とある副官のお話   作:成宮

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むしゃくしゃしてやった 後悔している



とある副官のお話

 

 

「総員、関羽様に近寄る敵を排除しろ。目の前のもの全て、たたきつぶせぇ!」

 

 その叫びに次々と周囲にいた兵達が呼応する。その部隊はまるでひとつの生き物のように一体となって戦場を駆け抜ける。

 その先頭を走る男は獣のように嬉々とした表情を浮かべ、ドス黒く変色したラージクラブを猛然と引きずり追いすがる。敵は余りにも奇異で、現実離れした姿に混乱、恐怖し逃げ腰になるものが後を立たず。

 そして接敵、雄叫びとともにありえない速度で振り下ろされたラージクラブは哀れな先頭にいた敵の足元を叩く。だがそれで十分、農民崩れの敵にとって死を想像させるうるものとなる。

 恐怖で綻んだ敵隊列を楽々こじ開け、中央から食い破るさまは、まさに虎のごとし。先ほどの一撃を放ち、次々と指示を出すのは部隊を任せられた副官であった。

 

「―――見つけた」

 

 チラリと視線に入った軍旗、そこにめがけて腕を振るう。すると兵達が唸り声を挙げながら、一目散に突撃していく。その圧倒的な圧力になすすべなく、敵兵たちは崩れ落ちていく。

 

「ええい、貴様ら何をやっておるか!押せ、押し返せぇ!」

 

 敵将も声を張り上げ、配下に指示を出す。だがそれも目の前の圧倒的な圧力の前には、上手く機能することはない。敵味方入り乱れる中、ついに先程から必至の形相で声を張り上げる将の姿が顕になった。

 その瞬間、荒れ狂う戦場のまっただ中で、一人の男が吠えた。

 まるで龍の咆哮とも思える迫力を持って、戦場の時が止まる。誰も彼もが痙攣したかのように手を止め、その咆哮を発した男の方へと視線を向けざる負えなくなった。

 

「一騎打ちだ、道を開けろ!」

 

 その命令に兵達は敵味方関係なく、さも当然のように止まっていた身体を移動させ、そして一本の道、空間が出来上がる。

 

 互いの将の眼の前に有った、兵という壁は取り払われた。

 

「い、一体なんだというのだ!」

 

 一方は堂々と目の前にできた道を同然のように進み、もう一方は突然の出来事が理解できず、その場で足踏みをする。正直に言えば、既にその時点で勝敗は決まったも同然であっただろう。だからといってこのままでいることを男も、そして周囲も許さない。

 

「わざわざ貴様のために用意した舞台だ。さっさと覚悟を決め、男らしく散れ!」

 

 その一言に同調するように、兵達は互いの将の名を叫び合う。立ち止まっていた将は覚悟を決めたようで、顔を青くさせながら、人生最後の花道を駆け抜ける。

 

 

 その姿を見て満足した俺はこちらに近寄ってくる将を横目で見つつ、心地よく声援を受けていた上官に近寄った。そして膝をつき、こうべを垂れる。

 

「お待たせしました」

 

「いやよくやった。さすがだ」

 

「ありがとうございます。相手、大したことなさそうですが、くれぐれも油断なさらぬように」

 

「お前は私が負けると思っているのか?」

 

「想像できませんね。素手でゴリラに挑むようなもんです。勝機なんてあるはずがない」

 

「よし、意味はわからんがなんとなくあとでお仕置きだ!」

 

「職権乱用?!」

 

 命の遣り取りをする目前だというのに、緊張した様子もなく互いに笑い合う。まるで戦場のまっただ中とは思えない光景だが、二人にとっては違和感のあるものではない。

 

「ではご武運を」

 

「ああ、あとは任せておけ」

 

 すれ違いざまに互いに拳を付き合わせる。そしてそのまま邪魔にならぬよう、群衆の中に紛れ込んだ。

 

 大声援を浴びて、関羽様は野太い野郎どもに彩られた道を心地よさそうに歩く。そして中央まで来ると、己の武器を肩に担ぎ、敵将と会話を交わす。喧騒の中、その声は聞こえてこない。だが彼女が今この瞬間最も輝いているのは間違いないだろう。

