虹を繋いで   作:うめ茶漬け

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32.5 “ポカポカ”な毎日を

「ここのフレーズ少し変えてみようと思うんだけどどう思う?」

「そうですね……。それならこのどこまでも広がる世界ってところを―――」

 

 スクールアイドル同好会の部室。

 ソファに腰かけ、机の上に広げられたキャンパスノートの文字を指でなぞりながら隣でそう話すせつ菜。

 その真剣そうな横顔を一瞬だけ覗き見てから、俺は再度キャンパスノートに視線を移した。

 

 学科の先生から手伝いを任された翌日の放課後―――とある一人を除いた同好会のメンバーは練習着に着替え、練習が始まる前のひと時を各々過ごしていた。

 

 とある一人―――それはスクールアイドル同好会の三年生、エマ・ヴェルデ先輩。

 

 昨日、同好会にて彼女のPV撮影を行う予定だったのだが、その途中で彼女は部活を抜け出し俺の元へ来た。そこで朝香先輩がスクールアイドルに興味があるといった真意を知った彼女から相談を受け、話を聞いた俺も彼女の背中を押したといった話があった。

 

 しかし実際、他の同好会メンバーに今の話を一言一句説明するのは彼女たち―――特に朝香先輩の性格上知られたくないだろうと考えた俺は「エマ先輩は急用が出来て早退した」と説明をし、エマ先輩のPV撮影に関しては延期することになっている。

 

 その後、エマ先輩からメッセージは来ていたのだが俺も詳しい話は―――。

 

「―――皆、おはよう~」

 

 そんなことを考えていると、いつもの優し気な声色の挨拶と共に部室の扉が開けれた。

 

「あっ、エマさん!」

 

 各々のひと時を過ごしていた同好会のメンバーもその声に気付き、彼女―――エマ先輩の元へ駆け寄る。

 

「エマさん、昨日は大丈夫だった?」

「コウくんから早退したって聞いて心配してたんです」

「う、ううん。私の方こそごめんね。ちゃんと説明すればよかった」

 

 申し訳なさそうに謝るエマ先輩。

 駆け寄ってきた同好会メンバーを一見するように彼女は部室を見回し―――不意に目が合う。

 

「―――!」

 

 こちらに気付くと、先ほどとは違いどこか嬉しそうに微笑んだエマ先輩。

 とりあえず俺も会釈だけしておいた。

 

「―――失礼するわね」

 

 そんな中、エマ先輩に遅れるように部室に入ってきた人物が一人。

 

「もうっ酷いじゃないエマ。廊下に置き去りにするなんて」

 

 そこにいたのは―――制服を着ていても見惚れるほどのプロポーションと、そのスラッとした立ち姿と妖艶な佇まいが、虹ヶ咲学園の男女に問わず人気の彼女。

 

「あー!ごめんね果林ちゃん、うっかりしてて」

 

 ―――朝香果林、その人であった。

 

 部室に入った朝香先輩は先ほどのエマ先輩同様、何かを探すように部室を見回したかと思えば、こちらに気付いたように視線を向けた、

 

「?果林先輩、今日はどうしたんですか?」

 

 不思議そうにしたかすみが朝香先輩にそう問いかける。

 

「ええ、今日はちょっと渡したいものがあって……」

 

 朝香先輩はかすみの言葉に答えるように一度視線を外したかと思いきや、鞄から一枚の用紙を取り出すと再度こちらに視線を向け、ソファに歩み寄る。

 

「―――エマから聞いたわ。私たちのこと、ありがとね」

 

 そう言いながら朝香先輩はソファに座る俺に向けて用紙を差し出す。

 エマ先輩から聞いたというのは昨日のことだろうか。

 俺としてもしょんぼりしたままのエマ先輩を見たくなかったし、もう二度と彼女を悲しませないと誓ったから―――って一度間違えた人間が言っても説得力がないけど。

 

「それはまあエマ先輩の為ですから」

 

 その言葉にそう答え、差し出された用紙を受け取る。

 

「かすみんを放って二人でなんの話ですか~?果林先輩も何を―――」

 

 話に割り込むように腕に抱き着きソファの隣に座ったかすみ。

 そのせいで控えめな膨らみが当たって。本当この子って子は……。

 

 そのまま隣で覗き込むかすみにその用紙を渡すと、彼女はそれを受け取り―――不意に立ち上がった。

 

