ー吸血鬼の城、闘技場ー
『皆、よく集まってくれました。』
カラドリウスが頭を下げ、着席を促す。
教団の掃討作戦の主要メンバーは殆ど全員が
招集を受けているようで、召使いが慌しく飲み物や
軽食、書類などを運び込んでいる。
『機材の運び込みが終わるまで、少しお待ち下さい。』
『大きくなりましたね……』
デミゴルゴア政府の重鎮にしてベラドンナの母親の
アイスラントは、声を殺して軍帽で表情を隠す……
カラドリウス達を影ながら支援して来た彼女は、
静かに氷の涙を流した。
『家臣に恵まれ、本人も自信を持てたな。』
グラジオラス将軍は燃え盛る両目を
黒い甲冑の中から光らせ、腕を組んだ。
『この面子を相手にして、萎縮すらしねぇとは……傀儡じゃ収まらん器だ、いい女になった。』
串焼き肉を齧りながら、ルルドが呟く。
「……せめて飲み物にしろ。」
『しかし味が濃いな、酒が欲しくなる……』
給仕係がルルドのテーブルに年代物のワインを
置き、よく冷やされた水晶のグラスに注いだ。
『……何だよ、俺だけじゃないぜ?』
ルルドはピンチベックの頭を掴み、
横を向かせる。
『ミシッ、バリバリバリバリ……!』
シンビジウムが牛の丸焼きを鷲掴みにし、
脚を引き千切って齧り付いている……
『これでも俺に難癖つけるか?』
「何も言わんさ……美味そうに食う。」
その言葉を聞いて、シンビジウムは少し
恥ずかしそうに俯いて笑った。
『思った事全部喋るのやめた方が良いぜ……いつか取り返しのつかない状態まで追い詰められるぞ、痛い目を見た先駆者だから分かる。』
「彼女は嬉しそうにしていた、問題があるとは思えない。」
『お前、惚れた女がいるんじゃなかったか?』
「……そうかもな、今まで会った人間の中で私をあのような気持ちにさせたのは彼女だけだ。」
『今、この場ではっきり言うぞ。お前の為にな……彼女、お前の事を悪くないと考えてる。あわよくば側に置くつもりだ、間違いない!』
「グワーッ!」
ピンチベックは穴だらけの仮面から
スプリンクラーめいて霧を吐き出した。
「……失礼した、悪い冗談ではないようだな。何故そう思うか教えて欲しい……」
『良いか……自治領にはいないだろうが、もしお前さんが年頃のセントール……ケンタウロスに会ったなら気をつけろ。奴等が他種族からパートナーを選ぶ時、一番重要視するのは身長と体重だ。背中に乗せても負担が少ないよう、なるべく小さくて軽いのを選ぶんだよ……しかも無理矢理連れ去るんで、ケンタウロスはゴブリンと滅茶苦茶に仲が悪い。』
「ゴブリンは昔から敵が多い、不憫な事だ。」
『お前さんは多分ゴブリンにもモテると思うぜ……体格が近い。』
「私がゴブリンとケンタウロスの間に入れば、彼らの関係も改善するだろうか……?」
『はいはい、良い奴だよお前は……とにかく気をつけろ。』
「あぁ、ありがとう。」
『お待たせしました、今から新装備の説明を始めます。』
カラドリウスが大量の兵器をテーブルに並べ、
その中から機械的なシルエットの鞘を持ち出す。
『この鞘は所有者の雷魔法を動力として電磁気力を発生させ、刀剣を高速で射出する事によって抜刀の威力を飛躍的に増加させる事が出来ます。』
そこまで言うとベラドンナがステージに上がり、
カラドリウスから鞘を受け取る。
『僕こういうの大好き……♡』
彼はそう言ってフルーレを鞘に納め、雷魔法を詠唱
しながら構えを取る。
『
ベラドンナが横一閃の斬撃を放った瞬間
巨大な闘技場の天井と屋根が真っ二つになり、
雷が雨のように降り注ぐ!
