私の描いた世界   作:こしあんあんこ

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ぶっ通し三話目連続。これにてストックは終了なのです。





 

――まず初めに、当時私の外に出る方法は酷く面倒なものだった

 

 兎にも角にもやることが多い。まず寝たと思わせて、寝室に寝静まる頃まで籠ることから物事を始める。次に家族に出ることを悟られてはならない。音を立てずに、ドアを開けて閉め、鍵を掛けるまで。一つ一つの動作に繊細さを求める。ドアの開閉に軋む床、零れる吐息と歩く音。ありふれた生活音ではあれども、深夜の寝静まった環境下ではそんな音ですらも容易く響く。だからこそ慎重に事を運ばなければならない。この時ばかりは親の庇護下にあることが億劫で、それでいて申し訳がないなどと二律背反の思いを抱えるのだが。それでも早く大人になりたいという思いを抱えずにはいられなかった。

 

――自由な時に自らの意思で出る魅力は未成年には抗えない

 

 私もまた同様だ。外に出たい理由はもっと別にあるが、私もまた自分の好きな時間が欲しいと願うことに変わりはない。その為に家を出る計画は念入りにするのもまた道理だが、仮に簡単に出たとしても常に同様の緊張とリスクは付きまとう。

 

――何せ所詮私は学生風情だ

 

 深夜徘徊などもっての外で警察やら他人の視線は気にしなければならない。人に見られぬように、悟られぬように。フードを深々と被りスケッチブックと絵筆を持ち歩く。傍から見ればそれは不審者に違いはない。実際に声を掛けられたことは何度もあり、その度に逃げ回った。

 

――何処かで見知らぬ誰かに見られているのではないのか?

 

 周囲に噂になっているのではないのか、そんな焦燥と疑心ばかりが募る。私の中で考えが纏まらなくなっていった。

 

――ああ、全くままならない

 

 次第に物事に集中出来ないことに苛立ちを覚えて、その感情を呪いにして吐き捨てた。自由への執着、外への渇望。扶養の身の分際で身の程を弁えない願いは絵になった。私の心の捌け口となった思いの形。その絵の中で鳥は自由に空を飛んでいた。ビルの屋上から飛び立つその鳥は、羽ばたき青空の遥か遠くを目指す。鳥の目指す先、黒く立ち込める雷雲に光る稲妻。不穏な行く先であっても、決して不安にも思わせない力強い羽ばたきで羽根を一つ落とす。呪いの形は私を飛び出して新しい子供になった。

 

――その日から私はこの子と空を飛んだ

 

 外気が冷たく、頭上に浮かぶ月と星が手に届く程に近い。外を出ることがこんなにも楽しい。そう思えるようになったのはこの子のおかげだった。

 

――大きく羽ばたかせる姿を、私は誇らしく思う

 

 同時に、こんな思いで生み出したことを恥じた。吹き込んだ願いは自由。あまりにも身勝手でおこがましい。利用する形で生み出したことに対しての後悔が勝っていた。

 

――これでは、ただの道具ではないか?

 

 私の中にある世界では生き生きしているのに、私はこの子にこの子自身の意思を感じない。これでは呪霊の方がよっぽど上出来だ、……これでは、目的を果たす為に作っただけだ。

 

――この子は凄い、この子は、いやこの子達はもっと素晴らしいのに!!

 

 いつも描く度に出来た子に嘆く言葉は心の中で反響し続ける。……私自身の絵の荒さと拙さを感じた。……もっと私はこの子を立派に出来た筈だ、それこそ生き物のように。生物の本能に従う程のリアルを感じなかった。

 

――吹き込む思いは、呪力はそんなモノなのか?

 

 もっと願いを込めて、筆に乗せなければならない。描き足すなどという行動が出来ないのは私の中で完結しきったモノがあるからだろう。……いや、違う。きっと私はこの子に余計なモノを付け加えたくないのだ。自分が未熟なことを理解している、だからこそこんな未熟な力量でこの子を穢したくはなかった。それは侮辱だ、書き足すなんて愚行は出来なかった。

 

――まだ、その時ではない

 

 だから、私が出来ると思うまで、きっとこの子たちはこのままだ。だけど、絶対に描くと誓い、勝手にこの子たちに約束をした。

 

 

――――――――――――――――

 

 

――私はこの日も外に出ていた

 

 時計の針は既に深夜を示す。いつもの快晴、いつもの散歩。きっとあの人を追いかける日が来るまで、卒業するまで、ずっとこのままだと思っていた。今だって、これからだって。きっと日常は変わらない。保証もない癖に、私はそう信じてしまっていた。だが、あの人が消えた日があるように、日常なんてすぐに終わるのだ。

 

――だから、今日この日だけは違っていた

 

 見られぬように人目を避けていた。出来るだけ住宅街の外を探す。ふと見下ろせば、森の奥ではアスファルトの廃墟が見える。今日はこの辺りがいいかもしれない、そう判断すれば私の意図を組んでくれたらしい。鳥は緩やかに降下して、翼をゆっくりと動かした。降り立てば翼を休めた子に労いを込めて、くちばしを撫でる。ギャア、と答えるように鳴き声を上げて静かに距離を取り、羽根を休めた子を見届けた。

