ピンチベック   作:あほずらもぐら

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こんにちは、投稿者です。
過去編最終決戦の前に、修行パートを挟ませて頂きます。
もうこのシリーズも一年続いた訳ですが、
お気に入り登録してくれた方や評価して下さった方には
本当に頭が上がりません、ありがとうございます。
それでは本編をどうぞ。


第89幕 : 準備運動 パート1

 

 

全身が鬱血し、手足の感覚も殆どない。

視界ははっきりしているが、見えるのは天蓋だけ…

四日もの間、彼は鍛錬を禁止されている。

身体は痛みと血、そして弱者の悲鳴を求めるが、

彼は強力な祝福が施された枷で脚を拘束され、

扉の前では交代で監視がつけられているのだ。

 

 

「俺はいつまでこうして居れば良いのだ……!」

 

カラドリウスは蛹に収まったまま眠っている。

アブホースも聖銀の枷が持つ力で動けず、

無理矢理に出て行く訳にもいかない。

 

 

換気をしていると、外にいる鴉と目が合った。

鴉は吊るされた冒険者の屍肉を漁るのをやめ、

咥えていた血塗れの手紙を彼に渡した。

 

「む……」

 

彼が手紙の封を開くと、

中には一枚の書類と、一瓶の刀油が入っていた。

差出人の名前はない……

 

 

 

 

ローデリウス様へ

 

 

兄から、貴方に会いに行くなと言われました。

でも貴方を迎えるなとは言われていません。

 

ようやく送り込まれて来た刺客は弱く、

全く歯応えがありません。子供だと思って

こっちを完全に侮っていました。

 

貴方のような、もっと強い人間が斬りたいです。

 

 

追伸、

 

もう城の近くまで来ていますので、貴方に

拒否権はないものと思って下さい。

今日の夜に、この窓を破って貴方を襲撃します。

 

 

「筆跡を巧く隠してあるが、あまり意味はないな。だが良いタイミングだ……黒魔術であの鴉を通じ、私の動向を監視していたか?」

 

『何を読んでいる、儂にも見せい。』

 

「スカアハ様……」

 

『敬語はよせ、呼び捨てで構わんぞ?』

 

「……私は貴女達を誤解していた。差別される苦痛を理解していたつもりだった……そんな人間が貴方と対等な関係など。」

 

『吸血鬼が危険なのは間違いではない……人の姿で人を喰らう、儂らは恐れられて当然じゃろう?』

 

「そうだとして、何故我々を助けた?問題を抱え込む事になると分かっていた筈。」

 

『強いて言うなら暇潰しじゃな……あの気に食わんガラクタ共を、この世から”もう一度”消してくれるのじゃろう?』

 

「貴女は敵の首領と互角か、それ以上の実力があると思うが……デスペラードのような手練れの配下も大勢抱えている。」

 

『それでお前達は満足か?奴等とは10年以上も続く因縁があると聞いたぞ?』

 

「たったの10年、貴女の受けた仕打ちに比べれば、ごく短いものだ……」

 

 

ピンチベックは棚から上質な砥石と布を取り出し、

桶に入った川の水でクリスナイフを洗い始めた。

 

『そうかも知れんな。だが赤子が畑の面倒を見れるようになる時間じゃ……決して楽なものではない。それに、儂は血から代わりの肉体を作って暇を潰せたが、お前は心を縛られ続けた……』

 

 

「あれはいつまでも忘れる事など出来はしない……貴女も分かるだろう?自分の皮膚が焼ける匂いと、子供達の断末魔。一秒も脳裏から離れた事はない。」

 

『だから、小僧を助けたと?』

 

「……彼は勘違いして勝手について来た、途中で死なれても目覚めが悪い。それに子供を捨て置けば何をするか分からないだろう。」

 

『やはり子供は嫌いか?』

 

「本当に嫌いだ。自分の事しか考えず、善悪の区別もつかぬままに他人を追い詰める……不潔で、残酷で……そして、直ぐに死ぬ。多少煙を吸った程度でな……たった一人の娘を手に入れる為に放たれた火が、その一人以外の全てを灼き、殺し、奪った。」