『ハハハハハハハハッ!』
ルルドは笑い転げながら雷を避けた。
『………漏らすかと思った。』
ヒルビリーが灰だらけの姿で
焼け焦げたテーブルの下から這い出して来た。
『少し漏らしたかも知れねぇ……』
「恐怖と轟音で気絶してもおかしくなかった、彼は頑張った方だろう。」
『360度の飛ぶ斬撃で建物を両断……鞘の扱いに慣れれば小さい城くらいなら簡単に両断出来るだろうよ。』
「使用者の技量と身体能力が練られているだけだ。鞘だけでこんな芸当が出来るなら、教団はとっくに実用化している。」
見物人の間で少しどよめきが響いた後、
しばらくして歓声が巻き起こる。
「これが目的か、あの方も様になって来た。」
『やるじゃねぇか。こんな兵隊がウチにはゴロゴロいますってか?』
「……雷だけにな。」
『ガキ共め、まだまだ終わらんぞ?』
スカアハが指を鳴らすと吹き飛んだ屋根が
突然浮き上がり、修復されてゆく……
『おい、あの婆さん魔法いくつ覚えてんだ!?』
『封印されて何十世紀も暇じゃったからな、暇潰しをしておっただけじゃ……』
「デミゴルゴアの宮殿にも自動で修復される魔術が施されていた……これがあれば私の屋敷も燃えずに済んだのだが。」
『なんじゃ、お前家がないのか?』
「何ヶ月も前だ……炎魔法と粉塵爆発で三階建てが跡形もなく吹き飛んだ。刺客を警戒して四軒ほど持っていたが、今自治領に戻るのもな。」
『そうか……荘園の一つや二つくらいならくれてやっても良いぞ?』
「いや、これが終わったら旅に出ようと思う。あの人が貴女方のように強力な後ろ盾を得た今、私のような人間は不要だ。」
屋根が完全に修復され、拍手が起こる。
『それだけではないだろう?』
「………確かめたい事がある。」
『つくづく欲のない男じゃの、お前……』
「……意志が弱いだけだ。親を反面教師にする事も、誰かの想いを汲んで復讐を止める事も私には出来なかった。もう前に進む事しか許されない。」
スカアハは彼の言葉を聞いて、深く考え込んだ。
『………後で話し相手になってくれんか?』
「分かった。」
カラドリウスが拳銃を取り出した瞬間、
ピンチベックは彼女の目の前へ飛び降りた。
『好きにやって!』
「了解しました。」
彼は拳銃を手に取り、指先で回転させる……
シンプルなリボルバーだが、弾倉には六発ではなく
八発の弾丸が詰められていた。
「……折角だ、実戦で使ってみるか?」
『いいね……』
二人は同時に武器を抜き、背中合わせに
五歩歩いた後、再び向き直った。
「こういう時、言うべき台詞がある。」
『どっちが速いか……でしょ?』
「………フッ」
ギャアンッ!
銃身とフルーレがぶつかり、火花と稲妻を激しく
撒き散らしながら両者は睨み合う。
『馴れ合いだと思った?本気で行くよ……』
「愚問だな。」
フルーレの突きを紙一重で躱し、カウンターの
射撃がシールドスペルに跳ね返される。
「シュゥ……」
ピンチベックが両腕を垂らし、赤く染まった視界に
ベラドンナを捉え……消える。
「
能力がないからこそ極限まで練り上げられた体術、
魔力の低さを補う為の呼吸法……彼が思い描く
“最強”は未だ色褪せていない。
背後で低い声が響く。
『ひゃん!?』
半ば本能的にフルーレで受け流したが、
大きく体勢を崩してしまう。
「隙を見せたな……蛇鞭!」
腹部に凄まじい激痛が走り、思わず涙が出る。
しかし次の瞬間、それは笑顔に変わった。
「ォシュウッ!」
首を刎ね飛ばすに足る鉈の一撃を角で弾き!
『フン!』
雷を纏った蹴りを腹部に叩き込んだ!
ピンチベックは血を吐きながら壁に激突し、
一瞬で立ち上がると仮面の口元を拭った。
『今のじゃダメ?結構ショックなんだけど。』
ベラドンナは折れた角を雷で焼き、
溶接しながら大量の汗を拭く。
「その割には嬉しそうだ。」
飛んで来る弾丸を避け、ベラドンナは雷を
全身に纏わせながらフルーレを構える。
『新技……僕の愛、受け取ってくれる?』
「やってみろ。」
彼はピンチベックと似たような動きを見せ、
彼の間合いまで一瞬で移動し……
『
更に一歩踏み込み、六度の斬撃を放つ!
ピンチベックの身体に二つの傷が深々と刻まれ、
彼は膝をついた。
『殆ど避けられちゃった……♡』
ベラドンナは本来右目がある筈の場所を押さえ、
浅く斬り裂かれた肩を焼きながら呻く。
「首筋と……脇腹は内臓まで達したか……」
傷口からグロテスクな腐肉の触手が溢れ、
ドス黒い血の流れが途切れる。
「笑えよ……俺を人間だと言ってくれたが、もう」
『じゃ、魔法なしでもこの天才と肩を並べられる、強くて優しい
「面白い男だ、見ていて飽きん。」
『同じ事考えてた……♡』
ベラドンナは雷の槍を自身の周囲に複数浮かべ、
ピンチベックに向けて光速で飛ばす!
『
「コシュウッ!」
ピンチベックが咆哮に近い呼吸音を上げ突撃!
黒くスパークしながら迫る槍を全て擦り傷で
受けながら、電熱で身体を焼かれながら、
「
脚をしならせ、斧めいて敵の胴に叩き込む!
