アークナイツ【黎明前奏/PRELUDE TO DAWN】
配信開始
「これで2度目です。戦闘オペレーターでもないのに、こんな怪我をするなんて」
此度の傷に関しての叱咤に耳を痛くしてそのことから逃れるように医者によって腕に巻かれていた包帯が解かれていく方へと視線を移す。
白い包帯から覗かせた腕にはあるはずの傷は見当たらず、綺麗な素肌が見えていた。
手を開けては閉じると数回ほど繰り返しても痛みはなく、思うように動かせている。
怪我をしたばかりの時は腕や手を動かすこともほとんど出来なかった。
しかし、今ではフォリニックさんの治療のおかげで怪我をする以前と変わらず動かすことが出来るように戻っている。
良かったと、そう思えた。
怪我をすると以前のように治るのかと不安になるときがあったが、こうやって完治したことが実感できると安堵とそして、治療してくれた相手へと感謝の気持ちが生まれてくる。
「……さん、聞い……すか。聞いてますか!」
手を開いては閉じてと同じ動作を繰り返して確認していた時に前から強めの声を掛けられていることに気がつく。
驚いて慌てて顔を上げる。
そうして視界に入ってきたのは、頭についた猫耳をぴくぴくと動かせながら少し怒りの表情で睨みつけていた。
相手から伝わってくる怒りの感情に言葉が戸惑ってしまう。
「ああ、えっとですね」
「聞いていなかったのですね」
「……はい」
フォリニックさんの迷いのない言葉に肯定するしかなかった。
だが、それは聞いていなかった自分が悪かった。
「聞いていませんでした。申し訳ありません」
その通りであろう。
実際に自身の怪我が治ったことへの喜びによって、相手が話していたであろう会話を聞いていないのだから。
フォリニックさんは小さく息を吐く。
それは飽きているように見えたがその後に聞いてくださいねと、言葉を続けて診察の結果を教えてくれた。
「腕の怪我には問題ありません。普段の生活をすることは出来ます、が」
最後の力強い声につい目を外せなくなる。
「……部屋の掃除で高い場所に置かれた荷物が落ちてきて怪我をしてしまった」
「……」
その言葉に何も返すことが出来なかった。
事実、今回の怪我の原因は戦おうとしていた両者の間に割り込んだために出来てしまった怪我である。
いつもならある人によって治療をしてもらっていたのだが、その人の場所にたどり着く前にフォリニックさんと出会い、そのまま応急手当をしてくれた。
応急手当が終わった後に怪我の原因で話して嘘の証言をしていることに気がついていながらも黙認してくれた。
かわりに怒られてしまったが、それは相手を心配して、真面目に向き合ってくれているからこその怒りであることにはわかっている。
彼女は真面目であり、他者に思いやれる優しい人なのだから。
フォリニックさんから向けられる視線から逸らさずに、ただ見つめた。
相手へと言葉のない意志である。
お互いを見つめ合いながら外から聞こえてくる僅かな音だけで時間が過ぎていく。
少ししてだろうか、フォリニックさんは先程よりも長く深いため息をしてから机に置かれた診断書らしき書類に何かを書いていく。
「診察は終わりです。次回からは気を付けて部屋の掃除をしてくださいね」
「はい。気を付けます。ありがとうございました」
治療してくれた感謝の言葉と共に診察室に備えられた椅子から立ち上がる。
部屋から出る直前、机の上で書類を纏めているフォリニックさんに声を掛ける。
「では、また今度の約束の時まで」
「ええ、それまで怪我をしないように」
フォリニックさんはこちらを見ずに返答した。
頭を下げて、診察室から出ていく。
これで元の生活に戻ることが出来る。
そうなると私生活を支えてくれた相手に対しても何かしらのお礼をしたいと思うのだが。
「何が良いだろう」
贈り物となれば食べ物とかが良いかな。しかし、そうなるとどのようなものが好みだろう。
甘味とかが好きだろうか。
お礼に対して様々なことを考えながら仕事場へと戻っていく。
明らかにその怪我が嘘だということはすぐに分かった。
夕暮れ時で本日の業務に関して医療部に提出する報告書を纏めている途中、目に入った一枚の診断書が目に入った時に思い出す。
それはあなたが怪我をしていることに気づいた日のことだった。
