――私が術式を行使してから数日経った
改めて私の術式について考える。描いた生き物が飛び出るようなモノらしいが、それはどうにもいつまでも続くと言うモノではないようだ。その証拠に既に私が生んだモノは消えてしまい絵の中で静かに佇んでしまった。
――思うに、呪力を込めた分だけ私の絵の中から出るのだろう
そう推測しているが概ね間違いはないようだ。雛鳥は最早私のことなど眼中にないようで、頭上の曇天ばかり熱心に見ていた。余りにつれなくて恨めしい。私は少しこの子を睨んでしまう。温もりが恋しくなってしまったが故の寂しさからだった。
――それと同時に身勝手な自身の考えを恥じる
幼少の児童ではあるまいに、人肌が恋しいのか?甚だおこがましい。あの子はずっと私の傍に居てくれたというのに。恩知らずにも程がある。恥と罪悪に塗り潰されながら、私はあの子を見た。やはり頭上を見上げているが、何処か心許ないような印象を感じる。まだ限界など知らぬ腕を必死に奮い立たせていた。健気で愛らしいこの子に、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
――まだ生まれたばかりなのに
……随分と酷いことをしてしまった。ごめんね、と少し絵を撫でればやはり温もりがそこにあるような気がする。思わず抱き締めたが残念ながら温もりは腕の中で蘇ることはなかった。
――感じ取れると言えば無機質な冷たさと硬い感触のみ
どうしたって羽毛のないあの肌を感じ取ることは出来ないのだ。ただ、それだけが残念に思う。もう一度呪力を込めればあの子は出て来てくれるのかもしれないが、明日は月曜日だ。
――通学がある以上あの子を一人にさせてはいけない
そう感覚で理解していた。一人で勝手に出て行ってしまうような、そんな直感めいたモノを私は感じているのだ。外に出て行けばきっとこの子所構わず襲い掛かる。これは理屈では説明できないモノなのだが、確かにそう思うのだ。私と二人で居る時はとても大人しいが、きっと一人にさせてはいけないようだった。
「手間の掛かる子だね、君は」
そう言って私が指でつつくがやはり反応はない。一人遊びにも見える行為だが、これが私とこの子の交流だった。
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あの子は私の前では大人しかった。ただ見つめ返して、私が触れればあの子は反応するしその指に頬擦りだってしてくれる。あの人の喪失を埋め合わせたのは間違いなくあの子だった。
――しかしこの子を作るにあたり私が込めた心は、呪いだ
あの人を思って紡いだ術式。考えていた思いは寂しい、悲しい、どうして、何でと子供じみたモノでしかない。それなのに此処に留まり、私が寂しいと思う心を癒している。つまりこの子は私の思いに準じているのだと推測した。攻撃的なモノと言えば私を取り巻くものはいらないという思いだけなのだが。この思いが反映されてはいない。そちらの感情は私の中で無意識に思っているモノで優先順位は低いのだろう。私が居なければきっとこの子が暴れる、そう直感で感じ取ったものは間違いではなかったようだった。
――私の術式は、ある意味願いを叶えてくれるモノらしい
私の願望を叶える術式だといっても差し支えはないだろう。無自覚に流した術式に籠った心がクラスメイト達に害を向けたように、あの子が私の喪失感を満たしてくれたように。私の感情に即してこの子たちは動くのだ。
――成程、成程。随分と燃費の悪い術式だ
だがしかし、私はこの術式と向き合う必要がある。少なくともあの人の敵となる相手の足止めになる程度の技量を、役に立てる力を、手に入れなければならない。たとえ水だけしか出せない術式であろうとも、私はあの人の隣りに立てるように術式を磨くのだ。
――あの人は少なくとも無駄なことはしない
