『楽しかった〜ッ!』
『おう!やっぱりあのステージの緊張感、歓声!あれを味わいたくてここまで来たんだから、当たり前だぜ!』
『わ、私は胃が痛いし、ダンスの振り付けも間違えてしまいました…』
三人のアイドル達が、舞台を終えて、休憩に差し掛かろうとしていたその時、
『分かっています!確かにこの件に、私たちは無関係ですよ!でも同業者として、事実を知った以上、やめてほしいだけなんですよ!お願いします!お金なら用意しますから!』
『金なら幾らでもある!これは彼女達の為なんだ!もう決まった事
だ!』
『うわぁあぁぁあぁーッ!』
『ヘヘッ、勝てると思ったかよ!大人しくしてろよ、ヘタレめ!』
『プロデューサー!』
『一体、どうしたんだよ!』
『大丈夫なんですか!?』
プレハブを突き破り、倒れた若い男性は、他でもない、売り出し中の若手アイドルユニット「マッシュルーム」のプロデューサーその人である!
『わ、私は大丈夫だ。心配させてすまないね、君たちは帰り支度をしなさい。これは私の問題だから。』
マッシュルームは、近年知名度を増してきたグループで、健全かつ人情的な経営が持ち味の社長兼プロデューサーがその敏腕で、一代にして立ち上げた新興プロダクションに所属している。地方ではそれなりに名の知れたグループで、観客と演者との距離の近さとメンバーの歌唱力が人気の秘訣だ。行き場のない若者や、強力な魔物の脅威に悩む地元のため、町おこしとして結成したのが始まりだが、今や全国巡業を視野に入れる程の勢いをつけている。
『フン、君の部下に目をつけられたくなければ、逆らわない方が身の為だと思うがね。』
横たわる彼にそう警告するのは、こちらも若手アイドルユニット「バンブー・ルー」を抱える老舗商会所属のプロデューサーだ。こちらもプロデューサーの的確な経営と商会のブランド力で一躍有名となった、エリート的な魅力と清楚かつ先鋭的なパフォーマンスで人気を博する、旧時代的なスタイリッシュさを追求したユニットだ。
過去に地方ではファン同士の激しい抗争が起きる程の人気を持つ両者だが、現在はバンブー・ルーが若干のリードといった所か。
『冒険者!?』
そう、バンブー・ルーは、小規模ながら冒険者ギルドも所有する大手の所属だ。今しがたプロデューサーを突き飛ばした、この冒険者、フェザーダンサーも恐るべき使い手である!幸運な事に、フェザーダンサーと老舗プロデューサーは四人を一瞥すると去っていった。
フェザーダンサーは心踊っていた。この護衛任務が終われば、自分も若手アイドルと一夜を共にできる。それも、新鮮な食べ頃の果実だ。10代半ばで能力が覚醒し、冒険者養成スクールに編入する事が決まった時はどうなるかと思ったが、生来の闘争心と、愛想の良さで順調に好成績で卒業。後はそのままエリート街道をひた走るだけだ。道端に座る若い求職者、伸び悩むフリーランスの同業者、息子程の年齢の自分にゴマをする自称勝ち組。全て彼の下である。魔物が跋扈し、それを打ち破れる唯一の存在、すなわち冒険者が世界を制する。旧時代のような弾圧的な支配こそ終わりはしたが、今度は財力ではなく、物理的な力が畏敬を集める時代となった。剣と魔法の世界ですら、人の本質は何も変わっていないのである!
