『死ねぇぇぇぇぇッ!』
剣を中段に構えた小柄な冒険者がデスペラードに
渾身の一撃を見舞うべく音速で駆け寄る!
『キンッ』
妙な金属音が鳴った後、男は強い浮遊感を感じた。
それはまるで、首から下が無くなったような……
打ち負けた自分が何もない所で転ぶ所が見えた。
いや、崩れ落ちたというべきか?
何故、自分の背中が見えるのだろうか?
急いで起き上がろうとしたが、彼の身体はそこに
なかった。
『しょ…勝者、デスペラード!まさかの一発KO!
相手が首を斬られた事にすら気付かない光の剣、
肉を斬らせず骨を、命を断ったぁッ!』
『達人同士の勝負は一瞬で決まると言いますが、
まさか本当に一瞬で終わるとは……』
冷や汗を流しながらバーテックスアイは
資料を取り出し、興奮気味に解説する。
『次も超異色の出場者、貴族の肉を俺に食わせろ!
今大会最年少、モロクリザードのスパイク君だ!』
鉄のゲートを破壊して現れたのは、小型ドラゴンと
見紛う程の巨大な金属塊…重厚な鍛鉄の鎧を纏った
殺人トカゲだった。
『七歳四ヶ月にして、死刑囚13人と冒険者5名、
ワイバーン4匹を喰い殺して来た弩級の問題児!
四本脚の暴走機関車であります!』
『グギャアォオオオオオオオオォンッ!!』
スパイクは涎を撒き散らしながら激しく咆哮し、
血に染まったミスリルの鉤爪を地面で研いだ。
『全長はなんと11m、一日の食費は金貨6枚ッ!
生粋のお坊っちゃまですが、幾ら積まれても
お見合いは願い下げでしょう!』
『対するはこの方!食ってばかりのドラ息子とは
日頃の鍛え方が違う!今度ばかりは貴様が餌だ、
バアル家長女、レッドラムの登場だぁ!』
シンビジウムは大袈裟になり過ぎないよう頭を下げ
観客席に向かって手を振ると、スパイクに向かって
もう一度礼をした。
『あらやだ、そんなにお汚しになって……今日は
朝食をお食べになっていらっしゃらないの?』
『流石に勘が鋭いですな、シンビジウム様。
スパイクには三日の間鶏皮しか与えていませんので
貴方を食べたくて仕方ないのですよ。』
スパイクを連れている初老の男性はそう言うと、
細い鞭を取り出して鎧の隙間に打ち込む。
『貴女が”事故”で亡くなって下されば、あの方も
枕を高くして眠れます……どうか御容赦を。』
スパイクは怒り心頭といった様子で牙を剥き、
頭から湯気を出しながら涎まみれの顔をしかめる。
『ガルル……バウッ、ガオォッ!』
『スパイク、まだだぞ……まだだ……』
『始めぇッ!』
『スパイク、殺せ!』
『御対戦、宜しくお願い致しますわ!』
金色の銅鑼が勝負開始を告げ、二つの巨体が
お互いを目掛けてタックルを繰り出す!
ズガッシャアンッ!
レッドラムの強肩がスパイクの眉間に刺さると
鋼鉄製の重装甲が大きくひしゃげ、その巨体が
僅かに浮き上がって吹き飛んだ!
『おい、本当にタックルの音か!?』
ヒュペリオンがモニターの向こうで腰を抜かし、
衝撃波が最後列に座る観客の髪を揺さぶる。
『ガウゥゥッ!』
脳震盪から素早く立ち直り、スパイクは再び
レッドラムに飛び掛かる!
『えぇ、そう来なくては♪』
レッドラムは翼を広げ、羽ばたいた風圧で
スパイクを押し返すと拳を柔らかい腹部に
何発も打ち込み、回し蹴りで壁に埋める!
『えいっ!』
スパイクは半ばパニックを起こしながらも
素早く起き上がってレッドラムに頭突きを見舞うが
先を読んで放たれたアッパーがスパイクの顎を捉え、
鋭い牙を何本もへし折って上空に吹き飛ばした。
骨が砕ける音が響き、最早原型を留めていない
砂だらけの肉と鉄屑が無惨に転がる。
『ガ……グォ……』
『介錯!』
尚も戦意を見せるスパイクだったが
追撃の蹴りで頭蓋骨が完全に砕かれ、挽肉と
なってリング中にぶち撒かれた。
『決着ッ!試合というよりは狩猟!一方的な
暴力を以ての蹂躙であります!レッドラム、背中の
武器を一切使う事なく圧勝!強すぎるッ!』
『暴走機関車解体ショーの次はこのカード!
