ピンチベック   作:あほずらもぐら

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過去編第六幕 : 巨星砕き 中編

 

 

 

 

 

「言われた通り、来ましたが。」

 

約束の30分前だというのに、

彼女はローブを羽織り、ずっとそこに立っていた。

深い霧に包まれた埠頭で両者が睨み合う……

 

『予定よりも随分と早いのですね、感心です。』

 

「……一体、何の用で?」

 

『貴方は賢い……分かるでしょう?』

 

 

自分の弟にでも言い聞かせるような口ぶりだった。

目を細め、こちらに歩み寄り……そして消えた。

 

「えっ」

 

『貴方の弟、家出をしましたよ。』

 

アイアンクロスの足が崩れる…

焼けるような痛みと同時に、腹部から煙が上がる。

殴られた事にすら気がつかない程に素早く、

鍛え上げられた冒険者の肉体を穿つ程に力強い。

 

 

『己を顧みずに尽くしているつもりでしょうが、その結果がこのザマ………自分など居なくても大して変わらないと、そう思いましたか?』

 

 

皆さんもご存知だろうが、このアイアンクロスは

相当に強い……油断していた上に視界も悪いが、

それでも並の冒険者に遅れを取るような

特殊能力や魔法にかまけている弱兵ではない。

 

 

『内臓を破壊する前に逃げましたか、素晴らしい…良い判断力と反射神経です。』

 

彼女の集中掌打をまともに食らった敵は

血が沸騰、煮立った内臓が爆散して即死する。

まるで漫画のような技……現実性に欠けるように

思えたが、上層部からの警告が本物であると、

この瞬間彼は確信した。

 

『戦士としては強力ですが、兄としては落第点……尤も、人の事は言えませんが。』

 

「身内の為に大義を捨てろというのか……噂通り、信仰心の足りん裏切り者らしい考えだな。お前とのやり取りは、上にしっかりと傍受されている………映像付きでな!」

 

『……誰が聞いたというのです?』

 

「聴罪官様だ、今すぐ地に伏せて懺悔をしろ!」

 

 

『成程、確かにそうした方が良さそうですね………彼が息をしていれば、の話ですが。

 

彼は通信を繋ぐ……聴罪官に報告する為だ。

彼は安全な場所に潜伏し、自分では決して

前には出ない…安全な筈。

 

(ハッタリで時間稼ぎをしても無駄だ……)

 

 

そんな願望は、聞き覚えのない不気味な声に

よって、虚しく崩れ去る……暗殺者だ。

 

 

『…この豚に思い入れがあったかな?だとしたら、私は君に済まない事をしてしまった………』

 

「冗談はよせ、おい!聴罪官様は何処にいる!?早く繋いでくれ、ギフトブレイズ達が裏切って」

 

『可愛らしい声だね………もし私に時間があれば、君の所に行って痛めつけ、私の奴隷にしたいが……生憎私は僧侶を見つける事で手一杯だ……』

 

 

激しい高揚を感じさせる、不気味な声……

明らかに快楽殺人を犯した直後の”無法者”だ。

彼女がこの声の主を雇って彼を殺したのは明白、

そして彼が後ろ盾を失い、家族を人質に取られた

のも明白だった……

 

彼の鼓動が二倍近い速さに加速するのに、

そう時間は掛からなかった。

恐怖と無力感に、ひたすら震える……

次は自分の番か、それとも家族の番か。

 

 

 

『あぁ……獲物の心臓が恐怖で激しく脈打つ音、いつ聴いても素晴らしいな……この鼓動により我々の愛してやまない赫い液体が君の全身に送られるのだ……君の血と臓腑はきっと美味だろう……』

 

「………吸血鬼だと!?」

 

『高位の聖職者を攫っても良いと言われたのだが………純潔ですらない上に不健康……死体以下の酷い味でねぇ……軽く牙を立てただけで、パニックまで起こす始末だ。尤も、最期は私の暗示(チャーム)で苦しまずに逝けたと思うが……手の掛かる贄だったよ。』

 

 

あの金貸しのターバン男が言っていた。

奇跡使いの冒険者や、高位の聖職者を捕らえ、

無差別に殺して回っている吸血鬼がいると……

あまりの残虐性と強欲さ、そして強さ故に、

ギルドから付けられた渾名は無法者(デスペラード)

人々の恐怖が染みついたその名を気に入ったのか、

遂には自分から名乗り出したという狂人だ……

 

 

 

勝てる訳がない……

自分など、芋虫か蟻のように殺される。

180度覆された状況、敵討ちも自爆も困難、

今すぐ泣き叫んで命乞いをしたい…

 