 そして互いに構えを取る。その姿だけでもはやその差は歴然であった。やはり万が一など有り様がない。

 

 互の武器を合わせ、一騎打ちが始まった。そして俺は特等席で、今日も彼女の勇姿を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あーくっそホント綺麗だなぁ。なんで戦場にいるのにあんなに髪の毛ツヤツヤなん?あんな綺麗な黒髪が視界にあったらガン見して戦闘とかに集中できんわ!そして胸、大きすぎ。あんな強調するような服着て反則すぎる、というかどっからどう見ても戦場に身を置く格好じゃありませんから。足振り上げたらスカート捲れちゃうし、ちらちらとシミ一つない絶対領域が目の毒だし、青竜刀振り上げた時に見える脇が堪らなくいい。それでいてあの強さ、ヴァルキュリーとかって関羽様のこと言うんじゃないかな、つまりここは本当は天界だったのだ、ナッ、ナンダッテー。

 

 そう脳内で茶番を繰り広げているうちに敵将を一刀両断にした関羽様が勝鬨を上げる。敵将は本当に哀れなり。

 

 笑みを浮かべながらこちらに戻ってくる関羽様にタオルを差し出す。顔に飛び散った血とその笑みのコンボは相当恐ろしいです。

 

「すまん、助かった」

 

「いえいえ、せっかくの美しいお顔が、血で汚れていてはもったいないですから」

 

「世辞はいい、勝敗はこれで決しただろう。軍師殿からなにか指示は届いているか?」

 

「はい、追撃はしなくていいと。投降したものは今武装解除をやらせている最中です。関羽様のあの姿を見たのですから、ほとんど抵抗なく進んでいることでしょう。あとはこちらでやっておきますので、少し休憩していてください」

 

「ああ、何かあればすぐに呼んでくれ」 

 

 こちらを振り返ることなく歩む後ろ姿は、そんじょそこらの男よりも凛々しく格好良い。チラチラ見える太ももと尻尾のように揺れる髪を見送ったあと、未だに酔いしれている男どもへと号令を発する。

 

「おめぇら帰るぞ!さっさとしねぇと劉備様が待ちくたびれて寝ちまうじゃねぇか!愛らしい寝顔もいいが、笑顔でおかえりって声かけてもらったほうが嬉しいだろうが!ああ?もちろん寝顔なんか鬼関羽様が意地でも見せてもらえねーだろうけどな」

 

 笑いながらついてくる仲間たち、こういった正規兵にはない軽口が義勇兵である俺たちの活力となる。一人一人にお帰りと言ってくれる劉備様がいるからこそ、生きて帰ろうと頑張れる。強く、美しく、気高く、最前線で槍を振るう関羽様がいるからこそ、この関羽隊は高い士気を保つことができる。

 

 わずか数百人、大望へ向けて歩き始めた劉備様の一翼こと関羽隊。それが俺たちである。そしてその関羽様を支える副官の一人、それが俺こと周倉である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある夜、周倉は関羽から呼び出され、主要人物が集まる天幕へと趣いた。そこには今だに慣れない雰囲気に戸惑い、隣の人物の服の袖をそっとつまんでいる劉備玄徳。その右側の一歩引いたところで関羽と張飛がそれぞれ笑みを浮かべながら付き従う。左側には緊張した面持ちでこちらを見上げるちびっ子二人、諸葛亮と龐統。そして周倉の真正面に立ち、劉備の隣で気楽そうな雰囲気でこちらの様子を伺う青年、天の御使いこと北郷一刀。

 関羽から呼び出されて期待された来た自分が馬鹿のようだ、とそっとため息をついた。正直落胆した部分はあるが顔には出さない、気づかれてしまえばそれは上官である関羽の顔に泥を塗ることとなるからだ。

 

「悪いね、周倉さん。休んでいるところに来てもらっちゃって。そんな重い話じゃないからとりあえず気楽にしていいよ」

 

「いえ、滅相もありません。天の御使い様」

 

 気楽て。仮にも天の御使いを名乗ってる人にそんな無礼なことできるわけない。違うことは分かっていても、はいそうですかと態度を改めることなどできない。それがこの世界に生きているものの一般常識であり、異端者は奇異の目で見られるだけならまだしも、迫害され最悪極刑になってしまってもおかしくないのだから。それくらいやばいことをやっているのを自覚して欲しい。

