反応を見せる―――と思ったのだが。

 

「彼方先輩……?」

 

 彼女が俺たちのやりとりに応えることはなく、俺は思わず首を傾げた。

 

「―――彼方どうしたの?皆呼んでるわよ」

「え……?あ、ああ!ごめんね皆~ちょっと彼方ちゃん寝ぼけてたみたいだよ~」

 

 そんな中、助け舟を出してくれた朝香先輩にようやく彼方先輩はこちらの呼びかけに気付いたようで「えへへ~」と可愛らしく笑い隣に並んだ。何かあったのだろうか。

 

「大丈夫ですか、彼方先輩。どこか体調悪いとか……」

「えっ?う、ううん。全然大丈夫だよ~。し、心配かけてごめんね」

「?いや別に大丈夫ならいいんですけど……」

「う、うん。大丈夫、だよ。彼方ちゃんは元気~」

 

 どこかしおらしい彼方先輩。あまり見たことのないその様子に俺も首を傾げるのだが、彼女が元気と言うのであれば変に疑うのも失礼だろう。

 

「ねえ!果林ちゃんも一緒に入ろう~!」

 

 そんなやりとりの中、エマ先輩はこちらの様子を眺めていた朝香先輩にそう声をかける。

 

「……私はいいわよ」

「え~?一緒に撮ろうよ~」

 

 その誘いを断った朝香先輩、しかしエマ先輩はもう一度誘う。

 朝香先輩は何故か頑なに輪に入ろうとせず、そんなエマ先輩に向けられた視線を逸らすように視線を落とし―――。

 

 不意に鳴ったスマホの通知音―――誰かのメッセージアプリの新着メッセージか?

 

 すると俺たちの視線の先、朝香先輩はポケットからスマホを取り出し画面を確認する―――先ほど鳴った通知音も彼女のスマホからと言うことだろうか。

 

「……悪いけど行くわね」

 

 通知を確認した朝香先輩は何やら急用が入ったのか、誘いを断るように別れの挨拶を告げ、部室を後にする。まあ最近は会うことも多く身近だったということで忘れていたが、朝香先輩はあれでも人気の読者モデルなのだ、突然仕事の連絡が来てもおかしいことではないだろう。

 

「果林ちゃん……」

 

 しかしそんな彼女を心配するような声音で呟いたエマ先輩。

 少し落ち込んだ雰囲気を感じさせた彼女だが、恐らくそれは先ほどの朝香先輩の態度を感じ取ってのことだろうけど。あの時の朝香先輩、俺にはあれは単純に嫌だったということではないようにも感じた、もっと何か彼女の―――。

 

「ごめん、ちょっと俺も席を外す。すぐに戻るから先に始めといてくれ」

『コウくん(さん)?!』

「えー?突然どうしたのさコウ!」

「えっーっとおトイレだっての言わせんな恥ずかしい」

「えっ?あっ、ごめん……」

 

 そう伝え俺は彼女たちの輪から離れ、そのまま部室の外へと向かう。

 突然のことに驚いた様子の声を背に受けながら、扉を開け―――その先、まだ遠くへ行っていないであろう朝香先輩の後を追った。

 

「―――朝香先輩!」

 

 部室を出た少し先、ちょうど誰かと電話している朝香先輩が目に入り、すぐさま足を止める。

 彼女は呼びかけたこちらの声に気付いたようで、振り返った後に少し驚いた表情を見せるが、すぐさま普段通りの声音で電話先の相手と二言三言会話を交わした後、電話を切った。

 

「すぐに終わる連絡なら一緒に撮ればよかったんじゃないんですか?」

「……わざわざ後を追って、そんなことを言いに来たのかしら?」

「いーえ、撮りたくないなら撮らなくてもいいとは思いますけど」

 

 少し離れた距離で向かい合う俺と朝香先輩。

 こちらの言葉に不機嫌そうに返した彼女にあっけらかんとそう答える。勿論それは俺の本心だ。彼女がやりたくないと言うなら、それが誰であろうと無理に乗る必要はないと思う。

 

「……なら、どうして後を追ってきたのかしら?」

「?……いや、普通にお礼を言いに来ただけですけど」

 

 どこか警戒心を感じさせる朝香先輩にあっけらかんとそう答え、キョトンとした顔を見せた彼女に向け、言葉を続ける。

 

「今日は色々とありがとうございました。エマ先輩の力になってくれて」

「あ、ああ……。それはまあ、クラスにたまたま部員の子がいただけで……」

「それでもです。俺や侑ではその辺りは限界がありますから、朝香先輩がいてくれて良かった」

「……そう。エマは私の大切な友人だからそれぐらいのことなら―――」

 

 そう言いかけて言葉を止めた朝香先輩。数秒の間待ってみたが、次の言葉が紡がれることはなく、突然のことに困惑した表情を浮かべていると―――。

 

「―――ねえ一つ、聞いていい?」

 

 ―――小さく呟かれた声。

 その声はいつもの彼女の余裕あり気で妖艶な大人っぽさを感じさせる声音ではなく、年相応の女の子と言えばいいのだろうか、弱々しく消え入りそうなそんな声だった

 

「もし、もしも私が……―――」

 

 そうして紡がれる言葉。

 何を言おうとしているかまではまだ分からなかったが、真剣な表情の朝香先輩に応えるように俺もまた真剣にその言葉に耳を傾けていた。

 

 しかし―――。

 

「……やっぱり何でもないわ。突然ごめんなさい」

 

 そんな真剣さから手の平を返すようにそう言い、彼女はこちらに背を向ける。

 珍しく真剣そうに話すから何を言うのかと気を張っていたが、妙な肩透かしを食らってしまった。

 

「いやまあいいですけど、ともかく今日は色々ありがとうございましたってことで」

「ええ。……もしかしてそのありがとうってさっきの私の間接キスも含まれてたりするのかしら?」

「しません!!」

 

 俺の言葉に振り返り、いつものように余裕あり気で妖艶な大人っぽい雰囲気をその身にまとい、彼女は艶やかに笑う。

 さっきまで忘れてたのにその時のこと鮮明に思い出しっちゃったじゃねえか……。

 

「ふふふっ冗談よ。それじゃあさようならコウくん」

「……はい、さようなら」

 

 そう言い、手を振りながら遠ざかっていく朝香先輩。そんな彼女を見送りながら俺も皆のいる服飾同好会の部室に―――。

 

「ああ、それともう一つだけいい?」

「はい?」

「さっきからあなためちゃくちゃ見られてるけど大丈夫?」

「え―――?」

 

 周りを見回すと部室棟のホールにいた人たちが、物珍しいものを見つけたかのように、俺たちの姿を遠目から覗いており、そんな彼彼女たちの視線に今自分が置かれている状況―――服飾同好会の衣装を着ていたことに気付き、冷や汗が流れるのと同時に俺も背を向け、その場から走り出した。

 

「す、すみません!ありがとうございました朝香先輩!それじゃあまた!」

「ふふっ。ええ、またっ」

 

 その後、服飾同好会の部室に戻った俺は皆での記念撮影を撮った後。かすみやせつ菜たちとのツーショットの撮影を最終下校時刻になるまで付き合わされるのだが、この時の俺はまだ知る由もない。

 

 余談だが―――その後、虹ヶ咲学園ではモデルの朝香果林に、彼女に仕える黒騎士がいるとかいないとか、噂されてたりされてなかったりしたらしい。

 

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