虹を繋いで   作:うめ茶漬け

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39 俺と菜々(下)

 

「―――菜々、確認頼んでもいいか?」

「え、あ、ああはい!も、もう終わったんですね」

 

 半ば強引に受け持っていた書類を菜々に手渡す。

 受け取った彼女はそう言いながらパラパラと書類をめくり、少し驚いた様子で顔を上げた。

 

「ば、バッチリです。見た感じミスなどもなさそうですし、凄く早いですね……」

「ありがと。でも今回のはたまたま俺にでも出来る簡単な内容だったってだけで、日頃からこういう作業をやっている菜々はやっぱり凄いな」

 

 それも一人で黙々と……、俺なら絶対に続かない自信がある。

 

「い、いえ、私はそんな……」

 

 俺の言葉に少し照れくさそうに笑う菜々。

 見たところ彼女の机に山積みになっていた書類もキチンと整理され、やり残した仕事はないように見える。

 これでお昼休みに彼女がやろうとしていた生徒会の仕事ってのも一段落するのだろうか。

 

 壁にかけられた時計を見る。

 お昼休みの時間は三分の一ちょっとは残っており、俺がここまできた“本題”を話すには十分だろう。

 

「菜々、そういやお昼はもう食べたのか?」

 

「ああ、はい!先ほど書類整理を始める前に副会長と一緒に」

 

「そっか、なら良かった」

 

 菜々がお昼を食べ終わっていたようで良かった。

 お腹が空いてると午後からの授業にも差し支えるからね。

 

 俺はまあ、適当に学食の余ったパンでも摘まめばいいかな。昨日まで贅沢し過ぎてた(同好会の皆から恵んでもらってた)所だしバランス的にはちょうど良いだろう。

 

「それで、その……菜々。少しだけ菜々の時間をもらってもいいか?」

 

 ―――それよりも何よりも今は菜々に話しておきたいことがあるから。

 

「あ……コウさんが生徒会室まで来た理由のことですか?」

 

「あ、ああ、そうなんだ」

 

「もしかして同好会のことです?」

 

「うん、そう、同好会のこと」

 

 不思議そうな顔をしながらも、どこかで意図を察したように応える菜々。

 

「ごめんなさい。私が昨日同好会に出れていればコウさんにご足労をおかけする必要もなかったのに……」

 

 申し訳なさそうに謝る菜々。だけど―――。

 

「いや、本当に謝らないといけないのは俺の方だから気にしないでくれ」

「謝る?」

 

 俺の言葉に引っ掛かりを感じたのか、訝しそうにそのワードを聞き返す菜々。

 

 正直話し辛いことだから少しだけ躊躇ってしまったけど、今は菜々の貴重な時間をもらっていることということを思い出し、俺も覚悟を決める。

 

「うん。その……朝香先輩のこと」

 

「果林さんのことですか?」

 

「ああ、そのあさ……果林先輩のこと菜々にもちゃんと相談してなくて……」

 

「……はい?」

 

 ―――席に座る菜々の顔を見れない。

 

 それだけ俺は自分のしたことに罪悪感を感じていて、だけどそれだけじゃダメなんだと分かっている。

 覚悟を決めたんだからちゃんと話そう、菜々の言葉をちゃんと聞こう。

 

 生徒会室に僅かな静寂が流れる。

 

 再度意を決した俺は菜々の方を向き、続きを話そうとするのだが―――。

 

「……?それで、それがどうかしたんですか?」

「へ?」

 

 菜々の口から出た言葉に間の抜けた声がこぼれる。

 

 驚いたことに菜々は状況が掴めていないのか首を傾げているのだが、どうやら俺の説明が足りなかったようだ。

 

「その、スクールアイドル同好会、二人で始めたことだったのに菜々に相談せずに果林先輩の勧誘しちゃったことを……」

 

「……なるほど、そういうことですか」

 

 少し間を空けて状況を理解してくれた様子の菜々は口元に手を当て何かを考える様子を見せていた。

 

「その、エマ先輩から相談を受けて。エマ先輩、果林先輩をスクールアイドルに誘いたかったらしいんだけど俺に気を使って誘えずにいたらしいんだ。だから俺なら大丈夫ですよって話をしてそれで……」

 

 そういう経緯があって朝香先輩はスクールアイドル同好会へ入部したのだと、そう話す俺に菜々は静かに一つ変えず話を聞いてくれていた。

 

「元々二人で始めたスクールアイドル同好会なのに、菜々に一つも相談せずに決めちゃったこと謝りたくて。本当にごめん」

 

 菜々に向けて深く頭を下げる。

 

 頭を下げたことで菜々がどういう表情をしているか見ることは出来ないけど、もしも今回のことで菜々の笑顔を曇らせていたというなら俺は俺を許せなくなる。

 

 頭を下げたまま、菜々は何も言わず、先ほどの静寂よりも少しだけ長い時間が流れる。

 

 

「―――コウさん」

 

 降り注いだ声に顔を上げる。

 

