33 優しい彼女からの提案
「―――それじゃあエマ先輩。帰りましょうか」
同好会の活動を終え、帰りの準備を済ませた彼女に声をかける。
「―――う、うん。いこっか」
その声に少し戸惑いを見せた彼女に首を傾げるが、その後何事もなく鞄を背負ったエマ先輩―――変に気にかけるのも失礼か。
今日はエマ先輩からのお誘いを受け、彼女と一緒に帰るという話になっている。
いつもは朝香先輩と帰路を共にしているエマ先輩だが、今日はモデルの撮影が入っているとかで彼女がお休みだったこともあり、俺に白羽の矢が立ったというわけである。
いつもは部室の鍵を返してから帰ることが多い為、必然的にせつ菜と帰ることが多いのだが、最近は今日みたいなエマ先輩からのお誘いで一緒に帰る機会も増えてきている。
彼女の住む女子寮と俺の住む男子寮は隣接させており、それぞれの行き来は申請がなければ出来ないものの、帰り道はほとんど同じということもあって、それぞれの寮に住まう男女が一緒に帰っている姿を見かけることも多い。
いつも一緒に帰っていたせつ菜には何か埋め合わせを考えるとして―――今日は。
「あの、少しだけ寄り道してもいいですか?」
「大丈夫だよ。何かお買い物?」
準備を済ませた彼女にそう言うと、不思議そうに首を傾げるエマ先輩。
「いえ、夕飯だけ買って帰ろうかなと」
「お夕飯?」
「はい、と言ってもちょっと帰り道のコンビニでお弁当買うだけですけど」
俺の言葉に目を真ん丸くして、そう聞き返したエマ先輩に軽く説明をする。
学園から少し足を延ばせば有明ガーデンにSORORがあるから、そこで買ってもいいんだけど、最近は早く帰って曲を詰めたいといった気持ちがあり、近場のコンビニで済ませることが多くなっている。
「―――もしかしてコウくん、寮での夕ご飯っていつもコンビニ弁当なの?」
何の気なしに言ったつもりだったのだが、不意にエマ先輩の顔が曇る。
「いや、いつもってわけじゃないですけど。有明ガーデンのSORORで買うこともありますし、お米だけ炊いてコンビニの冷食買って済ませることもありますかね」
最近のコンビニ飯は侮れない。お祖母ちゃん食堂やナナプレミアムなど、レンジ一つで家庭の味、自宅でも美味しいご飯は食べれるし。ああいうのって本当一人暮らしの救世主だよな。
「でもそれだと栄養のバランスが偏っちゃわない?」
俺としても今の食生活で満足しているつもりだが、目の前の彼女にとってはそうではないらしい。
「最近はコンビニでも栄養バランスの取れたお弁当も多いですし、寮に戻ってからは作曲の方を進めたいので自炊ってのはちょっと……」
身体を気遣ってくれるのは嬉しいけど、米を炊くだけとかならまだしも一から食材を買って切って焼いてなどを考えると、どうしても気が乗らないのが正直なところだ。
別に優先したいことがある現状、そこに時間を割くなら―――といったのが本音。
そこまで話すと一度は言葉を詰まらせたエマ先輩だったが、その後すぐに何か意を決するように顔を上げ―――。
「そ、それじゃあコウくんさえ良ければだけど、私がお夕飯を作って―――」
そんな魅力的な提案を―――。
「―――ちょ、ちょっと待ったー!!かすみんを差し置いてなに話してるんですかー!!」
―――言いかけた途中で、エマ先輩の言葉をかき消すように飛び込んできた影が一つ。
かすみん―――中須かすみは腰を手を当てたまま、可愛らしく頬を膨らませてそう言う。
帰る準備が出来たメンバーから上がってもいいという話だったが、どうやら俺たちの会話を聞いて駆け付けたといった様子であった。
「ち、違うよ。私はただコウくんが心配なだけで……」
エマ先輩はそう弁解するが、かすみは頬をぷんぷんと膨らませたままであった。
そしてそのちょっとした言い合いを聞きつけ、駆け寄ってくる人物も一人―――。
「ねえねえ愛さんも入れてよー!しもみーが困っているなら愛さんも力になりたいんだけどー!」
聞き捨てならないといった様子で割り込んできたのは―――宮下愛。
ちょっとした雑談程度の話だったのに、大げさに広がってしまった会話に少しだけ眉をひそめた。
「ちょっと待ってくれ、誰も困ってるなんて言ってないし。エマ先輩も、気持ちは嬉しいですけど夕飯を作るって寮の部屋まで来るってことですよね?男性寮に女子生徒を入れるのは申請だとかもありますしそれはちょっと……」
そんな会話を納めるように説明をし、あらためて彼女たちの誘いを断る。
会話に入ってきていたかすみや愛も理解してくれたのか、渋々と納得した様子を見せてくれていたのだが―――エマ先輩だけは違って。
未だ曇った表情。
確かに魅力的な提案だし、その気持ちは嬉しいのだが―――こういう時のエマ先輩って頑固だからなあ。
どうにか彼女を宥められないかと、何か他の埋め合わせを考えていると―――。
「―――!」
曇ってた表情がぱっと晴れ、何かを閃いた様子のエマ先輩。
「そ、それじゃあお昼ご飯はどうかな?コウくんってお昼ご飯はいつも学食にいるよね?」
そう問いかけられ思わず頷く。
いつもはクラスの友人と一緒に食べてて―――。
「と言うかエマ先輩もよくご存じですね。いつも学食でお昼食べてること」
そう言うと彼女の頬が赤くなって―――いや夕日のせいでそう見えるだけか?
