『オラァッ!』
闇を纏ったフランベルジュが枯れ木を引き裂き、
ピンチベックに迫る!
「コシューッ!」
ピンチベックはしゃがんで横薙ぎを躱し、
続けて刺突を蹴りで跳ね返す!
「これはお気に召しますか……」
バキャァン!
更に空中で二挺のリボルバーを取り出して射撃!
赤熱する鉄鋼弾が心臓、脚、股間を狙って飛ぶ!
『最高ですわね!』
シンビジウムは枯れ木を蹴った勢いで飛行、
銃弾を全て回避し、ピンチベックの脳天目掛けて
剣を振り下ろす!
「受けずに回避したか、その判断は正しい。」
ピンチベックはリボルバーの銃身で斬撃を防ぎ、
シンビジウムの剣を狙って銃を乱射する!
『おわっ!?』
「これが殺人剣だ。」
不意打ちで体勢を崩した隙にクリスナイフを構え、
音も無く一瞬で間合いを詰める!
鈍い音と同時に鮮血が地面に数滴垂れた……浅い。
『これですのよ……刃を潰した飾りだらけの剣では味わえない恐怖、そしてこの痛み!最高ですわ!』
シンビジウムの黒い炎が彼の身体を焼く!
ピンチベックは咄嗟に地面を転がって消火するが、
強烈なフランベルジュの一撃を肩に喰らう!
「最近の貴族はミスリルのコルセットを着けるのが流行りなのか…?」
『あら、
「………そうだな。」
傷口から溶けた肉が落ちるのを眺めた後、
彼は機械的な返事をした。
『もっと愛想よくした方がカッコ良いですわよ?』
「悪いが魔法も奇跡も使えん身だ、貴女相手に虚勢を張る程の余裕はない……」
実際、シンビジウムは倒して来た冒険者の中では
最強ではないにしろ、間違いなく上位に入る。
先程の攻撃も防具は貫いたが筋肉に阻まれたのだ。
(無様な……我を出せば、このような羽虫に遅れを取るなど)
「……黙って見ていろ、俺がやる。」
ピンチベックは頭を地面に擦り付けるほどに
身を屈め、素早くシンビジウムに接近!
「シュウゥゥゥゥゥゥッ!」
二本目の短刀を取り出し、回転しながら
嵐のように激しく斬りつける!
『キャーッ!すげぇ速さですわ!魔法使えないんじゃなくて要らないだけじゃなくって!?』
シンビジウムも剣を棒切れのように軽々と扱い、
豪雨めいて絶え間ない斬撃を放つ!
無論、このような特攻同然の戦法を取れば
彼とて無事ではないが、致命傷だけを全て避け、
血を浴びながら更に距離を詰めてゆく!
(こちらが相手より間合いで劣るなら、敵の攻撃から逃れる道は正面だけです!)
仮面から火花が散り、傷が全身に刻まれるが
ピンチベックはそれでも前進する!
炎と拳を浴びながら決死の覚悟で勝ち取った一本。
記憶が鮮明に蘇る……荒れ狂う大蛇を制し、
絶対的な強者に認められた一撃を。
間合いを詰められたシンビジウムが無理な姿勢で
放った一閃を展開した鉤爪で逸らし、
全力の蹴りを叩き込む!
「
シンビジウムは叫び声すら出せずに吹き飛び、
背後の枯れ木を薙ぎ倒して城の壁にめり込んだ!
『ぐっ………』
「立て。」
ピンチベックの傷口からは絶えず煙が上がり、
溶けた肉と汚れた血が辺りに飛び散っていた。
『まだまだって感じですわね……』
波打つ刀身を何度も受ければ滅茶苦茶に肉が
引き裂かれ、冒険者の自然治癒能力でも
治りが遅い……何より相当な痛みが伴う。
「良い腕だ、躊躇がない。」
『剣には自身があったのだけど、本物の戦場で通用するのはまだ先のようです……』
「いや、剣はあれで良い……だが一本の剣でやれる事には限界がある。徒手での戦闘に慣れるか、より携行性の高い武器を追加で持つ事だな。」
次の瞬間、シンビジウムの尾が鞭のようにしなり
ピンチベックの足元を砕く!
