「こんな事、幹部達が黙っていると思うのか!」
縄で縛られたアイアンクロスが呻く。
『だから、彼は黙りましたよ、永遠に。』
『えぇ、後はメテオリットを殺すだけです。』
クラリドン、ギフトブレイズ、サードアイ……
奥歯にある自決用スイッチを噛めば、
爆発で一人くらいは確実に仕留められる筈だ。
「畜生!ジャックは今何処にいる!?」
『安全な場所ですよ、今通信を繋げます。』
モニターにノイズが走り、金髪の女性が映る。
教団の幹部級冒険者、ミストハンドだ……
『……はじめまして、翠蛇から話は聞いている。』
「誰かと思えば、裏切り者か。」
『君から見ればそうなるかな。尤も、君達の派閥もクリーンとは言えないが。』
「早く本題に入れ。」
『君達が取引している独立組織があったな?君にはあれを潰して欲しい……”何故か”身体強化薬に中毒性のある物質が大量に”混入”していてね、しかも裏に流れているようだ。』
「馬鹿な……余った分は焼却している筈。」
『横流ししているのだよ、ある補佐官がね。加えて用心棒代わりに冒険者を複数人囲っている。』
モニターに白黒の映像が表示される。
確かに聴罪官の補佐が盗んだ薬を馬車に積み、
逃げるように出発する所が映されていた……
「官憲に情報をリークしてはいけないのか?」
『そこが厄介な所だ、奴は王国領の役人………握り潰される可能性が高い。』
「何故俺が?強い冒険者なら他にもいる。」
『君は特に正義感が強い……上の不正を知り腐敗に立ち向かう戦士、そういう筋書きにしても違和感がないと考えた。頭が死んだ事が明るみに出るまで、つまり派閥自体が消滅するまで早くて3日。』
「……その前に乗っ取ると?」
『君の弟には絶対に危害を加えないと約束する……妹にも医師をつけておく。どうだろうか?』
「逃げ道を潰した上で交渉とは人が悪いな……」
『よく言われるよ、良い返事を貰えて嬉しい。』
愚かだが、俺は何処かでこうなる事を望んでいた。
現状を変えてくれる誰かが来る事を待っていた。
今思えば、俺達は何処か似ているのかも知れん。
あの男にはそんな余裕も無かっただろうに、
我々には大義や正義などあるのだろうか?
あの二人を失った今なら分かる……
俺は、溢れんばかりの殺意に呑まれているのだ。
ー数時間後ー
『奴は死んだ!ミストハンドは必ず追手を差し向けて来るぞ……いつものダミー映像の作成も出来なかった、かなりまずい状況だ。』
痩せた人類種の男性が声を荒げ、
青ざめた顔で呻く……
『私もデスペラードに目をつけられたかも知れん、一体どうすれば……!』
『うるせぇなァ……』
巨漢の獣人族が苛立ちながら答える。
人間の頭蓋を散りばめた腰巻きに、
棘だらけのグローブ、明らかに堅気ではない……
『デスペラード?ミストハンド?数に勝てるか?ここには10人も冒険者がいる、兵隊ならもっとだ。』
『これだけいれば、流石に手は出し辛いか。』
『其方には日頃から贔屓にして貰ってるからなぁ、ガッハハハハハハ!そもそもここは地下、見つかる可能性も低いだろう……』
『フッ、仁義というのも捨てがたいものだな。』
『だろ?顧客一人一人に寄り添ったビジネスってのは失敗しない、これはガチだぜ。』
長い耳にドレッドヘアの男が補佐官の隣に座り
肩を持って酒を勧める……気の良い男のようで、
見張りにも声を掛けて高級な酒を開栓、
緊迫した雰囲気を一気に和やかなものにした…
『男は度胸よ!草食系なんかもう流行らねぇ、時代は俺達みたく金と力のある歳上だね!』
『いい事を言うじゃないか君ィ……一緒に来るか、教団に入れば贅沢出来るぞ?ヒック……』
『マジ?可愛い女の子いる?』
『あぁいるとも!ホラ、うちの勧誘員は美人だろ?No1と会ってみるか?』
『No12くらいが丁度良くない?あんまり可愛いと気が引けてよ……』
『ヒック……分かる、分かるぞぉ!』
『リーダーはどうスか?女の子とか呼びます?』
『呼んだらバレる、”非売品”使え!』
『うス!じゃ、俺が連れて来ます!』
ドレッドヘアが立ち上がり、口笛を吹きながら
奥の扉に入っていく……廊下を歩き、
メモと同じ番号の刻まれたドアをノックする。
『入るよー。』
『ん……出番ですかぁ……』
眠そうな目をしたエルフらしき女性が
少年の描かれた雑誌を広げたまま返事をする。
『今すぐ奴等ブッ殺せそう?俺も手伝うけど。』
『一匹は大した事、ないですねぇ…不意打ちなら何とかなりそうですぅ……』
