「あれ、コウくんは?」
放課後―――スクールアイドル同好会の部室に着いた私は、撮影の準備をしてくれていた同好会の皆の中にコウくんの姿が見えないことに気付き、そう問いかける。
「あーしもみーなら学科の先生の手伝いとかで少し遅れるって言ってたよー」
コウくんと同級生であり、同じ学科の愛ちゃんはその問いかけにそう答えた。
「愛さんも手伝おうと思ったんだんだけど、エマっちの撮影のが大事だからって断れちゃったんだよねえ……」
「まあまあ愛ちゃん、コウくんも愛ちゃんを頼りにしてってことだと思うし」
コウくんに断れたのだと口を窄め、腕をぐでーっと伸ばし机に突っ伏する愛ちゃんとそれをなだめる歩夢ちゃん。
―――そっか、コウくん遅れるんだ。
「と言っても今日は撮影だけだし、そんなに重い機材とかを使うわけじゃないから大丈夫だよ」
「侑さん、カメラの準備出来たよ」
今日の撮影に使う機材を準備しながらそう話す侑ちゃん。その隣では璃奈ちゃんが撮影で使うカメラの調整をしてくれていたようで、部室のテーブルには撮影で使われる機材が並べられた。
「エマさん、今日の撮影は色々な衣装に着替えて撮ろうと思うんだけどいいかな?」
「え?」
「本当は一つの衣装に絞れたらって思ってたんだけど、どうしても一つに絞れなくて……」
そう言いながら後ろ頭に手を乗せ、空笑いを浮かべた侑ちゃん。
「……エマさん?」
「えっ、ああ!ご、ごめんね」
彼女の言葉に反応が遅れてしまい、そんな私に侑ちゃんは不思議そうな顔を浮かべた。
―――撮影前にコウくんと今朝のこと話せたら良かったんだけど。
しかし折角皆が一生懸命準備をしてくれたのだ。私一人の意見でコウくんを待ってもらうなんて、自分勝手なことは言えない。
胸のモヤモヤは晴れることなく残ったまま、そんな気持ちを押し殺して私は精一杯の笑顔を浮かべた。
「う、うん!大丈夫だよ!皆、今日はよろしくね」
◇
場所は移って中庭―――頭に花の冠を乗せた私は、撮影場所の中庭の芝生に座り、撮影の準備が出来るのを待っていた。
あれから少しの時間は経っているものの、そう易々と気持ちの切り替えが出来るわけもなく、私の心は落ち込んだままであった。
「……」
今朝、コウくんに話したこと―――『友達』と『その友達』の話。
『―――もう一度面と向かって話をするべきだって、俺もそう思います』
コウくんが言っていたその言葉。
それは私が苦し紛れに出した答えだったが、彼は笑顔でそれを肯定した。
結局、それが正しい答えなのか分からないけど、少なくとも今唯一言えることは、私が果林ちゃんのことを知りたいと思っていること。
知っていることと知らないことが沢山あって、だからこそ私は果林ちゃんと向き合って話をするべき―――だけど、そうだけど。
「―――よーいスタート!」
そんな中、不意に聞こえた声にハッとする。
落ちていた視線を上げ、その先でカメラを構えた璃奈ちゃん。撮影機材を持った侑ちゃん達のことを思い出し、先ほどのかけ声が撮影開始の合図だったことに気付き、私はカメラを見つめた。
「虹ヶ咲学園国際交流学科3年、エマ・ヴェルデです―――」
今は撮影に集中しないと―――準備してくれた皆の為にも、コウくんの為にも。
◇
「―――それじゃあ着替えてくるね」
「はいっ!」
頭に乗せていた花の冠をせつ菜ちゃんに渡すと、彼女は屈託のない笑顔を見せた。
せつ菜ちゃん―――中川菜々ちゃん。
虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の仲間で、あの日コウくんが向き合いぶつかり合った相手。
あの日、お互いの気持ちをぶつけ合って、言い争いをしていた姿は私の記憶にも新しい。
それを経て、最後にはお互いの手を取り合って二人。そんな二人に自分達を重ねてしまい、羨ましさを感じてしまう。
「―――エマさん?」
その声に顔を上げると不思議そうな顔をしたせつ菜ちゃんがこちらを覗いており、彼女の手に持った花の冠が私を現実に引き戻す。
「大丈夫ですか?どこか体調とか……」
「う、ううん違うの!ちょっと考え事をしてて、ごめんねすぐに着替えてくるね」
心配そうに声をかけてくれたせつ菜ちゃんにそう答え、早足に衣装が置いてある同好会の部室へ向かおうとした―――のだが。
「せつ菜ちゃん」
「はい?」
