私の描いた世界   作:こしあんあんこ

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私とある人の邂逅の話




 

 翌日のことだった。私の通う学園がやけに騒がしい。見慣れぬ警察官やら救急救命士が校内を歩き回り、生徒たちもまるで困惑した面持ちでそれを眺める。私も情報を得るために彼ら同様に集団に溶け込んで様子を窺った。知らねば対策も講じることも出来ないのだから情報とは知って然るべきものである。

 

――何より、あちらの方には美術室がある

 

 警察が出なければならぬ程の騒動、気にならない筈がなかった。不安を抱える私は必死に騒ぐ彼らの言葉に耳を傾ける。ごちゃごちゃと言葉が飛び交う中、私が聞き取れる意味ある単語を聞き取り唖然とする。『美術室』、『生徒』。この二つの言葉ばかりが何度も飛び交っているのだ。美術室とは縁遠い案件であれと願ったが、残酷なことに美術室で何かが起きたようだった。

 

――私の絵は無事なのだろうか?

 

 一抹の不安を抱える中、教員らが総動員で野次馬をする生徒を追い払う。教員らの眼に込められる感情は鬼気迫り、動揺からか声色は震えている。余程の事態が起きたことを察した。でも、と尚も食い下がり詳細を知りたがる生徒たちは問答無用に殴られた。口から血を流す男子生徒の首元を掴み教員は怒鳴る。

 

「いいから、さっさと教室に行け!!」

 

 けたたましく轟音をも思わせる怒声。周囲の空間をビリビリと揺らし、鼓膜が破れそうな程の声量に耐えかねて耳を塞ぐ。周囲も流石に不味いと悟ったらしい。我先に蟻のように散り散りに逃げる中、私も後ろ髪を引かれる思いでその流れに従い教室に入った。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 教室に入れば朝礼は始まっていないようだった。クラスメイトが騒めき、落ち着きなく互いの仲間内で集まる。それぞれの手に入れた情報を共有し合っているようだった。私は一人机に座り、素知らぬ顔で聞き耳を立てるが真新しい情報は見当たらなかった。

 

――結局のところ、見たモノだけしか知らないようだ

 

 周囲も訳が分からないようで戸惑いを隠せない。始業のチャイムが鳴ったが担任は来ないまま、徒に時間が過ぎた。担任も居なければ教員も居ない、無法地帯と化したクラス内では各学年の生徒たちが行き来する。次第に時間が過ぎたことで戸惑いも薄れたクラス内には緩やかな空気が流れた。

 

――クラスメイトが増えていく中、一部の生徒だけが来なかった

 

 それは私のクラスメイトの一部と、それから美術部員の一部。それを知ったのは周囲の生徒たちの他愛もない話から。空いた席を男子生徒が指差して騒ぎ、居なくなった彼らに視点が向けられたことが始まりだった。

 

――他にも居なくなった生徒も居るのではないのか?

 

 そんな憶測が飛び交い、他にも居なくなった生徒を探す。その生徒たちが誰なのか行き着いた。私にもそれが振られた。

 

――同じ美術部なら何か知っているのではないのか

 

 そんな下手な勘繰りをされているようだが私が知る筈もない。私は絵を描いただけだとやんわりと返せば、そうかと返されてそのまま話は終わった。

 

――あいつらが何かしたんだ

 

 素行の悪いクラスメイトだし、最近怪しかったからな。これまた勝手な憶測で好き勝手に面白おかしく話す生徒たちに私は眉を顰める。

 

――普段は大人しい生徒も此処では好き勝手に語った

 

 私も私もと更に増えていく光景はやはり好きではない。好き勝手に話してあることないこと吹聴して更に激化すれば、収束が付かない。それは日頃の行いの悪さ故か、居ないことをいいことにとうとう悪口に発展すればその人間の底が見えるようだった。

 

――やはりこうなるか

 

 呆れと嫌悪で不快感が増す。腹の奥で暗い熱が循環し、吐き出したくなって私は口元を覆った。

 

――それと同時にガラガラ、と引き戸が開く音がする

 

 やって来たのは担任だった。ようやく授業が始まるのかと思えば少し気が紛れるが教卓に立つ担任から動きはない。

 

「……皆さん、落ち着いてよく聞いて下さい」

 

 悲しい報告をしなければなりません、長い沈黙の末に口を開いた担任の言葉は酷く重々しく響いた。

 

――神妙な面持ちで、一つ一つの言葉を担任が選んだ

 

 クラスメイトが入院したことを話す。入院しなければならない程の大怪我、かつ意識不明の重体。姿を見せない生徒がそうなっているとは知らなかったようで、クラス内はただただ騒然とした様子で話を聞いていた。ただ驚いた素振りを見せる者、顔色真っ青にする者と反応はそれぞれあるが私は一線引いた立場でその反応を見る。先程まで嬉々として噂やら悪口を言っていたあの態度は何処へやら、泣き出す人間も出てしまう始末だ。

 

――同じ学び舎を共にする程度の仲であっても情がない訳がない

 

 ましてや人の生死に関わる程のことになるのならば話は別だ。迫っている感情は後悔が大きいのだろうけども。担任も事情も知らずに嗚咽を漏らす。仲間が返ってきたら暖かく出迎えましょうと見当違いなことも言っていた。強く頷いた素振りを見せるクラスメイトのその逞しい精神に脱帽した。

 

――結局その日の授業は短縮されて皆思い思いに帰宅した

 

 私はその帰りに美術室に立ち寄ることにした。事件現場にも近い場所でもありいい顔はされなかったが、私はある程度の信頼があるようで特別に許可が下りた。絵を持ち帰るだけならと美術室内の鍵を貰う。

 

――絵を持って帰るだけだからそれ以外に用事はなかった

 

 部活も全て休部となり残っている人間と言えば片手で足りる程だ。静まり返った校内で私の足音だけが響く。途中でまだ事故後の名残りを見ることになった。廊下と美術室を隔たる窓は割れて、四散した硝子の破片が足元に散らばり血痕が残っている。まだ片付けは終わっていないようでその凄惨さに私はただただ口を開く。

 

――どうしたらこうなるのか?