 

「あ、あの。今日は周倉さんにお願いがあって呼び出したんでしゅ」

 

 諸葛亮が噛み噛みながら一歩前に出る。最初にあったときは驚いたものだ。こんなまだ子供にしか見えない少女が諸葛亮だなんて。とはいっても大抵の有力者は女性なのだから完全に予想外ではなかったが。

 

「今回の戦いで幾人かの捕虜が出ました。その中でともに戦ってくれる方を選別し、率いて欲しいのです」

 

 捕虜を説得し、戦力不足の我が軍に迎え入れたい。確かに現状は関羽、張飛の力でなんとか勝利を挙げているが、それでも戦争は数だ。どれだけ強くても、一人二人の出来ることは限られている。ゆえにその選択肢はわからないでもない。

 

「賊を、ですか?」

 

 だが正規兵だったものならまだしも、相手は力のないものを襲い、奪ってきた犯罪者だ。そんな奴らと肩を並べ、ともに戦おうとは感情的にできるものではない。いつ寝首をかかれるかわかったものではないのだから、そんな信用できないものを仲間と呼べるはずもなく、背中を、命を預けるに値しない。というかもうこれ罰ゲームだろ。

 

「信用できないことは分かっています。でも犯罪者だから皆殺しにしなければいけない、罪を償う機会すら与えないなんてことはご主人様も、私たちも望んではいません。ですから志あるものだけを選抜し、彼らを指揮して欲しいのです」

 

 要するに最後のチャンスというわけだ。今殺さない代わりに、私たちのために戦えとそう言いたいのだろうこの軍師様は。気づいているのかいないのか、まぁ十中八九気づいて言っているのだろう。さすが諸葛亮、といったところだろうか。その他の龐統を除いた面々は、額面通りに受け取っているのだろうが、物は言いようということだ。

 

 さて次に何故俺にその白羽の矢が立ったかということであるが、関羽の副官という実績と、名前に問題があったのだろう。安易に周倉なんて偽名を使ったことが完全に裏目に出てしまった結果であった。関羽の副官だったらそりゃ周倉だろうという縁起担ぎをしてしまったために起きた完全に自業自得である。

 

「大変申し訳ないのですが、自分はそんな器ではありません。今でも関羽様の後を付いていくので精一杯です」

 

 半分嘘の半分本当だ。実際自分が大将としてやってく自信なんてない。そんな責任重大な役割をさせられるよりも補助とかサポートとか裏役の方が性にあってる。ただ付いていくので精一杯というのは嘘っぱちだが。なによりそんな罰ゲーム受ける気は毛頭ない。断固拒否する!

 とまあ言い訳したのだが、彼らにはそれは予想外であったらしい。ぽかんとこちらの顔を見つめられる。特に北郷君、その顔は面白すぎるんだけど。

 

「あ、あの~」

 

「はっ、期待に添えられず申し訳ありません!」

 

「はわわ・・・」

 

 聞く耳持ちませんアピールに軍師&劉備様たちは言葉が続かないらしい。いやむしろ怖がられている?そんなに怒ってるつもりもないし、戦場の関羽様よりかははるかに温和な顔をしていると思うんだが。

 

「周倉、もう少し考えてくれないか」

 

 見かねたのか関羽様が助け船を出す。人の言いづらいところ、負と言われる部分を率先して引き受けてくれるすごく稀有で貧乏くじな人。わかっていたけどこの人に言われるとまるでいらないって言われているようで、被害妄想なんだろうけど。

 

「でしたら御使い様が指揮してはどうでしょうか。御使い様の御威光があれば彼らも心を入れ替え共に戦ってくださるでしょう」

 

「あわわ、そ、それは」

 

「ご主人様は我々にとって唯一無二の御旗、よほどのことがない限り戦場に立つような真似はさせられない」

 

「そーなのだ。鈴々立ちに任せて、お兄ちゃんとお姉ちゃんはゆっくりしてるといいのだ!」

 

