とある副官のお話   作:成宮

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大変遅くなりました
試験があったのですがおかげさまでクリアできそうです

今回は周倉君はひどい目に合わないので、期待に沿えず申し訳ありません


虎の尾を踏んだどころか噛み切った

 時間はしばし遡る。

 

 

 

 

 

 

 

「何か、言い残すことは?」

 

 戦場は汚い。人と人が殺し合う場なのだからそれは当然のこと。殴り、殴られ、斬って、斬られ、血と肉と、その他のおぞましいもので溢れかえる。

 

「劉備様に一言、私も、あなたの描く夢を、ともに、見たかった、と」

 

 劉備軍がその華々しい勝利に酔いしれている裏で、作業的に、機械的に執り行われる儀式。右腕は原型をとどめず、左足を失った男の最後の言葉を冷え切った心で聞いたふりをする。

 

「伝えよう。・・・お疲れ様」

 

 振り下ろされる刃、男は痛みもなく逝った。余韻に浸ることなく振り返ると呼吸を荒くし、期待満ちた瞳でこちらを見つめる男たち。彼らは誰も彼も、もう助からない。痛みとともにただゆっくりと死を待つだけの存在。

 慣れとは恐ろしい、そんな彼らの命を絶つことにも何の感慨もなくなってしまった。

 

「安心しろ、今楽にしてやる。覚悟ができたものから、笑って逝け」

 

 周倉は、心にもないことを思いつつ、手に持った刃を振りおろす。

 

 飛び散った血は、本人の気付かぬうちに固く硬くこびり付いていく。

 

 

 

 

 

 

 戦場で怪我を負ったものはどうなるか。普通ならば負傷者として後方に送られ、本拠地等にて治療を行うだろう。だがここは劉備軍、流浪の、義勇軍。

 拠点を持たぬ劉備軍はけが人が帰る場所も、そもそも移送する余力もない。例え助かる怪我でも満足に治療することもできず、応急処置すら正しく行う知識さえない。怪我は悪化し、最悪そのまま戦場へと趣いた彼らは満足に戦うことすらできずに討たれることさえある。

 ある種怪我をしたら終わりのデス・ゲームなのだ。後ろ盾がない、支援がない恐ろしさを劉備軍に来てから散々味わったものだ。

 そして今周倉が行った儀式。それはもう助からないであろうと判断されたものたちへの救済という名の切り捨て。未来の医療技術を知っている周倉からすれば彼らは死人ではなく、まだけが人だ。しかしここは違う、希望など、ない。

 足でまといを連れて歩けるほど、劉備軍は強者ではない。ある種自転車操業とも言える彼らは立ち止まったら死んでしまう。生きるには、戦い、勝ち続けるしかない。だからある一定のラインの負傷したものを切り捨てていくしかない。

 

 さて、弱者のために立ち上がった劉備がそんな決断をするだろうか。答えは否。彼女ならば最後まで連れて行こうとするだろう。

 ではこれは北郷の指示か、答えは否。彼ならば未来の知識を使い、何とかしようと努力すだろう。

 ならば誰が実行できるだろうか。答えはただひとり、諸葛亮である。時には非情とも取れる策を行い、ただ劉備を飛翔させようとする彼女が内部崩壊を許す訳もなく、ただ冷徹に命令を下しただけのこと。おそらく劉備たちには負傷した兵を彼らの村に返した、とでもいっているはずだろう。彼ら義勇兵の死は親族等に伝えられることはなく、あるのは彼らがついていった劉備軍が華々しい戦果を上げたという噂のみ。その噂を耳にするたび息子が、娘が今も劉備軍の一員として頑張っているのだろうと無事を祈っているのかもしれない。

 

 これが義勇兵の末路、せめて苦しまないようにというのは、諸葛亮にとっては最後の良心だったのかもしれない。

 

 では何故周倉がこんな役割を行っているか。答えはいつものことである。

 義勇軍として参加したものたちに苦しまずに逝かせるような技術を持ったものなど皆無と言っていい。その技量に到達しているのは関羽、張飛、周倉の三名のみ。そして関羽や張飛がこのような役割を行うはずもなく。

 必然的にその役割は周倉へと回される。関羽はなにやら違和感を感じているようだが、現在のちょっと険悪な関係ではむやみに突っ込んでは来ないだろう。ちなみにこの行為が明るみになれば恐らく諸葛亮は当然のごとく周倉の独断として処理するであろうことは想像にかたくない。

