ピンチベック   作:あほずらもぐら

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第95.5幕

 

 

 

 

 

本当にあれで良かったのだろうか?

 

奇跡を使えば、痛みを和らげる事が出来たかも

知れない……

 

或いは雷魔法なら、卓越した剣術の使い手なら

痛みを与えずに終わらせたかも知れない……

 

 

本当は彼らを危険に晒さずに済んだと安心すべき

だろう……正しい事をしたと胸を張るべきだろう。

 

 

 

『入るぞ』

 

「……………あぁ。」

 

 

『いい加減切り替えろって……お前はあの子を助けようとベストを尽くしたし、結果も出せた。』

 

 

「俺は彼女の信頼をドブに捨てた。そもそも俺とアブホースがいなければ、彼女は大人の争いに巻き込まれずに済んだかも知れない。」

 

『お前さんがいなきゃ死んでたさ。』

 

「俺のようになると分かっていたら、そのまま死んだかもな。」

  

『過ぎた事は仕方ねぇだろ?誰かと一緒に散歩でもして来い。で、取ってきた果物とか花をあの子に渡せ……この前は悪かったって言ってな。』

 

 

「手を上げた詫びに子供を物で釣るのか?私の父親と同じだ……それが一般的でも俺はやらんぞ。」

 

『お嬢が新兵器を作るまでこっちも身動き取れねぇんだ、気分転換でもして来いって、な!』

 

「新兵器?そんな話は初めて聞いた。単に機を見ているだけだと……」

 

『お前には後から話せって言われたんだよ!前みたいに何日も飲まず食わずで手伝われると困るから、計画が軌道に乗ってから伝えろってな!』

 

「……仕方ない、見回りに行くか。」

 

『あ、待て!お前点滴外れたよな?』

 

「そうだが?」

 

『ベラドンナと妹が呼んでたぜ……早い所飯食って体力つけて、エクトプラズムを食わせろってよ。』

 

「私が寝ている間に持っていけば良いのに。」

 

『隠れてとか無理矢理ってのは嫌なんだろ、奴も騎士だ……』

 

「そんなものか。」

 

 

 

 

 

 

ー数分後ー

 

 

 

 

「………早いな、二人とも。」

 

『夢魔が早起きしたら駄目?』

 

 

「そうではないが、夢魔は夜間に活動するというのが人間の認識だからな……子供が夜に出歩かない為の方便なのかも知れん。」

 

『悪い夢を見せたり、子供を攫ったりするから危ないって?』

 

「あぁ、自分がサキュバスなら奴隷として使えるから健康な子供を攫う、わざわざ奇形の人間を攫ったりしないと何度も説得したら、今度は吸血鬼やグールが出るから駄目だと言われた。」

 

 

『あら、夢魔の間では珍しい従者や使い魔はステータスですのよ?』

 

シンビジウムは巨大な白変種の鴉を肩に乗せ、

大窯から肉塊を取り出している。

 

「何の肉だ、それは?」

 

『熟成させた草食恐竜の肉ですわ!』

 

「ワイバーンの肉は貴族の晩餐会で食べた事があるが、恐竜とは珍しい……この辺りにはよく出るのか?家畜化は難しいと聞く。」

 

『たまに凶暴なのが出ますのよ……ボーンピラーと言って、外骨格で覆われた長い首をハンマーみたいに振り回し、人間くらいなら簡単に挽肉に出来るのが。』

 

「流石に手強いな、旧帝国がデミゴルゴアだけは侵略しなかった訳だ……有能な武将と手練れの暗殺者、厳しい自然を同時に相手しながら結界を破らなければいけない。」

 

『……単に攻め落として得られる利益が少ないからじゃない?』

 

「そんな事はないだろう、観光地として根強い人気がある。生態系の殆どが固有種で構成されているのも見逃せない。生物学的な観点から見ても世間からの注目度は非常に……」

 

『一握りの物好きな観光客と、三代欲求が枯れた哀れなインテリしか来ないって事じゃなくて?』

 

 

「………君達は故郷が好きではないのか?」

 

『好きだけど?』

 

『平和過ぎるんですのよね……』

 

 

「では戦いは?」

 

『戦争は嫌いだけど、個人での決闘は好きかな。』

 

『冗談抜きで最高の娯楽だと思いますわ!』

 

 

(夢魔は陰謀や策略を好む、小賢しい種族では無かったのか?貴族ともなれば尚更の事……)

 

「……私の責任かも知れん。」

 

 

『出来ましたわ!冷めないうちにさっさと食べましょう!』

 

「あ、あぁ……」

 