謎多きプロ、ヴォーパラー対ッ!』
『同じくAランク、そしてアヴァ商会が誇る重役団からの刺客!ヴァァァンキッシュゥゥッ!』
紫色のローブで全身を包んだ冒険者が浮遊し、
自身の頭上に杖を浮かべて回転させる。
『ヴァンキッシュは対魔物のエキスパートとの事ですが、一体どんな魔法を見せてくれるのか!?ここから先は正に未知の領域ッ!言うならば深海で行われる小さな海戦であります!』
『それでは行きましょう!よーい……』
ゴォンッ!
ヴォーパラーは銅鑼が鳴った事を確認すると、
蛸を模った禍々しい杖を振り翳した。
『変身ッ!』
彼女の身体が光に包まれ、そのシルエットが
少女のようなものに変わってゆく!
『マジカル・リリカル・ドレーカルッ!!邪教少女ヴォーパラー、華麗に
10代前半にも見えるヴォーパラーは
滑らかな青緑の戦闘用ドレスを纏い、
蛸を模った杖を二倍近い長さに伸ばして構える。
『ここで熱い演出ッ、開幕から魅せてくれます!』
『人気にかまけた冒険者の没落は早いぞ』
ヴァンキッシュは両腕を突き出し、掌から
紫色の泡を大量に吐き出して面制圧攻撃!
『これが俺の毒魔法だ……苦しんで死ね!』
再びヴァンキッシュが腕を構え、アッパーの動作で
跳躍したヴォーパラーの足元に毒の滝を作り出す!
ヴォーパラーは壁に張り付くように着地、そのまま
走り回って追撃を回避!
『もう、ドレスが汚れちゃったよっ☆』
『心配するな、直ぐに溶けて顔も分からなくなる。』
『怖い怖い、悪趣味ですねぇ……流石にあの人には負けますが……』
ー同時刻、教団本部要塞ー
「クシャッ!妙だな、松は平気だと思うが……」
彼は庭園風の飾り付けが施された廊下を歩きながら
油断なく周囲を監視する。この区画は来賓や
幹部を接待するような場所らしく、あからさまな
トラップや伏兵の数は少ない。
(機密情報を保管する隠し部屋、もしくは護衛……
周辺の雑魚は出払っているだろうが、何か臭う)
床に埋め込まれた水槽には錦鯉が何匹も泳ぎ、
松の木が植えられた通路の横には苔むした
巨大な火山岩が並ぶ。
「………確か、奴はジパング出身だったか。」
ふと、琴を奏でる数体の絡繰人形が視界に入った。
皆一様に美しい衣装を着ている。
「いかにも年寄りが好みそうな趣向だな……
スカアハやエリザベートなら理解出来るのか?」
突如その首が180度回転し、ピンチベック目掛けて
眼球から殺人光線を放つ!有機物を内部から加熱、
破壊する強力な奇襲砲台だ!
「油断も隙もないな。」
ピンチベックは光線の挙動をダガーの刀身で反射、
一体のメインカメラに直撃させ、熱で破壊した。
すると人形達は立ち上がり、匕首を構えて一斉に
標的へと飛び掛かる!
「工芸品を破壊するようで気が引けるが……」
ベルトからリボルバーを抜き、引き金を引く。
脳天に二発ずつ鉛玉を撃ち込まれた絡繰人形達は
じたばたと床の上で暴れた後、機能を停止した。
「………」
ピンチベックは帽子を傾けて八発の弾丸を落とすと
それを弾倉で拾い、素早くリロードする。
「……出て来い。」
『フフフフッ……やっぱり強いねぇ……』
歪に変形した右腕から赤茶色の瘴気を放ち
ながら、その人物は不敵な笑みを浮かべる。
性別は不明だが、強い事は分かった。
『まぁ、当然か……ボクの父親なんだから。』
「父親だと……お前は何者だ。」
『初めまして、ボクの名前はトランスィレ……
貴方の遺伝子で1から作られたクローン兵士さ!
誕生日は先月で、今年で3歳になったけど
肉体年齢は大体15歳くらいだから損した気分。
あと、最近人が足りなくて幹部に』
「……質問して良いだろうか?」
『良いよ!ボク達は血の繋がった家族だからね!』
「フフッ…ユーモアは知能指数が高い証拠だな。」
『ボク、何か面白い事言った?』
「あぁ……私の複製品が家族の真似事とはな。
笑えない事以外は最高のジョークだ。」
『うーん……?』
「話を戻そう。私を殺しに来たんじゃないのか?
