ピンチベック   作:あほずらもぐら

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過去編第五幕: 巨星砕き 前編

 

 

 

 

 

 「………手伝ってやるから仲間になれ、と?」

 

 蒼い刀が夢魔の喉元に突きつけられる。

 

 『えぇ、どの道この人数には勝てないでしょう?』

 

 

アイアンクロスはハルバードを構え彼の背中を睨む。

 

サードアイとギフトブレイズまで差し向けたのだ、

それなりの実力者だとは思っていたが、殺気だけで

下等な魔物なら気絶しかねない程に恐ろしい…

 

 「道連れには出来るだろうな。」

 

サードアイが剣に手を伸ばし、ギフトブレイズが

双竜形拳の構えを取る…

スノースプリントも氷の刃の生成を始めた。

 

『復讐には後ろ盾が必要です……』

 

「悪いが幾ら積まれても辞めるつもりはない。」

 

目の前で家族を喪い、消えていった弟……

止める事も出来なかった。

彼が復讐を始めるのはいつだろうか?

少なくとも彼は止めて見せる。

 

『我々の下につけば、少なくとも復讐で犠牲になる人々を減らす事は出来る。』

 

「俺を信じなかった奴等が何人死のうが構わん……お前に何が分かる!」

 

 

 未だあどけなさすら感じるその表情が、

 熱されたガラスのように歪んでいく。

 

 炎がビッグバンの周囲で渦を巻き、

 真新しい石畳を円形に溶かした。

 

 

 少年の顔が、一瞬だけ炎で爛れて見えた。

 二度とは繰り返させない…

 呪わしい、腐敗に塗れた旧教団を灼いた時、

 彼女はそう誓ったのだ。

 隣のスノースプリントに目線で攻撃許可を下す。

 

 

 『一瞬に来ないなら死んで貰うまで!』

 

スノースプリントが氷の刃を投げる!

冒険者の腕力と魔力で放たれる投擲物はクロスボウなどとは比にならぬ!当たれば凍傷で肉が腐り落ちるだろう…

 

 「……カァッ!」

 

ビッグバンは文字通り光速の斬撃でこれを両断、

再び刀を鞘に収め…

 

 『コシューッ!』

 

赤熱し、激しく燃え盛る手刀を居合で受け止める!

ビッグバンの刀が凄まじい膂力に悲鳴を上げ、

ギフトブレイズの拳を弾き返す!

 

『相当な業物……それに全く見劣りしない使い手、流石と言うべきか…だが止めさせて貰います!』

 

ギフトブレイズは側転で後退し、地面を拳で打つ!

 

「何!?」

 

『燃えろ!』

 

更に両手で火球を生成、それを殴って砕き、

散弾のように小さな火球にして飛ばしたのだ!

 

 

「踏み台の割に、高く買われたものだな………」

 

ビッグバンの全身は炎に包まれ、

その炎が消えると同時に彼は膝をついた。

 

『Cランク7人、Bランク4人、Aランク2人……手練をそれだけ殺して無傷で済む筈がありません、もし万全の状態なら私が負けていたでしょうね。』

 

 「何者だ、お前達……」

 

 『焔塔教団。』

 

 その名前は何度か聞いた事がある。

 考古学者が前身の組織で、旧時代の技術を集めて

 回っているという話だ。

 分派が不祥事を起こし、捜査から逃れる為に

 海外へ高跳びしたという噂もある…

 

 全容は謎だが、特に医療技術は凄まじいと聞く。

 このレベルの冒険者が複数人いるなら、

 あながち嘘でもあるまい……

 

 「分かった、話くらいは聞いてやる。」

 

 『助かった……』

 

 

 「……おい、何でお前がここに居る?」

 

 『………ッ!』

 

 『クロス、彼と面識が?』

 