だが家族はどうなる?もし実験体にされれば

死体は絶対に見つからず、生命保険は降りない…

家族の死だけは避けなければ。

 

「何が望みだ……俺を殺しても、いずれ同じような輩が現れるぞ。」

 

『殺す?殺すだと………君のような小さな子供を、我々が殺すだって?君に何が出来る!?』

 

 

 

 

少年はハルバードを杖に、震える足で立ち上がる…

利益も、信仰も、自分も、どうでも良かった。

 

 

彼が10歳の頃、事実上の戦争が始まった……

武力衝突という名の牽制、傭兵団同士の抗争、

愛国心を学校教育で刷り込まれる日々。

 

王国内で異種族の起こした一般的な犯罪は

さも歴史的凶悪事件のように新聞に掲載され、

従軍経験のある評論家が和解派の貴族を批判する。

 

正規軍が除隊した元軍人の厚遇や

新兵の給与増額を発表する広告が増え、

取り壊し予定の工廠は大幅に改修された。

 

優秀な軍関係者だった父親は精神を病み、

床に伏せり……アイアンクロスは進学を諦めて

聖騎士団に入った。

 

回復奇跡の使い手は優先して後方へ配置される上、

事実上の開戦を止められずに評判が落ちた騎士団は

奇跡使いか冒険者なら誰でも雇っていたからだ。

彼が聖オイフェに憧れていたというのもあった……

彼女が創設した騎士団なら理想に近づけるかも

知れない。

 

 

……結局、入ってから2年、見習いと同じ雑用と

酷い汚れ仕事しか任されなかったが。少なくとも

自分の同期は皆そうだった……

 

 

用心棒代を払わない教会の神父を殴って来い。

半グレから女を攫って来い。

騎士とは思えないならず者の寄せ集め……

仲間達と共謀して身を隠し、何とか教団と連絡を

取って監禁されていた寮から逃げ出した。

仲間の内一人は賞金を狙って冒険者に殺され、

もう一人は騎士団を弱体化させる為に動いている。

 

妹は酷い重病だが決して腐らずに闘っているし、

母は正気に戻ると信じて父を必死に看病している。

弟も周囲に適応する為、教団の矯正プログラムを

夜中まで読み込んでいる……

 

 

インドルジェンスは確かに強いが無茶だろう。

父親も正直言って望みは薄い……

弟は生来の残虐性が更生の邪魔をしている。

妹もまず助からない。

 

「ならば、俺も最期まで戦おう……」

 

 

この不条理な世界が憎い。

 

最後まで復讐してやる。

 

 

 

 

 

ハルバードが風を纏い、奇跡が乱暴に傷を塞ぐ。

 

「俺の名はアイアンクロス、白く輝く鋼の南風……そして教団の幹部になる男…ここでは死なん!」

 

彼は質素な白装束のフードを深く下げ、

ミスリル製のマスクで顔の下半分を覆う。

 

『エス……』

 

ギフトブレイズは慈しむように呟いた……それから

首筋の機構を押し、折り畳み式の面頬を展開する。

通気孔から火の粉と黒煙が漏れ、霧が蒸発した。

 

『貴方の母を殺した者が、また一人死にます……』

 

彼女の目元から、小さな水蒸気が上がった。

 

 

 

「……弟を返して貰おうか。」

 

『此方の台詞だ。死んだらあの女に言っておけ……お前は虫けらと侮り、蠍の針を踏んだと。』

 

次の瞬間、蛇の刻印が刻まれた籠手が赤熱し、

彼の頬に真っ黒な筋が刻まれる!

炭化した肉片と流れた血が地面に落ち、

彼の背後の壁には槍で突かれたような亀裂が走る。

 

 

単なる貫手ですらこの威力……

下手な幹部級冒険者より間違いなく強い。

 

(速い……仕留めるなら一撃でだ……!)

 

アイアンクロスはハルバードを両手で構え、

風魔法を詠唱しながら一気に振り抜いた!

 

大回転(ハリケーン)!」

 

刃の嵐が周囲を一瞬にして荒野に変える!

ズタズタに引き裂かれた街路樹が音を立てて倒れ、

支柱の傷ついた街灯が自重に耐えかねて

ぐにゃりと曲がった。

 

「何処だ……何処に隠れた!」

 

血の匂いがしない。

だが隠れる場所は全て潰した……

 

 

 

いや、一つだけ残っている。

 

 

 

静かに海が沸騰していた……

力を失った脚に、金属の縄が絡みつく。

今の攻撃が未熟な彼にとっての全力だった。

 

全身が焼けるような痛みと共に、彼の意識は消えた。

 

 

 

 

 

 

過去編第六幕 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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