 つい口から出てしまった意地悪だが、思いのほか効果があったらしい。慌てた様子を見せる彼女たちの様子から、そのまま押しきれるかと思いきや武官二人にガードされる。特に一瞬たじろいだと軍師二人は御使いが先頭に立つことの有用性を考えたということだ、思った以上に嫌な方向でできるらしい。

 結局会議はぐちゃぐちゃになりいつの間にか流れで解散となっていた。今だけこの緩さが助かるが、大丈夫かと心配になった。

 

 その後捕虜は予定通り希望者のみ連れて行き、残りは開放という形になった。だが予想以上に残った数が多く、上層部は劉備と北郷の仁君っぷりにより一層忠誠を誓ったとか、食糧問題がより一層深刻化して頭を悩ませたとか。

 捕虜だった者たちは新たに部隊を新設するのではなく、各部隊に増員するという形をとったため部隊内の不和が積もり始めていた。つい先日まで敵だったものと肩を並べてともに戦うというのは、想像しているよりもはるかに難しい。今でも時々、関羽様や軍師たちにそいつらをまとめて部隊にしてくれと頼まれる。

 

「自分は関羽様の副官ですから」

 

 突っぱねるけれども結構しつこい。実際部隊の様子を目にしてるし気持ちもわかるが、無理やり押し付けられる方の身にもなって欲しい。命賭けてるんだぜ、無給で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「絶対に一人で当たるな!数ではこちらが有利なんだ、仲間と共に冷静に対処しろ!」

 

 戦場の怒号の中、それに負けないように大声で指示を出す。近くで敵の残党を発見した劉備軍は部隊を展開し、迎撃にあたっている。どうやら数も関羽隊よりも少ないようで、いつもの比べて楽に対応できそうだ。敵将の姿も見られず、指示を出している人間の顔色も動揺している。あえて無理して優先的に狙う必要性も感じない。最前線まで出て青竜刀を振るう関羽様の力を持ってすればさほど時間はかからないだろう。

 

 戦いに集中している関羽様をサポートする俺、新参兵たちが少しばかり動揺しているため宥めるのに手間がかかりそうだが概ね問題なさそうだ。まるで舞のように敵を切り裂く関羽様に見蕩れている合間に片手間で指示を出していると、慌てた様子の兵が一人、こちらに駆け寄ってきた。

 

「周倉さん!伝令です。関羽様はどちらに?!」

 

「最前線で今武器を振るっておられる。要件なら俺が聞こう」

 

 額に大量の汗を垂らしているほど疲労している伝令に、最前線の関羽様のところまで行かせるのは危険すぎる。

 

「はっ、諸葛亮様より伝令です。敵別働隊がこちらに接近中、至急応援求む、です」

 

「なに?!」

 

 目の前の敵は囮ということか、通りで数も少なく手応えが少ないわけだ。

 

「伝令ご苦労。後方に下がり休んでいてくれ」

 

 敬礼する伝令兵を置いてすぐさま関羽様のところへ向かう。敵は完全に逃げ腰のようだ。襲いかかるような真似をせず、緊張した面持ちで距離をとっている。武器を振るうても止まっており、ちょうど良いタイミングだったようだ。

 

「関羽様」

 

「なんだ、周倉」

 

「諸葛亮様から伝令です。敵別働隊がこちらに接近中、至急応援求む、だそうです。すぐさま反転、この場からさっさと移動致しましょう」

 

 伝令を伝えると、関羽様は考えるような素振りを見せた。敵は既に逃げ腰、ここまで崩れていてはこちらが撤退しても追撃されることはないだろう。時間は刻々と推移している、すぐさま行動に移すべきだと思うのだが。だが、関羽様は俺の予想を裏切り、驚くようなことを口にした。

 

「・・・隊を二つに分ける。お前はここに残り戦闘を継続してくれ。私は桃香様のもとへ戻る」

 

「・・・隊を二つに分ける必要はないのでは?既に目の前の敵には戦意がありません。追撃の恐れもほぼないはずです。ここで戦力を分散させるのは愚策かと」

 

「今は一刻の猶予もないのだ。連携がとれ、速度が出せる元関羽隊の奴らを連れて行く。これは命令だ、周倉、お前は残った奴らをまとめて指揮を取れ!」

 