『こんなの絶対おかしいです!プロデューサーが暴力を振るわれる謂れは無いですよ!』
実際、プロデューサーは雇用拡大や戦争被害の復興、ボランティア活動など、様々な慈善活動に尽力している好人物だ。無論、アピールや利益追求の側面もあるが、彼の貢献で良好な職場を手に入れた求職者、失業者は数えきれない。それは紛れもない事実であった。
『私、追いかけます!何が起きているのか知りたい!』
彼を慕う、元スリのアイドル、リリーは彼らの後を追う!彼女もまた、生きる為に盗みを働いていた所を彼に救われた一人である。
『あ、あたしも!』
彼女の名前はマリー。戦争で帰る家を失い、暴力に明け暮れていた所を、プロデューサーの体を張った説得に感動し、改心した元ギャングだ。
『プロデューサーさん!しっかりして!』
しかし、新入りのネリーは無理だった。プロデューサーを助け起こすのを口実に、同行しなかった。無理もない、冒険者の力は、それほどまでに強大だった。二人の忠誠心と義侠心が恐怖に勝っただけであり、まともな人間ならば彼女と同じ選択をするはずだ。
『プロデューサーを頼む!』
そう言って、二人は悪徳冒険者を追って走り去る!それはまさしく、ストゥーピストが語ったスーパーヒーローの定義に、完全に当てはまっていた!
『ヒーロー気取りが!この先には行かせんぞ!』
フェザーダンサーだ!素人の尾行に気づかぬ彼ではない!
『プロデューサーの仇!』
覚悟の一撃だ!二人はその場にあった鉄パイプを素早く投擲!
『シュッ!シュシュッ!』
鉄パイプ粉砕!彼は旧時代の武道の一つ、ボクシングを修めた優秀な戦士だ!喧嘩慣れした程度の素人の攻撃に不覚は取らない!
『鴨が葱を背負って来たか!いいだろう!お前たちを打ちのめした後、楽しませてもらおうか…』
フェザーダンサーは悪辣な笑みと怒りの表情を浮かべ、二人ににじり寄る。
『プロデューサーとやらの所へ連れて行くぞ!奴の目の前でお前達の人生を破壊してやる!』
もはや、この邪悪な提案に従うしか、二人には生きる道が無いのは明らか!すぐさま二人は抱えられ、連れ戻される!
『おい!責任者さんよぉ!お前らの部下が、無謀にも俺を尾行しやがったぞ!どう落とし前つけるんだ!えぇっ?』
『すいません!彼女達は悪くありません!全て私の責任です!』
『本人たちに責任を取らせなきゃなぁ?お前だって部下を残して死にたくはないだろ?誰も傷つけないさ?なぁ?体で払ってもらうだけさ。』
『や、やめろ!』
『くどい!』
恐るべき音速パンチ!プロデューサーは吹き飛び卒倒した!
『さぁ、どうした!怖くて服が脱げないか?俺が脱がしてやろう!あぁ、待て!靴下はそのままでいい!』
『待て待て!まず上からが脱ぐのが基本だろ!』
『や、やめて下さい…』
「いや、下からだな。」
『そうか?まぁ人の趣味に口は出さん主義だが…』
「お前みたいな豚の糞は下半身から破壊するのが一番だ。」
『な、何だお前は!』
「申し遅れました。私は警備員をやらさせてもらってます。名前は…ローデリウスです。」
『そうか、それで?』
「今すぐその不快な行為を止めろ。資本の犬が。」
『何?貴様、俺を誰だと思っている!』
「だから資本の犬だろう。弱小ギルドの弱小冒険者が。」
『貴様この女がどうなっt』
バァン!
彼は一切の躊躇いなくリボルバーを抜き、引き金を引いた。その目は、あの時の職人の愛情を見抜いた慈しみのある目ではなく、獲物を見据える猛禽の、飢えた殺人鬼の目だった。
「知らない。大体彼女が死んだらお前も困る筈だ。」
仲間の手前、「人間の振り」をさせて貰ったが、やはり私は怪物だな。別にいい。私は人間が大嫌いだ。先の戦争の原因も彼ら、年貢欲しさにエルフの森を開墾しようとしたのが原因だった。森はエルフにとっての家族そのもの。分かっていながら、あの毛無し猿は森を傷つけた。
『なんて奴だ…!く、狂ってやがる!』
「あぁ、そうだとも。で?」
ババァン!