自分と相手の骨が同時に砕ける音を聞きながら、
彼は地面に墜落した……
「ガハッ……ハハハ……ハハハハハッ!」
口から血を撒き散らしながら彼は笑った。
追いつかれた事に焦燥感も悔しさも感じず、
ただ激しい歓喜だけが彼を支配していた。
「ヒュー……ゼヒュー……」
『そんなに……嬉しそうな顔しないでよ……!』
「随分と、強く……なった………俺は……ゴフッ!俺の、人生は……無駄では、無かったんだ……」
ピンチベックは鉈を杖代わりに立ち上がり、
震える手で拳銃に弾を込める。
「……臆病で、甘ったれの……生意気な……ガハ、子供が………一人前の、男になって………どうやら嬉しいらしいな、俺は……!」
『痛っ……へへ、僕は……天才だから………』
ピンチベックは銃を構え、真っ直ぐに彼を
見つめた。
「その身体で何発回避出来る……全部か?」
『そっちこそ……』
ベラドンナは折れかけた左腕でフルーレを構え、
ぐちゃぐちゃに折れた右腕を斬り落とし、
電撃で焼いて止血をした。
『ッ!あ痛たたたっ……ほら、君もやってるでしょ?』
「確かにな……こんなものは要らない……」
ピンチベックは仮面を脱ぎ捨て、耳まで裂けた口を
開けて牙を剥き、折れた歯を吐き出した。
『あのさ……終わったら、一緒に飲んでくれる?』
「何を言い出すのかと思えば……嫌だと、言う程、薄情に見えるか。」
二人は脚を引き摺りながら必殺の間合いに入り、
お互いの大技を繰り出そうと構える。
『見えないね……君に右目を取られちゃったから。幾ら綺麗だからって、食べないでよ?どっちかといえば僕が食べる側なんだけど。』
「………攻撃を食らうのはお前だ。」
「
『
百トンのダイナマイトが爆発したかのような
轟音と衝撃波、爆風が闘技場を揺らした直後、
両者の身体に大穴が空き、二人は同時に倒れた。
『アイツら途中からパフォーマンスだって事、絶対忘れてやがったな……』
『馴れ合いであんな戦闘見せられて堪るか!』
『………待ってください、あれでは私と彼が戦えないではありませんか。』
リーシャの片腕は継ぎ接ぎの鉄屑ではなく、
黒漆塗りのオリハルコン製に変わっていた。
『毒手の姉ちゃん……そのゴツい義手イカすな。』
『ありがとうございます。しかし……10年越しに、本気でやりたかったのに……うぅ……』
『許可なく倒れやがって、また俺がそれで殴られるのか?』
『貴方の戦闘はとても実戦的で参考になるので……』
『やめてくれ、アンタの弟に殺される。粉かけるならもっと若い奴にしろよ……』
『貴方、エルフで40代はまだ若いでしょう……?』
『最近の女の子はそれでもジジイ扱いだよ、時代遅れな価値観と言動が駄目なんだと。』
『サバ読めば余裕やろ、ハーフエルフなら尚更や。ウチなんかこの前17の子に話しかけられてな?聞けば』
『……想像したくない。』
『おい娘、儂も数百年ご無沙汰じゃったから今時のふぁっしょんとやらを知っておきたい。商人なら服くらい扱っておるじゃろ?』
『やめろ、絶対渡すな……世界有数の巨悪を生み出す事になるぞ!騙されて泣きを見る奴等の気持ちを考えた事あんのか!?』
『ほう……イキの良いガキじゃの、少し遊んでやろう♪』
スカアハはルルドの手を引っ張り、
自分の影から扉を出現させると彼を連れて
消えていった……
『待って、違う!そういう意味じゃないんだってば!大人っぽいから現代の服が似合わないんじゃないかと思って、そう、俺なりの配慮っていうか!』
『大の男が取り乱しおって、情けない……まずはその減らず口が無くなるまで遊んでやろうぞ♪』
『絶対仕返ししてやるからな、覚えてろ!俺は』
影の扉が閉まり、ルルドの悲鳴が途絶えた。
『ガキの方が大人しくてどうするんや……』
『騒がしい方が士気も上がるでしょう?それに、上層部と末端の距離が近いのは良い事です……彼らは何の根拠も無しに自分が我々と同じくらい崇高な存在だと思い込めるのですから、おめでたい事です。』
『お前、やっぱアイツの姉貴やな。たまにエグい毒吐くし、単純な技を馬鹿みたいに強化する所とか、何だかんだ情に篤い所とか……』
『教団にいたのは内部から組織を浄化してあの子に復讐をやめさせる為ですから、信者は道具より少し上くらいの認識です。私を慕う無知で蒙昧な人々は一万人いましたが……あの子より救う価値がある人間は一人もいなかった。』
『………そんな事言うてる癖に、ウチらの捕虜になった部下は皆お前の事だけは喋らんのな?』
『ぐ、偶然でしょう……!』
『そう言ってる今も、あの二人が心配で仕方ないんやろ?』
『そっ、そんな事はありませんよ?大事な会議ですから、蔑ろにする訳にもいきませんし……』
『行けや、話くらい代わりに聞いといたる……久しぶりに話してやったらええ。』
『……恩に着ます!』
リーシャは一瞬で出口へ移動し、
脚から焔を吹いて病室まで飛んでいった。
第98幕 完