「そんな?!」

 

「そんなもこんなもない!今は緊急事態なのだ!」

 

 思わず歯噛みしている俺では埒が明かないと思ったのか、近くにいた兵士を呼び止め小隊長への伝令に走らせた。そして俺が何か言う前に優しげな笑みを浮かべた関羽様は、ぽんと俺の肩を叩いた。

 

「お前ならできる、あとは頼んだぞ。関羽隊、一番隊、二番隊、三番隊は私に続け!桃香様の救援に向かう!」 

 

 サイドポニーの麗しい黒髪を尻尾のようになびかせながら関羽様はこの場を離れ、その姿は彼女の後に続いたほかの隊員によって見えなくなった。あっという間の出来事、残されたのは俺と新参兵、つまりこの間まで賊をしていた奴らだ。

 

 先程まで戦っていた賊たちは、こちらの一部が撤退による戦力低下を知り少しだけ士気が回復したようだった。完全に中途半端な戦力の分担が仇となっていた。

 

「密集して各個撃破を防ぐぞ。五番隊は怪我をしているものを助けつつ後方に下がれ。四番隊はその援護だ」

 

 いきなり主力が抜けたことに戸惑い、挙句パニックになるモノすら現れる。最高戦力であった関羽が抜けたという事実は、新参兵にとって精神的主柱を抜かれたようなものである。そうと知っていてなお彼らを連れずに救援に向かったのだろうか、それとも気が動転していただけなのか。

 ぶっちゃけ俺もパニック寸前だ。早く立て直さなければ、場合によっては壊滅するなんてこともあり得るかもしれない。ものすごく逃げ出したい気持ちに駆られるが、敬愛する関羽様に頼まれたからにはどうにかしなければいけない、そんな義務感ゆえの行動だった。

 必死に声を張り上げ部隊を掌握しようとする。だがその声も届かない。彼らは元々が賊であり、義勇兵のように強い志を持っているわけでもない。

 

逃げ出そうとする者。

棒立ちになって唖然とする者。

必死に目の前の賊に立ち向かおうとする者。

恐ろしい形相で俺を怒鳴りつける者。

 

 バラバラ、バラバラ。

 

 周囲からの雑音によって頭の中がぐちゃぐちゃになる。後悔に塗れた頭は現実から逃避をし始め、今のこの状況誰が悪いのかそんなどうでもいいことを考え始めた。

 俺らを置いて行ってしまった関羽様か、敵に裏をかかれた諸葛亮様か、目の前でこちらに武器を向ける賊か、こちらに耳を傾けずパニックに陥っている味方か、関羽様が綺麗だったからなんて気分でこの軍に加わった俺か。

 

 追い詰められた精神、混乱した頭は限界に達する。溢れた感情が制御できなくなっていた。

 

 

 

 周倉は詰め寄っていた味方を無視し、敵に向けて歩き出した。不審に思ってか彼の顔を覗き込んだ味方の一人が、恐怖に顔を歪め尻餅をついた。

 

 周倉は周りが見えていないのではないかと思わせるほど自然に、まるで散歩するように賊に近づいていった。その光景はあまりの異様さに、一瞬敵味方問わず、周りが冷静になるほどであった。

 

「はっ、馬鹿が!」

 

 そしてついに接敵、一番近かった賊が剣を振るう。まるで隙だらけ、賊の男は鼻で笑い、この男の頭をかち割ろうとした。

 

「キモイ」

 

 だがその攻撃はあっさりとかわされた。上半身を僅かに逸らした最小限の動きによって。そして周倉から呟きとともに放たれた攻撃、まるでハエを追い払うように振られた手にはこの世界にはない刃物、ファイティングナイフといわれるものが握られていた。

 武器として作られたそれは賊の頚動脈をあっさりと掻っ切った。吹き出る血液、賊の男は信じられないといった表情を浮かべ、音を立てて地面に倒れた。

 静まり返る戦場に呼応するように徐々に広がっていく血だまり、戦場では決して珍しくない光景であるはずなのにこの場にいる人間、一人を除いて何かが間違っているとしか思えなかった。

 

