私の描いた世界   作:こしあんあんこ

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呪力の一定の訓練って小説でも漫画でもいいのかもしれない、なんて思った。




――この日、私は筆を持っていた

 

 既に夏は過ぎていた。日の沈みがすっかりと早くなり、既に暗くなった外が窓から見える。秋の寒々しい空気が開いた窓から入り室内を冷やした。今は何時だろうか、ふと自室の壁に取り付けた時計を見れば深夜になっていた。昼夜は逆転してしまったがそんなことはいつものことだ。私の日常生活ではよくあることだ、別に問題はない。

 

――それでも身体は正直なもので、残念ながら限界はあると告げていた

 

 襲い掛かる眠気と震える身体、重い瞼はどうしたって脳内を鈍らせる。精神でどうこう出来るというものは肉体が健全でなければ出来ないものなのだと否が応でも理解した。

 

――だがそれでも、私はしなければならないことがあった

 

 それは私の呪力と術式の確認。私の能力を自覚しそれを使えるようにしたかった。私は私自身に向き合わなければならない。絵以外に熱心にならない私がこうも切迫しているのはやはりあの人が居るからだった。

 

『此処ではやり尽くしたから』

 

 こんなに長居をするつもりはなかったんだけどね。あの人はそう言って私の前に消えた。またね、といつものように手を振って立ち去った。明日にもひょっこり現れるとどこか期待したが結局それは私の希望的観測でしかなかった。何日か足を運んだが結局は会えずにそれきりだ。初めて喪失感というモノを感じて戸惑った。

 

――あの人は消息を絶ってしまった

 

 

 その事実だけが私の胸にいつまでも残り続けている。まるでしこりのように残るような違和感、思い出せば痛む胸の内。それらは気のせいだと思おうとしても誤魔化すことは決して出来なかった。何人か昏睡状態になったと聞くが、私も同じようになりたいと願ってしまう程に精神が病んでいた。

 

――結局のところ私は割り切れなかったのだ

 

 此処には長くは居ないからと事前に言われていた筈なのに、寂しさばかりが募っていく。どうして、何でと勝手な逆恨みをしてしまう自分がいることも理解した。いくらいつものようにしようとしても、私はいつまでも内の世界に籠れなかった。

 

 

――……戻れなかったと言えばいいのだろうか?

 

 私は逃避することも出来ない程にあの人を内に入れてしまったようだった。空想と想像、私だけの私の世界。私と私の想像したモノ以外居ない、完璧なセカイ。血の繋がりも、他人も必要ないと思っていたのに、あの人は容易くそれを踏み込んだ。許せないことなのに、どうしたってあの人ならいいと思う心は偽れなかった。

 

――あの人含めて私の世界は既に形成し始めていた

 

 最早それは覆せないし戻れない。だったら、それに流されてしまおうと決めた。あの人を忘れたら私が私でいられなくなってしまう。そうなるくらいなら、そっちの方がずっとマシだった。あの人の眼は決して私に好意は向けてくれないけれども、あの人の居ない世界など有り得ない。

 

――だから、少しでもあの人に近付こうと思った

 

 あの人は呪術師だと言っていた。厳密にいえば違うけど、とも言っていたがそんな差は私にとって些細なことだ。一般人の私にその差異を問われても分からないのだから理解は一生出来ないのだろう。

 

――兎にも角にも、私は呪力を使いこなせるようにならなければならない

 

 私があの人に置いて行かれた理由が呪力ならば、私は呪力を意のままに使えるようにならなければならない。これは決定事項だ。聞きかじった程度の素人知識でどうにかなるのかという不安は先立つのだが、やらなければならなかった。

 

――……あの人はまたね、と言っていた

 

 きっと使えるようになれば再会は近いのだ。そう信じて私は日々寝る間を惜しんで呪力の訓練を行った。つまり、絵を描いていたのだ。やっていることはいつもと変わらないだろうと思うのだが、これも一つの訓練なのだ。

 

――呪力とは人の負の感情から生み出されるモノだ

 

 嫉妬と悔恨、恨みに憎悪。様々な負の感情で捻出されて変換される呪力だが呪術師はどんな感情であっても一定以上に出すことが求められる。この肉体に宿る呪力にも限界はあるのだ。事あるごとに感情の起伏を激しくしてしまえば、それだけ呪力は消費してしまう。泣いたり怒ったりしていたら身体の呪力はあっという間に消耗するのだ。