「ええええ~!!こ、これって入部届~~!!??」

 

 廊下まで響き渡るようなかすみの声。

 その声にそばにいた侑とせつ菜もその言葉を確かめるように、かすみが手に持った入部届を覗き込んだ。

 

「と、と言うことは果林先輩もスクールアイドルにぃ?!」

 

 二度見をするように朝香先輩と入部届を交互に見て、かすみはそう叫ぶ。

 

「うんっ、果林ちゃんがいればもっともっと楽しくなるよ~!」

 

 そんなかすみの言葉に応えるようにそう話したエマ先輩。

 その言葉でハッとしたかすみは、何かに気付いたかのようにこちらに視線を向ける。

 

「ってことは、もしかしてコウ先輩はこのこと知っていたんですか?!」

「え?まあ……そうだな」

 

 知らなかったと言えば嘘になるな。

 俺がそう答えると突然、肩をガックリと落とすかすみ。

 

「……かすみんのコウ先輩が……知らないところで果林先輩と密会を……」

 

 恐らく何か盛大な勘違いをしていると思うのだが……。

 そう呟きながら侑に支えられ、ソファを離れていくかすみ。

 かすみから代わるように入部届を受け取ったせつ菜は、入部届に目を通し顔を上げた。

 

「はいっ!確かに入部届いただきました!ようこそ、スクールアイドル同好会へ」

「ありがとう、優木さん」

「せつ菜で構いませんよ!果林さん!」

「ならお言葉に甘えて。よろしくね、せつ菜」

 

 そうして笑顔を見せた朝香先輩。

 生徒会長でもあるせつ菜―――菜々に任せれば書類関係の提出は問題なさそうとして。

 

「―――でも本当に良かったの?」

 

 そんな中に朝香先輩が不意に声をかける。

 顔を上げた先、彼女はどこか不安げな表情でこちらを見ており、顔を上げた俺に応えるように言葉を続けた。

 

「今だって作曲大変なんじゃないの?それなのにもう一人なんて……」

 

 いつもの余裕たっぷりな彼女と違って、どこか新鮮さを感じさせるその表情。

 腹が読めない人だと思ってから、こう気をかけてくれていたのは正直嬉しいが、しかし―――。

 

「俺だって誰でもいいわけじゃないですよ。ですけどまあ、朝香先輩ならいいかなーって」

「……嬉しいこと言ってくれるわね。てっきり嫌われているものだとばかり」

 

 ……嘘は言っていない。

 それにエマ先輩との話を抜きにしても、せつ菜との一件で同好会の皆を含め、多方面に迷惑をかけたと思っているから、どこかのタイミングでお返しができれば考えていたところだ。特に朝香先輩はその中でも功労者と言えるから―――ってそれより。

 

「俺そんな嫌ってるような態度ってしてましたっけ?むしろ朝香先輩はわりと好きな部類だと思いますけど」

「っ……キミってそういうこと恥ずかしげもなく言うのね」

 

 え?俺なんか変なこと言っちゃいましたか?と言うかそもそも思春期真っ只中の男子高校生の中にえっちなお姉さんが嫌いなやついる?いねえよなぁ!!?

 

「ともかくこれからよろしくお願いしますね、朝香先輩」

 

 ソファから立ち上がって、手を差し出す。

 これからは先輩と後輩だけの関係ではなく、スクールアイドル同好会の一員として。

 

 突然のことに少し戸惑った様子を見せた朝香先輩だったが、こちらの視線に応えるようにその瑠璃色の宝石ような瞳で真っ直ぐとこちらを見つめ、ギュッと差し出した手を握ってくれた。

 

「少しずつでいいので、朝香先輩の“やりたい”ことも俺に教えてくださいね」

「ええ、そうね。これから―――」

 

 笑顔でそう話す俺に、彼女も何かを言いかけるのだが―――。

 

「……朝香先輩?」

 

 またもや何かに気付いたように言葉を止めた彼女に、思わず首を傾げる。

 手を繋いだまま、ぐるりと同好会の面々を見回した彼女は最後に俺を見て―――艶やかに笑った。

 

 すぐさま手を離した時には時すでに遅し、先ほどより強く握られた彼女の手によって引っ張られた俺の身体は為す術なく、朝香先輩の元へ引き寄せられて彼女と身体が密着してしまう。

 