『一応は睡眠薬盛ったけど、冒険者だからちょっと散漫になるくらいだな……過信しないでね。』
男は白いフードとゴーグル、マスクを装着し、
散弾銃とサーベルを背負うと首を鳴らした。
『はぁい……少年は居ましたか?』
『居ない。病気の妹の為に頑張る勇敢で敬虔な少年が後から来たりとかは絶対にないし、俺は金が回収出来なくなるのが嫌なだけ。別にアイツの為じゃないんだからね!』
『……純愛派なので……無理強いはしません……』
『アンタ……意外とマトモなんだな。』
『…少年のSAN値が削れるのは……嫌です……』
『確か、海の神様の奇跡だったか?すげぇよな……像は見せて貰ったけど、コウモリの羽根に蛸の頭ってのは中々見ない。小さい漁村とかの土着神か?』
『そう……私達は海が好きです……』
その時、ドアの前で声がした。
『おーい!どうした、何かあったのk』
『旧き大海の支配者よ、敬虔なる呼び声に応え目を醒まし……我ら眷属の祈りをお聞き下さい……』
『あggggゃッ迱蘇偈……』
薄いドアの向こうで人影が一気に膨張し、
水揚げされた魚のように跳ね回った。
『ワ!カパパパパパパパパ……』
敵の顔が深海魚めいて垂れ下がり、
水音と奇声を上げながら逃げていく。
『………あんな事出来んの!?』
『故郷だと、イルカさんとかウミガメさんを虐める人に使って反省させてましたぁ……大体は、一時間くらいで戻ります……』
『今の、俺に使ったり出来るか?』
『無理ですねぇ…単に強い人には、効きません……あの人は釣りのマナーが悪かったみたい……』
廊下の突き当たりで悲鳴が上がる。
どうやら深海魚にされた仲間を見られたようだ……
『パニックになってる、今がチャンスだな。』
『はい、二人で少年を助けましょう……!』
ストゥーピストは背中のサーベルを引き抜くと
廊下を引き裂き、切り刻みながら走行!
シュレッダーめいて細切れにされた家具と手足が
突風に煽られて宙を舞う!逃げようにも
狭い廊下では風の刃を食らうしかないのだ!
『ホラ、幹部が出て来ないと皆死んじゃうぞ!』
斬りかかって来た見張りの剣を腕ごと叩き落とし、
腕を無くし思わず後ずさった所を狙い肝臓を突く!
『こっちだ、曲者……』
一人の兵士がそこまで言った瞬間だった。
突如その兵士が爆散し、発生した爆風で
ストゥーピストも大きく吹き飛ばされたのだ!
『日焼けサロンは予約してないぜ?悪いが俺は海で焼く派なんだよ。』
『ケッ、まだレアかよ……』
赤いファイヤーパターンのローブを装備した
若い冒険者が、両手に火球を浮かべながら
こちらに歩み寄る……
『王国領へようこそ、俺はボンファイア……』
『そして俺はスプラッシャー……』
背中に金属製タンクを背負い、
両腕にパイプを繋いだ冒険者が構えを取る。
『『正々堂々、二対一で相手になろう。』』
『ハンデ戦ねぇ…どうやって分からせてやろうか?』
『死ねーッ!』
ボンファイアが巨大な火球を放つ!
『くたばれーッ!』
スプラッシャーが水弾を乱射!
『あっやべ』
ドォォンッ!
激しい水蒸気爆発!
半径数メートルが完全に破壊される!
『熱っ!熱っつ!』
『風で水蒸気を一気に飛ばしたか、やるな。』
『もう遊びはやめだ、殺してやろう。』
スプラッシャーは手刀を構え、
深く踏み込んで一気に振り抜く!特殊機構によって
圧縮された水の刃が発生し、ストゥーピストの
喉元を正確に狙う!
『見えた……!』
水の刃に風を重ね、魔力同士をぶつけて相殺する!
『確かに、遊びは終わりだなァ……』
風の力で返された水の刃がスプラッシャーに飛び、
耐圧アーマーを大きく湾曲させた……内臓が圧迫、
スプラッシャーの覆面から血が溢れる。
『え……な…』
『あぁ、ちょっとズレたか……内臓溢してくたばるかと思ったんだが。悪りぃ、余計に苦しむ羽目になったな。』
スゥ…………ッ
スプラッシャーの頭が静かに滑り落ち、
首なし死体が失禁しながら倒れ込む。
『耐圧装甲が一太刀で……何者だ貴様!?』
『三ヶ月前お前らが金を貸したガキがいるだろ?俺はお前らより早く貸したのによ、お前らの方が返済期限が早いのはおかしくねぇか……』
『そんな事でわざわざ攻め込んで来たのか!?』
『お前らだって面子潰されたら困るだろ?金貸しも同じよ。』
ストゥーピストは首を鳴らし、
黒く筋肉質な腕を見せた。
『蠍の刺青……!』
『流石にバレるか……ま、死ぬ前に良いもん見れて良かったなお前。』
『ふざけるな!』
ボンファイアは両手で小さな火種を包み込むように
育て、赤熱する火球を生成!
