私の描いた世界   作:こしあんあんこ

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名前は敢えて表現しないようにして、呪術廻戦世界において人の思いを込めた絵画って何か宿るかななんて妄想しながら書きました。終着点はどうしようかななんて見切り発車気味でスタートなのです。




 普通の日常、見慣れた風景。なんてこともない集団行動の一角。その中で私だけが浮いていた。運動も勉強も全てが人よりも劣り、その後を追いかけることで精一杯。追い付くことすらも一苦労だ。その過程で覚えた劣等感と負い目は嫌でも持たなければならなかったし、他人の顔色を窺う姿勢は自然と身についた処世術だった。

 

――話すことも纏められず言葉も途切れがちでどもる人間を、周りは放ってはおけない

 

 可哀想、優しげにそう言って私に手を差し伸べる人もいれば、そうでもない人もいるらしい。馬鹿な奴だとそうせせら笑った人は私を殴ったし、その反応を見ようとわざと困らせるようなこともされた。

 

――どちらもしない傍観者もいたが、そのどれもが私には煩わしい

 

 優しさなんて頼んでもいないし、暴力も虐めはもっといらなかった。善意で腹が膨らむのか、悪意は楽しいのか?そう皮肉を込めて聞きたい心情も吐き出せないままに、腹の中で溜まる黒い感情に蓋をする。どちらも持ちえない思考だからこそ理解に苦しむのだ。頼むから放っておいてくれと心底願った。

 

――善意も悪意も人を下で見る下卑た自己満足にすぎない

 

 自分に酔えるナルシシズムの極み。優しいと言われたいだけ、力を誇示したいだけ。そのエゴに私を巻き込むのだから我慢ならない。衝突も価値観の擦り合わせも他所でやって欲しいし、その度に親たちが総動員される光景は辟易する程だ。

 

――見られるのはもっと嫌いだ

 

 様子を窺う中立の視線、憐れみと興味を孕んだその性根は醜く汚らわしい。ゴシップやら世論なんてものはそういう連中の趣味嗜好の延長で、陰で好き勝手に着色して噂するのだから堪ったモノではない。切望する想いは一つだけだ。

 

――ただただ、一人になりたい

 

 噂の中心にもなりたくもないし、此方を見ないで欲しかった。誰もが格好の的にはなりたくはないように私もそうなりたくない。ただ平凡でありたいという思いはあったのに。周りがそうさせてくれないのならば期待なんてしなかった。

 

――私は私だけの殻に篭りたい

 

 この世にあるものは自分のみ。現実よりも空想を、思考よりも想像を。外の世界よりも内の世界にのめり込んだ。物理的に孤独であっても私は決して孤独ではなかった。本が好きだ、アニメも漫画も好きだ。別の世界に連れて行ってくれる娯楽は私の何よりの慰めになった。

 

――そして一番好きなことは絵を描くことだ

 

 私の世界を好きに表現できて、誰よりも自由になれた気がする。誰にも真似することが出来ない程に、私は人よりも描くことが秀でているらしい。それは私の抱く劣等感を僅かながらに癒す。

 

――唯一の特技だと思えるそれは私の自慢だ

 

 凄いと言われる喜び、人よりも出来たことの優越感。成程、その上に立つ快感というものはこんなものなのか。疑似的に体感するには充分な程に満たされるがそれだけだ。こんなことのために私を巻き込んでいたのかと思えば、嫌悪すべき情緒だった。私は私の描きたいものを描きたいだけだ。

 

――キャンバスや画用紙を前に筆を持つことが増えた

 

 そこにあるモノは真白い紙と筆があれば、私は自分ではない誰かになれる。家の恥だの、クラスに虐めはなかっただの、世間体ばかりを気にする大人。同じ目線で立てない同級生。そのどちらも私には必要ない。優しさで満たされる幸福も守られるような安心感は既にいらなかった。まるで憑りつかれるように描き続けた。

 

――美しい風景と空想の生き物は私だけの世界だ

 

