「―――どういうことですか、それ」
虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の部室。
全員の視線が注がれる先、しずくの言葉に応えるように俺はもう一度、その事実を伝える。
「―――スクールアイドル同好会は廃部になることになった」
変わらない現実を口にする。その度浮かんできたのは
俺は誰にも気付かれないように静かに奥歯を噛み締めた。
「……せつ菜ちゃんとちゃんと話せたんだよね」
困惑した表情でこちらを見つめるエマ先輩
「ええ、話しました。スクールアイドル活動はもう続けないとそう言ってました」
「……説得、してくれたんだよね」
おどおどした様子でそう聞き返す彼方先輩
「はい、だけどせつ菜の答えは変わらないそうです」
こんな結果しか伝えられない自分が不甲斐なくて、ちっぽけに感じて
一番、そばにいた筈なのに。
一番、優木せつ菜を分かっていたつもりだったのに。
皆からも、頼られてた筈なのに、
「ごめん」
浮かばない顔をする皆に向け深々と頭を下げ謝罪をする。
「せつ菜のこと止めることが出来なかった」
例えば、俺がアニメや漫画の主人公ならばこういう時、もっと気の利いた言葉を伝えられる筈なのに。
いやそれならそもそも
純粋な謝罪―――フィクションになれなかった俺に残されたのはただそれだけだった。
「せつ菜先輩がスクールアイドルを続けないことは分かりました」
下げた頭に降り注ぐように聞こえた声に顔を上げる。
視線を向けた先、かすみは俺と目が合うと少しバツが悪そうに口ごもりながらも言葉を続けた。
「でも部員は5人いるじゃないですか、それなのにどうして廃部になっちゃうんですか」
「それは……」
返ってきたその問いかけ。
虹ヶ咲学園の同好会の最低人数は5人、せつ菜が抜けてもまだ5人残っている筈なのに、と。
この答えは自分で決めたことで、彼女たちから非難されても仕方ない答えだってことは分かってる、だけどこんな俺を信じてくれた彼女たちを裏切る行為を―――その言葉を、喉から吐き出すのには少し時間が必要だった。
ほんの少しの静寂が、永遠にも感じられ、喉の渇きを感じたまま俺は小さく口を開く。
「……俺が―――」
「……コウくんも同好会、抜けちゃうんだね」
その言葉を遮るように口にされた言葉に全員の視線は彼女―――エマ先輩の元へと注がれた。
エマ先輩は眉を落として、寂しそうに、悲しそうにこちらを見つめており、目が合うと優し気に微笑み、その言葉の審議を問いかける。
もう一度こちらに注がれる視線、俺は彼女に応えるように首を縦に振った。
「……ごめんね、私たちが頼りないばっかりにコウくんに辛い役回りばっかり任せて」
違う―――それは違う。これはただの俺のわがままだ。
優木せつ菜がいない同好会で活動が
それが嫌で嫌でたまらなくて―――そんな俺のわがままで。
頼りなかったのは俺の方なんだ。
皆をサポートする立場にいた筈なのに、こんなことになるまで気付かず、まともに説得すらも出来ない、そしてあろうことか自分で決めたことすら代わりに言ってもらってる始末なんて、本当に恰好が付かないな。
「な、なんでどうしてコウ先輩が―――!」
「かすみちゃん!」
かすみは動揺した様子で声を上げるが、意外にもその言葉を遮ったのは彼方先輩だった。
いつもほんわか落ち着いた雰囲気の彼方先輩だけど、その時だけはハッキリとした視線でかすみを見つめ、真っ直ぐと言葉を向けていた。
「彼方ちゃん達ね、きっとコウくんに頼りすぎてたんだよ。せつ菜ちゃんのことも、同好会のことも」
彼方先輩の言葉にかすみも言葉の意図を理解したのか、みるみると目にいっぱいに涙を溜めて、頬を涙が流れる前に背を向けそれを隠した。
俺のわがままで女の子を泣かせてしまった……。
その涙を拭ってあげたいと思うけれど、そんなことをして罪悪感を紛らそうなど、俺にそんな資格はない。今更俺が彼女にして上げられることもない。
そばにいたしずくがかすみにハンカチを差し出しその背中を優しく擦ってあげている。しずくにも申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「……今日のお披露目ライブはどうするの?」
ちょうど今日この後、予定していたお披露目ライブ。
本来なら彼女たちがそのステージに立って、華々しくデビューを飾る筈だったのに。
俺が不甲斐ないばかりに、彼女たちをそのステージに立たせることは叶わなかった。
「……せつ菜が出ます、彼女なりのけじめのつけ方だそうです」
「そっか……コウくんは見に行くの?」