 

「隊長、お疲れ様~」

 

「隊長?なんのことかな。私は謎の覆面エックスであるぞ」

 

「えー、訳わかんないっすよもう」

 

 血でむせ返ったこの場に似つかわしくないのんびりとした声、周倉と同じく覆面をつけた男女が現れる。彼らはこの死体の片付け役だ。いくらなんでも埋めることまではさせられないとわざわざ志願してきた気のいい奴らだ。

 

「お前らはさぁ、俺がこういうことやってんの見てなんか思わないわけ?」

 

「そうっすね。できれば俺は隊長にこうやって殺されるよりも、天和ちゃんの胸で窒息して死にたいっすね」

 

「私は、地和ちゃんの太ももに挟まれて窒息がいいな」

 

「いやいや、そういうことじゃねーから。相変わらず歪みねぇわお前ら」

 

 男だけでなく女性までとりこむ張三姉妹恐るべし。だからこそここまで勢力を拡大できたわけだが。

 スコップっぽい何かで地面を掘り進める。今日はいつもより多いのが少し気が滅入るところだ。

 

「まぁ窒息は冗談として」

 

「太ももに挟まれたいのは本当なの?」

 

 それほど良質な太ももなのだろうか。劉備軍はミニスカ率が高い上に見事なスタイルなものだから眼福なのだが、それ以上のものがあるというのだろうか。

 彼女はにししと笑って周倉のツッコミを軽やかに回避すると、少しだけ真面目な顔して笑いかける。

 

「こいつら、穏やかな顔してるからいーんじゃないかな?隊長がやってること、間違ってないって思うよ」

 

「同感っす。汚れ役上等じゃないっすか。ほら、もう身も心も汚れてるわけですし」

 

「心はともかく身はまだ汚れてないよ?!」

 

「えっ・・・隊長。よければ私が―――」

 

「同情?!同情なの?!是非ともお願いします!」

 

「いい娘を紹介します。うちの村の女性は皆器量良しですよ。―――あと20ほど若ければ」

 

「そんなこったろうと思ったよ!返せっ、俺の純情返せ!」

 

 目の前に戦友の死体を前にして3人笑い合う。この場ではありえない穏やかな光景、果たしてこの光景を生み出せる人間はこの世界では何人いるだろうか。

 

 戦場では敵を多く殺せば殺すほど英雄と呼ばれる。では周倉のこの行為は果たしてなんと呼ばれるのだろうか?

 

「まぁ決めるのは俺じゃないしな」

 

 結局のところそれは解釈によって決まるのだから、本人が考えても大して意味はない。ただ願うのならば、一人でも表面の出来事を見るだけでなく、周倉を理解した上で判断して欲しいものだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフッ、面白いものを見せてもらったわ」

 

 周倉達三人が立ち去ったあと、木の上から危なげなく降り立った二人の影。

 

「あれは異常です。彼らの行為は我らにもままあること。ですが人を、それも味方を殺めてあの精神状態でいられることが私には信じられません」

 

 信じられないものを見た、その表情は雄弁に語る。それほどありえない光景と言っていいのだから。

 

「ええそうね。誰にも知られず、主人にも理解されず、自分の手を汚してなお、笑顔で笑い合う、か。お気楽そうな劉備達をみてよくここまで生き残ってきたと思ったけれど、彼―――周倉が劉備軍の裏の顔といったところかしら」

 

 甘い理想、潔癖な意思。それを貫けるほどこの世界は甘くない。劉備達の様子を見るに彼の行為を知っているのは軍師たる諸葛亮くらいか。いや、これほどのようなことであれば指示を出しているのは間違いないだろう。仮に劉備たちに知られるとすれば、周倉の追放は確実、最悪極刑もあり得る。

 笑いが止まらない。彼らは理想を掲げておきながら、裏ではその理想を踏みにじって戦い続けているのだから。まさにその犠牲者たる周倉、劉備が救いたいと願った者は、すぐ足元にいる―――

 

「華琳様。彼らのことを劉備たちに伝えるおつもりで?」

 

「まさか。知れば劉備は二度と立ち上がれない。自ずと関羽も表舞台から消える・・・それを私は良しとはしないわ。それに劉備は精神的に脆くとも、その徳は本物。大成すればいずれ私の前に立ちはだかる、大きな壁となるでしょう」

