虹を繋いで   作:うめ茶漬け

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34 私と先輩

「―――かすみー、しずくー」

 

 お昼休みの中庭。レジャーシートに座って談笑をしていた私たちに遠くから声をかける先輩―――下海(しもうみ) (こう)先輩。

 

 私たちが所属するスクールアイドル同好会で作曲を担当してくださっているコウ先輩。

 本来であれば生徒数も多く、校舎も広い、マンモス校である虹ヶ咲学園の中で先輩のことを知っている人もほんの一握りの人たちだけ―――な筈なのだが。

 

 ここ最近一年生の間でもコウ先輩の話を聞くことが多く、私が兼部している演劇部の中でもコウ先輩のことを聞いてくる女の子たちがいるといった状況なのだ。

 

 その原因は愛先輩と璃奈さんも入部するキッカケにもなった―――せつ菜さんのライブ。

 

 あのライブがあってせつ菜さんとコウ先輩がスクールアイドル同好会に戻ってきてくれたわけだが、どうやらその中でコウ先輩が演奏していたことが彼女たちの目に留まったらしい。

 

 せつ菜さんの圧倒的なパフォーマンスと響き渡る歌声―――その隣でそのパフォーマンスにも歌声にも引けを取らない演奏を見せたコウ先輩。

 

 それで話題にならないわけがなく―――瞬く間にスクールアイドル同好会に所属する下海虹という存在は知れ渡り、今の状況に至るという。

 

 しかし、そんなことを知る由もなく私たちに笑顔で手を振るコウ先輩。

 いつもは凛々しい顔をしているコウ先輩だけど、こういう時に見せる警戒心ゼロの無邪気な笑顔。そのギャップにはドキッとさせられる。

 

「あっ!コウせんぱ~い!」

 

 こちらに歩いてくるコウ先輩に嬉しそうに手を振り返すかすみさん。

 コウ先輩はそのまま靴を脱いで、かすみさんの隣に腰かけた。

 

「お待たせ。悪い、遅くなっちゃって」

「ぜ~んぜんですっ。かすみんたちもついさっき来たばっかりですから」

 

 そう言って謝るコウ先輩に待ち合わせのお約束かのようにそう返すかすみさん。

 しかし今回は本当に彼女の言うとおり、昼休みに合流した私たちがレジャーシートを引いて話し始めたのはつい先ほどで、コウ先輩が来るまでに一分ほども経っていないのだから。

 

「そっか―――それでも二人とも、かすみもしずくも待っててくれてありがとうな」

 

 そう律儀に名前を呼びながら、私とかすみさん一人ずつに視線を向けて笑顔でお礼を言うコウ先輩―――これはズルい。ズルい笑顔。正直キュンとしちゃった。

 

「それでかすみはどんなお弁当を作ってくれたんだ?俺、お腹空いちゃってて」

 

 チラッと盗み見た時には恍惚とした表情をしていたかすみさんだが、コウ先輩の言葉で我に返ったかのようにバッとそばに置いてあったランチバックを見た。

 

「はいっ♡コウ先輩、かすみん特製愛妻弁当ですよ~♡」

 

 そのままウキウキとした様子でランチバックからお弁当を取り出すかすみさんだけど―――。

 

「―――あれ?でもかすみさん、いつもよりお弁当の量が……」

 

 コウ先輩に向け―――そう名指しで渡されたお弁当は確かに鮮やかに彩られた美味しそうなお弁当ではあるのだが、いつも彼女が作ってきているお弁当に比べても幾分か量が少ないように見えた。

 

 作ってきた彼女には申し訳ないが、少なくとも一般の男子高校生が食べる量としては明らかに少なく、放課後にもなれば腹の虫も鳴いてしまいそうな……。

 

 コウ先輩も同じことを思ったのか、嬉しさと驚きが入り交ざったような複雑な表情をしているが……。

 

「ちっちっち~、甘いよしず子」

 

 そんな私の感想を物ともせず、してやったりという顔で人差し指を左右に振るかすみさん―――そのジェスチャーする人、久々に見た。

 

「―――かすみんのお弁当の本当の姿はここからだよ」

 

 キメ顔でそう言い、手に持ったランチバックの中に手を伸ばすかすみさん―――しかし。

 