 表現技法を求めて描くための技法と知識を身に付ける。表現できないことの悔しさと無知故に話せないことの恥の上での経験だった。コンクールで賞を取っただの、話題の天才絵描きなどと周囲は騒ぎ立てるが評価はどうでもいい。

 

――私は私だけの世界を描くだけである

 

 高校に上がれば妬みとやっかみは自然と出来たが、古典的な虐めは私の冷め切った心に響くことはない。何者でもない誰かの悪意に揺らされる心を持ち合わせてはいないのだ。

 

――無視し続けた結果、後悔することになった

 

 私の描いている途中の絵を誰かに塗り潰されてしまった。まるで墨汁を落としたように黒く台無しになった絵。私よりも大きなキャンバスなのだから勿論描き直そうにもコンクールに出すまでの時間は残っていない。

 

――それ以上にこの作品をもう一度描けるとは思えなかった

 

 作品の世界観と描いた筆圧とその時に感じた感情、それはその瞬間でしか表現できないのだから無理だった。同じものを描けるかもしれないが、それはただの模倣でしかない。何においても描き直すという行為に行き着かぬ私の心に穴が開く。私の生み出せなかったこの子は泣いているようで、私は守れなかったことを恥じた。油絵の上にペンキで塗り潰された絵をなぞれば指先にペンキの塗料が移る。ベッタリと濡れた黒い指、鼻先に近付ければ絵具とはまた違う独特の匂いが鼻についた。

 

――クスクスと笑う声が何処かから聞こえる

 

 これをしでかしたであろう人物たちが此方の様子を窺う。憶測でしか語れぬが僅かに吊り上がる口角を見る限り間違いはないらしい。クラスメイトと、それから部員の見知らぬ誰か。

 

――私はようやく彼らを認知した

 

 確かあのクラスメイトたちは幼稚な落書きと嫌がらせをしていたか?確かあの部員は同じコンクールに参加していたような気がする。やはりどちらもボンヤリとした記憶でしかない。ブツリと私の中で何かが切れた気がした。腹の内に巡る不快な熱を感じて初めて怒っているのだと自覚する。

 

――額縁の向こうの世界の人間が私の世界に土足で踏み込んだ

 

 理由なんてそれで十分だ。だが、私は暴力で訴える程に下品ではなかった。そうやって野蛮なことをすることすらも嫌いだ。覚えた感情は全て私の描くものに変えて昇華するのだ。ドス黒く腹の底から滲んだモノを吐き出すため、私は新しいキャンバスを前に立つ。黒い絵の具を乗せた筆が白を汚した。

 

――下書きすることもないままに筆を動かせば、世界が始まる

 

 灼熱の業火のような激情と、私の中で冷徹に下す薄暗い思考。培った知識は思うがままに表現し、蓋をしていた内なるモノを思い起こす。くつくつと喉から漏れた音は次第に膨れ上がり抑えきれなくなった。興が乗った筆は更に赤やら白と色を増やした。

 

――色を全て使った頃には出来上がっていた

 

 既に日数はある程度流れ、放課後の時間を惜しむことなく出来た作品は酷く凄惨なものとなった。造形は酷く人外じみていて、蟲にも獣にも思える化け物がその絵に収まる。その化け物は人々を踏み砕き、彼らの臓物で積み上がる山の上で吠えるように立っていた。見るもおぞましく、身の毛もよだつ殺戮の光景。今にも出てきそうだと錯覚する程のリアリティ、心惹かれてしまうモノがそこにある。

 

――その絵を眺めて私は感嘆の吐息を漏らした

 

 誰かを思って描かれる絵には命が宿ると聞くが、正しくそれを体現したようだ。正の感情よりも負の感情で振り切れているが、最高傑作だと言える程の出来だった。

 

――不思議なことに自然と怒りは消え失せていた

 

 波立たぬ湖畔のような静けさを胸の内に取り戻す。水底に佇むような心地良さは私の好む静寂だった。描き終えた頃には日は落ちてしまい、手探りで帰ることになる羽目となった。だがそれでも初めて楽しいと思えた時間だった。多幸感で満たされた感覚、私はそれを一生忘れることはないだろうと確信した。

 




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