スクールアイドル同好会が発足して、二週間が経った。
作曲を担当する俺は曲作りに集中する為、菜々から許可を貰って音楽室にこもっていることが多い。曲のイメージは薄っすらだが浮かんでおり、あとはそれをどう形にするか。
身体作りやダンスの基礎などは菜々―――せつ菜に任せっきりになっており、まあこれも菜々の言う「適材適所」という所だろう。
彼女たちに何かアドバイスが出来るわけでもない俺は、曲作りをするという手前、日に日に彼女たちと一緒にいる時間も少なくなっていた。
しかしそれもこれも彼女たちの
スクールアイドル同好会の目標、それは―――ラブライブ!への出場。
「ラブライブ!」とは年に二回、夏と冬に開催されるスクールアイドルの祭典。
全国で行われる予選を勝ち上がった選りすぐられたグループたちがその年の一位を決める。言わばスクールアイドルの甲子園のようなものだ。
その大会に優勝したグループはスクールアイドルとしての名声と栄誉が得られ、優勝グループの中にはそのままプロデビュー、芸能事務所からのスカウトされるなども多い。
今テレビで見かけるような人たちの中にもスクールアイドル出身の人も多い、綺羅ツバサのような俺でも知ってる有名人もスクールアイドル出身だったりする。
とは言ったものの、我らが虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会はまだグループ名すら決まっていない弱小。まずは近日に予定しているお披露目ライブを成功させてその足がかりを作る。
そしてお披露目ライブが成功した暁には、本格的に目標をラブライブ!の出場に設定する。そんな話になるだろう。
俺としては彼女たちの活躍が見れればどちらでも良いのだが、ステージが大きいに越したことはない。
菜々に見せてもらったスクールアイドルの動画でもほとんどがラブライブ!の大きな舞台で沢山の歓声に包まれている姿だった為、彼女たちがそれを目指すのも自然なことだろう。
「……今日は練習に顔出すか」
ギターから鳴る音を止め小さく呟く。一人で作業をしてると独り言も多くなるし良くないなあ。
右手に持ったピックをしまい、ギターをケースに片づける。寮に返ったらメンテナンスをしよう、なんてことを考えながらケースを背負い音楽室を後にする。
時間は放課後、廊下の窓から見える空も夕日が沈んでおり、ちょうど練習も終わる頃合いだろう。
音楽室や寮の自室で黙々と作業する俺とは違って、彼女たちは部活中身体を動かしっぱなしだ、休憩も取るだろうけど少しでも労ってあげたい。
そう考えた俺は自販機でスポーツドリンクを買い、彼女たちの練習場所に持っていくことにした。
幸いにも虹ヶ咲学園は広いので至るところに自販機があり、彼女たちの練習場所の一番近い場所でスポーツドリンクを買う。
左肩にスクールバック、右肩にギターケース、両手にスポーツドリンクの缶
腕いっぱいに抱え込んで階段を上ろうとするが、いかんせんバランスが悪い。
缶を落とさないか不安になりながらも、エレベーターがある箇所はここから離れている為、遠回りをするぐらいならこのまま勢いで上った方が早いだろう。
「……これ二階で買えばよかったな」
後悔先に立たずといったものだろうか。既に時間も遅いため生徒もまばらだが階段の途中で缶を落として迷惑をかけなければいいのだが…。
「あれ?しもみーじゃん、どしたのこんなところで」
そんな不安を感じながら階段を上がろうとしたのだが、背後から聞こえた聞き覚えのある声に後ろを振り返る。
「宮下……」
「よっす、しもみーも部活終わり?」
そこに立っていたのは綺麗な金髪をポニーテールに結び、腰にセーターを巻いた彼女―――
彼女は俺と同じ情報処理学科の二年生で、クラスは違えど授業などで一緒になる機会も多い。本来席の五十音順では下海の「し」と宮下の「み」は離れているのだが、授業では縦並び順の席ということもあって隣が彼女のこともしばしば。
「しもみー、それ貸して」
彼女は俺の恰好をひとしきり見た後、こちらに近づき腕の中の缶を渡してと言ってきた。
突然だったということもあり戸惑ってしまうが、彼女はそんなことはお構いなしに俺の腕の中の缶を手に取り抱え込む。
「す、すまん宮下、助かる」
「もー水臭いよ、しもみー。私たちの仲じゃん」
彼女の見た目はまごうことなきギャルなのだが、その実は気が利き優しく頼れる女の子であり、成績も優秀、色々な部活動の助っ人にも出て活躍しているようだ。
かくいう俺もそんな彼女に助けられることもしばしば、恰好付かねえなあ。
そしてそれは今も。
「それにね、しもみー。そう言う時はすまんじゃなくて「ありがとう」って言ってくれた方が相手は嬉しいんだよ」
オタクに優しいギャルはいたのですね―――なんてせつ菜なら言いそうな展開だが、俺もそう思う、都市伝説じゃなかったんだねあれ。
「わ、悪い、ありがとう」
「ほらまた悪いって言ってる、ありがとうだけで良いんだって」
「あ、ありがとう宮下」
「愛さん的にはついでに下の名前で呼んでくれたら嬉しいんだけどな~」
「そ、それはちょっと…」
下の名前で呼ぶのは抵抗が……。
