「コウ、いるー?」
「ゆ、侑ちゃん他の学科のクラスでいきなりそれは……」
昼休み―――お昼に向かうクラスメイトの出入りも落ち着いてきた頃。開けっ放しの教室の扉口から顔を出した侑と歩夢。
すぐに二人の姿に気付いた俺は、談笑していた友人たちに断りを入れ、侑と歩夢の元へ向かう。
「ごめんねコウくん、遅れちゃって」
「別に遅れてないだろ。まあクラスに来るなら行って欲しかったけどさ……」
「へへへ~。そこはそう!サプライズってやつだよ」
とは言うものの、朝イチに侑から来ていた「準備があるから、教室で待ってて!」というメッセージで何となくそういう可能性も考えていたから、そんなに驚いてもないけど。
「お友達と話してたみたいだったけど、途中で抜けちゃって大丈夫だった?」
「ああ、大丈夫だよ。アイツらには先に言ってたし」
心配そうにそう話す歩夢の視線が後方、先ほどまで俺がいた席の方へ向けられる。
そんな歩夢の視線に遅れるように俺も後ろを振り返ると、件の友人たちがニコニコ顔でこちらを見ており、こちらが振り返ったことに気付くと、わざとらしく手を振ってアピールをし始めた。
「アイツら……」
「えっと……確か
明らかに茶化している
「ああそうだけど、よく名前知ってたな侑」
「えーだって、二人とも男子サッカー部とバスケ部でわりと有名だよー?」
「……ふーん」
侑の言葉に軽く相槌を打ちながら、二人の横を通るように教室の扉口から廊下へ出る俺。
後ろでは歩夢が二人に向けて、丁寧に手を振っていたが―――歩夢に色目使いやがったらアイツらぶ
二人には歩夢の背後から穏便にそう伝えておいた、眼力で。
「……と言うかさ、コウってさ」
「ん?」
「……同性の友達いたんだね」
「失礼じゃないか?!」
◇
「あっ、上原さーん!」
そんな一幕もありつつ、三人仲良く会話をしながら中庭に向かっていると、不意に声をかけられたようで後ろを振り返った歩夢。
歩夢に遅れるように後ろを振り向くと、侑や歩夢と同じ色のリボンをした女子生徒が歩夢に駆け寄ってくるのが見えた―――歩夢のクラスメイトとかだろうか。
「さっき教室で数学先生が呼んでたよ」
「え、本当?分かったすぐ行くね」
どうやら先生からの呼び出しがあったらしく、すぐさまそう答えた歩夢。
ちなみに歩夢のクラスメイトの言う
歩夢や侑とは学科が違えど、学年が同じであればこうやって先生が被ることも多い。
「ついて行こうか?歩夢」
「ううん大丈夫だよ。すぐ終わるだろうし、先に食べてて」
心配する侑にそう答え、お弁当が入っているであろうランチバックを侑に手渡す歩夢。
確かに用があるといってもお昼休みであることを考えれば、軽い連絡事項や簡単な手伝いなどすぐに終わる用件だと言うことは想像出来るが―――。
「それじゃあ先に中庭で食べてようか、コウ」
歩夢からランチバックを受け取った侑はそう言い、こちらに視線を向ける。
その様子に歩夢もクラスメイトと一緒に教室へ戻ろうとするのだが―――。
「―――いや、歩夢のこと待ってるよ」
そう言った俺に、歩夢はこちらに視線を向けた。
「私に気を使わなくても大丈夫だよ?用事もすぐ終わらせて合流するつもりだし」
少しだけ不安そうにして話す歩夢、しかし。
「気を使ってるわけじゃないんだけど。久々の幼馴染三人でのお昼なんだし、食べ始めも三人一緒がいいと思ってさ。それに折角歩夢がお弁当を作ってくれたんだから、色々と話も聞きたいんだ」
本当のことだ―――歩夢が今日の為に作って来てくれたお弁当。見る楽しみも食べる驚きも出来るだけ歩夢とも共有したい。そう思っての言葉。
「ダメ……か?」
しかし先ほどの歩夢の言い分もあるだろうし、あまり遅くならない範囲でというわけだが。
俺が少しだけ控えめにそう言うと、歩夢は仕方ないと表情を浮かべる。
「……もうっ。分かったよ、それじゃあ私も急いで戻らなきゃだね」