『もう持っておりますわ!』
「魔族の尾…炭素鋼の強度、キチンの軽さと柔軟性を持つ。人間の柔らかい皮を防具ごと引き裂くには充分だな。」
『脊髄とは繋がっていないので、厳密には捕獲器官でしてよ?尤も、私の尾は殺傷能力に特化しておりますが。』
彼女の尾の先端には棘付き鉄球のように巨大な針が
剣山めいて生え揃い、極彩色の液体を滴らせる……
素の破壊力は勿論だが、液体も安全とは思えない。
「尾は特に個人差が大きいと聞く。生体毒を霧状に散布する、獲物を生きたまま丸呑みにして強酸で溶かす、高濃度の麻薬成分を直接敵に打ち込む………能力は様々だが、いずれも死に直結する。」
『博識な殿方、嫌いじゃなくってよ!では見識を深める為に私の毒を喰らってくださいまし!』
ブォン!
強烈な尾の一撃が枯れ木を根こそぎにする!
ピンチベックは上体を異常な角度に逸らして回避!
仮に命中すれば身体が型を押し当てたクッキー生地の
ようにくり抜かれて即死する威力だ!
「……遠慮しておこう。」
『遠慮なさらないで、きっと気に入りますわ!』
シンビジウムは更に翼で突風を起こす!
毒液が付着した木片がピンチベックに向かって、
さながら豪雨のように降り注ぐ!
「やはり血筋か、巧いな。」
ピンチベックは射撃で木片を弾きながら呻く。
身体能力は兄であるペラドンナと同等かそれ以上、
技量面に難はあるが、それも残虐性と高い判断力で
ある程度カバー出来ている。
『お兄様とどちらが強いですか!?』
「戦いは兄君が上、殺しは貴女が上だ。駒としては同等と言うべきだな……あの結界の中で操り人形になっていた私を、彼は本気で斬れなかった。少年兵に奇襲を受けた時も対応が遅れていたと聞く………純粋な戦闘能力が、必ずしも強さに直結する訳ではない。」
回し蹴りが最後の木片を叩き落とし、
攻撃の予備動作を終えた両者が同時に跳ぶ!
『もう一人にも出てきて貰いますわよぉ!』
「コシューッ!」
クリスナイフとフランベルジュが火花を散らし、
リボルバーが吐き出した銃弾を尾が弾く!
シンビジウムは巨大な翼を広げ、
ピンチベックが木を蹴ってそれを追う!
『
高く跳躍したシンビジウムの尾が毒の瘴気を纏い、
残像が生じる程の速度でピンチベックに向かって
何度も振り下ろされる!
「ぬぅ……」
下手に走り回っては毒が周囲に拡散し、
完全に逃げ場が無くなるだろう。
幸いにもシンビジウムの攻撃は威力こそ高いが
精密性を犠牲にした広範囲攻撃だ……
彼の数ミリ先の空気を尾が掠め、仮面が火花を散らす。
極彩色の霧によって視界は狭まり、傷は腐ってゆく。
「筋肉馬鹿に見えてしっかり策を練って来たか……私の評価も低くはないようだな。」
ピンチベックは傷に短刀を刺し、腐った自分の肉を
抉り出すと、シンビジウムに向かって投げた。
勿論、彼女は反射的に叩き落とそうとするが……
ベチャッ!
不規則に脈打つそれは尾の先端にへばり付き、
ドロドロに溶けて毒の噴出孔を塞いだ。
『あっ』
ピンチベックは勢いが弱まった尾を両手で掴み、
砲丸投げめいて激しく振り回す!
『あっ、貴方っ、私が思った以上にえらい無茶しますのね!?』
「喋るな……歯を食い縛れ!」
上空ヘ跳び上がり、高高度から地面に叩きつける!
