ピンチベック   作:あほずらもぐら

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第17幕: 乱心

『叩き潰す!覚悟せよ下郎めが!』

 

巨人族の冒険者、ストルズが突撃!瓦礫を跳ね返す程の勢いで、ペラドンナに迫る!

 

『……ヤバいね…もう魔力が無い…』

 

ペラドンナは魔力切れで動けない!あれだけシールドスペルを使用したのだ、無理も無いだろう。

 

『ミンチ肉になるがいい!』

 

拳を打ち鳴らし、棘付き鋼鉄グローブで重量の乗ったパンチを繰り出す!城門にすら穴を穿つ、恐るべき大質量だ!

 

『くっ…お、重い!』

 

何とか一発目を受け止めるも、連戦で疲弊している!間髪入れず二発目!

 

『あぁああっ!』

 

捌き切れず吹き飛ぶ!ダメージは甚大だ!

 

『ご…ごめん…』

 

「無理ならば逃げろ、私がやる。」

 

『幾ら何でもこの人数は…無理だよ…』

 

「逃げろ。私の我儘にこれ以上、巻き込む訳にはいかない。」

 

「悪いが、まだ死ねんのだよ。お前達のせいでな…」

 

 

ペラドンナの静止も聞かず二本の短刀を構える。波の様な、美しい刃紋が照明に照らされ輝く。増援まで、時間を稼ぐのだ。今回が初めてではない。戦場で若い上官に切り捨てられ、孤立した時。捕虜として囚われの身になり、独力で脱出した時。脱走兵に襲われていた少年を救うため、初めて人を殺した時。

 

 

仮面の奥で、目が黄金色に輝く。手に握る短刀から、爪先にまでマナが駆け巡り、骨と皮だけの身体に、異様な形状の筋肉が浮かび上がる。

 

『ガキが!お前の様な三下、今まで何人も殺して来たわ!』

 

ストルズが凄む。だが、ピンチベックを包むオーラが変わったのは明らかだ。今は前進あるのみ!棘付き鋼鉄グローブが、氷に包まれる!そして、身に纏う鎧も、鉄の兜も、瞬く間に全身が氷に包まれる!

 

『これが!俺様の!グレートエンチャントだ!』

 

氷の塊と化したストルズが、地面を揺らし、耳が割れんばかりの足音でピンチベックに迫る!

 

『死ねえええええええ!』

 

『コヒュッ!ヒュヒュッ!』

 

これをピンチベックが短刀で迎え撃つ!振り下ろされる氷の槌を躱し、氷の鎧に深々と突き刺さる刃!

 

『この程度、蚊が刺したも同義よ!』

 

僅かな亀裂に血が滲むも、止まる気配は一向に無い!まさに氷の重戦車だ!しかし、これで終わるピンチベックではない!突き刺した短刀を足場にして跳躍!空中で投げナイフを大量に投擲する!

 

『コヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュ!』

 

『無駄な事を!』

 

一つ残らず命中し突き刺さるも、未だストルズの氷の鎧は砕けない!まさに鉄壁の防御だ!すかさず銃弾の支援攻撃!

 

『コヒュヒューッ!』

 

これを黄銅色の鉤爪で弾くピンチベック!しかし何発かは顔を掠め、仮面が破壊される!

 

『な、何だ…お前…』

 

銃弾を放ったセントール族の冒険者、カヴァナリーが悲鳴に近い動揺の声を上げる。まさに、異形。赤錆色と金色が混ざった目が、カヴァナリーに向けられる。

 

『怯むな!へばった雇われ一匹、我々の敵ではない!』

 

ストルズは拳を振り上げ、勝負に出た!氷を纏った巨大からは想像も出来ないスピード!ピンチベックは腕で防ぐも、吹き飛ばされ、右腕の骨が砕ける!

 

「くっ!……まだ4分と稼げていない…まずいな…」

 

『フン…所詮数の有利には勝てんよ…』

 

メテオリットが嘲笑う。ピンチベックの体内に寄生しているアブホースの細胞により痛覚は抑制出来るが、腕を動かすのはもはや不可能。

 

「ならば…ここが命の張り所よ!」

 

ピンチベックは完璧な直線を描き突進!

 

『無駄な抵抗はよせ!』

 

カヴァナリーのライフル掃射を受け、全身にストルズの氷柱を突き刺しながら全身から出血し、しかし更に走る勢いは増す!

 

「ガア”ァァアアアァァア”ーっ!!」

 

内臓が潰れ、銃弾が筋肉を貫通する。血が装束を汚す。だが、後ろを任せた者の為、恐怖は無い。後悔は地獄でする。今の彼は、正に怪物であった。

 

 

「これで…こレで…お前も、ワたしも終ワリダァアァァアアア!!」

 

 

 

ピンチベックの蹴りが、ストルズの鎧を打ち砕く!投げナイフで生じた

僅かな亀裂を押し広げて余りある、杭を撃ち込むが如し蹴り。文字通り命を削る必殺。

 

 

『馬鹿な!?ダイナマイトですら砕けぬ俺の鎧が!?』

 

 

「バァアアアアアアアアアアアッ!!」

 

慟哭と共にピンチベックの左腕が肥大化し、ストルズの身を守る、最後の鉄の鎧がひしゃげる。そのまま左腕で連打!ストルズの口から血が滝の如く溢れる!

