――夏油傑、男はそう名乗った
夏油に促され双子も渋々と言った様子で名乗った。黒髪の少女は美々子、明るい髪の少女は奈々子といったか。どちらも夏油を中心に両隣に座り陣取っている。しなだれかかる姿はさながら援助交際のようだ、犯罪的にも思える。夏油はやんわりと慎みを持てと諭していた。夏油は子持ちの親のような表情を浮かばせている。どうやらそちらの苦労があるのだろうと察するには容易かった。
――……どちらかと言えば、双子の方が心酔しているといったところだろうか
何にせよ、言葉は選ばなければならない。ファミレスで対面する私と彼ら、状況と言えば不利なのは間違いない。夏油に言葉を選べば双子は刺激することはないだろう、そう考えて私はメニュー表からランチを一つ頼む。双子はパンケーキ、夏油は何も頼まなかった。
「猿の作るモノなんて、食べる訳がないだろう?」
頼まなかった様子を察したのか、夏油はそう語る。心底毛嫌いしたように眉間に皺が寄る。消毒液を机に吹きかけている様子から彼の潔癖さが窺えた。それで、夏油はまた先程の話を続ける。
「今の世界に疑問はないかい?」
そんな口頭で始まった。今の世界、つまり一般社会の秩序を守るために呪術師が暗躍する世界。悪く言えば、呪術師だけが消耗されるだけの世界。夏油はそれを間違っているのだと、そう語る。曰く、強者が弱者に適応してしまっている。曰く、人類も生存戦略を見直すべき。曰く曰くと、キリがない。つまり言いたいことを纏めれば、猿は私の世界に必要ないが彼の結論だった。
――非術師を皆殺しにしよう
呪術師だけの世界を作ろう、先程言った言葉を夏油は繰り返す。まるで謡うように称えるように、そんなことを語る。周囲で、ランチを食べている人たちの殆どが非術師だ。他愛もない話で笑い合う人たち、注文を窺う店員、レジでやり取りをする人達。そんな日常の営みを繰り返す人を全て殺すのだ。
――つまり私達以外に立つ人は居なくなる
周囲で血まみれになって倒れる人達のビジョンが浮かぶ。幻覚であってもその中で、夏油は笑うだけ。双子たちもパンケーキを食べているだけだった。食べているモノが喉から出かかるが、敢えて呑み込んで息を吐く。正気ではないなと、思えるだけ私もまだまだ正常らしい。水を飲んで頭を冷やす。
――そういえば、あの人とそんなことを話したな
ふと、そんなことを思い出す。あの人との会話、授業とも思える話し合い。呪霊を無くす方法の中で私は夏油と同じ結論を述べたことがあった。呪術師だけを残すのは得策ではなく、現状維持が望ましいとも言った気がするが、そんなこと今は思い出さなくてもいい。つまり、夏油という男は私が仮定で述べたことを実行することにしたのだろう。
――成程、通りで壊れている訳だ
喜怒哀楽、どんな感情でも疲れるのは当たり前で。怒れば疲れるし殺意なんて激情以上の疲労だ。感情すらも摩耗する。だから、非術師をヒトとは見ていない。夏油が彼らを猿と呼称するのはそういった理由なのだろう。人を人とカウントしなくなったことの表れで、最早それは単位だ。家畜の豚や牛を肉にするようなモノで、夏油は非術師をそう見ていた。
――それでも尚、夏油にはすべきことがあるのだろう
私と目の前の双子に対しての対話の彼が正常の彼であるのならば、生来の夏油という男はとても優しい男だと思う。物腰柔らかで、それこそ諭してまで気遣いが出来るような。そんな男がどうしてこうなるのか、そんなことを考えてもこれ以上の推測は出来ない。今までの会話ではそれ以上の観察は出来ないし、引き出してもそれは憶測の域だ。夏油とはそういう生き物だと理解する。それで、と返事を待つ夏油に私が頷く筈がなかった。
――理解はしたが、協力は出来ない
結論は既に決まっていた。私はそもそも戦闘向けではないし、まだまだ未熟。何より、私の子供を奪った相手に協力出来るだけの許容がないのだ。醜い私情であっても、私の世界に土足で踏み込む輩はどうしたってそんな感情を持ってしまう。最早性分で私のどうしようもない部分だ。お前、打って変わって怒る双子を止めるのは夏油だった。分かっていたよ、そう言って苦笑する。
「私が最初にしてしまったことで第一印象を損なわせてしまっていたしね」
駄目元だったから、どうしようもないね。そう返して夏油は言葉を続けた。
「君の術式で呪霊を集められたら、なんて考えていたけどね」
……それこそ、とんでもないことだった。暫く絶句し、思わず睨めば夏油はすまないとまた返した。
「だけどね、君が孤独ではないのかなって思ったのも事実だよ」
私がそうだったからね、夏油はぼんやりと語る。寂しげで何処か遠くを見るようにそんなことを話す。……そうした経験があるからだろう。孤独ではなかったのか?そう問われれば否定は出来ないのだが。それに同調しかけるがやめる。それ以上の話は傷の舐め合いになりそうだから、私も言葉を閉ざした。掛ける言葉も互いに出し尽くしてしまった以上、最早此処に留まる理由は互いになかった。
「今回は振られちゃったいたいだから、また誘ってみるよ」
いつでも待っているよ、そう言葉を残して会計を済ませていく。置いて行かれた私の傍には名刺が置かれていた。夏油傑の連絡先だろうか、調べて見れば宗教団体のそれだった。
――やはり怪しい勧誘だったか?
そう思えばそうでもなく。夏油は無理強いすることはなかった。1つの選択肢として選ぶべきなのだろう、そう考えて名刺を財布に入れた。夏油自身は悪い人ではないけれども、少なくとも私には合わなかったのだろう。第一印象自体がそもそも悪かったから縁もなかったに違いなかった。帰ってこない子供を思えば悲しくなって絵を描こうと決めた。
【私】は夏油と話した。