幾らでもチャンスはあった筈だぞ。」
『……信じて貰えないかも知れないけど、いつもは
居住区か実験棟にいるから、その……父親が誰か
知りたかっただけなんだ、家族は殺せないよ。』
トランスィレに殺意は感じられない。
「居住区……?屈強なクローン兵士が住むには
少しばかり場違いな気もするが。」
『ボクはコミュニケーション能力を重視してるから
最終的には交渉や暗殺を任せるつもりみたい。
その為に、子供達とも接する必要があるんだって!
高性能だからすぐ友達になれたけどね!今は皆と
ありがたい教えについて勉強してるよ。』
「そうか……私とも仲良くしてくれるか?」
平時の彼を知っている者なら、ぞっとする程に
優しい声だった。
『でも、忙しいみたいだし……』
「少しだけな。情報を管理する隠し場所があるだろう?確か定期的に場所を変えている筈だ……どこにあるか教えて欲しい。」
「監視カメラは全て破壊して来た。私が死んでも裏切りが露見する事もないし、万が一メテオリットが死んだらお前の貢献を話して庇ってやる。」
『わ、分かった……家族に頼まれたら断れないね。ついて来て!』
「……君は優しいな、私の子供とは思えん。」
ー数分後ー
『確かこの辺りに隠し部屋が』
「分かった」
ドゴォンッ!
ピンチベックの蹴りで金属の防壁が悲鳴を上げた。
歪み、半ば引き裂かれた隠し扉をこじ開けると、
大音量で警報装置が鳴り響く。
『わわっ!?バレちゃうよ!』
「私の息子ならもう少し余裕を見せろ。」
ピンチベックはキーボードの電源を入れ、
予めリーシャから聞かされていた暗号文と
識別番号をメモの通りに入力する。
『コード認証、マスター・リーシャ……取引情報の抹消プログラムを停止……警報の送信をオフラインに再設定します。』
「候補12も削除、やはり対策はされているな……頼む、見つかってくれ!」
ピンチベックは文字の羅列や数式が浮かんだ
水晶のデバイスを手早く操作し、アヴァ商会や
各国官僚の情報に目を通す。
「孤児販売の顧客リストと……音声付きの
オークション映像、これだ!テレビ通話起動!
海底ケーブル経由で各モニターに送信!」
『ザリザリ……確認しました、ですが……
ザリ……う少し……します……』
ノイズ混じりの音声を聞き、再びデバイスを
操作して情報を引き出す。手指の間から汗が
滝のようにこぼれ、アドレナリンが爆発する。
「次!改竄以前の支援金明細、送信ッ!」
「次だ!下部組織の構成員名簿!」
「信者の不祥事隠蔽に関する音声記録!」
「アヴァ商会に所属する信者の不正な株取引!」
「王国軍への兵器密売の告発文!」
リーシャが命懸けで集めた不正や不祥事の証拠を
次々とカラドリウスの端末に向かって送信する。
「これで幹部達は終わりだな……コイツら全員
寿命で死ぬまでの間、地下の牢獄にぶち込んで
地獄の苦しみを与えてやる!」
『あわわわわっ……』
ピンチベックはトランスィレに向き直り、
仮面の下で優しい笑みを浮かべる。
「……よくやってくれた。君のお陰で多くの
苦しんでいる人々が助かったのだ……私ではなく
お前自身が決断して、助けたんだ。」
『え、えへへっ……そう……かな?』
「誰にでも出来る事ではない。初めて会ったが、
お前とならうまくやれるかも知れんな。」
『え、本当!?ここを出たら貴方と一緒に
平和に暮らしたいな!』
「考えても良い。」
『嬉しいな!』
「おっと、そうだ……大切な事を忘れていた。
悪いがもう一つ頼まれてくれるか?」
『何でも言ってよ!』
「今、教団と私達の関係はあまり良くないだろう?
もしかしたら、私の仲間が子供達に危害を加えたり
人質にしたりするかも知れない。未来ある子供達や
無実の大人を傷つけたくはないが、彼らが私を見たら
きっと取り乱して戦闘になってしまう……だから」
「居住区の防壁を開けるように君から言って、
私と彼らの間に立ってくれないか?」
第105幕 完