 

「壁となることがわかっていながら、放置する、と?」

 

 誰よりも華琳のことを理解していると自負している夏侯淵―――秋蘭は笑みを浮かべて確認するように尋ねた。尋ねられた当の本人も視線の先、ここから遠く離れた龍日に向けてエールを送る。

 

「ええ。我が覇道、困難な壁が立ちふさがるからこそ輝くの。劉備、あなたは多くの犠牲の上に生かされているの。だから、その犠牲の分だけ大きく羽ばたき、私の前に立ち塞がりなさいっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 定期的に開かれる劉備軍会議、それはほぼお茶会と化したものである。関羽や諸葛亮などからわかりやすい説明を受け、それに対する受け答え、そして最後に締めの一言をもってして閉会、そのままお茶会の流れとなる。そしてその間はわずか四半刻にも満たない。

 リーダーである劉備は信頼か、はたまたよくわからないからか、大雑把な目標を掲げるのみで他は諸葛亮などに任せっきりだ。それは正しい判断なのである。劉備は私塾で勉強しているとはいえ、より知識豊かな諸葛亮が、武力に優れた関羽がいるのだから専門家たる彼女らに任せたほうがいい。

 だがそれはよいことばかりではない。

 

「すみません。前回議題にあげた救護訓練についてなんですが」

 

「えーと、なんだっけ朱里ちゃん」

 

「周倉さん。その件については今はまだ時期尚早、今はできないという結論に達したと思うんですが。高度な医療を教えるには知識も時間も資材も足りません」

 

 前回少しでも部隊消耗を防ぐために出した提案・・・それは諸葛亮による有無を言わさぬ笑顔で拒絶。そも、劉備はそんなことあったっけと思いも出せず。

 

「ですが!」

 

「既に決まったことだ。・・・・まったくお前は隊長になっても成長していないな。いやむしろ悪くなっているんじゃないか?」

 

「えーと、ごめんね周倉さん。私は朱里ちゃんが必要ないならまだいらないかなーって。ね、ご主人様っ」

 

「あー、うん。救護訓練はいいことだと思うんだけど、朱里ができないってことはできないんじゃないかな?悪い、できるだけ早く訓練できるようにはするから」

 

 諸葛亮のできないの一言は、絶大なる信頼によって支持される、そうよほどのことがない限り。

 

「では、もう少しうちの部隊にも物資を・・・」

 

「各部隊の装備、食料等は適正に振り分けています。・・・物資が少ないのは周倉さんの部隊だけではないのですから、我が儘を言わないでください」

 

「あまり言いたくはないがお前の部隊は戦果が乏しい。もちろんその分物資の振り分けも多少なりとも影響が出てくるだろう。お前の指揮次第で、頑張り次第では増加できるように取り計らおう。精進してくれ」

 

「あれ、そうなの?なら仕方ないよね。頑張った人が報われなくちゃ!」

 

「ではこれで会議は終了ということで。鈴々ちゃんも我慢の限界のようですし、お茶にしましょう」

 

「朱里、今日のお茶菓子はなんなのだ?!鈴々もう我慢できないのだー!」

 

 諸葛亮、彼女の判断によって必要かどうか仕分けされる。もちろん周倉の意見なんて通らない、そんな平常運転の劉備軍である。劉備及び北郷は、関羽や諸葛亮から告げられるハリボテの真実しか頭に残らない。

 

 いつものことと、こっそりと周倉がため息をついていること、和気藹々とお茶会が始まる。テーブルや椅子のようなものはないため、地べたに敷物を引いてのピクニック形式だ。ぴょこぴょこと慌ただしく動き回る諸葛亮と雛里、そうしてみるととても影でこの劉備軍を掌握しているとは思えない。全員に配り終えると、最後の最後に雛里が周倉へと湯呑を渡し隣に座る。

 

「ど、どうぞ」

 

「ありがと」

 

 先ほどの諸葛亮の意見速攻却下を悪いと思ってかこっそりと雛里は自分の分のお茶菓子を周倉の前へと押し付ける。周倉はそれを見るとやんわりと突き返し、その頭を軽く叩いた。