 鼻孔をくすぐる甘い香りと大人っぽい色香に思わず意識が飛びそうになるのを抑え、何とか持ちこたえる俺。

 

「「「ああああああああ~~~~!!!!!」」」

 

 廊下どころか部室棟全体に響きそうな大きな声。

 しかし突然のことで俺にも反応出来る余裕はなく。

 

「あ、あああああ朝香せんぱ―――!?」

「そうよね。コウくんには作曲の為にこれからも~っとお姉さんのこと知ってもらわなくちゃね。それじゃあまずは私のチャームポイントの~」

 

 そう言いながら制服のリボンを緩め、ニットベストの下にあるブラウスのボタンに手をかける朝香先輩―――ゆっくりとボタンを外し。

 

「な、何してるんですか果林先輩?!!早くかすみんのコウ先輩から離れてください!!」

「そうですよ果林さん!!ようこそとは言いましたが、こんないきなり部室でようこそするのは羨ま……見過ごすわけにはいきませんよ!!」

「そ、そうだよ~!!愛さんだってしもみーと……じゃなくって、しもみーも嫌がってるんだし早く離れなよ~!!」

 

 え?誰が嫌がってるんですかそれってなんかデータとかあるんですか?―――っておバカ!!

 

 気付けば密着している俺たちを引き剥がそうと駆け寄ってくるかすみ、せつ菜、愛の三人。

 

 しかし元々体幹もあり、鍛えている朝香先輩には三人がかりでも密着した身体は中々剥がれず。

 それどころか朝香先輩も離されないよう先ほどより身体を密着させて、三人も更に負けじと身体を寄せて剥がそうとするものだから三人とも密着する形になって―――。

 

「ちょ、ちょっと皆いくらなんでも近過ぎ―――」

 

 至るところに感じる柔らかな膨らみと彼女たちの甘い匂いに理性を保つのもやっとの状況で。気を抜けば俺の中の男の部分が表に―――耐えろ耐えるんだ俺。

 

「た、助けっ、侑、あゆ―――」

 

 親愛なる幼馴染に助けを求めるように埋もれながらそう呼びかける。

 離れたところでその様子を見ていた二人もそれで察してくれたのか、顔を見合わせた後こちらへ―――。

 

「―――も~ダメだよ皆~」

 

 その時、辛うじて空いていた手に触れた柔らかく温かな手の感触。

 そして子供を優しく叱るような声が聞こえた―――次の瞬間。

 

 身体が引っ張られるような感覚と共に四人の拘束から抜け出された俺は、その勢いのまま手を掴んだ相手へ引き寄せられるように―――。

 

「―――エマせんぱ」

 

 その名前を言いかけて―――不意に暗くなった視界と顔を包んだ柔らかな感触。

 

「いきなりコウくんをいじめちゃ~」

 

 頭上から聞こえた優し気な声と鼻孔をくすぐる良い香り。

 突然のことに状況が掴めずにいると、暗くなっていた視界が急に明るくなる。

 

「―――大丈夫?コウくん」

 

 そう言われ顔を上げると、こちらを覗き込むような視線と目が合う。

 

「あ~~~!!!エマ先輩もかすみんのコウ先輩に何やってるんですか~~!!!」

「も~かすみちゃんも。かすみちゃんのじゃなくて皆のコウくんだよ~」

 

 そして、ぷんぷんと頬を膨らますかすみを宥めるようにそう応える彼女―――エマ先輩。

 

 未だ状況の掴めていない俺だったが、少し低くなった体勢と頭と肩を抱くように感じる腕の感触―――と言うことはさっき俺の顔に包んだ柔らかいものってまさか。

 

 ―――デカ過ぎんだろ……。

 

 正面を向いた俺の視界に広がったエマ先輩の大きな膨らみ。

 

 普段至近距離で見たりすることのないその膨らみに思わず俺は目を見開いた。

 

「コウくん、大丈夫?」

 

 そんな俺に気付いてかはいざ知らず、頭上から聞こえた声に顔を上げると、心配そうな様子でこちらを覗き込んでいたエマ先輩。

 

 そうか、そう言えばさっきまであの四人に囲まれて理性が壊れる寸前の状況だったところを助けてもらったんだ。そんな優しい彼女の好意にかこつけて自分の欲求を満たそうなど言語道断。

 助けてくれたエマ先輩にはちゃんとお礼を言って離れないとな。

 