 気が付けば先ほどまで生徒会長席に座っていた筈の菜々は俺の目の前まで来ており、ソファに腰かける俺の隣に向かい合うようにして座っていた。

 

 彼女は顔を上げた俺を、その宝石のように綺麗な瞳で真っ直ぐ見つめたまま微笑む。

 

「ありがとうございます。私のことをそこまで考えてくれて。わざわざ生徒会室にまで来て話をしてくれて」

 

「え……?」

 

 菜々の言葉に本日何度目かも分からない間の抜けた声がこぼれる。

 

「エマさんのこと、いつもと様子が違っていたので私も気になっていたんです。その後はいつも通りのエマさんのようだったので杞憂だったのかなとは思っていたんですが、コウさんが裏で動いてくださっていたんですね」

 

 エマ先輩の様子がいつもと違っていたこと。

 昨日の侑も同じようなことを言っていたが、菜々の目から見ても同じだったようで、その時感じた違和感に合点がいったように菜々はそう話す。

 

「ああ、うん。確かにそうだけどやっぱり今考えると少しは菜々にも相談―――」

 

「コウさん」

 

 言いかけた言葉に重なるように呼ばれた名前。

 ゆっくりと下に落ちていた視線をもう一度上げ、目の前の菜々を見た。

 

 

「―――コウさんにはコウさんのやりたいことをやって欲しいです」

 

 目の前の菜々は俺と目が合うと、優し気な口調でそう言葉にした。

 

「私のことを思ってそう言ってくださるのは本当に嬉しい、コウさんからその言葉をいただけただけでも夢心地ですが……」

 

 胸の前で手を組み、言葉を噛み締めるように思いを口にする菜々。

 

「私はコウさんにはコウさんのやりたいこと、思ったことを全力でやって欲しいと思ってます」

 

「……俺の、やりたいこと」

 

「はい!あの日、私の手を握ってくれたあの時のように―――」

 

 あの日、放課後の屋上でお互いの思いをぶつけ合ったあの時のように。

 ただ菜々に笑って欲しくて、自分の思いを真っ直ぐに伝えたあの時のように。

 

「でもそれじゃあ……」

 

 思ったように、やりたいように、そうして欲しいのだと彼女は言った。

 

 それは確かに聞こえのいい言葉だが―――それは、その選択は。

 

「俺は、菜々を置いてけぼりに……」

 

 菜々に誘われて始めたスクールアイドル活動なのに、その彼女を蚊帳の外に置いて一人自分勝手にやりたいことやろうだなんて……。

 

「……大丈夫ですよ」

 

 不意に手のひらに感じた温もり。

 ソファの上にだらりと置かれていた俺の手を両手でギュッと握り、自分の元へ持っていった菜々。

 突然のことに驚いた表情を浮かべる俺に優し気な微笑みを浮かべる菜々。

 

「……コウさんが私のこと―――私たちのことを色々考えてくださっているのも、大切にしてくださっているのも分かってます」

 

 見つめる俺に菜々は言葉を続ける。

 

「私たちを信じてくださっていることも伝わってきますし、だからこそ私たちも同じぐらいコウさんのことを信じていますし、大切に思っています。だから大丈夫なんです」

 

 そう言い菜々は握りしめた俺の手に更に強くギュッと握り締める。

 

「―――それに、置いてけぼりなんかにはならないですよ」

 

 握り締めた手に視線を向けていた菜々は顔を上げ、笑顔が花開く。

 

「だって―――あの日(・・・)、言ってくれたじゃないですか。“いつだって隣にいてくれる”って」

「ぁ……」

 

 

『―――俺はいつだって菜々の隣にいるよ』

 

 

 それは“あの日”、俺が菜々に伝えた言葉。

 そして、今も変わらず俺の胸の中に強く残る思い―――変わることのない気持ち。

 

 菜々の言葉がすぅーっと胸の内、心の奥の奥までじんわりと広がっていくのが分かる。

 それと同時に俺は菜々に気付かれないように静かに唇を噛み締めた―――いつの間にか涙腺弱くなったかなあ俺。

 

「ああ、そうだな……。その通りだ」

 

「はい!だから私たち(・・・)ならきっと大丈夫ですよ!」

 

 そう力強く話す菜々の姿に微かにだがせつ菜の面影を感じる、つっても同一人物なんだけどさ。

 

 手を離した菜々はソファから立ち上がり、生徒会長席に戻っていく。

 その姿を追いながら、ふと侑に言われて思ったこと改めて感じたことを話してみる。

 

「―――でも、やっぱり菜々はスゴイな」

 

「もうっ何ですか。褒めても何も出ませんよ」

 

「いや本当に凄いんだって、今回のことも俺は侑に言われて感じたことだったんだけどさ」

 

「侑さんが?ああそう言えば昨日は歩夢さんの―――」

「逆の立場だったらすげーモヤモヤしてたと思うし」

 

「―――順番で……え?」

 

「だからまっすぐに俺のこと信じてくれた菜々はスゴイなって」

 