 全く自分の責任でもないのに気の使いすぎなのだ、この雛里という娘は。大方自分が意見を言えるほどしっかりしていればこのようなことにならなかった、とでも思っているのだろう。多少はそのとおりかもしれないが、だからといって雛里から毎度毎度謝られるのはこちらの気分としてはあまり良くはない。諸葛亮本人がするのならばともかく。

 

 雛里はあまり活発に喋る方ではないので、このお茶会ではもっぱら聞き役だ。主に色々としゃべるのは劉備や北郷たち、周倉や雛里は降られれば相槌を打ったりする程度だ。本当ならば参加しなくても良いのだが、雛里による少しでも皆との溝を埋めようという提案から参加することとなった。諸葛亮が相当渋ったらしいが、うまく劉備と北郷を味方につけたとのこと、その頑張りを無駄にはさすがにできなかった。それに周倉はこのお茶会の光景は嫌いではなかった。

 

「でねでね、ご主人様が頭を撫でてくれてね―――」

 

 軍事行動中、これといった娯楽があるわけでもなし、自然と話題は北郷についてということが多い。要するに自慢話だ。いかに北郷がかっこよかったり、優しくしてくれたりと男からしてみれば、あっそうで終わってしまう話題だ。微妙についていきづらい。

 故に周倉は別のことに集中する。それは先程から柔らかそうに形を変えるお胸様であったり、チラチラと見え隠れする絶対領域であったり。張飛以外皆ミニスカートで地面に座ればどうしてもそこに目がいってしまう。戦場での凛々しさと共にある別の意味での無防備さもいいが、日常生活での笑顔の中のチラリズムもとてもいいものである。

 ちなみにこんな時関羽は鋭く、小ワザを駆使してこっそりと見るようにしなければあとでご褒美とは言えない仕打ちが待っている。ゆえに全神経を集中せざる負えないのだ。

 

「―――で、周倉さんお願いね」

 

「えっ」

 

 だから突然名前を劉備から呼ばれきょとんとしてしまう。完全に集中しすぎた。

 

「はぁ。戦場では気をつけてくださいね」

 

「はい、すみません。で、お願いってなんですか?」

 

 諸葛亮の残念な人を見る視線、今回は周倉が悪いため素直に謝った。

 

「もう一度説明しますね。曹操さんから劉備軍も曹操軍も連戦続きだったために補給と休息を兼ねて近くの街にしばらく逗留しないかという提案がありました。そこでご主人様と桃香様とで支援を求めようかと思います」

 

「それは曹操殿があまりいい顔をしないのでは?」

 

「いえ。これは元々曹操さんからの提案です。恐らく桃香様に恩を売っておきたいということと、こちらの情報が欲しいといったところでしょうか」

 

 戦闘面ではない、政治面やそれ以外の部分が見たい、ということだろうか。確かに劉備のカリスマは現状戦場では発揮されない。そもそも最前線には出てこない。その未知数の中、劉備に興味を持った曹操の方が異常なのだ。

 

「で、そのお願いなんですが、その会談に行くまでの護衛をお願いしたいんです」

 

「お二方の護衛、ですか」

 

 劉備軍の生命線、正確に言えばここにいる誰も彼もなのだが、何故にそんな大役が回ってくるのだろうか。

 

「いえ。今回出向くのは桃香様、ご主人様、私、愛紗さんの4人です。さすがに愛紗さん1人では3人を同時に守るのは大変ですし、そういった場で鈴々ちゃんは不向きですから」

 

 この義勇軍の核である天の御使いと劉備、既に名高い関羽に交渉役として諸葛亮、人選は妥当だ。怪我がまた治りきってはいないが、よほどの大物が出てきたとしても関羽がいるし、現段階の劉備軍を執拗に狙う可能性はそこまで高くない。いや天の御使いを名乗っている時点で非常にまずいことはまずいのだが、現状で出てくるやつに遅れをとるようなことはまずないだろう。

 

「そういうわけなのでお願いします」

 

 いつもの有無を言わせぬ笑顔を携えた諸葛亮を見て、何言っても無駄ということを早々に周倉は悟ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのー、もう帰ってもいいっすか?」

 

 つい投げやりなセリフは、嬉しそうに腕を絡める劉備と関羽、二人を両サイドに抱え、しばし申し訳なさそうに苦笑いする北郷、ちょこちょこと不機嫌に後ろについてくる諸葛亮という衆目を集める4人に届くことはなかった。