「あっ。ありがとうございます、エマ先輩。助かったのでそろそろ離してもらって大丈夫ですよ」

 

 視線の先にいるエマ先輩にそう声をかけると、頭と肩を抱くように回された腕が離れようやく俺も自由の身に―――なる筈だったのだが。

 

「……あの、エマ先輩?」

 

 エマ先輩は見上げる俺と視線を合わせたまま腕をギュッと締めると、頬を赤らめ楽しそうに嬉しそうに―――笑った。

 

「―――えへへ。だ~めっ」

「―――え?」

 

 そして暗くなる視界と包み込む柔らかさ―――エマ先輩に抱き締められていると理解するのにそう時間はかからなかった。

 

「な、なななな何やってるんですか!?」

「ちょっとエマさんっ?!」

「エマっち?!」

 

「あら、エマったら大胆ね~」

 

「おお……コウの顔が埋もれちゃってる……」

「……絶対、鼻の下伸ばしてるよ。ふんっだ」

 

 エマ先輩の突然の行動に各々の反応が聞こえてくるが、視界は暗いまま。感じるのは顔を埋め尽くす柔らかさと彼女から香る石鹸の良い香り。

 

ぽお(ちょ)ぽぉっとへまへんぱい(ちょっとエマ先輩)はらひてくだは(離してくださ)―――」

 

「―――も~そんなとこでしゃべったらくすぐったいよコウくん~」

 

 あっ―――これは離せないし、話せないですね。

 

 そう悟った俺は、その柔らかさと香りに包まれるように身体を預け。

 

 ほんの少しだけ騒がしくなった日常の中で。

 少しずつ遠ざかる声と共に、ゆっくりと意識を手放していくのであった―――。

 

 

 ◇

 

 

 胸に抱き寄せた“彼”の髪に優しく触れる―――柔らかくてサラサラの綺麗な髪。

 

 私の一番の夢を、果林ちゃんとスクールアイドルがしたいっていう私のわがままを。

 

『―――俺はエマ先輩の一番を叶えたいって、そう思ってます』

 

 そう言って肯定してくれたコウくん。

 それは簡単なことじゃなくて、否定されたって仕方ないことなのに。

 

『だから今度は俺に叶えさせてくれませんか?エマ先輩のやりたいことを、エマ先輩の一番を』

 

 その言って笑った笑顔がまぶたの裏に焼き付いて離れなくて。

 思い出す度に胸が熱くなって―――愛しくて。

 

 それは故郷の家族や同好会の皆に感じる愛しさとはまた違った気持ちで。

 

 胸に湧き上がるこの“ポカポカ”とする気持ちの理由を私はまだ知らなくて―――でもただ一つ言えるのは、いつもちょっと無理し過ぎなキミを隣で支えたくって、癒したくって。

 

 もしかしたらこれが―――“コイ”なのかな?

 

 それはまだ分からないけど、私の夢を支えてくれて、私のことを守ってくれるキミを、今度は私が支えて、守れるように―――。

 

 あの時、キミがそうしてくれたように―――強く優しく抱きしめる。

 

 胸のドキドキ伝わってるかな。

 伝わってるといいな。

 

 今はまだせつ菜ちゃんのようにキミの隣には立てない私だけど、いつの日か。

 

 だから―――これからもキミのそばで

 

 あなたとの日々を

 

 “ポカポカ”な毎日を一緒に過ごしていきたいな―――。




第三部「“ポカポカ”な毎日を」編、完。

以下高評価をして下さった方の掲載になりますが、今回からは前回のSpecial Thanksから増えた方のみの掲載になります。
ありがたいことに評価を下さる方が増えた為、本当ごめんなさい!中には評価と一緒にコメント下さる方もいらっしゃって、本当に励みになりました!好きだぞお前ら~!

~Special Thanks~

☆10
マスターレッド さん/KeNSuZu さん/Asuha333 さん/しゅてるんるん さん/大和 唯 さん/チキチキ さん/ちーーたら さん/monji さん/

☆9
至高王 さん/レイヴ さん/アッガイ最強説 さん/リインフォース ちゃん/SnowNifl さん/ソネッシー さん/松浦果南の自称兄 さん/廃棄物太郎 さん/KY0N さん/ユン114 さん/チョココロネ@Roseria/fan さん/sparkle さん/三史浦雅 さん/

☆8
三日月重教 さん/

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