「あれ―――?」

 

 先ほどまでキメ顔だったかすみさんの表情がだんだんと曇っていく。

 

「ない。ないっ!今朝ちゃんと入れた筈なのに!!」

 

 焦った様子でランチバックの中を何度も漁りながらそう言うかすみさん。しまいにはバックを逆さまにするのだが、薄っぺらになったバックからは何も出てこず……。

 

「もしかして間違えて鞄の中に……」

「か、かすみ?このお弁当だけでも美味しそうだし俺は大丈夫だよ?」

 

 落ち込んだ表情で肩を落としたかすみさんを慰めるコウ先輩。

 

「それじゃあダメなんです!今日のかすみんのお弁当はハイパーキューティースーパーエクセレントウルトラダイナミックコッペパンと合わせて、ようやく完成するかすみんの超大作なので!!そ、それに中途半端なお弁当じゃ他のライバルたちに差が……」

 

 しかしそんな状況でもめげず、すぐ切り替えるように顔を上げたかすみさん。

 

「ごめんなさいコウ先輩!今すぐ教室に戻って取ってくるので待ってて下さ―――」

「お、おい!かすみ!」

 

 そのまま靴を履き、大急ぎでレジャーシートから駆けていくかすみさん。心配そうにしたコウ先輩が彼女のことを呼ぶが、その時にはもうその姿は見えなくなっていて―――あまりの早さに言葉の端が聞こえなかったほどだ。

 

 そして取り残された私とコウ先輩。

 

「……かすみさん、いっちゃいましたね」

「そうだな……途中で転んで怪我とかしないといいけど」

 

 そう呟いた私に不安そうな顔でそう話すコウ先輩。

 かすみさんの思い憂う表情。ふとその横顔を見つめていると彼もそれに気付いたように私を見て、その不安を誤魔化すように微笑んだ。

 

 ―――コウ先輩と二人きり。

 

 落ち着いて考えてみると、コウ先輩と話す時はほとんどがかすみさんや他の誰かが一緒だったり、コウ先輩も普段はせつ菜さんや愛さん、侑さん、歩夢さんの同学年で固まっていることが多く、こういう風に二人きりになって過ごすと言うのは何気に初めてのことかも知れない。

 いつもは普通に話をしている筈なのに、いきなり二人きりにされると何を話せばいいか―――。

 

「―――そう言えばしずく。最近同好会の練習はどうだ?」

 

 そんな中、話題を切り出すように声をかけてくれたコウ先輩。

 

「は、はい!そ、そうですね。最近ですと同好会に果林さんが入って下さったおかげで、柔軟なども教えてもらえて、演劇部の活動にも良い刺激になってます」

 

 問いかけられた言葉にそう切り返し答える。

 

「それなら良かった。そういえば合同演劇祭(・・・・・)ってのもそろそろだったっけ?」

「―――え?」

 

 コウ先輩の口から飛び出した予想外の言葉に思わず言葉が詰まる。

 合同演劇祭―――それは毎年、虹ヶ咲学園と虹ヶ咲と交流のある藤黄(とうおう)学園の演劇部が合同で開催している演劇の舞台、なのだが。

 

「―――は、はい。コウ先輩もご存じだったんですね」

「ん?ああ、演劇祭のこと自体はよく分かってないんだけどさ、一応去年もやってたってのは知ってるし、今年は演劇部にしずくがいるからチェックはしてたよ」

 

 私の問いかけにそう答え、微笑んだコウ先輩。

 私がいるからチェックしてくれたというのは、単純に先輩の立場として私に気をかけてくれているだけだと思うけど、ほんの少しだけ好意を期待をしてしまうのも年頃の女の子としては当然の反応だろう―――コウ先輩、普通にカッコいいし。

 

「あ、ありがとうございます。それでその再来週には合同演劇祭のオーディションもありまして、同好会の練習もお休みを……」

「分かった。皆には俺から伝えておくよ」

「はいっ、ありがとうございます!」

 

「俺も演技のことは力になれないかも知れないけど、何か困ったことがあったら教えてくれよ、しずくの力になるから」

「い、いえ私は大丈夫ですよ!コウ先輩には日頃からお世話になりっぱなしですし、これ以上お手を煩わせるわけにも……」

 