続けてもう一発、彼は発砲する。だが、フェザーダンサーは素早く弾丸をキャッチする!
『へへ、もうドジは踏まねぇし、ビビりもしねぇ。』
「そうか。それは良かった。」
なんという動体視力!これが冒険者の力である!弾丸すら無力化できるそのパワーは、現代において銃が競技用のスポーツ用品に成り下がる程なのだ!
『ガぁっ!?』
しかし、その時異変が起きた!銃弾を目の前で掴み、手を開いてそれを見せつけようとしたフェザーダンサーが、悲痛な呻き声を上げた!何と、手が開かない!金属で覆われた握り拳から、血が溢れる!これぞ、旧時代では法で戦争利用が禁じられた武器、ダムダム弾だ!この銃弾は、発射して数秒後に変形、炸裂し人体を破壊するのである!いかに冒険者と言えど、傷つけて動きを制限する事はできる!
『馬鹿な!俺が!こんな拳銃野郎に!潰してやる!』
虚を突かれ、激怒したフェザーダンサーが跳んだ!この距離ではピンチベックも回避に余裕がないかと思われる……が!突然激しく転倒した!何と!リリーが右足を掴み、マリーが左足を掴んでいる!
『離しやがれ!』
しかしながら、一般人の腕力では限界がある!すぐさま振り払い、再び跳ぶ!ピンチベックに驚愕が走る!逆らえば全てお終いなのに、彼女達が命を、プライドを賭けてまで、なぜ強大な暴力と権力を有する冒険者に挑んだのか、分からなかったからだ。不覚を取り、逆上したフェザーダンサーの捨て身攻撃だ!このまま攻撃を受けるのはまずい。迂闊だった。素早く回避し、距離を取ろうとするが、ここは室内!充分な距離が取れない!ピンチベック危うし!彼はこのまま死んでしまうのだろうか!
否!
渾身の一撃を放ち、形勢逆転を狙うフェザーダンサーに、またも邪魔が入る!
『警備員さん、これを!』
フェザーダンサーの拳を刃が阻んだ!新入りのネリーが、自らのパフォーマンス用に、職人に依頼して作らせた模造刀である!そして、ネリー自身も、隙を作る為にフェザーダンサーの防具を掴み、実際僅かではあるが、確かに隙を作り出した!
「コヒューッ!」
模造刀による鋭い突き!ダメージは僅かだが、相手は体勢を崩した!そこに至近距離からリボルバーでの追撃!
「ギュルル…バァン!」
見よ!この場にいるアイドルには銃声は一発しか聞こえなかった!、しかし、フェザーダンサーの胴体には3つもの穴が開いている!
『馬鹿な…機銃でもなんでもない骨董品で..そんな連射できる訳が…』
ピンチベックは冒険者ではないにしろ、それに準ずる存在である!故に、恐ろしいスピードで撃鉄を起こし、マナ適性の高い肉体による反射神経での、素人には再現困難な早技、「ファニングショット」を放ったのである。常人でも名人と呼ばれる腕前ならば、リボルバーの弾倉を一秒足らずで空に出来る、実在する技である!それが冒険者に匹敵するマナ適性と高い技量により、更に素早い連射を可能にする!
「確かに強かったが…自分の力量と、彼女達の覚悟を見誤ったな…それは私も同じようだが…」
『警備員さん…冒険者だったんですか!?』
「書類上は、そういう事になります。」
『あの一瞬で、三発撃ったのかよ!?』
「私の技量だけではない。優秀な職人が、私の使用に耐えるだけの武器を作った。それだけですよ、皆さんと同じです。」
『銃って今だと弱い弱いって言うけど…使う人が使えば強いんだな…』
『はーい♡質問はそこまでにして、ストゥーピスト君迎えに行くよー!また来るねー♡』
ペラドンナのエントリーで、ピンチベックは素早く連れ去られる!