ピンチベックは仮面を取り、

二人に極力顔を見せないようにスープを飲んだ。

 

「…………!?」

 

ピンチベックは危うくスープを吐き出す所だった。

 

「まさか……いや、そんな筈が……!」

 

『ん、どうかしたのかい?』

 

 

「……何故だ!?このスープは」

 

『貴方様のお母様が作ったものと同じ味がする、でしょう?』

 

「そうだ……あり得ない!彼女は10年も前に……」

 

『亡くなった……でもそれは貴方の勘違いですわ。』

 

 

シンビジウムはピンチベックの胸を軽く叩き、

鋭い歯を剥き出して笑った。

 

『私の特殊能力は”記憶から感覚を複製する”能力……痛み、匂い、味、酸素の濃さ、実際に体験するのと全く変わらない……素晴らしい能力でしょう?』

 

「あぁ……そうだな。」

 

ピンチベックは顔を抑えてうずくまり、

震える手でスプーンを口に運ぶ。

 

「…………美味い。」

 

 

『嬉しいですわ……やる事が一通り終わったら、私達と一緒に旅にでも出ませんこと?』

 

「旅、か……」

 

『そうだよ、散り散りになった君の友達にも会えるかも知れないし!』

 

 

「……私の事を、恨んでいなければ良いが。」

 

『彼らが恨んでいるのはメテオリットだけ……断言出来る。』

 

 

ピンチベックは茹でた巨大蟹の脚を齧り、

殻を噛み砕いて中身を取り出した。

 

「………ありがとう。」

 

 

『うわ、顎の力だけで人を殺せそうですわ……お口に会いまして?』

 

「漁村の生まれだからな、蟹は好きだ。」

 

『蛸とか食べましたの?この辺りには手頃なサイズのものがいませんので、輸入して食べようと思っているのですが。』

 

「昔は皆と同じように気味悪がって食べなかった……ある時に無理矢理食わされた。それで、身体の滑りを塩で取れば食えなくもないと気づいてな……それから自分で釣って食うようになった、美味いぞ。」

 

『随分とタフですわね……』

 

「普通だろう、もっと酷いものを食わされた事もあった。食わせた事も、な……」

 

『……百足とか?君ならそのままバリバリ食べそう。』

 

 

「……食事中だ、それから百足は美味かった。」

 

『えー、教えてよ!』

 

 

 

ペラドンナはピンチベックの額に手を当て、

強く念じて記憶を呼び込む。

   

「気分を害するだけだぞ?」

 

『食べ終わったから大丈夫だって♡』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数年前

 

 

 

 

「コシューッ!」

 

セタンタの蹴りが少年の膨れた腹に刺さり、

1メートル近く吹き飛ばした。

 

『オゴッ……馬鹿な、なんで……』

 

 

「ブヨブヨの筋肉馬鹿が。」

 

『ふざけんな!俺はカラテ道場に』

 

少年のシャツ襟を掴み、顔面に

何度も膝を叩き込む!

 

「俺の功夫に勝てんカラテなら!野良犬の!死体程の!意味もねぇ!」

 

少年の鼻が潰れ数本の前歯が折れると、

彼は飽きたのか泥溜まりに少年を投げ捨てた。

 

「キツネのブローチを持ってるのは?」

 

『よくも仲間を……!』

 

今度は別の少年がレンガを持って襲い掛かる……

ピンチベックは椅子の脚で少年を殴り倒した。

 

 

「ヨクモ・ナカノ?変わった名前だな、東洋人か?」

 

 

『て、てめぇ!子供相手に武器とか恥ずかしくないのかよ?』

 

「ガキだぁ?都合の良い時だけ甘えた事ばっか言ってんじゃあねぇ……お前らはただのゴミ犯罪者だろうが!?」

 

 

彼ってこんなに可愛い頃から毒吐けたんだね……

 

『黙れチビ野郎!二人がかりなら』

 

 

カチャ……

 

セタンタは小さなクロスボウを取り出し、

空中に放り投げて弄んだ。

 

「ダーツは好きか?」

 

『おい待てって!子供からブローチを取り上げた程度で、どうして』

 

 

 バシュッ

 

廃材で作られたボルトが大柄な少年の

足元を抉った。

 

「自分の妹が泣きながら帰って来たらどうする?誰だって自分の家族を否定されたら嫌だろう?」

 

『なっ、何言ってやがる……あのブローチはスノーエルフが』

 

「リディアは俺の妹だ……リディアがそう言ったのだからそうに違いない。」

 

『分かった!完敗だ、持ってる奴の居場所を……』

 

大柄な少年はそこまで言うと、にやりと笑った。

セタンタの背後から拳が振り下ろされる!