床に散らばった書類を拾っていたあなたに近づいて一緒に拾い集めたとき、不自然な動きをしているとこに気がつく。
両手を使って落ちた書類を拾っていけば早いというのに片手だけで集めていた。
それはまるで以前に怪我した際の状況によく似ているということに私は聞こうとする前に、使おうとしない片腕の服を捲る。
膝から手首にかけて巻かれた黒ずんだ包帯が目に入ってくる。
狼狽するあなたは何かを言おうとしたが私は考えるよりも前に、身体が動いた。
座り込んでいた彼を怪我していないであろうもう片側の腕を掴んで無理やり立たせて、医療部へと引っ張りながら早歩きで連れていく。
拾い集めた書類は床に飛び散るがそのようなことを気にしている暇や、余裕などはなかった。
手に持った診断書に記載された内容を読んでいく。
症状は切り傷と書かれてはいるがそれはハサミや包丁などで出来た小さな傷ではない。
それは戦場で見るような殺傷力に特化した人を殺すための武器でつけられた傷に類似している。
そんなことは医療に携わる者であれば誰でもわかってしまう傷だというのに私は……
手に持っていた診断書を他の書類と一緒に纏める。
提出する報告書は纏め終えていつもなら直ぐに報告に行くのだが、私は立ち上がろうとせずに机に突っ伏す。
これで二度目
一度とならず、二度も
彼という人間について思い返していく。
最初の印象はこれといった目立った特徴もない、物静かで争いごとを好まないおとなしい人。
そう思っていたけれどあるときを境にその印象は大きく変わった。
一度目の怪我、ロドス・アイランドが停泊している都市で彼がそこの住民に暴行を受けたとき。
私は彼の治療にあたりその後、ある出来事で関わることになり、そのことがきっかけで多くのことを得る。
それは大切な記憶でもあった。
あるモノが視界にあるモノへと視線を向ける。
手に収まるほど小さく少し不格好な形をした手作り感がある置物。
置物に手を伸ばして触れてると軽く擦る。
一度目の治療をしてくれたお礼として彼からプレゼントされた物。
机から起き上がろうとせずにゆっくりと目を閉じて、想う。
今度の休日の狩りには彼が同行する。今回のお礼として彼が私に聞いてきたときにお願いした。
はじめてだと言うのだから色々と教えてあげないといけない。
道具や服の準備は整っている。
服に関しては以前の健康診断書を確認したから問題はない。
誰かと一緒に狩りとするとなると、食料も多めに持っていくことも頭に入れておこう。
彼の普段の食事量は把握しているけれど動くとなれば多めに持っていこう。
そのあとも彼と一緒に過ごす休日について考えていく。
何故だろうか。いつもと変わらず狩りの準備について考えているだけなのに、彼と一緒ということだけで浮ついてしまうのはどうしてだろう。
目をゆっくりと開いて今一度、置物に視線を向ける。
何かをするのではなく、ただ置物を眺めているだけの無駄な時間。
消えることもなく永遠に残り続ける内なる心。
ウルサスという国への怒りと憎悪。
取り戻すことの出来ない失われた哀しみや恐怖。
僅かな余裕が出来てしまうと隙間を縫うように記憶の奥底から浮上してくる。
心を蝕み、私というフォリニックという存在を狂わせようとする。
しかし思い出したとしても自分を見失うことはない。
今の私には多くの大切な人やその人達と助け合いながら生きているのだから。
手を差し伸べる人影を思い出す。
彼は知らないかもしれないけれど、余裕を持てるようになりました。
悲惨な過去を忘れることなど出来ない。
今の私には大切な人達が多くいることを知っていたのにそれを疎かにしていた。
そのことを気がつかせてくれた。
あなたは私が知らない間に怪我をしているときがあります。
だけどそれは、誰かの為に怪我をしたことは分かっています。
あなたは怖がりで争うことから逃げることも知っています。
けれど、恐怖しながらも足を踏み出して苦しんでいる人の元まで駆け寄ります。
戦闘オペレーターでもない人が傷ついている。いや、あなたが傷ついていることに悲しくなります。
どうすれば、良いでしょう。
傷つかないように管理してあげれば、あなたは喜びますか?
少女は安らかな表情で、微笑んでいた。
その後の休日、フォリニックさんと一緒にはじめての狩りを楽しみました。