「はい、
その言葉にエマ先輩は落とした影を深くし、悲しそうな顔を見せた。
「そ……っか、私たちはその……ごめんね」
「分かってます、今はそういう気分ではないと思うので……。こちらこそごめんなさい」
「それを言うなら彼方ちゃんたちの方だよ、せつ菜ちゃんにも一緒に応援に行ってあげられなくてごめんねって」
最後までせつ菜のことを気にかけてくれている、俺たちは本当に優しい先輩に恵まれたと思う。
「あの、もし良かったらまたスクールアイドル活動始める時、何か手伝えそうなことあったら教えて下さい。力になるので」
少しだけでも笑えているだろうか、少しだけでも安心させて上げたいと口にした言葉は、嘘偽りのない本心だ。
エマ先輩と彼方先輩はその言葉に優しい笑顔で「ありがとう」と口にし、涙を拭うかすみに寄り添っているしずくに深く頭を下げ、俺はスクールアイドル同好会を後にしたのだった。
◇
―――遠くまで続く澄み渡る青い空が今のぐちゃぐちゃな気持ちとは清々しいほどに違って。
部室を後にした俺は学園から少し離れた、ダイバーシティ東京のイベント会場―――フェスティバル広場へと来ていた。
国民的作品の巨大ロボットのモニュメントが見下ろす、観客の集まる一番後ろで俺はその時を待っていた。
優木せつ菜の最後のライブ―――まあそれを知っているのは俺たちだけだが。
本当なら今の時間であればライブが始まる前のせつ菜―――菜々に励ましの一つや二つ送って、ステージへと送り出している筈だったのに。
俺と彼女の関係もまた終わってしまっているのだ。
きっと、俺はどこかで間違えたのだろう―――だから、せつ菜はスクールアイドルを辞めることになって、エマ先輩や彼方先輩には悲しい顔をさせて、しずくに気を使わせ、かすみを泣かせてしまったのだ。
子供の頃憧れたカッコいいフィクションにはなれないなんて、中学二年の夏に嫌というほど知らされたけど、この年になって改めてその事実を突きつけられる。
だけど、もしやり直すことが出来たら。
そんな叶わない夢物語のようなことが起こるなら、俺はもう―――間違えないと誓おう。
沸きあがる歓声。
視線を上げると、そこには見慣れた衣装を身に纏うせつ菜がいて。
ステージ上のせつ菜と目が合う。そして互いに視線を外す。
俺が、伝えなくちゃいけなかった言葉は何だったんだろう。
届けなくちゃいけなかった思いは何だったんだろう。
彼女と出会って、スクールアイドルを知って、彼女を“大好き”を応援しようと思って、一緒にスクールアイドル活動を始めたあの日から今日まで、そこに答えはあるのだろうか。
曇りがかった心ではその答えは見つからない。
ステージ上で歓声に包まれるせつ菜は静かに息を吸い―――歌を歌い始める。
彼女なりのけじめを、スクールアイドル活動の終わりを
俺と彼女の優木せつ菜を終わらせる―――最後の歌を。
―――願わくばこのステージが同好会の未来を変えてくれることを祈って―――なんてことあまりにも都合が良過ぎるかな。
こうして、俺と中川菜々のスクールアイドル活動は終わりを告げ
彼女と出会う前の、代わり映えのしない退屈な日常がまた始まるのだった。
◇
優木せつ菜のステージが拍手と歓声と共に終わりを告げ、まばらになっていく観客の中で、興奮冷めやらぬ様子でステージに目を向ける二人がいた。
「―――今のステージ……スゴイっ!」
「―――…うんっ」
彼女たちが今ほど体験した優木せつ菜のステージはそれほどに衝撃的で、情熱的で、心奪われる、そんなステージだったのだろう。
「だよね!スゴかったよね
「う、うんっ」
興奮した様子で饒舌に言葉並べるツインテールの少女は、隣に立つ”
「なんだろうこの気持ち!スゴいときめき!なんて名前の子なんだろう!―――あっポスター!」
「わっ、ゆ、
”
ポスターには「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会 生LIVE!!」という表記と共にその同好会に所属しているであろう五人の姿が映し出されていた。
「あ、あれ……に、虹ヶ咲学園って」
二人にはそのポスターに描かれた学校名に心当たりがあり、二人揃って目見開き目を合わせ、思いのままに叫ぶのだった。
「「―――ウチの高校だ~!!」」
そうして歯車は動き始める、それが少年の願った叶わない夢物語かは知らず。
―――少年は言ったそれは“難しい”と
―――少女は返した、それでも“無理”じゃないと
少女が真っ直ぐな瞳で願い、少年が機会がないと笑った。
そんな物語がいくつもの偶然と必然を繰り返す中で―――はじまるのだった。