 

『や、やめ…』

 

「殺す!殺ス!彼女ノ仇を一人残らズ!」

 

 

 

ガアァアアアアアアアアアアッッッッ!!

 

 

火花と共にピンチベックの左腕がストルズの胸部を貫通!その拳には、鮮血滴る心臓が脈動しながら握られている!

 

『俺は…俺が…こんな話…聞いて』

 

心臓が握り潰され、言葉はそこで途絶えた。そして、ピンチベックは死んだ。確かに、死んだ筈なのだ。だが、彼は両足で立ち、再び構えを取る。

 

 

「私ハ…我ノ偉大なる名は…」

 

 

 

 

 

聖人ですら逃げ出す怪物がそこにはいた。赤錆色に光る目で、獲物を見据える。異形の筋肉と骨格が防具を突き破り、ケロイド状の皮膚が顕になる。一本一本が雷のように鋭い乱杭歯を打ち鳴らし、硫黄の焔の如し吐息を吐く。正に、人間の悪意の集大成とも言える、その怪物は、しかし人間の知性を保ちながら名乗る。今から彼らを八つ裂きにする存在の名を。

 

 

 

 

 

 

「アブホースなり!」

 

 

 

 

「真の地獄を見せてくれよう!」

 

 

『なッ…こんな…馬鹿な話…』

 

 

「来い!小童ども!貴様らの首を、我が依代が欲しておるわ!」

 

 

『てっ、手負いの妄言だ!苦し紛れの変身魔法か何かだ!今すぐ撃ち殺してやるっ!』

 

 

カヴァナリーのライフルから、多数の銃弾が放たれる!商人ギルドの資本を最大限活用する封殺戦法だ!

 

 

「ムハハハハハハ!愉快!愉快!鉄クズを幾ら撃ち出そうが、我の力には敵わん!何故理解せんのだ?貴族でも背に乗せていれば良かったものを!」

 

 

『く、来るなぁ…来るんじゃない!』

 

 

銃弾を爪で切り裂きながら、ゆっくりとカヴァナリーに迫るアブホース。血に酔った目が愉快と快楽に歪む。

 

『うわああああああああああ!!』

 

苦し紛れに銃剣で突き刺す。だが、失敗に終わった。手首から先が引きちぎられたからだ。地面を蹴って、逃げようとした。だが、失敗に終わった。足が喰い千切られたからだ。最期の断末魔を上げようとした。だが、失敗に終わった。喉が掻き切られたからだ。精一杯、呼吸をしようとした。だが、失敗に終わった。肺を含む内臓が引きずり出されたからだ。生まれてきた事を後悔しようとした。だが、失敗に終わった。頭が叩き潰されたからだ。

 

 

『ク、クソ!カヴァナリーとストルズまで!お、おい、バンディーア!早く来てくれ!』

 

 

「逃がさん!皮を剥いでくれようぞ!」

 

『ここで死んで堪るものか!貴様の情報を持って帰らなければ、懲罰は免れんのだ!』

 

 

メテオリットは、隕鉄で精製された刀「峰遥」を卓越した剣技で振るい、間一髪でアブホースの攻撃を躱す!しかし、次の瞬間、巨大な影が二人の間に割って入る!

 

 

 

 

 

『アアァー…!』

 

 

 

 

 

「ムゥ…!何だこの死体は…面妖な…」

 

 

それは、巨躯を誇る死霊だった。恐らくは、ゾンビの類だろう。だが、その声は、顔は…

 

 

 

 

 

紛れもない、少女の物であった。

 

 

 

 

『よ、よし、撤退だ!私を守って撤退するのだ!』

 

 

『アァアア…』

 

 

「無駄な足掻きをしおってからに!」

 

 

アブホースは背中から、肥大した骨の一部を射出!バンディーアの背中に骨の弾丸が突き刺さる!しかし、バンディーアは気にも留めず、何処かに跳んで行った…

 

『あぁ…アアァー…ヒヒヒヒヒヒ!ウフフフフフ!』

 

エルバルドは、神話の大戦の如し光景を目にし、正気を保てなかった。

失禁した後、目を剥いて狂った様に笑っていた。

 

「ほぅ…まだ命があったか…運の無い奴よ…」

 

アブホースの毒牙が、エルバルドに迫る。皮膚を切り裂き、内臓を貪ろうと迫る。その光景に、僅かに正気を取り戻す。

 

『や…ぁあああ…助け…』

 

「気がついたか…それでこそ、殺し甲斐があると言うもの!」

 

『うわあぁああぁあああぁあぁ!!』

 

 

 

 

 

第17幕 完

 

 


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