 

『そして、お前も同じように殺戮を繰り返した……救えん話よの。』

 

「あぁ、正直楽しかったよ……奴等の命乞いを何度も聞いた。子供達の悲鳴は聞き飽きたが、あれだけは何度聞いても退屈しなかった……」

 

 

『……では戦は、楽しかったか?』

 

ピンチベックは爛れた顔の右半分を触り、

暫く考えた後、首を横に振った。

 

「あの人が前線に送られた時、まだ十歳だった!死んで来いと言っているようなものだ………報せを聞いた時、私は怒りで自分の顎を噛み砕いた!確かに彼女は今まで前例のない、世襲で議長の椅子を手に入れた方……だが彼女の知識と慧眼は間違いなく君主の器だ!」

 

『だが、あの娘より優れた統治者がいない訳ではあるまい?』

 

「……あぁ、一人いた。亡くなった彼女の祖父、先代議長の右腕だった男がな……先代の遺言がなければ、間違いなく後釜に座っていた。彼女にも奴の元につけば安泰だと言われたさ……」

 

『何故背いた?お前程の男なら、其奴も信頼しただろうに。』

 

 

「彼女の部下だった冒険者達は、先代が死んだ時に皆鞍替えしたよ……彼女が使える駒は、もう私しか居なかった。もう仕える意味など無いに等しいと、彼女に何度も言われた。」

 

『………じゃろうな。』

 

 

「もう、彼女は覚えていないかも知れん……ある時、対立派閥が数ヶ月に渡って捜索しても足取りを掴めなかった罪人がいた、それを私が捕らえたのだ……運が良かった。」

 

「次に彼女が私を呼び出した時、机には沢山の料理があった………嬉しかった。次に私を褒めてくれた。自分に代わって大勢を救ったと感謝された。こんな時間がいつまでも続いて欲しいと、心から願った。」

 

 

『……お前の器がそれ程だったのだろう。』

 

 

「人の真似も出来ぬ、弱く、醜く爛れた成り損ないの模造品……だが、その時だけは普通の人間になれた……賢者にも戦士にも出来ない事を、僅か十歳の少女は簡単に成し遂げた。私が仕えるべき君主は、カラドリウスただ一人……その時確信した。」

 

 

スカアハは呆れたように笑い、

カラドリウスの蛹を指差す。

 

 

 

 

 

巨大な塊、その背中が音を立てて破れる。

 

 

彼女の複眼は細く鋭いものへ代わり、

甲殻は青く頑丈なものに変質していた。

特に脚部は二倍近く発達し、ナイフめいて

鋭い爪が並ぶ。

 

『あ……ぁ……』

 

『暫くは上手く喋れんらしい、面倒を見てやれ。』

 

カラドリウスはピンチベックに寄り掛かり、

傷を確認しようとする……

 

『………?』

 

「まずは自分の心配をされた方が良い、殻は完成しているが……その緑色の粘液を洗い流すべきです。」

 

彼女は静かに頷き、立ち上がって数歩歩くと、

粘液で滑って体勢を崩し、転倒した。

 

『う………』

 

「あまり無理をしない方が良いのでは……」

 

カラドリウスは尖った指先を使い、

粘液をインク代わりにして蛹に文字を書く……

 

 

貴方が 言えた 事ですか?

 

「貴方の為に刃を振るい、矢を受ける……私はそんな下らない事しか出来ない。平穏な暮らしを懐かしく感じる事はあるが、どの道戻れはしない……私には暴力しかないのですよ。」

 

 

貴方は私に戦い方を教えてくれた 飼い殺しにされる運命だった小虫を 籠から出してくれた

 

 

 

 

 

 

「………私は何もしていない……あの時、何も出来なかった……」

 

 

オイフェが彼女を水場へ連れて行く。

二回り大きくなった背中を眺め、彼は叫んだ。

 

 

 