 全員の目線が少年に集中する。

 さほど生活には困っていないが、

 いつ死んでもおかしくない妹に贅沢をさせる為、

 教団に隠れて賞金稼ぎをしていた事が露見すれば

 稼ぎを取り上げられるかも知れない……

 

 

「いや、よく見たら人違いかも知れん。忘れろ……得物が似ていただけのようだからなぁ……」

 

アイアンクロスの額から滝のように汗が流れ落ち、

胃袋が飛び出る程の吐き気が襲った。

 

借しを作られたのだ。

 

スコルピオにも、金貨を数百枚単位で借りている。

それ自体はこの任務が終われば返済出来るだろう、

だが弱みを握られた以上、何を要求されるか

分かったものではない……

振り出しに戻る可能性すらあるのだ。

 

『……それなら良いのですが。』

 

蛇めいて鋭い目がアイアンクロスを睨む。

彼女には、実の弟のように可愛がっていた人物を

とある幹部の行動が原因で失った過去がある。

 

アイアンクロスは知っていた、

彼女が教団に入ったのは報復の為らしい事を。

現体制に不満を持っている幹部のミストハンド。

末端ながら野心と実力のあるヴェノムパピヨン。

寄進の用途に意見した事で上層部の不興を買い、

古参ながら低い地位に甘んじていたタングステン。

 

彼女を囲っているミストハンド達の派閥は、

チャンスさえあれば躊躇なく裏切る可能性がついて

回る、信仰心の欠片もない連中だ。

 

何故なら、自分とスノースプリントはスパイとして

送り込まれたのだから。

彼女が反乱を企てているなら拷問して殺し、

当初の目的を達成出来るようなら直前で妨害する。

 

 

このミッションに成功した時、

彼には幹部補佐、スノーには幹部候補生の

椅子が用意される……失敗は許されない。

昇進すれば国から認可が下りる前の医療を

優先して受けられる上、金銭面にも余裕が生じる。

 

『私はこの方に現状を説明します……サードアイ、それからスノースプリントは私の護衛を。』

 

ギフトブレイズの指示は二人を分断した。

これは偶然だろうか……情報は漏れていない筈だ。

スノースプリントは無口な上に肝が据わっている…

下手な事は自分から離さないだろうが、

問題は自分だ……露骨に動揺してしまった為、

疑いの目を向けられたのは確実だった。

 

『………リペアウェーブはまだ来ていないので?』

 

彼は腕利きの冒険者であり、ギルドから教団への

鞍替えを検討しているらしい……少なくとも今は

ギフトブレイズやビッグバンより信頼出来る。

 

『彼は別件を解決し、それから貴方達を追います。』

 

彼女はそれだけ言うと、古びた面頬を装着した。

鬼を模した赤漆塗りのそれは、

何故か片面だけ爛れたような紋様が刻まれている…

 

『過酷な任務です、少しでも身体を休めなさい……明日、捜査資料が処分される前に、憲兵隊の倉庫へ潜り込みます。』

 

 

アイアンクロスは彼女を尾行しようとした、

しかし彼女はもう居ない……

数秒間目を離した隙に、煙めいて消えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー数時間後ー

 

 

 

アイアンクロスは予め予約していた宿に到着し、

上への報告書を作り、妹との通話をした……

シャワーを浴びて寝ようとしたその時、

鞄に一枚の紙が入っていた。

 

 

 

 

明日の朝五時、第四埠頭まで来い。

 

 

 

彼はその手紙を焼き捨て、

その日は二度と外出する事は無かった。

 

 

 

 

 

 

ー同時刻ー

 

 

 

 

『これが、あの”湖の悪魔”……』

 

防弾ガラスの中には、ミイラ化した生物の一部。

ミストハンドは未だ蠢くそれを見て、

得体の知れぬ恐怖を本能的に感じた。

 

『とある護民官が悪魔崇拝者から押収したもので、裏のオークションに金貨七千枚で出品されました。』

 

 

『個体Bというのはそれか、見せてくれ。』

 