それは印象で短期間でしか会ってはいないのだが、これは間違いなくあるのだと思う。……あの人は私の術式に興味があったから声を掛けたのだ。こんな燃費の悪い術式でも見出されたのならば、きっと何か意味がある。
――……そう信じなければやっていけなかった
私はノートに今現在で分かる限りのことを書き連ねた。常人にはきっと痛々しく見えるノートだろうが、紙媒介で残すことで私の脳内の記憶のメモリを少しでも増やす。更にまた書いて、描いて、書いて、描いた。とにかく術式を編み続けるしかなかった。きっと呪術師専門の学校はあるだろうが、私の気質では合わないことは確かだ。
――独学とあの人の言葉を頼りに、自身の術式を見続けた
短期的であっても、確かに効果はあるようで私は以前よりも疲れなくなった。術式で描いた絵は酷く消耗していた気がしたのだが、そういうモノは段々と減ってきたような気がする。臍を起点に胸、肩から腕へと巡らせる呪力を淀みなくコントロールし、描くのだ。
――私の見える世界は更に更に深まって、現実へと現れる
深層心理の世から生み出されたあの子たちは私の思いに応えた。氷像を作った、夜空を飛んだ、雲の中に入った、水底に沈んで息をした。夢は現実となり、私の想像欲は掻き立てられて昇華されていく。
――だが、まだ足りない
まだまだ、こんなものではない筈だ。私の中でまだ、何かが残るモノがある。これは確信。まだ、私は己の内を真に理解してない。あの人の言う混沌の中で黒く輝くモノを、私は未だに見い出せてはいないのだ。
――未熟、故に私は進歩し続ける
人生の終焉で何かを達成できる画家がいるように、芸術とは一生の追求だ。それは呪力においても同じこと。永遠の忍耐こそが私たち人間に課せられている課題だ。まだ、私は出来ると思い続けることが出来る人間こそ伸びるのは至極当然なのだ。想像力を掻き立てられなくなれば、描けなくなればと考える思考は打ち消した方が良い。才能のせいだと言い切り諦める人間になど私はなりたくなかった。
――だから今日もまた筆を持つ、そして描く
一日たりとも欠くことのなかった日課。キャンバスを前に私の心を表現し続ける。思う心は喜び、楽しかった原初の思いだ。初めてクレヨンを持ち、白い紙に赤い一線を描いたあの日。あの色から増えていく線と色が楽しくて仕方がなかった。たった七色の色で表現されていく感動と興奮。当時の思いは私の中で溢れて形となっていく。時に悲しみ、時に怒り、私の心で感じたモノは、確かにその絵の中に残り続ける。私は、その心を置いて行くだけでいい。摩耗されていくものはあれども、私は確かに充実したものを感じている。初めて、寂しさを埋められたような気がした。
――形作られた生き物たちは私の傍らにあり続けた
身体に纏わりつく彼らは私の子供たち。腕に巻きつく子、肩と頭の上に乗る子達。最早手では収まらず腰にまでしがみついて動きづらくなったがそれは苦にもならない。ぞろぞろと後ろを追うこの子達の健気さが愛おしい。それを厭う薄情さを私は持ち合わせてなどいないのだ。深夜に一人徘徊を繰り返す。そんな私は客観的に見ればおかしな人間なのかもしれないが、やめるつもりは毛頭もなかった。
――今日もまた外に出る
窓を開けると、ひんやりとした外気が肌を刺す。寝静まった夜の街、ただポツンと街灯の明かりのみが足元のアスファルトを照らすだけだった。窓から飛び降りれば、二階に部屋を持つ私は自然と重力に従い落ちるがそれは一瞬で終わる。肩を掴まれる衝撃と共にふわりと私の身体は浮遊感に包まれた。私の両肩を掴む子が空を飛び始めていた。私の倍以上ある体躯を持つ鳥は独特の鳴き声を上げる。バサリ、と上下する翼と共に飛翔し、前へ進む。私は向かい風に当たれば思わず目を細めた。頭上を見上げれば満天の星々が私達を見おろしていて、それが酷く眩しかった。
【私】は術式の子供たちと戯れた。