更に反動で激しくバウンドした身体を回し蹴りで
吹き飛ばし、背後にあった岩石が砕けた!
「………やったか。」
ピンチベックは残心をやめ、
シンビジウムを担いでベッドに置いた。
『優しいのね……』
「……礼儀だ、気にする事はない。」
『楽しかったですわ……ありがとう。』
「こちらも参考になった。」
シンビジウムはピンチベックの手を握り、
肩を抱き寄せた。
『次は亡命じゃなく、遊びに来て下さいまし!』
「………生きていたら、な。」
『逆にどうやったら死にますの……?』
「私は不死ではない、今生きているのは偶然だ……それが良い事かは別にして。」
『そう?私は退屈しなかったですわよ!』
「最近は皆そう言う。この戦いが終われば、きっと目が醒めるだろうよ……その時は妹の友達になって欲しい、君と同い年の筈だからな。」
『いやですわ、既に友達になるつもりですのよ?』
「………ありがとう。」
『今の貴方、とても嬉しそうですわ。』
ピンチベックは手袋についた血を拭い、
開いた傷口を絞殺用のワイヤーで素早く閉じた……
「昔を思い出してな……兄君の事はどう思っている?」
『以前はつまらない人だと思っていました。主体性に欠けている、綺麗な操り人形のようだと……』
「今は?」
『いつも目がキラキラしてますわね、この前は自分で騎士団を作ると言っていましたのよ?』
「随分と大きく出たが……彼の器なら無理ではないだろう。」
『貴方みたいに、自分の理想や正義を曲げない人になりたいって……生まれで価値が決まるのは間違いだって、だから実力主義の新しい騎士団を作ると、そう言っていましたわ。』
「………私のような者の受け皿という訳か。」
『言ってしまえばそうですわね。最近はマナ適性者が増えて騎士団の質もかなり落ちていますから……平民出身者や外部の協力者を招いて、血筋に左右されない組織を作りたいって思惑もあるでしょう。』
「この国には冒険者ギルドが無いのだったな。」
『結界のお陰で魔物の襲撃はありません。ですから内部の治安を維持するだけ……自治領に加勢したのも少数の暗殺者と特殊部隊だけだったでしょう?』
「今の騎士団では、強大な魔物や未確認の冒険者に対処出来る力が不足していると?」
『その通りですわ……認めたくないけど、強いのはお偉いさんだけで他は箔付けの為だけに騎士やってるような腑抜けばっかり!多分10人掛かりでも貴方に傷の一つもつけられないでしょうね。』
「しかし、冒険者もいるのだろう?」
『居ますわよ、出涸らしみたいな三下のクズが。この前の決闘でも、グーパン一発だけで涙目になって降参しましたのよ!?ムカついたから夢全部食って干物にしてやったんですの。』
「末端とはいえ、確かに質は良くないようだな……貴女も騎士ではないのか?」
『私はお兄様が作る最強の騎士団に入りたいので、今は修業中ですわ!貴方も一緒に入りませんこと?武勲を挙げれば貴方の主人にも箔が付きましてよ!』
「暇を貰ったら必ず手伝うと約束しよう。生き残ったとして、あの方は無理矢理にでも私を休ませようとする筈だからな……」
『あ!そろそろあの子の番ですわね……』
彼女はドレスの胸辺りから地図を取り出し、
鴉の羽根にインクを付け、×印を書いた。
「………強いのか?」
『これは貴方の修練でもあるのです、強くて当然でしょう?私が貴方に勝つまで、絶対生き残って頂きますわよ!』
「愚問だったな、精々楽しみにしておこう。」
『負けたら承知しませんわよ!』
シンビジウムはピンチベックに向かって、
拳を差し出す……
「分かっている。」
ピンチベックも彼女の拳に拳を突き合わせ、
その後に二人は強く握手を交わした。
第91幕 完