不意に足を止め、振り返る。
その先で首を傾げるせつ菜ちゃん。
『私』と『果林ちゃん』
『コウくん』と『せつ菜ちゃん』
私は私たちと二人に違いがあるなんて思っていない―――思っていないからだろうか。
「と、突然ごめんね。あの日のこと聞いていい?」
「あの日……?」
突然の質問にせつ菜ちゃんはまた首を傾げる。
「あっ、えっとね。コウくんとせつ菜ちゃんが言い合った時のこと!」
「えっ……あ、あの日のことですか?」
私の説明でせつ菜ちゃんもその意味を理解したのか、呆気を取られたような驚きを隠せない表情を浮かべていた。
「うんっ。あの時コウくんと話して―――っ」
そこまで言いかけて言葉を止める―――そうだ、よく考えてみれば突然聞かれてすぐに答えてくれるようなことではなかった。
それは今の私が悩みを口に出せないように、せつ菜ちゃんにとって酷なことを聞いてしまった。
「ご、ごめんねせつ菜ちゃん!や、やっぱり今の言葉忘れて!」
「え―――?」
冷静になった頭で未だ呆気を取られた様子のせつ菜ちゃんに頭を下げる。
意見を一転させた私にせつ菜ちゃんはまたもや首を傾げたが、これ以上話しては不審がられてしまうとその場を後にしようと背を向けた―――その時。
「―――エマさんっ!」
不意にせつ菜ちゃんが私の名前を呼んだ。
振り返った先、花の冠を持った彼女は私のそばに寄り笑顔を浮かべた。
「せ、せつ菜ちゃ……」
「―――ズルいって思いました」
「え?」
不意を突くように呟かれた言葉に間の抜けた声がこぼれる。
視線の先、せつ菜ちゃんは何かを懐かしむように微笑み言葉を続ける。
「私だってあの時は色々と考えていたんですよ。同好会の皆さんのことは勿論ですけど、私のせいで同好会を辞めさせてしまったコウさんのことなんかも」
いつものような元気満点の笑顔ではなく、儚さを感じさせる笑顔。
「私が抜けて、新しいメンバーが加入して、同好会が再建されて、全く新しいグループでラブライブ!挑戦して、その曲作りを“彼”が担当して……。そんな“優木せつ菜”だけが抜けて、全て元通りの同好会……。私の願いはそれだけでした」
「せつ菜ちゃん……」
落ち込んだ声音の彼女に、思わず彼女の名前を呼ぶ。
あの時の彼女の気持ちを量り知ることは出来ないけれど、彼女が話してくれた言葉の一片に感じる悲壮感に思わず胸が締め付けられる感覚に襲われる。
「でも―――そんな私に“彼”言ったんです」
せつ菜ちゃんは手に持った花の冠をギュッと優しく握りしめる。
「―――ラブライブなんて知るかって、それよりも私に笑って欲しいって」
ほんの数秒前の悲壮感は何処へ。
ひまわりのように花開いたその笑顔に思わず私は息を呑む。
頬を染めたせつ菜ちゃんは愛おしさを噛み締めるように目を細め、話す。
「私が考えてたことも、スクールアイドル同好会の目標だったラブライブも全部放り投げてまでも優木せつ菜が大好きだって、私の隣にいてくれるって……そんなの嬉しいに決まってるじゃないですか」
ああ、羨ましいな―――なんて思ってしまう、考えてしまう。
「だから……コウさんはズルいです。ズルっ子です」
そうしてせつ菜ちゃんは最後にまた笑う。
その笑顔はきっと“彼”が守ろうとしたもので。
そしてその笑顔の形は少なくとも私が知らない笑顔の形で。
私たちと近しいと思っていた二人の関係はあの一件を経て、私たちと似て非なる強く固い絆で結ばれた関係になったのではないかとそう思う。
「ってこんな感じでいいのでしょうか……?」
そんな中、少し恥ずかしそうに笑いながらせつ菜ちゃんは話を終える。
「え、あ、ああ!うん!と、突然ごめんねせつ菜ちゃん!」
「いえ!気にしないで下さい!」
本来なら私が質問した意図でも聞くのが筋だろうけど、不思議と彼女がそのことについて言及することはなかった。
「そ、それじゃあ私、着替えてくるねっ!」
「はいっ!いってらっしゃい!」
そうして私は駆け出す。彼女の声を背に受けて。
きっと私たちも話すべきなのだろう。
真っ直ぐと向き合って、お互いをぶつけ合って。
それは『コウくん』と『せつ菜ちゃん』を見てきたからこそ分かったこと。
けれどコウくんがせつ菜ちゃんに伝えたような言葉を私は持っていない。
今の私が“彼女”と向き合っても、何を伝えればいいか―――その答えは未だ分からないままだった。