 

「ハッ!」

 

ギリギリで避けるが、避けた方向に

回り込んでいた少年のパンチが突き刺さる。

 

『馬鹿が、この数にお前が勝てる訳ねぇ!』

 

倒れたセタンタに馬乗りになって何度も殴る。

 

「すみません……」

 

『今更謝っても遅いんだよチビが!有り金全部置いて、仮面を脱げよ!』

 

「すみません、シスター……約束を破ります。」

 

セタンタの指が少年の眼窩に刺さる。

 

『え……』

 

彼はそのままぐちゃぐちゃと音を立てて指を

動かし、少年の両目を抉り出した。

 

 

『ぎゃ……ぎゃあぁぁぁぁ……』

 

「姉さんから禁じ手を教わって良かった。」

 

 

新たに現れた少年は顔を真っ青にしている。

セタンタは彼の目の前でその眼球を食べた……

 

「……不味いな、君のはどうだろうか?」

 

 

 

……………………………………………………………

 

 

 

 

 

 

『………なんで食べようと思ったの?』

 

「一部の魔術師は魔力を帯びた水晶を食べると聞いてな、人間の水晶体を食べたら私も魔法が使えるのではないかと思って……」

 

『そもそも魔術師が水晶を食べるのは魔力量を調節する為であって、食べたから魔法が強くなるなんて事はないの!』

 

「黒魔術師は人肉を食べるというし……」

 

『今は廃れた古い術式の触媒に使うだけで、普通は食べたりしませんことよ!?』

 

「そうだな、食うなら菜食主義のエルフの方が美味い。」

 

『待って、今さらっと恐ろしい事言わなかった!?』

 

『……ちょっと見せてもらっても?』

 

 

ーあれは戦時中、敵国の貴族を暗殺する為に飛行船へ潜入し燃料タンクを投棄して墜落させた時の事だった。仲間に裏切られ、目的地から300kmも離れた雪山に不時着した私は移動中、寒さによるエネルギー不足を補う為にターゲットの

 

 

『ストップ!予想以上にハードですわ!』

 

「生きてこそ、だ……手段は選ばん。」

 

 

『あ、恐竜の味は?』

 

「脂身は少ないが、鴨に少し似ている……意外にも柔らかい、調理法が合っているのだろうな。」

 

『光栄ですわ!』 

 

「美味かった。しかし、剣術も魔法も料理も全てが一流とは……幸せな家族という奴か、私には過ぎた代物だな。」 

 

『オーッホッホッ……そんなに褒められると、流石に照れますわ♪』

 

「もし君達が家族だったなら、私は劣等感と周りへの優越感で潰れ死ぬだろう。」

 

『ふざけんじゃねぇですわ!誘ってるんですの!?』

 

シンビジウムはピンチベックを押し倒した。

一瞬にして腕を掴まれ、脚を曲げられる。

 

(今のは何らかの符牒か……仮にそうだとして、何故こんなに顔を近づける必要がある!?)

 

彼は助けを求め、ベラドンナの方を見るが…

 

『今のは良くないと思うな!』

 

(八方塞がりか……どうすれば!)

 

『この部屋、暑くありませんこと?』

 

「す、涼しいと思うが……」

 

 

『暑くありませんこと?』

 

「確かに暑いな……冷房が故障したのかも知れん。」

 

 

『熱中症になったら大変ですから、早く服を脱いだ方が良いですわ!私の部屋は涼しいですから、そこでゆっくり話の続きを致しましょう?』

 

『諦めた方が良いよ、彼女はずっと君に会いたがってたからね。』

 

 

(一体、何が起きている……抵抗するべきか!?彼女を傷つけてしまわないだろうか……)

 

『身長差は1メートル、筋力も体重も私の方が上……確実に仕留められる……!』

 

 

「シンビジウム嬢……何をするつもりで」

 

『喧しい!男が一度覚悟して吐いた唾、飲むんじゃねぇですわ!ローデリウス様、不束者ですが宜しくお願い致します!』

 

「もう良い、この期に及んで訊くなど無粋……やれ!」

 

『貰い受ける……って、流石に冗談だと気付いて下さいまし!』

 

「………ゑ?」

 

『純粋に褒めて下さっているのは分かっていたのですが、嬉しかったのでつい押し倒してしまいましたわ。』

 

「文化の違い、というやつか……申し訳ない、こちらが不勉強だったようだ。この地方に来てから日が浅く、色々と教えて貰えると助かる。」

 

『また地雷踏んでる!』

 

「どの辺りが拙かっただろうか。」

 