「え……あ、あの、えっと、そ、そのー……。こ、コウさんもモヤモヤされるんですか?」

 

「あーうん、まあな。ちょっと恥ずかしいんだけど今まで一緒にやってきたわけじゃん?だからそういうのは何か嫌だなーって」

 

「へ、へぇー……そ、そうなんですか……そうなんですね……へ、へぇー……」

 

 席に座った菜々だが、何やらうわ言のように呟いているがどうしたんだろうか?まあ見た感じ大丈夫そうではあるか。

 そんなことを考えながら、ふと生徒会室の掛け時計を見る。

 

「やばっ、時間!」

「へ?」

 

 気が付けばお昼休み終了までの時間が差し迫っており、今から急いで学食に行けばギリギリ食事にあり付けるかどうかその瀬戸際になっていたことに気付く―――菜々のことに夢中でお昼休みの時間調整のこと完全に忘れてた。

 

 午後は午前中に比べて授業数は少ないものの午後一番の授業は体育と言うこともあり、腹を空かせた状態で授業に挑むのは何とか避けたい。

 もう少し菜々と話をしたかったが、今日のところは菜々に断りを入れて学食に向かおう。

 

「悪い、菜々!実はまだお昼ごはん食べてなくてさ、学食行って買ってこなきゃだから、あとの話はまた放課後にでも―――」

 

 ソファから立ち上がった俺に驚いた様子を見せた菜々に説明をして、急ぎ足で学食へ向かおうと―――。

 

 

「あ、あの!コウさん!!」

 

 

 そのまま生徒会室を出ようとしたその時、菜々に呼び止められ後ろを振り返る。

 

 振り返った先、赤いランチバックを手に持った菜々は少し恥ずかしそうにしながら、振り返った俺に向け意を決するように言葉を続けた。

 

「あの……その……昨日のメッセージでは私の番はなしでとお願いしたんですが……その、実は今日私もお弁当を作ってきてまして……」

 

 そう言いながらランチバックを見せるように軽く持ち上げる菜々。

 

「菜々の手作りなのか?」

「は、はい!もし生徒会の仕事が早く片付いたらダメ元でもお誘いしようと思って作ってきてまして……、その……時間がなくて私の分のお弁当は母に作ってもらいましたが……」

 

 照れ臭そうに笑う菜々。思わず嬉しさがこみ上げる。

 

 お昼休みに生徒会室に来て菜々と会えたことといい、キチンと二人で話せたことといい、どうやら運の女神様は俺に味方しているらしい。

 

「その……コウさんのお口に合うかは分かりませんが……」

「いやすげー嬉しい!菜々のお弁当が食べれるならこの後の体育の授業も怖いもんなしだな!」

「もうっ……褒め過ぎですよ……」

 

 方向転換をして菜々の元へ急ぐ、ソファに腰かけ対面に座った菜々はランチバックからお弁当やお箸を取り出してくれる。至れり尽くせりで申し訳ないな……。

 

 そのまま菜々から箸を受け取り、机に置かれたお弁当を前に手を合わせる。

 

「いただきます」

「め、召し上がれ」

 

 食事の挨拶に少しぎこちない様子でそう返す菜々を一見し、お弁当に視線を移す。

 

 お弁当箱の蓋が色付き蓋と言うこともあり、中を開けるまではその全容が分からないようになっているが、菜々が生徒会の仕事で忙しい中作って来てくれたお弁当だ、俺も一つ一つ味わって食べよう。あんまり早く食べ過ぎたら怒られるかもな、なーんて。

 

 そんなことを考えながらお弁当箱の蓋を取り―――。

 

「―――……え?」

 

 

 ―――むらさき、いろ?

 

 

 思わず口から出たのは驚きからだろうか。

 困惑、動揺、どういう感情から出たものかは俺自身も分からないが、目の前に広がる紫……紫色だよなアレ。

 

 紫の具材と紫の白飯……それってもう白飯(・・)ではないのでは?紫飯……?合成着色料かなあ……いやでも一般家庭で使うこと普通ないだろう。

 

 あっ、そうか!紫色の野菜でも使ってんのかな!えらい食材に凝った料理を作るんだな菜々は。

 色だけで判断するところだった危ない危ない。

 

 そんなことを考えながらお弁当箱を手に取り、箸を構える。

 

「菜々、これは紫芋とか紫キャベツを使っているのか?」

「いえ!家にあった食材を合わせて作りました!!」

 

 ……いえ?いえって何?ああなるほどイェーイってことね相槌ね。Yeah、Yeah。

 

 何はともあれ成績優秀な菜々のことだ、家にあった食材を上手く使って美味しく作ったということだろう。俺も次の体育は学科対抗でのサッカーの試合だった筈だからエネルギーを付けて頑張らなくちゃだな。

 

 食べるまでにあまり時間をかけては菜々を不安にさせてしまうというもの、ここは早速菜々のお弁当の一口目をパクリと―――。

 

 

 ―――あっ。

 

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