『はっ!』

 

研究員がケースにかかった黒い布を外し、

中身を見せる…原型を辛うじて保っている遺体だ。

 

 

『かなり……損傷が激しいな。』

 

『購入者です。種族は人間、年齢は推定42歳………直接の死因は激痛のショックですが……脳の状態を確認した結果、死んだ時には既に正気ではなかった、もしくはその可能性が非常に高いかと。』

 

『腕も伝承通りか、確かに信憑性は高い。』

 

遺体の右腕は関節から先が槍のような形状で、

筋肉と皮膚を突き破って螺旋を描いている。

苦悶の表情を浮かべる目は真っ赤に充血し、

髪は根本から真っ白に染まり、

脚は屈強な野獣のように湾曲、爪は伸び放題で

爛れて垂れ下がった皮膚は硬質化、

ローブのように全身を覆う。

 

『霊祓いは私も何度かやった、しかしここまで肉体が変質しているとは……信じられん。』

 

『近隣の住民が発見したらしく、暫くは拘束された状態だったようで。霊媒師を呼んで除霊を試みたのですが、魂が完全に穢されていた為に失敗…………その後はギルドから派遣された冒険者数名で殺害しました。』

 

『法を破ったとはいえ、これはあまりに惨いな……クローニングに必要なサンプルと情報を収集した後しっかりと供養するように。』

 

『……はっ!』

 

『貴方は文句も言わず、いつも私の言う通りにしてくれるな……私の自己満足に付き合ってくれて感謝する、タングステン殿。』

 

『教団の為、世の為人の為とはいえ当人の許可なく冷凍や焼却というのは、私も我慢がなりません。』

 

『貴方は昔から変わらないな……皆、莫大な利益を前にして変わってしまった。』

 

『迷信だと言って、道理まで切り捨ててしまうのは寂しい事だ……たとえ信じる神は変えても、自身が思い描く理想までは変えたくないのですよ。』

 

『この世界の病を治療する……だったか。』

 

『例えば……人間と魔族の差はどこにある?両者も等しく目があり、耳があり、鼻があり、口がある。飛べる飛べないの差があるぞと言う人がいるが……人だって箒や飛行船があれば素早く空を飛べる。』

 

 

タングステンは憤慨した様子で熱弁を続ける。

彼は人間とオークの血を両方引いており、

その出自から他種族の特徴、文化に詳しい…

オークは野蛮な種族、というような、

異種族に対する長年の誤解や偏見を

何とか解きたいと考えているのだ。

 

 

『逆に人と比べて夢魔は海産物や野菜の消化効率がかなり低いし、定期的なエクトプラズムや生体エネルギーの摂取………所謂”夢喰い”をしないと著しくパフォーマンスが低下する。魔族が一般的な人間と比較して、三大欲求の制御を苦手としているという意見もある。』

 

『そうだな…人間同士でも肌の色や地位での差別は見るに堪えない。奇形児の出生率を下げる研究に、先天的なロジックの違いを克服する最適解…………そんなものは差別が無ければ必要ない。』

 

 

『正教や竜教、我々以外を必要とする者も多い……今の教団を見ていると、それらに取って変わろうとしているように思えてならないのです。』

 

『……兄弟姉妹がこれ以上過ちを起こさぬ為にも、我々が彼らを止めねばな。』

 

『リーシャ様の義弟も上層部のクローニング実用化の為に………あのような事が二度と起これば、最高議会との繋がりも絶たれましょう。表向きは健全な組織に生まれ変わった、としていますが……』

 

『あぁ。武力も必要だが……こんなものを持って、良い事があるとは思えん。引き続き私も他の幹部に掛け合ってみるが、我々の派閥にはより実績が必要だ……最悪の場合、血が流れるかも知れん。』

 

 

『神よ……リーシャ様に、焔の加護を。』

 

 

 

 

 

 

過去編第五幕 完

 

 

 

 

 

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