 コウ先輩が提案してくれた言葉を、咄嗟に否定してしまう。

 

 しかしコウ先輩と侑先輩を含めて11人と大所帯になったスクールアイドル同好会。

 そんな中でその全員の作曲を担当して下さっているコウ先輩に、私個人の些細な悩みごとで頼るなんて申し訳ないというか―――特にコウ先輩は少し過保護過ぎるとこもあるし。そうでもなきゃ一人で9人の作曲に名乗り出ないよ普通。

 

 そもそも演劇部とスクールアイドル同好会の両立すると決めたのは私自身だ。それなのに周りを頼るなんて―――。

 

「―――しずく」

 

 真剣そうな声色で呼ばれた名前に、微かな気まずさを感じながらその呼びかけに応える。

 

「それじゃあ別に俺じゃなくてもいいからさ、ちゃんと困ったことがあったら言うんだよ?」

 

 そう言いながら真っ直ぐと見つめる瞳―――その澄んだ瞳は宝石のように綺麗で。

 

「しずくは他の子に比べて大人びてるところがあるから頼っちゃう時も多いけどさ。しずくだって大切な後輩なんだからそれだけは覚えといて欲しいな」

 

 ただ伝えるだけではなく、そう諭すように優しい口調で私に話したコウ先輩―――こういう時、コウ先輩も歴とした年上の先輩なんだなという当たり前のことに気付かされる。

 

 そしてそれと同時にその優し気に微笑む姿は、まるで子供の頃に夢見た―――。

 

「ふぇ~せぇんぱ~い!お待たせしましたぁ~!」

 

 その時、不意に聞こえた聞き馴染みのある―――かすみさんの声に我に返る。

 

 コッペパンを両手に持ったかすみさんは、肩で息をしながら靴を脱いだかと思えば、そのまま倒れ込むようにしてコウ先輩の腕に抱き着いた。

 

「コウせんぱぁ~いお待たせしました~。かすみんの特製ラブリーコッペパンですよぉ」

「おかえりかすみ。途中で転んだり怪我とかしなかったか?」

「はいっ♡あ~ん♡真っ先にかすみんのこと気にかけてくれるコウ先輩♡しゅきしゅき♡」

「でも次は一人で走っていかないようにな。前も言ったけどかすみが誰かとぶつかったりして怪我するのもさせるのも嫌だからさ」

「は、はーい。ごめんなさい先輩……」

「でもかすみが無事ならよかったよ。それじゃあ早く食べたいな、かすみのお弁当」

 

 息を切らしていたのも嘘だったかのようにコウ先輩に甘えるかすみさんと、かすみさんが一人で走っていったのを叱りながらも優しくフォローもするコウ先輩。

 

 コウ先輩の言葉を聞いてウキウキとより一層嬉しそうになったかすみさんは、手に持ったコッペパンの包みを開けてお弁当と共に先輩へと差し出すのであった。

 

「―――ところでしず子とコウ先輩、二人で何の話してたんですか?」

「ああ、ちょっとしずくに演劇部のことを聞いてただけだよ」

「へえ~そうだったんですね。……ってダメだよしず子!いくらコウ先輩がカッコいいからって演劇部にスカウトしようなんて!」

「い、いや別にそんな話は……」

「……いやでも待って、かすみんとコウ先輩が演劇部に入って姫と執事兼騎士兼婚約者で舞台を開くのもアリなのでは……」

「いやなしでしょ……何その役盛りまくりの設定……」

「えーっとかすみ?これ一緒に食べるってどこから食べたら―――」

「は~いせんぱいっ。まずはこっちのコッペパンとおかずを―――」

 

 相変わらず変わり身も早いかすみさん。

 でもそう考えると甘え上手なお姫様という役であれば、かすみさんを抜擢するというのもあながち間違えではないのかも知れない。

 コウ先輩もこの前の服飾同好会で執事服も騎士服もスゴくカッコ良かったな―――私もどさくさに紛れて一緒に写真撮ってもらったし。

 

 って今はそんなことより、私もお弁当食べようっと―――。

 

 その後、かすみさんのお弁当を食べたコウ先輩から勧められ試食させてもらったのだが、本当に想像以上の美味しさだった―――かすみさんスゴイ。

 

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