そう言って優しく微笑んだ歩夢。
心なしかその頬は赤く染まっており、笑顔と相まってその表情はより一層華やかに感じた。
「それじゃあ早く行こっ。先生はクラス?」
「あ、ああ!う、うん行こう上原さん」
そんな歩夢に見惚れたのは俺だけではなく、隣にいた歩夢のクラスメイトも歩夢の呼びかけにワンテンポ遅れて反応を見せ、歩夢と小走りでその場を去っていくのだった。
「それじゃあ先に行ってようぜ、ゆ―――」
そんなわけで歩夢と一旦別れ、中庭に向かっていようと隣の侑に声をかけるのだが―――。
「……う~ん」
歩夢のランチバックを手に持った侑は何やら小難しい顔で腕を組んでおり、そんな彼女に何事かと驚くが。
「あっ、中庭には向かうんだな……」
先ほどの俺の言葉を聞いていたかは分からないが、小難しい顔で腕を組んだまま歩き出した侑に遅れるように、彼女の隣を歩いて中庭へ向かう。
道中、侑はずっと顔をしかめており、そんな可愛らしさすら感じる幼馴染のしかめっ面を横から覗いていると。
「―――あのさ、コウ」
そう言い、しかめっ面と腕組みを解いたかと思いきや、不意に立ち止まり真っ直ぐに俺を見つめる侑。
「なん―――」
「コウってさ。まだ歩夢のことが好きなの?」
「―――は?」
突然の侑の言葉に、驚きと動揺が混ざったような間の抜けた声がこぼれる。
「な、何言って―――」
「―――答えて」
先ほどの歩夢との一幕をまた茶化しているのかと思ったが、真っ直ぐ見つめる瞳は真剣そのもので。
突然過ぎる侑の問いかけに思わず俺もたじろいてしまうが。
侑の問いかけ―――“好き”と言うのは恐らくライクではなくラブの意味合い。
単純に―――下海虹が上原歩夢に
あまりにも唐突過ぎるとは思いながらも、先ほどの侑の様子の変化を考えれば、歩夢との一幕に彼女がそう思わせる原因があったと言うことだろう。
俺としてはあれが侑だったとしても伝えていた言葉は変わらないのだが。
しかしそれを今彼女に伝えてもそれは彼女の問いかけの答えではなく、変に誤魔化しているように感じさせてしまう可能性だってある。
他の誤魔化しなんてものはそもそも論外だ。
だからこそ彼女の問いかけに真正面から向き合おうとする―――のだが。
「……どうなんだろうな」
―――残念ながら。その問いかけにハッキリと答えられるような言葉を、俺は持っていなかった。
「好きか嫌いかって言われたらそりゃ好きだよ、好きに決まってる。でもそれは
彼女たちと一緒にいて湧き上がる
だけど今の俺が感じているこの
「
―――好きのイコールが恋心になるわけじゃない。
俺の中で歩夢にフラれたことはもう気持ちの整理もついていて、時間が関係を
そして、今はそれよりも何よりも、
「……そっか」
その答えにホッとした様子を見せる侑。
中二の夏、別々になってしまった―――してしまった俺たちの関係。
長い時間を経て、今こうして一緒にいられる俺たちだけど。
次に同じようなことが起きれば、もう二度と元の関係に戻れない可能性だってある。
それぐらいお互い年齢を重ねてしまったんだ。
だからこそ侑が俺たちの関係を、シビアに考えてしまうのも至極当然のこと。
「あー突然ごめんねコウ、変なこと聞いちゃって」
―――しかしそれは逆を返せば、それだけ侑が俺と歩夢との関係を大切に思っているということで。
俺の隣で申し訳なさそうに空笑いを浮かべる侑。
「―――侑」
そんな侑の手を取り、こちらを見上げた彼女の瞳を真っ直ぐと見つめる。
「俺は―――
そうして大切な
侑が俺と歩夢との関係を大切に思ってくれているように、俺だって侑と歩夢との関係を大切に思っているのだと、伝えたくて。
これで侑も少しは安心して―――。
「な、なななな何言ってんのさコウ!も、もうそういうことは私じゃなくて同好会の皆にでも―――」
―――あ、あれ?