 さすがの美貌、見る人見る人が振り返る。そういう意味ではすでに交渉は優位に運んでいるといっても良い。すでに彼女たちが劉備軍の一員であるという噂が出回っているだろう。美人はそれだけで得だ。

 

「周倉さん!」

 

「はぁ、なんですか軍師様」

 

「男の人は大きい方がいいんですか?!」

 

「は?」

 

「だから、大きい方がいいんですか?」

 

「・・・どうでしょうね。御使い様でしたら小さいのも十分範囲内だと思いますよ」

 

「はぁ?!どうせ男は大きい方がいいんでしゅ!適当なこと言わないでくだしゃい!」

 

 めんどくせぇ・・・自分で既に結論出しているならわざわざ聞かないで欲しい。北郷の両隣を取られたからって何やってるんだろうこの人は。先程からこちらに不機嫌をぶつけてくるのはやめて欲しい。

 そうこういっている間に会談を行う場所までたどり着いた。すでに連絡は入れてあるため、外には物々しい人だかりができている。今売り出し中の新鋭、劉備軍の面々をひと目見ようと集まった人達だ。

 

「では周倉さん、手はず通りに」

 

「・・・はいはい、了解しましたよ」

 

 劉備、北郷、関羽が中に入ったところを見送ったあと、予定通り近寄ってきた諸葛亮が周倉に耳打ちをする。信頼できる関羽の部下二人にこの場を任せ、一人周倉は雑踏に紛れる。目立たぬように路地に入ると先ほどまで着ていた服を脱ぎ、着替える。

 きっちりしていた髪をぐしゃぐしゃにし、土で少し顔を汚す。元々多少整ってはいるものの、土により隠れ、どこにでもいるモブの出来上がりだ。

 

「抜け目ないというか、姑息というか。褒め言葉なんだけどな」

 

 ここに来る前、諸葛亮に呼び出されていた周倉はある任務を言い渡されていた。

 それは情報操作、劉備軍にとって都合の良い噂を流すこと。この時代、噂というのは馬鹿にならない。地盤がない、他者からの支援によって成立する劉備軍にとって噂一つでその行動が大きく左右される。諸葛亮はきちんと押さえるべきところを抑えている、さすがとしか言いようがない。

 

「いやぁ、劉備様ってすげぇ美人さんだわ。おっぱいもこーんな大きくてな、俺が手を振ると笑顔で振り返してくれるんだぜ。関羽様も噂通りのカッコよさだったぜ。そして噂の天の御使い!ありゃぁ本物だぜ。見たことのないような服着て、文字通り輝いてるんだ。正しく天って感じだな。あ、天才軍師諸葛亮?いやいや全然そうは見えねぇ、ペッタンコで未だに蒙古斑がお尻にありそうだったぜ!」

 

 庶民が多そうなところ、親しげに溶けこみ。周倉は時に熱狂的に、興奮気味に、情熱的に劉備軍を褒め称え、時々諸葛亮の嫌味を交え面白おかしく吹聴していく。それを聞いて一人、また一人と老若男女が会談を行っている場所へと押しかけていく。

 

 

 

 次々と場所を変え、服装を変え、諸葛亮の悪口を変え、面白おかしく宣伝していく。やはり人に話を聞いてもらうのは気持ちがいい、溜飲がかなり下がった気がする。

 

「そこの御仁、面白い話をしているわね。よければ私にも聞かせてもらえないかしら」

 

 そう言って周倉の許可なく同席する人物。頭からフードを被り、表情が見えない。怪しいことこの上ない格好だ。声質から言っておそらく女。

 

「いいけどさ、顔を隠してっていうのかさすがにちょっとなぁ」

 

「あらごめんなさい。私の顔、酷い火傷があってとても人には見せられないの。悪いけど勘弁してくれないかしら」

 

「火傷か、なら仕方がないな」

 

 もちろん額面通りに受け取るようなことはない。怪しさ爆発、だがそれでも接触してきたということは何かしら意図があるということだろう。周倉は素直に乗っかることにした。隠して剣も持ってきている、最悪な事態にはならないだろう。

 

「で、誰の話が聞きたい?劉備様かい?それとも諸葛亮がいいかな?」

 

「では関羽についてお願いするわ」

 

「ああ」

 

 選ばれたのは劉備でも、北郷でも、諸葛亮でもなく、関羽。戦場にて圧倒的な存在感を放つ劉備軍の光。

 