 

――私は改めて、周囲の様子を窺う

 

 廃墟の屋上、そこから私は真下の光景を眺めた。ガシャリ、とフェンスを掴めば赤く錆びた硬い感触が伝わる。

 

――上空から見ていた時よりも実物はずっと朽ちていた

 

ひび割れたアスファルト、無造作に生える雑草の群生。崩れた壁からは錆びた鉄筋が剥き出して、向こうの棟では崩壊し崩れた部屋が見える。……人の手から離れた環境下ではいかに文化が無力なものなのかを教え込まれるのだ。畏怖と敬意、言葉に出来ぬ感情が溢れて止められない。

 

――だがそれでも尚、そこには美がある

 

 完全ではない、不完全さの歪さ。生の終わり、破滅の美。挙げていけばキリがないのだ。盛者必衰、諸行無常。繫栄と没落、若さと衰え。そこには永遠など確約などされてはいない。ただただ、非情なリアルが伝わって、堪らなくなる程の懐かしさや儚さを感じさせていく。

 

――かつて、そこに居た人達の軌跡があるからだろうか?

 

 繁栄と没落、若さと衰え。栄枯盛衰の有様は、説明の出来ない程の圧巻さで訴えかける。嫌が応にも描き手の創作意欲を掻き立てた。勿論、廃墟だけではなく、森の奥でも、海の底でも私は何度もそれを感じて描かずにはいられない。

 

――お前にこれを表現できるのか?

 

 そう、彼らは私に煽るのだ。私はその圧倒的な光景に、嫉妬すら覚える。挑発的で、生意気だ。……筆を、持たなければならない。目的は子供たちの気晴らしでもあるのだが、私はその感情を喰らって繋げる。次の絵を描くための糖にする為に。次は、その次こそは、そう何度も繰り返して、絵に呪いを込めていくのだ。

 

――私の日常は常にこうだった

 

 だが、次の瞬間にそれは容易く崩れ去ったのだ。私はその瞬間になっても、呑気なモノだった。いつものように筆を走らせていた時だ、何処かで足音が聞こえた。最初は気のせいだと思っていたが、無視が出来なくなる程の気配を感じた。ヒタリヒタリ、と何かが這いよるように近付いている。私の子供がやけに騒がしい。それと同時に、不快な気配は深まった。

 

――何かが、いる

 

 そう察して身構える。苔むして湿気る壁の向こうで何かが揺らめいた。ひと時の、静寂が訪れる。風の音だけが反響し、音が止んだ。

 

――次の瞬間、轟音が響く

 

 鼓膜がビリビリと響き、思わず耳を塞いだ。視界に捉えていた壁は四散し、その原因となったモノが現れた。ズル、ズル……、生々しく濡れた音が這いずる。

 

『ォぉ……亜、ぁあ、阿ああああ゛亜゛あ゛ああッ!!』

 

 それは毛むくじゃらの獣だった。その毛で覆われた口は大きく開き、叫ぶがその口は獣のそれではない。人の、霊長類の類。そんな歯が剥き出しになってカチカチと、何度も口を動かす動作を見せていた。四つん這いの足は数えきれず、手とも足とも言えぬ形状のものが無数に胴体から生える。指先は無造作に動き爪を立ててアスファルトを削った。

 

――見るもおぞましく、名状しがたき生き物がそこにいる

 

 呪霊、私の知る存在の文字が浮かぶ。夏が過ぎ、既に心霊スポットを巡るシーズンは過ぎていたからこそ油断した。この場に居るこれは呪術師から生き残ってみせている。それがいかに強かで残虐かは、把握するには容易くて。それが冷静に理解する自分が嫌になった。

 

――だが、今はそんなことを考えてはならないと悟る

 

 ……それどころではなかった。危険、危険、危険!!何度も私の脳内で繰り返される。背筋から冷たい汗が伝うのに、こんなにも心臓が鳴っていた。それが煩くて、ただただ熱くて震える。私を奮い立たせるのは生存本能だった。暫く睨み合い、出方を窺う。

 

――逃げるには、あの子に乗ればいい

 

 走れば背を向けることになる。その間のコンマ数秒、……どれ程の影響が及ぶかを考える。……あの呪霊は恐らく待つことはない、足場を壊して私の逃げを阻むだろう。では迎え撃つか?……いや、それは最適ではない。……私に、戦う術はないのだ。ストックはないから此処で生み出すしかないのだが、筆で何かを描いている間に死ぬだろう。一瞬で思考し想定するもそれらの全ての結末は、私の死で終わる。

 

――嫌な、最期だ

 

 勝手に出て行って死ぬのだから自業自得ともいうのだが。……詰みだ、私はこれで終わりなのか?……気持ち悪いな、吐き気がする。胸焼けすらも感じているのに、私は自身の生を諦められない。

 

――死にたくない……、まだ死ねない。

 