「私が操り人形にさえなっていなければ、今頃奴等を地獄に叩き落とせた!俺にもっと力があれば、彼女を危険に晒す事もなかった!この身体では何も出来ない……こんな屈辱には耐えられない!」

 

 

『……お前は充分に強い、一人で挑むには敵が強いだけじゃ。』

 

 

スカアハは彼の骨が浮き出た背中を撫でる。

望まぬ誕生、望まぬ力、望まぬ代償……

溺れ死ぬ事も出来ない深海でもがき続ける事の、

なんと暗く苦しい事か。

 

 

「………足りない。」

 

『いや、足りておるぞ……お前はよくやった。』

 

 

「……自分に才がないのは分かっている、小さな頃から魔法は全く使えなかった。奇跡も血肉を触媒にしてやっと見習い僧侶に並ぶ程度だ……」

 

『あの体術と呼吸法は見事じゃったがの……』

 

「デスペラードが最初から本気を出していれば、もっと苦戦を強いられたか、最悪喰い殺されていた筈。」

 

『否定はせん、だが子供が大人に勝てると思うか?浴槽に張り詰めた水を、小さな芽が受け止められるとでも?』

 

「時間がない……リディアがあと何年も無為に過ごすのを、黙って見ていろと言うのか……!」

 

 

 

 

 

スカアハは短い腕を組み、暫く考え込んだ後、

壁に掛かっている練習用の刺剣を見て呟いた……

 

 

『……一つ、昔話をするかの。』

 

「戦の話か?」

 

 

 

 

『そう慌てるな、お前にも関係のある話じゃ……ある所に、それは仲の良い夫婦がいた。美しく勇敢な貴族と、若く貧しいが才能のある将でな……二人はある時、子供を授かった……母より美しく、そして父より強い子じゃ。』

 

 

『赤子が元気な産声を上げると、大きな雷が二人の目の前に落ちた……偶然ではない、その子は生まれてから数秒で魔法を使ったのじゃ!二人は人並外れた我が子の才能に喜ぶと同時に、恐怖さえした……この小さな雷神は、道を誤れば恐るべき支配者になると……』

 

 

「興味深い。」

 

 

『次の異変は数ヶ月後、赤ん坊が電磁力で天井をハイハイしている時に起こった……近くにいた召使いが、急に頭を抱えて震え出してしまった。赤ん坊の父親がどうしたのかと訊くと、彼は自分が信じられない程に残酷な事を考えてしまった、それが恐ろしくて仕方がないと話した……』

 

『後から分かったが、赤ん坊は周囲に無差別で滅茶苦茶な暗示を、テレパシーで飛ばしていた……恐らく召使いは、自分の持つ残虐性や欲望を最悪の形で増幅されてしまったのじゃろうな。何度も自分が赤ん坊の肉を貪り喰う幻覚が見えたらしく、暫くは野菜しか食べられなかったという……』

 

 

「……”あれ”は確かに堪えるだろうな。」

 

 

『その後、赤子は魔封じの首輪でこの超能力を抑制され、何とか普通の生活を送れていた。いや、普通ではないか………成長した少年はあらゆる分野で才能を示し、周囲の凡人を見下し始めた……良くない兆候じゃな?』

 

 

『両親は少年を公正で偉大な人物にする為、世界中の英才教育を施した……結果、少年は10歳で竜を殺すと、その後も飛び級を繰り返して12歳で魔術学院を卒業した……無論、首席でな。』

 

 

「………デミゴルゴアの魔術学院は、血統も才能も兼ね備えた、本物のエリート揃いと聞く。魔法だけで言えば本職の冒険者にも引けを取らないと……」

 

『あぁ、若くして偉業を成し遂げた奴の名声は瞬く間に広がった……そしてそういう奴の所へ政財界の人間が擦り寄って来るのに、そう時間は掛からない。お前も分かるじゃろ?』

 

 

 

ピンチベックは静かに頷くと、

機械化兵士の腕から残った有機体を剥がし、

露出した自らの骨に血の滴る筋肉を繋ぎ合わせ、

破れた皮膚をワイヤーで縫い付け始めた……

 