「キモイ、気持ち悪い、キモい、きもい、気持ち悪・・・」

 

 その光景を作り出した張本人は、その過程で答えを見つけだした。

 

「ああ、そうか、そうだよな、それしかないよな」

 

 妙にそのすっきりとした笑顔に、怖気が走る。

 

「ストレスの元を断てばいいんだよな」

 

 次の瞬間、また新たに血の雨が降り一人の賊が地に伏した。敵味方入り乱れるこの空間は、その瞬間地獄に変わった。

 目の前で起きたことが理解できない、それは思考に隙を生む。ケタケタ笑いながら向かってくる男の手によって、呼吸するように気軽に仲間が死んでゆく。そんな光景を理解などできるはずもなく、ただただ呆然と見ていることしかできない。

 狂った周倉は的確に頚動脈を掻っ切り地の雨を降らせる。周倉の持つファイティングナイフはこの世界で最強の武器の一つと言っても過言ではない。切れ味、耐久性、使いやすさ、どれをとっても比べ物になるはずもない。

 

「ストレスは早めに発散しておかないと、貯めると欝とか怖いんだからさ。自分ゆとり世代なんで辛いことがあるとマジ逃げ出したんだよね。こんなパワハラマジありえねぇっていうか、部下放り出すとかないわー」

 

 ブツブツとつぶやく言葉は、誰の耳にも届くことはなく。

 

「だからさ、お前ら消えろよ」

 

 これから死ぬ彼らには、導き出された答えが短絡的に決められたとは知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にこれでよかったのでしょうか」

 

 救援指示を受け、張飛隊と共に挟撃によって別働隊を撃破した関羽は目の前の少女と青年に投げかけた。二人は笑顔でうなづいた。

 

「なんというか上手くは言えないんだけど、周倉だったらあれくらい簡単にこなすよ」

 

「ご主人様。それも天の知識、でしょうか」

 

「うん、まぁそんなものかな」

 

「はわわっ、実際この目で見ても周倉さんは実力がある方です。それに先日のやり取りから見ても冷静で頭もキレます。愛紗さんには申し訳ないんですが増えていく兵に対して将の数が足りない現状、彼が一軍を受け持ってくれると戦術の幅が広がるんです」

 

「そうだよ、ちょっと荒療治かもしれないけど今回のことできっと自信がつくさ。そしたら俺たちはもっと強くなって、もっとたくさんの人が助けられるようになる」

 

 その言葉に、関羽は少しだけ、少しだけ罪悪感を残し頷いた。

 

 今回の部隊を分割しての救援、それは仕組まれたことだった。斥候からの情報から囮を使用しての本隊強襲という敵の作戦を予測していた諸葛亮は、囮に引っかかったふりをしての関羽、張飛隊による挟撃という構想を練っていた。

 そこに今回の件を組み込んだのである。敵は囮であり少数、例え関羽が抜けても普段の関羽隊の統率を見れば問題ない。また先んじて関羽が敵の戦意をそいでいれば新参兵たちが残されたとしても彼なら対処出来るだけの能力がある。

 実際諸葛亮の見方は間違ってはいない。あの時のこちらの思惑を見透かしたような白々しい謙遜、普段の人心掌握能力と的確な指示、敵にも味方にも厳しい関羽の補佐を十分にやれるだけの能力があるのだ。一部隊といっても所詮は義勇兵、数も大して違わない。

 

 だが諸葛亮は見余っていた。周倉のその精神的な弱さを。

 

 関羽という支柱があるからこそ発揮できていた能力は、取り払われたとき使い物にならなくなったのだ。過度のストレス、精神的に追い詰められた周倉は暴走する。幸か不幸か、この時それは露見することはなかった。

 

「あわわっ、よかった周倉さん無事みたい」

 

 本隊の指示を出していた諸葛亮とは別に、信頼できる護衛を付け龐統は周倉の様子を確認しに来ていた。戦闘は既に終わっていたようで、周倉を先頭に静かに本隊に向けて帰還しているようであった。

 

「?」

 

 ふと、龐統はその光景に違和感を感じたが、しかしそれはなにかわからない。龐統は初めて関羽なしでの部隊指揮で疲れたんだと無理やり結論づけ、とりあえず周倉に合流するために足を速めた。