『てか君、銃なんて使うんだね…』
「なんで私を抱えて移動してるか、教えて欲しいんだが…」
『上からの方が、ストゥーピスト君を探しやすいでしょ?』
「私が足に掴まれば済む話では…?」
彼の質問には答えず、ペラドンナは飛び続ける!
「居たぞ!敵と交戦中!2時の方向!」
『了解♡』
「とう!」
『さて…そろそろ狩るか…♠︎』
(そこはハートじゃないのか…)
『遅ェぞ!どこで油売ってやがった!』
やや安堵の表情を浮かべながらも、口調は厳しい。見ると、敵は三名、余裕がない証拠だ。
『増援…あの時の化け物はどこね…』
ファイブフィンガー!生きていたのだ!彼女は自治領の牢を破り、脱出していたのである!
『見せてやったらどうだ?えぇ?』
「此度こそ決着を着けてくれる!小娘が!我を愚弄した罪、重いと知れぃ!」
『こ、これが悪魔…何と冒涜的な…』
警戒を隠さないこの冒険者はアイアンクロス。若年ではあるが、得物の十字架型ハルバードの扱いに長けた、油断のならない戦士だ!
『我々の信仰が試されているのだ、
そう説くのは、屈強な体格の冒険者、インドルジェンス。僧兵のようないでたちの、大剣を携えた大男だ。
『ハイーッ!』
最初に仕掛けたのはファイブフィンガーだ!カマキリめいた構えから、鋭い突きを放った!
「ガオォォーッ!」
アブホースも負けてはいない!目を鈍く光らせ、以前よりキレのある動きで敵を迎え討つ!無骨な、無駄の少ない機敏な拳だ!両者は激しくぶつかり合い、互いに吹き飛ばされた!
『ハイーッ!』
しかし、ファイブフィンガーは素早く体勢を立て直し、鋼鉄製ワイヤーを投擲!有刺鉄線めいた棘がワイヤーから現れる!
「ムッ…小僧の知恵を借りるのは癪だが、仕方あるまい!ウォーッ!」
しかし、蜘蛛を仕留めようとするカマキリは、糸に掛るのが道理!アブホースは鎖分銅をバリスタの如し勢いで「射出」!回転する分銅が、その質量と強度で棘付きワイヤーを絡め取り無効化!更に、勢いは止まらず棘付き鎖分銅と化した武器がファイブフィンガーの右腕をズタズタに切り裂き拳を粉砕!腕が枝のように折れ曲がる!
『アーッ!?ワイヤーが破られた!?』
激痛にファイブフィンガーの顔が歪む!
「ムハハハハハハ!かような紐投げで、我を封じようとは!所詮虫ケラの真似事!虫は竜に喰われるのが道理よ!」
『ハイーッ!』
ファイブフィンガーの、まだ無事な左拳が唸る!だが、万全の状態のアブホースを止めるには至らない!
「馬鹿め!この小僧は左利きだ!死ねぃ!」
『アイーッ!ィイイーッ!』
アブホースの左拳がファイブフィンガーを大きく怯ませる!
「「コヒューッ!」」
そして右拳が肩部を容赦なく破壊!格闘攻撃に必要な筋肉が、完全に挽肉になった!
『ヒイィーッ!アヒィイーッ!』
上半身が変形しきって悶絶するファイブフィンガーに、トドメを刺さんとするアブホースの爪!この爪で、彼女を生きたまま蒲焼きのように串刺しにする魂胆だ!
「小娘が!抵抗すれば苦痛が増えるだけだぞ!まぁお主は苦しめて殺すと最初に決めたがな!ムハハハハハ!」
第11幕 完
はい、前回より更に長めになりました。一日空けてしまい、本当に、申し訳ない。(鬼畜博士)これからは気をつけます。(改善するとは言ってない)それでは、また次回を楽しみにお待ち下さい。