「人に厳しく、自分に厳しく、そして劉備様と御使い様に甘く、その二人に絶対の忠誠を誓う臣下の鏡。一度戦場に出れば、その美しい髪をなびかせ敵味方問わず魅了し、ひと振りで全てを薙ぎ払う軍神。彼女ならばいずれ100万の正規軍の指揮さえもこなすだろう、こんな義勇軍に置いとくにはもったいないな・・・と最後の一言は忘れてくれ」

 

 嫌がおうにも熱がこもる。色々あったとしても、戦場で戦う関羽は周倉にとって憧れの存在なのだ。

 

「・・・他には何かないのかしら?どんな些細なことでも構わないの」

 

「ふむ、関羽様は見た目と裏腹、かなり繊細なようで。先日野生の猫を見かけて、思わず手を出してしまい引っかかれたうえ、逃げられてしまったことがあった。涙目になりつつも、気丈に振舞っておられ、その姿は戦場では見られない愛くるしさがあり、眼福だったと。あと、先日御使い様に髪の毛を褒められたそうで、身だしなみを入念にするようになったようだ。いずれは美髪公などと呼ばれるかもしれないな」

 

「くっ、その涙目の姿是非とも見たかったわ。まぁいいわ、いずれ・・・」

 

「いずれ?」

 

「なんでもないわ。動機はアレだけど、自分の身だしなみを整えるのはいいことね。関羽も女。戦場にいるからといって疎かにしていいわけではないものね」

 

 一瞬なぜかゾクッとした。やっぱかかわり合いにならない方が良かったかもしれない、周倉は後悔した。

 

「おっと、そろそろいい時間だ。ちょっとこのあと用事があってね、ここでお暇させてもらうよ」

 

 そろそろ会談も終わりがけだろう。不審に思われる前に戻らなければならない。

 

「ちょっと待ちなさい」

 

 席を立とうとして、フードの女に呼び止められた。

 

「行く前に一つ。この街には劉備の他に曹操も来ているわね。あなたは彼女をどう評価するの?」

 

 その質問に、むうと唸る。歴史上の曹操についての知識はあっても、この世界の曹操はちらっと見ただけ。あやふやな評価をするのはどうかと思うが・・・

 

「詳しくないからあまり参考にならないだろうけどな。・・・一言で言えば、化物だった」

 

「化物?」

 

「ああ。全てを包み込むような、安心できる存在感を放つ劉備様とは対照的に、全てを飲み込むような、圧倒的な存在感。そのすべてを見透かすような眼光は、とても人とは思えなかった。頭がいいとか、力があるとか、そんな些細なものは異なる、劉備様とは似て非なる魅力を備えていた、と思う」

 

「―――っ。ありが、とう」

 

「?まぁ才があれば敵であろうとも受け入れる気概とか、無理矢理奪っちゃおうとしたりとか、部下からしたら大変そうだな。と、参考になったかな」

 

「ええ、面白いことを聞けたわ。あなたに話しかけて、よかった」

 

「ごめんなさい、最後にもう一つ」

 

 駆け出そうとした瞬間、呼び止められた。時間的に本当にやばい、いい加減行かないと間に合わなくなる。そうしたらきっと関羽と諸葛亮からお説教だ、メンドくさい。

 

「あなたは、曹操に仕えてみたいかしら?」

 

 断るより先に来た質問、良かった、考える手間もいらない。

 

「無理。腹黒貧乳嗜虐趣味なお方は懲り懲りです。せめて劉備様くらい胸がなきゃやってられないわー」

 

 ある種曹操と諸葛亮は被るところがある。最近諸葛亮は周倉に対して無理難題を押し付けることを喜んでやってるフシがある、というか雛里が悲しそうな顔で言っていた。そして曹操もドSには定評があるらしい。今のところ女性限定だが。

 既に半ばトラウマになりかけている存在に仕えるなんてとんでもないことである。周倉は答えると。振り向くことなく走り去った。

 

 

 

 

 

 背後で何かが壊れる大きな音と、阿鼻叫喚といえるほどの悲鳴が上がった。

 周倉は知らず知らずのうちに、虎の尾を踏むだけでは飽き足らず、噛み切ってしっていた。




期間があくと内容が悪くなりますね
大まかに決めてから3時間ぐらいでかければいいんですが
なかなかできないのは完全に自業自得

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