 私は、まだあの人に会えていないのに。私はまだ、自身の底を見ていないのに。まだまだ未練が残っているのに、こんな場所で死ぬのか?沸々とした感情の昂ぶりは、本能で叫ぶ。ぎゃあ、と濁音の混じるあの子の声が響いた。あの子の翼が動き、その軌道の先にはあの呪霊が居る。

 

「やめろ!!」

 

 やめてくれ、そう叫んでいる。あの子に込めた思いは自由への願いである筈なのに、何故こんな形で逃がそうとするのか。……いや違う、私の強い生への願いがそうさせているのだ。自由の妨げになるのだと捉えてしまった。無謀にも迎え撃ち、そのくちばしで呪霊の目を突き刺す。苦悶に満ちる獣の咆哮、闘争しようとするあの子の鳴き声が響いた。だが、そんな交戦も容易く終わる。痛みに慣れた呪霊が動き、潰れなかった方の目玉があの子を捉えた。その無数にある腕があの子を掴み、羽根を毟る。ブチブチと筋肉繊維が引き千切れ、真っ赤に染まる羽根が血だまりに一つ一つ落ちていった。

 

――私は、ただ声を上げるだけだった

 

 私の喉が引き裂くように痛む。鼓膜が痛い。紛れもなく、絶叫だった。私自身が知らぬ大きな声量は私の身体を震わせて、涙がボロボロと溢れて止められない。あの子の凄惨な姿が滲んでいくのが堪らなく辛くて悔しかった。それすらも見届けられぬ精神の弱さすらも恨めしい。

 

――なんて無力なことだろうか

 

 なんて脆弱、なんて浅はか。……なんと、無様な有様か。これではただの癇癪を起こす子供だ。

 

――……私はまだ戦う術すら知らなかった

 

 今更そんなことに気付いて、濡れた口角が吊り上がって自嘲の笑みが浮かぶ。思わず出た笑いが、喉からひり出した。それすらも苛立ち、腸が煮えくり返る。私は急に自身が恥ずかしくなった。……勝手に、自惚れていたのだ。周りと違うモノが見えるのはある意味才能だ、そして術式があるのもまた才能だ。だが、自衛の術はないのは論外だった。

 

――術式を知った、呪力を知ったから何だというのか?

 

 そこからが、スタートだったのだ。その業界で生きるのならば、生き残ることと死ぬことをいつも考えなければならない。生死の境界線など薄いに決まっているのだ。私は呪力と術式ばかりを磨いてばかりで、絵を描いてばかりで。そんなことすらも死ぬかもしれない瀬戸際で気付いていたのだから大馬鹿者だった。だからこうして私の子が非情な状況に置かれているのだから目も当てられない。

 

――だが、それでも好機が出来た

 

 呪霊はあの子に随分と熱心らしい、今も丁寧に羽根を毟っていた。楽しい、愉しいと不快な声を上げて笑ったあいつを殺したくて仕方がない。冷静に、状況を分析する。……打破するにはあの子を犠牲にして描けばいい。あの子の仇に対しての明確な殺意を、怒りを呪いにして捻出して、描き上げてしまえ。そう思っていても、あの子を犠牲にすることに踏ん切りがつけられる訳がなかった。一瞬の躊躇いの葛藤が生じる。

 

――あの子と何度飛んだと思っている?

 

 あの子との思い出は微々たるものではあるが、それでも私はあの子を生み出した情がある。それは今まで描いてきた子供たちに対して抱く想いだった。私はこの子達を、須らく平等に愛している。それは血縁よりも深い筈だ。

 

――……だけど、それでも

 

 私は自身の命よりも、他に居る子供たちを優先しなければならないのもまた事実だ。更に甲高く叫んで、筆をとる。新しく開いた真っ白なキャンパスに殺意を乗せて、描く。構図も、イメージも既に出来ていた。後はただ呪力に乗せて想いを乗せる。死ね、死ね、死ね、死ね死ねしねしね死ね死ネ死ね死ねシね死ね死ねしね死ね死ね死ねシね死ね死ねしね死ねシネ死ね死ね死ねしね死ネ死ね死ね死ね。……いや、絶対に殺す。

 

――あの子の仇を討つのだ

 

 他でもない、私の手で。あの子は自らの意思を全うした。私は責任を取らねばならない。私の世界に仇なす敵を、排除する。描いた絵を呪にして、形となった。キャンパスから巨大な腕が飛び出して、その巨体が全て飛び出した頃には呪霊は既に息絶えた。二本角の鬼が、呪霊の腹を貪り、その呪霊は血だまりになって横たわる。図らずとも描いた通りになったが、私は鳥の元に走る。息絶え絶えで、情けなく辿り着き。そこへ行くが既に亡骸になっていて、いつものようにくちばしを撫でればそこから崩れて消えていく。

 

――私の中で、喪失感を感じた

 

 絵を見れば、その子だけ消えてしまった絵だけが残っていた。夏油に連れて行かれた子もこうなっていたから、きっと私の子は死んでしまったり居なくなってしまうとこうなるのだろうとも客観的に理解する。後に残ったのは嫌悪感と殺した後の虚無だけだった。夜明けが見えるが最早帰る気にもなれなくて、ただ血だまりに座り込んだ。

 




【私】は茫然自失となった。
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