同好会のメンバーも最初の頃は中須さんとか桜坂さんとか近江先輩とか名字で呼んでいたんだけど「エマ先輩とせつ菜先輩だけ名前で呼んでるのズルい~!」というかすみのわがままに部員全員賛同し、多数決により名字呼びに禁止令が出ているのだ。
というか当たり前に思うかも知れないけど外国の方の名前って名前が先に来るのね、てっきりエマが名字かと思って、言いやすい名字だなあと……。
しかし俺としては子供の頃ならまだしもこの年で女の子を下の名前で呼ぶのは気が引けるってのが本音だ。だから許してくれ宮下。
「それでこの缶、中身入ってるけどどこまで持ってくの?」
「ああ、すぐそこだよ。階段を上がった先に同じ部活の皆が練習してるから」
隣に並んだ宮下はそう聞きながら、歩幅を合わせ一緒に階段を上っていく。
「と言うかしもみー部活してたんだね。何部?」
「……スクールアイドル同好会」
「スクール……なに?」
「スクールアイドル同好会だって」
聞きなれない言葉だったのか宮下は首を傾げて俺に聞き直す。創立されたばっかりの部活だし新入生歓迎会で見ていない人たちにとって認知度が低いのは仕方ないことだろう。
「学生の……アイドル活動……?」
「まあそんなところだ、俺はそこで作曲を担当してる」
―――今のところはな。彼女たちが芽吹けばお役御免になるかも知れないが。
「へえーしもみー作曲できるの!すごいじゃん」
「まあ素人に毛が生えた程度だけどな」
「てっきりしもみーがシャイニーズみたいに歌って踊るのかと」
「ルックスも歌唱力も足りてねえ」
「えーそう?しもみーの歌声愛さん好きだけどな」
そんな話をしているうちに階段の踊り場を越え二階へとたどり着く。
あとはテラスへ続く扉を開けるだけだし、宮下にこれ以上手伝ってもらうのも悪い。
「ありがとう宮下、ここで大丈夫だよ」
「うん分かった、こちらこそどういたしまして」
宮下から缶を受け取り彼女に別れを告げる。
挨拶もほどほどに階段を下りていった宮下は、去り際に「歌声だけじゃなくて、しもみーのことも愛さん結構好きだよ」なんてことも言っていたが―――やっぱりオタクに優しいギャルは良くないな。
並の男ならラブソングの一つや二つ作っちまってた所だったんだろうな。恐ろしい女だ宮下愛。
腕いっぱいに抱えたスポーツドリンクの缶はまだ冷たい。
沢山練習して頑張っている同好会の皆に早く渡そうと駆け足でテラスの扉へと向かう。
扉のガラス越しに五人の姿を覗くと、何やら話をしており、見た感じまだ練習しているみたいだ。間に合ったとホッとし俺は身体を使って押し扉を開く。
「皆お疲れさ―――」
「―――今のところをもう一度!全然息が合ってませんでしたよ皆さん!」
聞こえてきたのは励ましとかアドバイスとかでなく、ただの怒号―――それがせつ菜の口から出たものだと気付くのに少し時間がかかった。
普段の彼女―――中川菜々ではなく、今日まで過ごしてきた時間の中で優木せつ菜のあんな声、聞いたことがなかった。
「―――あ、虹先輩…」
戸惑いの交じりのしずくの声に呼ばれ、我に返る。
その声に他の皆も俺の姿に気付き、全員の視線がこちらに向いた。
「えーっとお疲れ様、スポーツドリンク買って来たんだど飲む?そろそろ下校の時間だろ」
彼女たちの輪に近づき、腕に抱えた缶を渡す。
一人一人が缶を受け取り、最後のひと缶をせつ菜に手渡す。
「せつ菜、今日のところは終わりでいいんじゃないか?根詰めても良いことねえぞ」
言い方はどうであれ、先ほどの発言が本当なら今日は練習が上手くいってなかったのだろう。まあ何事もそういう時もある。
たまに遊ぶゲームだって全然クリア出来ないステージも翌日やってみたら簡単にクリアできちゃったなんてことは良く聞く話だし。
「……そう、ですね」
いつもは真っ直ぐな彼女と同じように真っ直ぐと合う視線も合わず、視線を落とした彼女は途切れ声でそう答える。
「すみません皆さん、今日の練習はここまでで。私は用事があるのでお先に失礼します…」
そう言いせつ菜はその場から逃げるかのようにこちらに背を向けテラスを後にする。
「ごめん皆、せつ菜って練習中いつもあんな感じなの?」
俺の言葉に全員が口をつぐみ誰も言葉を発さない。沈黙は肯定ということだろう。
「全体での練習が始まってからですかね…、せつ菜先輩いつも私たちにアドバイスしてくれるんですが、たまに熱が入りすぎてあんな感じに」
小さな声でそう話してくれたのは一年生のしずく。
彼女も視線を落としており、その姿に暗い雰囲気を感じさせた。
スクールアイドルの先輩としてアドバイスを出来るのは経験者であるせつ菜だけだから、それは頷けるんだが言い方が少し気になった。
まあしずく曰く
そんなことを考えながら、練習場所のテラスの暗い雰囲気を少し明るくするように手を叩き、彼女たちにも帰宅を促す。部室で着替えた後は各自解散だし、俺も寮に帰ろう。
差し込むオレンジ色の夕日がやけに眩しく目を瞑る。
強すぎる光は時にして人を盲目にさせる時もある、だけどせつ菜なら―――俺たちならきっと大丈夫だろう。
なんて軽い気持ちで考えていた―――少しずつこの日常が綻んでいくのにも気付かず。
―――それから数日後のことだった。
せつ菜からスクールアイドル同好会を廃部にするという話を聞いたのは。