 

――呪力の捻出は最小かつ効率的にする方がいい

 

 だからこそ、一定量で行使出来る訓練が必要になってくる。感情がどうであれ喜怒哀楽の出やすいもの、例えば映画が最も効率がいいとあの人はそう言っていた。

 

――だが私にはどうにもしっくり来なかった

 

 何本か映画は見たのだがこうして捻出出来ているのかも分からず実感がない。それだったら絵の方が良かった。筆に乗せる私の本心、いつだって絵は私の心を映していた。現実の理不尽も怒りも、この世で見た美しい景観の感動も喜びも全て私が培ってきた感情で表現だった。呪力においてもそれは変わることがないように、私は確実に呪力を身に付けていく。

 

――だが、それだけでは足りない

 

 呪力を出すことを覚えても、私は私の術式を完全には理解してはいないのだ。次第に肥大化する貪欲さは、私を更に駆り立てた。

 

『君は出来ていたよ』

 

 あの人がそう言っていたのならば私は出来るのだと確信していた。それもその筈、私は既にそれをしているのだ。クラス内で重傷者が出たあの日に。

 

――あの日の被害者は、クラス内の彼らと美術部の一部の人間

 

 いまいち顔は思い出せないのだが、私の絵を台無しにしていた連中だった。私の噴き出した怒り、つまり無意識に捻出した呪力。それが宿った絵は殺意となって彼らを襲った。当の絵はうんともすんとも言わない、結局私がそれだけ未熟だったのだろうが今はそれだけで十分だ。

 

――だったら私はその感情と感覚を思い出すだけでいい

 

 向かい合うキャンバスは真っ白で、普段よりも小さい。そのキャンバスに私は筆を走らせた。筆に巡るオーラが絵具に移し、情景を思い起こさせる。

 

――最初に浮かぶ相手はあの人だ

 

 額に浮かぶ傷、それから達観的なあの態度。何処か観測的で考察で人を見る動作。愚鈍な私を導いた優しい口調。思い起こして心が満たされて溢れていく。短くも濃厚だった互いの対話、私の世界に入って来た初めての人、初めての友達。

 

――ああ、好きだ。好きだ、好きだ大好きだ

 

 抱いた友愛の念と執着。次第に形作られる化け物の造形はやはり歪でおぞましく禍々しい。ふと、心にある言葉が響いた。

 

――だけど、あの人は私を置いて行った

 

 耳元に囁くように、ポツリと。心の片隅に佇むその言葉は私の心に大きな傷を作る。ビキビキと痛む胸、誤魔化せない涙腺の緩みは肉体から溢れ出した心だった。

 

――どうして、どうして、何で何で?

 

 ガジガジと噛む親指の爪が軋む音が響く。嫌だ嫌だ、置いて行かないで、私の前から消えないで、捨てないで、連れて行って。此処から連れ出して。弱くてごめんなさい、強くなるから。私の心の叫びを聞きながら私は無心に絵を描き続ける。

 

――私は家も、居場所も何もいらなかったのに

 

 パキリ、爪が割れた音がする。欠けた爪は歪に形を変えて、私の肌を傷つけた。恨み、執着、罪悪に愛。あの人を呪って描いた絵は、小さな羽根の生えた化け物だった。飛び出た目玉に額に小さく浮かぶ傷。それは小さな雛鳥だった。生まれたばかりで卵の殻を踏む鳥は、頭上を見上げている。曇天に差し込む光目掛けて飛び立とうとしていた。

 

――探求して新たな道を目指すあの人は、まるで雛鳥のようだ

 

 人の呪力の先、その果ての可能性を試行錯誤するあの人の印象、いつも思っていたことを描けば酷く納得してしまった。脳内で騒ぐ心はいつの間にか成りを潜めて、私の脳を冷静にさせている。落ち着いて暫く考えていると絵に変化が訪れた。平面だった絵が次第に盛り上がり、私の目の前でそれが生まれ落ちてきた。ずるり、と落ちてきたその子を私は抱き締めて口付けた。

 




【私】はあの人と別れてから真剣に呪力と術式に向き合った。

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