『全部なんだよなぁ……本当は距離を詰められただけでも警戒するべき。』

 

『私が身体の血を拭いている時も、もう少し緊張感を持って頂かないと。』

 

「世話になっている人間に差別など出来ない。違いはあって然るべきだが、それでも道理は通すべきだ。」

 

『人間的な欲求に疎い時点で、既に詰み一歩手前まで来てるよね……その上でこっちに好意的とかもう救いようがない。』

 

「そこまで言うなら君達の好きにすれb」

 

『待て待て待て待て!それ以上いけない!僕たちは貴族で、外交とかで耐性ついてるから平気だけど、それ他の夢魔に言ったら駄目だからね!?』

 

(”好きにしろ”は禁句か。)

 

「分かった……良きに計らえ。」

 

『そうだね、そっちの方が良いよ。』

 

『多分、一番安心してるの私達ですわね……』

 

「ところで、エクトプラズムは食べないのか?それとも勝手に目や尻から出て来たりするのか?」

 

『んー、今はご飯食べたばっかりでしょ?もう少ししてから貰おうかな?僕は先生と話してくるよ。』

 

 

 

ベラドンナは鼻歌交じりにどこかへ

飛んでゆき、小部屋には二人だけが残された。

 

 

「アドレナリンはどうする、薬物で増やすか?」

 

『薬物使用者のエクトプラズムって、ピーナッツが混じった犬の(自主規制)に粉砂糖ぶっかけたみたいな味なんですの……』

 

「……気の毒に、あまり想像したくないな。」

 

『前に政略結婚したクソ野郎が私に隠れてキメてたせいで、私は15にしてバツ1ですわよ!?後からルート特定したら、あのガラクタ漁り共が資金集めにばら撒いてやがりましたの!』

 

「新聞に載らなかったという事は逃げられたか。」

 

『えぇ……バレた瞬間に自作自演で末端を潰して、逆にヒーローですわ。そんな時、貴方の話をお父様から聞いて……一度会ってみたいと思っておりました。』

 

「メテオリットに代替わりしたのが去年、奴が頭になってから教団は急速に勢力を拡大した。教えがあまりにも違い過ぎて当初は全く別物の組織だと思っていたが……貴女の話を聞くに、奴も癌細胞を完全に切除出来た訳ではないようだな。」

 

『貴方の代でも薬物を…?』

 

「あぁ、祝福された聖水だと言われて妙な薬を注射された。特に変化が見られなかったので通過儀礼のようなものだと認識していたが、周りの子供達は体調を崩していたらしい……遂に死人が出て、そこからは早かった。」

 

ピンチベックは古びたクロスボウの部品を

布の上に一つずつ並べていき、設計図を見ながら

手早く組み上げている。

 

「内部にスパイでもいたのか、奴等の行なっていた人体実験が暴かれ……末端の宣教師と、自分の子供を参加させた信者は…殆ど………」

 

彼はそこで口を止め、暫く黙った後に

首を刎ねるジェスチャーをした。

 

『ごめんなさい、辛い思いをさせるつもりは……!』 

 

 

「良い、好きで話している……貴女が辛い過去を話して、私だけ黙っているというのもな。」

 

 

『………最初、お兄様が貴方に会いに行く時、お父様は反対していましたの……相手は自分の故郷との戦争で何百と殺した修羅、相手が子供でも容赦しない、危険過ぎるって。』

 

「全て事実だろう、将軍が正しい……会う前に殺しに来なかったのが不思議なくらいだ。」

 

『でも、貴方との約束をちゃんと守れたから報告したいって聞きませんでしたわ。』

 

「……“助けた事を後悔させないで欲しい”、覚えていたのか。」

 

『だから、再会した時に覚えてくれていなかったのはショックだったみたいで……』

 

「そこまでは狙い通りだったのだがな、彼には陽の当たる道を歩いて欲しかった……見た目が変わり過ぎて初対面で分からなかったのは本当だが。」

 

『何がきっかけで気が付きましたの?』

 

「私が仮面を外しても全く動揺しなかった……ここで疑った。それから、人見知りの激しい私の馬が逃げなかった……この辺りで確信したな。」

 

『馬?骨だけの魔物ではなくて普通の?』

 

「あぁ、私が死んだら好きにしろと言ってある。私は一度死に、人を捨てて蘇った……だから二度とは会えん。だが戦に巻き込まずに済んで」

 

 

ガチャッ

 

 

 

 

 

ドアが開くと、見慣れない少年が立っていた。

 

 

「…………まさか」

 

『やっぱり生きてる!』

 

少年はピンチベックに駆け寄り、

彼の胸に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

第95.5幕 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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