 

 そんな疑問を抱えながら私は美術室に入り倉庫の鍵を開いた。美術部員と教員以外に入らぬその倉庫内、その大半は美術の授業で必要な道具が揃うが美術部員の描いた作品もそこに置くこととなっている。

 

――勿論、私が昨日描いた絵も此処に置いてある

 

 そのキャンバスを前に立ち私は絵を撫でる。絵具は乾いているようで持って帰れるようだ。私はホッとした様子で作品を収めた。

 

――何故、この作品は無事なのだろうか?

 

 そこではた、と気付く。そういえば、私の作品の大半はあの人たちに台無しにされていたような気がするのだが。不思議そうに首を傾げるがやはり心当たりはないのでそこで思考を打ち消した。ゆらり、と空間が歪む。それを見たような気がするが私は帰ることばかりを考えてそれに気付くことはなかった。その日は特に変わることなく終わった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

――絵を描いて暫くしてからのことだった、私の眼は何かを捉え始めていた

 

 ぼやけた影が揺らめいていただけで、最初は見間違いだと思っていたのだがやはり気のせいではないらしい。次第に鮮明になる彼らを見過ごすことなど出来なかった。

 

――私の視界に捉えたものは酷く歪で醜かった

 

 蟲のようで獣のようだがそれらに該当しない肉体、何処か虚ろな眼は病めいている。先日私が描いた絵が飛び出したようにも思わせる生き物たちがそこにいた。

 

――所謂世間一般でいうところの化け物だ

 

 当たり前のように街中に存在し、ぼそぼそと意味のない奇声を上げているのだ。すれ違う誰かの肩に乗るモノから日陰にひっそりと佇むモノまで。多種多様なそれらは大小関係なく私の視界に入るものだから自然と観察するようになった。

 

――独特な造形と特殊な動きをする個体

 

 生き物はそれだけでも創作の閃きの助けになり得るのだ。彼らのモチーフで描く絵はとても描きやすく私の世界で息をし始めた。勿論彼らもある程度知性があるようで目が合えば執着される。人にやたら纏わりつく個体はその傾向が強く、視線が被らないようにするために伊達眼鏡を掛けるようになった。

 

――気付けば私は彼らを見ることが好きになっていた

 

 いつもの学校、興味の持てない親とつまらない同級生。変わらない風景に歪な生き物が加わる。彼らは私の灰色の心を色付かせた。驚愕が興味へ、好意へと昇華されていけば私は彼らへの更なる探求へと行動が移行した。

 

――だがそれを他人に話すことはなかった

 

 私以外に見ることも出来ないらしいそれを口にする程馬鹿ではない。そもそも私が友人なんて大層なものを作らない性格が功を奏した。ひっそりとその趣味は継続されていた。

 

――これが私の都合の良い幻覚ではないことは確かな事実だ

 

 他にも見える人が居ると確信にも近い感覚を感じ取っていた。そうでなければ彼らが息をする筈がないのだ。世界の端の秘密を見ているようにも錯覚する。私は卒倒するように彼らを描くようになればいよいよ人が寄り付かなくなった。気持ち悪いと最後に吐き捨てるように言われたがそれで良い。

 

――私の世界に籠ることは私の望むところだった

 

 一人きりになった方が筆の動きが良いのだ。川の土手で私は一人浮かれた気分で筆に絵具を乗せているとねぇ、と声を掛けられた。

 

「それは君の想像の生き物なのかな?」

 

 問いかけられる言葉、その声色は何処か興奮を隠せない様子で楽しげに聞こえた。視界に映るキャンバスの端で私はある人物を捉えた。普段なら一瞥して無視するのが定石である私だが、その人物はやけに私の目を惹くのだ。

 

「どういう意味で聞いているのかな?」

 

 珍しく私が答えた気がする。そんな気分になったのはその人が私と同じ場所を見たからだろうか。そうだね、私の問いに考え込む素振りで顎に手を添えて、しばらく時間が流れた。

 

「君の描くモノがそこに居るから、と言えば君はどう応えるかな?」

 

 その問いかけに私は目を瞬かせる。まさかまさか、私だけの秘密であったがそれを見ることが出来る人間を見るのは初めてだった。初めて私はその人物を見て認知する。額に痛々しい一筋の傷と縫合後の縫い目が鮮明に私の目に焼き付いた。

 




【私】はまだ術式を認識していないし呪術のじの字すらも知りません。ましてや呪霊なんてものも知らないのです。

呪力っていつから知覚するのかな?虎杖君や吉野君みたいにじわじわと見えるようになってくるものなのだと考えてこうなった。
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