思ってた反応と違い、顔を赤くして手をパッと離した侑。
彼女はそのまま顔をしかめ、疑うかのように俺を睨んだ。
「は、はぁーん。ど、どうせ果林さんにも同じようなこと言って口説いたんじゃないのー?」
「はあ?!そ、そんなことしてねえよ。あ、あれはエマ先輩から相談されて……」
「……ふぅーん。どうだか?口説き上手のコウくんは先輩にも幅を利かせたんじゃないのー?」
「だ、だからっ……!と言うかいきなり怒ってどうしたんだよ侑っ」
まくしたてるような侑の勢いに気圧されるようにそう言うと、ハッとした侑は目元を隠すように手を顔に当て、その場で深くため息を吐き出した。
「……ごめんコウ、ちょっと熱くなった。今のは忘れて」
「あ、ああ……俺は全然気にしてないけど……」
先ほどの発言が侑を不快にさせてしまったのなら、ちゃんと謝りたいけど。侑もこう言っていることだしこれ以上この話題を続けるのはよそう。
「……それで、コウがエマさんに相談されたんだ」
「え。あ、ああそうなんだ」
落ち着きを取り戻した侑に内心ホッとしながらも、先ほど出した話題に続くように口にした言葉にそう頷く。
「……でも言われてみれば、少しエマ先輩の様子がおかしい時あったかも」
「まあ……その。エマ先輩、朝香先輩ともスクールアイドルをやりたかったらしくてさ。だけど作曲をする俺に気を使ってくれて誘えずにいたらしいんだ。だから俺なら大丈夫ですよって話をな」
話題を出してしまった手前、変に誤魔化すわけにもいかず、侑には軽く触り程度の内容で伝える。朝香先輩のアンケート用紙の内容は俺とエマ先輩の中だけに留めておこう。
そもそも人の本音なんて人様に言い伝えるものでもないからね。
「そういうことだったんだね。んーコウが大丈夫だって言うなら私も止めないけど……」
「まあ8人も9人もそう変わんねーよ。知らない相手ならまだしも相手は
「そっか……。そう言えばせつ菜ちゃんにはそのこと相談してあるの?」
「え、いや」
「え?」
「え?」
侑の問いかけに首を横に振ると、あからさまにアチャーといった反応を見せた侑。
「まったくコウは全然が女心が分かってないなあ……」
侑の様子にも状況が飲み込めずにいると、やれやれといったため息を吐き出した侑。
「あのさコウ。例えばだけどさ、せつ菜ちゃんがコウの知らないところで、上級生の先輩だとかコウのクラスメイトの男の子を誘って同好会に入部させたらコウはどう思うの?」
「どう思うって……。いや言ってる意味は分かるけどさすがにそれとこれは……」
「違わないよ。確かに果林さんには私たちもお世話にはなってるけど、コウのやったことって言うのは女の子からすれば同じようなことなんだよ?」
「……せつ菜が別のやつと……」
突拍子もない言葉だったが、妙に説得力を感じる侑の言葉。
俺の知らないところで、知らないやつと仲良くなっているせつ菜の姿。
せつ菜が―――菜々が俺の知らないやつと笑い合って、仲良くなって、いつの間にかスクールアイドル同好会に誘っていて。
「……い、嫌だ」
決してせつ菜を、菜々を束縛するつもりなんてない。
そういう相手がいて、それが彼女が心から“大好き”だと言える相手だと言うなら、その関係を応援してあげたいとも思う。
だけど、その。そういうのは何かモヤモヤするって言うか。
……何だかとっても、嫌な気持ちだ。
「でしょー。それと同じようなことコウはやってるんだよー」
「……す、すまん」
侑の言葉に罪悪感を感じ、思わず視線が落ちる。
「謝る相手が違うんじゃない?もーあれだけ二人はちゃんと話し合うべきだって言ったのにさー」
「そ、そうだったよな……」
あの一件で身に染みた筈なのに、俺はまた同じことを繰り返している。
『コウはもっと皆と話すべきだと思う、特にせつ菜ちゃん―――菜々さんとはしっかりと』
以前の菜々との一件の際、皆の集まった潮風公園で侑に言われた言葉。
二人で始めたスクールアイドル活動なのに、その方針を相談もせずに決めてしまい、菜々を不安にさせたかも知れないという罪悪感。
そんな罪悪感を感じながら、不意に震えたスマートフォンに届いたメッセージ。
「―――菜々」
『明日、急遽お昼休みに生徒会の仕事が入りましてお昼をご一緒できそうにありません。申し訳ありませんが、私の番はなしでお願いします』
◇
「お待たせー……ってあれ?二人ともお昼の準備もまだだったの?」
「あっ歩夢。まあ色々とあってね」
「?二人でなんの話してたの」
「んー?コウが朴念仁だって話」
「?」