「終戦後、カラドリウス様の自称親族が大勢来たな……先代が身内以外に継承権を認めなかったのは正解だった。先代が病死したのは、カラドリウス様が産まれてからすぐ……遺書さえなければ、後釜には他の者が座っていただろう。」

 

『……確か、あの娘の両親は。』

 

 

「父親はローチ種で、母親は……カマキリ種だ。召使いが悲鳴を聞いた時には手遅れだったらしい………彼女の父親は、鎌で千切られた両脚しか残っていなかった。」

 

 

『自然の摂理で済ませるにしても、救いのない話よ。』

 

 

「現場には血で”彼女を責めるな、母親をさせてやれ”と書かれていた……彼は最期まで愛していたのだろう。私に両親がいないと聞いたあの人が話してくれた……」

 

『信頼されているようじゃな。』

 

「………少し話し過ぎた、続けてくれ。」

 

 

彼は希釈した回復ポーションを水盆に張り、

そこへ縫い目だらけの細い腕を浸した。

指の感覚が、痛みが徐々に戻っていくのを感じる。

腕を水盆から出すと、活性化した傷口から血が滴り、

呪詛を纏う骨が飛び出した……

 

 

『随分と荒療治よの……まだ痛むじゃろうに。』

 

「良い気付けだ、痛みには慣れた……それに、こんなもので悲鳴を上げる程度では奴等に勝てん。」

 

 

骨は彼の右手を覆うように侵食し、

やがて鉤爪のついた手甲のような形状に変わる。

筋繊維がへばり付いたそれは顎のように開閉して

枷に喰らいつき、大きなヒビを入れた……

 

 

『同い年の娘に利用されようとした時、奴の堪忍袋は爆発した。家を飛び出して、数百キロメートル先まで飛んで行ってしもうた……全く、無謀なガキじゃ。だが一ヶ月後に帰って来た小僧の目は、一人前の男に変わっておったらしい。』

 

 

「かなり厳しい生活だったからな。小さな子供がよく耐えられたものだ……凶暴な魔物、飢え、渇き、貴族であれば一生縁のないものだ。」

 

『本人は帰って来た後の説教の方が堪えたと言っておるがの。寧ろお前との旅は退屈しなかったらしい……貴族ではなく、一人の男として向き合ってくれたのはお前が初めてだと喜んでおったぞ?』

 

 

 

「…あの男は生まれついての獅子、大切なものを守る事が出来る……私とは違う。生き延びる資格と、弱者を守る義務があると思った。」

 

『お前、顔さえ……いや、周りさえまともなら神父か将軍になれたじゃろうな……』

 

 

スカアハは彼の腕から流れた黒い血を

小さな水晶のグラスに注ぎ、一度に飲み干した。

 

「将軍か……昔は医者になりたかった。あの人にもいくらか教えて貰ったが、試験を受ける前に戦争が始まってな。軍では捕虜の尋問と処刑を任されたので無駄にはならなかったが……」

 

 

『自分の顔を治して、自分を馬鹿にした奴等を見返したかったか?』

 

「……奴等が掌を返した所で、惨めになるのは私だ。それに、奴等を私よりもずっと醜くしてやった方が愉快だろう?」

 

『既に内面では勝っておる。』

 

 

「世辞は良い、私は殺人鬼だ。今までに大勢殺した…エルフも人間も、女も子供も大勢……」

 

彼の足元には黒く歪んだ影が蠢いていた。

身体には無数の手が纏わり付き、

むせ返るような血の匂いは決して消えない。

 

 

『一つだけ言っておく……儂はお前のような人間、嫌いではないぞ。』

 

スカアハは手から黒い槍を生み出し、 

聖銀で作られた彼の枷を完全に破壊した。

 

 

「……恩に着る。」

 

 

次の瞬間、天井近くの壁が両断され、

巨大なフランベルジュがピンチベックの脳天を

目掛けて振り下ろされた。

 

 

 

「リハビリ開始だ……全力で来い!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第89幕 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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