 

「あ、龐統様じゃないですか。本隊の方は?」

 

「あ、はい。愛紗さんたちが来てくれたおかげで、上手く挟撃することができました。周倉さんたちもご無事でよかったです」

 

「いえいえ、こちらの敵は関羽様がほとんどやっつけたようなものです。ほんとは私たちもすぐに駆けつけたかったんですが、不慣れなせいで時間がかかってしまい申し訳ありません」

 

「あわわ、初めてですし仕方ありません」

 

「そう言ってもらえると助かります」

 

 普段と変わらずこちらのことも気を使ってくれる周倉に、今回の件のことを知っている龐統は罪悪感が紛れた。そして予想通り無事この試練を乗り越えてくれたことが嬉しくもある。

 

「戻りましょう、愛紗さんたちが待ってますよ」

 

 そう言って前を向いて歩き出した龐統は、一瞬暗い笑みを浮かべた周倉に気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「周倉、すまなかった」

 

「いえ、緊急事態でしたし仕方ありません」

 

 本隊と合流し、兵たちに指示を出したあと、見計らったのように関羽が声をかけてきた。

 

「そう言ってもらえると助かる。で、私がいなかったが大丈夫だったか?」

 

「確かに大変でしたがなんとか。自分には関羽様のように人を従わせる魅力とクソ度胸がないので」

 

「おい」

 

「おおっと、失礼」

 

 いつものように砕けた会話と変わらない周倉の様子に、関羽はホッと胸をなでおろした。だからだろうか、安心した関羽はつい口を滑らせてしまう。

 

「どうだ、自信は付いたか?私も初めて自分の責任で兵たちを戦わせたときはひどく緊張してしまってな。不安げな顔している奴がいてつい怒鳴ってしまうことも多々あった。周倉、お前のことだから私と違って実は簡単にこなせたんじゃないか?」

 

「・・・まさか、滅相もない」

 

「謙遜しすぎるのはお前の悪い癖だな。もう少し強欲というか、うん、直しておかないといろいろ損することになるぞ」

 

「関羽様には言われたくないですね、それ」

 

 互いに笑い合う、どちらも難儀な性格をしている。

 

「ではすみません、今日は疲れたのでお先に休ませてもらいます」

 

「ああ、ご苦労だった。ゆっくり休め」

 

 周倉は背を向け歩き出した。関羽もそれに習いこの場を後にしようとしたその時、周倉が振り返る。

 

「あ、すみません。ひとつ聞いていいですか?」

 

「ん、なんだ?」

 

 聞きたいこととは今後の事だろうか。既に朱里が新編成の下準備をしているし、おそらく周倉に一部隊任せることとなるだろう。そうすれば今後は後ろではなく肩を並べて戦う仲間、地位的な意味での話であるが頼もしいことこの上ない。だが放たれた言葉は想像とは異なり、突き刺さった。

 

「もしかして、知ってました?」

 

 固まった関羽の目には一瞬だけ、周倉が別人に見えた。関羽が思わず後ずさってしまうほどの驚異の対象として。だがそれも錯覚なのではないかと思うほど、今は先程までの心地よい空気に戻っている。

 

「関羽様と離れたくなくて駄々をこねてたなんて、今考えると子供っぽくて、お恥ずかしい限りです。どうか秘密にしておいてくださいよ」

 

 そう言って笑ったあち、今度こそ周倉はこの場所を去っていた。関羽がいつの間にか握っていた拳は、じんわりと汗をかいていた。

 

 

 

 その後一部隊を任された周倉は軍師の指示で様々な無茶を押し付けられる。諸葛亮にとって清廉潔白で高潔である関羽や張飛にはこなすことができない裏方仕事を頼むことができる周倉は実に都合が良かった。

 そしてひとつ、またひとつ仕事をこなしていく周倉は徐々に堕ちていくこととなる・・・




ここまで読んでいただきありがとうございます

劉備軍はブラック 確定的に明らか

以前に闇落ちしてた時期にちょこちょこ書いた作品です
その時の状態で書きたいものが変わるという癖はどうにかしないといけませんね

ちなみに続きの予定はありません

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