「そ、その!た、たまたま!たまたま私も学食に行った時に見かけてて……!」
なるほど、まあ俺も以前学食でエマ先輩と朝香先輩が一緒に昼食を取っている姿を見かけこともあるし、大きな学園とはいえほぼ毎日いれば見かけるのも普通か。
「その―――だめ、かな?私がコウくんにしてあげたいだけだから……」
上目遣いでそう言うエマ先輩―――その顔されると弱いんだよなあ。
しかし俺としても、同好会の練習を頑張っている彼女たちの負担を増やしたくないという思いがあり。その気持ちは嬉しいのだが、彼女たちの貴重な時間を奪ってしまうのは気が引けるというわけで。ほら女の子って朝の準備だとか色々大変だって聞くしさ。
以前のこともありエマ先輩が強く力になりたいと思ってくれるのは本当に嬉しいのだが、そんなわけもあって俺はその提案に頷けずにいた。
「―――コウさん」
そんな中、俺たちの間に入るように声をかける人物がいた―――優木せつ菜だ。
今日はエマ先輩と帰ると前もって断りを入れていたのだが、せつ菜は何やら言い合っている俺たちに気付いたのか、仲介をするように間に入った。
「お互いに思っていることがあるなら、まずはお試しでというのはどうですか?エマさんもコウさんを思ってのお誘いだと思いますし、コウさんも色々と考えてのことだとは思いますが、一度ぐらいエマさんの好意に甘えてもいいのでは?」
落ち着いた口調で促すようにそう話すせつ菜。
無論俺だってエマ先輩やかすみ達の作ったお弁当が食べたくないというわけではない。
日頃から寮で自炊しているエマ先輩は勿論ながら、かすみだって日常的に作ってくれるコッペパンでその腕前は折り紙付きだし、愛なんて飲食店の看板娘と来たもんだから。きっと美味しいお弁当が食べられるのは間違えない。
正直せつ菜の話も一理ある。ここまで言ってくれる彼女たちに対してあまり意固地になっても、逆に不安にさせてしまうだけかも知れないし。一度ぐらいその好意に甘えても罰は当たらないのかも知れない。
視線を向けた先、不安そうな表情を浮かべているエマ先輩―――優しい彼女を不安にさせてしまった謝罪の意も込めて、俺は頭を下げた。
「エマ先輩。それじゃああらためてお昼のお弁当、お願いしてもいいですか?」
「―――!!うんっ!ありがとねコウくん!」
ありがとうを言うのは俺の方なんだけど……。
顔を上げると、その返答に晴れやかに咲いた笑顔。
こんな笑顔が見れるならもう少し早く素直になっても良かったかも、なんて。
「―――ちょ、ちょっと待ってください!それならかすみんだってコウ先輩に、かすみんの腕によりをかけたウルトラハイパー美味しいかすみんのプリティキューティ愛妻弁当を……」
「あ、
エマ先輩に続くように我先にいった勢いで手を挙げるかすみと愛。かすみのネーミングセンスはともかく愛妻ではないし、愛のダジャレに関してはアイって言いたいだけじゃねーのか。
「皆そろって一体なんの話してるの?」
「皆、そろそろ下校時間だよ?」
「侑さん、歩夢さん」
そんな中、こちらの様子に気付いた侑と歩夢に、せつ菜が応える。
「エマさんがコウさんにお昼のお弁当を作ってあげるというお話になりまして、かすみさんと愛さんもそれに立候補を」
「ほうほう、私たちの幼馴染がまた女の子を侍らせてるということね」
侍らせてるって人聞きの悪い。
そう言いニヤニヤと笑う侑に反論するように軽く睨んだ。これは皆の好意―――いや善意だっての。
「それなら歩夢も立候補したらどう?幼馴染ここにありってとこ見せちゃいなよ」
「もー何言ってるの侑ちゃん。でも前に手料理の差し入れするって言ってたし、いい機会かもね」
そう話した歩夢に思い出されるのは久々に三人集まって行われたお泊まり会での一幕。
そう言えばそういう話もあった―――というか気付けば何やら話が更に大きく。
「それじゃあエマさん、かすみちゃん、愛ちゃん、歩夢っと。あと一人立候補すれば一週間達成じゃん。コウ、私も幼馴染としても鼻が高いよ」
「……侑、お前今に見てろよ」
凄むように睨んだ俺に、歩夢の背に隠れる侑。
歩夢を盾にするとはなんて卑怯な幼馴染だ。歩夢も苦笑いしているじゃねーか。
「ふふっ、なら私が立候補しましょうか」
「せつ菜ちゃんが?」
「ええ。これでも料理には
力こぶを見せるように腕を上げ、そう話すせつ菜。
確かに今まで彼女とお昼を一緒にする機会はあったが、その時はお母さんが作ったお弁当だった筈だが。せつ菜が料理を出来るという話は聞いたことなかったがきっと彼女のことだ、料理もそつなくこなすのだろう。
「おおっ!これで一週間達成じゃん!どうっすかコウさんもう一周いっちゃう?」
「調子に、のるなっ―――」
「―――あいたっ」
酔っぱらったサラリーマンがもう一軒誘うかのテンションでわき腹を小突いてきた侑の額にチョップを入れる。
すぐさま歩夢に泣きつく侑だが、今のは自業自得だ。
そんなこんなで彼女たちの手作り弁当をいただけるという、何ともありがたい一週間が始まるのであった―――。