(ファイアボール………少し練習すれば詠唱も要らない、初歩的な火炎魔法だが……サイズが段違いだ。腐っても冒険者か。)
音を置き去りにする速度で火球が迫る!
ストゥーピストは曲刀の柄に手を掛け、
ただにやりと笑った。
スッ……
両断された火球が彼の背後で爆ぜ、
次にボンファイアの右肘から上が消えた。
『待っ』
『炎魔法使える奴なんて、掃いて捨てる程居んだよ……』
ストゥーピストは散弾銃を彼の胸に突きつけ、
引き金を引いた。
『ま、応用は悪くなかったがな……また会おうぜ。』
部屋中に飛び散る血溜まりを踏み締めながら、
彼は水煙草のパイプをポケットから取り出す。
『……俺は二人殺ったぜ、まだ見習いだなありゃ。』
『数だけですねぇ……私の勝ちです。』
彼女の腰には首だけになった三人の冒険者が
苦悶の表情を浮かべて吊るされていた。
『丁度半分だ、キリがいいな………これだけ弾けば取り立てどころじゃねぇ、帰るぞ。』
彼はボンファイアとスプラッシャーの服を脱がし、
腰布一枚にした二人を一つのロッカーに放り込んで
ロープで縛り、台車に積んだ。
『素材は悪くないな、後で溶かすか……』
ストゥーピストはスプラッシャーの耐圧装甲を
装着し、歪んだ部分を布で補強する……
『これと……目玉はこれで、歯は丸いやつを……』
彼女の顔が歪み、全く別の顔が幾つも現れては
消え、ボンファイアによく似たパーツを
スロットマシンのように揃えてゆく。
『どうですか?』
次に現れたその顔は、ボンファイアそのもの……
勿論声も、服も体格も全て一緒……
『噂は本当だったって訳だ……それも奇跡か?』
彼……彼女は静かに首を振り、
湿った水音と共に歩き出した。
『侵入者はどうした、大丈夫なのか!?』
茶色いローブを纏った、魚人族の冒険者が二人に
声を掛ける。
『とっくに死んださ、このロッカーに入ってる。』
『……中を確認しても?』
『ここがバレた以上、確実に始末したい。時限式の蘇生奇跡が掛かってたら逃げられちまう……コイツら今から沈めて来るからよ、仲間が来ないか見張っておけ。』
数十分後、地下アジト
アイアンクロスはハルバードを近距離用に調整し、
震える手を抑えて死闘を待つ。
「……ジャック、待っていろよ。」
『…………』
サードアイは喋らない。
隣には、目元まで布で覆ったローブ姿の冒険者。
刀に血糊がつかないように油を塗っている……
その手は全くの無傷であり、盲目とは思えない。
『………家族が好きですか。』
灰色の布で覆われた顔がこちらを向いた。
「俺には、もう家族しかいない。」
サードアイは静かに頷くと座禅を組んだまま
刀を鞘に収め、また黙った。
『………時間です。』
頭巾を被り、腰に下げた刀の感触を確かめる。
「蛮拿砂地」
ビッグバンの得物によく似たそれは、
流れて間もない血のように赤く、そして鋭い……
血の赤は上質な狒々色鉄だけが出せる色味であり、
故にその色は類稀な業物の証となり得る。
それを求めてジパングに向かう冒険者は数多く、
しかし帰るのはその半分だ。
サードアイは柄に手を掛け、
地下アジトのある寂れた缶詰工場に向かって歩き、
『何だ、道を間違えたんじゃないのk』
『チェストォ!』
見張りを一瞬で切り捨てたのだ。
刀には血の一滴、肉の欠片も付いていない、
そして切断面から血が流れる事もない……
傷口は完全に凍り付き、赤い冷気を放っている。
『こげな三下ば、一人で見張りに立たせよるか……こや程度が知れるのう。』
(速い!?抜刀が全く見切れなかった……ビッグバンと同格、或いはそれ以上かも知れん……)
今の男は冒険者でこそないが、厚手の革鎧を
しっかりと着ていた。しかしそれが仇に
なったのだ……なめし革が僅かに含んでいた水分が
一瞬で凍結した結果、古びた紙切れ同然に切断された。
二人は裏口のドアを開け、冷凍庫に入る。
「クラリドンが敵の記憶を読んだ限り、隠し通路のスイッチがこの部屋にあると分かった。」
『…………右から三番目に吊るされた鱗サメの中、腸に配線が隠してあります。』
サードアイの言った通りに吊られたサメの腹を捌き
腸を引き摺り出すと、確かに銅線で繋がれた
ボタンが見つかった。
「何故分かった?」
『……電気の流れる音はすぐ分かる。』
ボタンを押すと石壁が開き、金属のドアが現れる。
二人の冒険者は顔を見合わせると同時に頷き、
扉を勢いよく開けた。
過去編第7幕 完