ピンチベック   作:あほずらもぐら

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第22幕: 偽りの黄金 後編

もう後が無い。この任務を必ず成功させなければ、彼は二度と助からないだろう。せめて人並みの暮らしをさせてやりたかった。

 

彼の精神状態では何処も雇ってくれないだろう。だがそれでも、彼は自分の弟だった。藪医者に騙され、オカルトや食事療法にも手を出した。結局は無駄足だったが、教団に出会い、地位を築けば彼らに楽をさせてやれる。上層部の腐敗は承知の上だ。

 

それでも日々の薬代は馬鹿にならないのだ。持病が再発した妹の件もあるし、戦争で負った後遺症で親も働けない。自治領は王国の勢いを削ぐ為には手段を問わない。とてもじゃないが自分一人では家族を養えない。

 

年金は死者が出た家庭にしか支給されないのだ。自分達は何の為に戦争をやっていたのだろう。少年時代をシェルターで過ごし、友人も何人かは帰らぬ人となった。彼は自治領を憎むしか無かった。そこに手を差し伸べたのが教団だった。彼らは首都の病院ですら置いていない薬と高度な医療技術を有していた。家族を救う道はそれしか無かった。

 

それなのに。教団の教えを説く度、友人は離れていった。手に入れた金の八割は教団への上納金と生活費、家族の治療費に消える。だが自分には家族がいた。それなのに。自治領への憎悪を忘れかけていたのに。一度目の失敗はあの傭兵と拳銃使い。二度目はあの商人とその私兵。三度目は許されない。上層部から次の任務を失敗すれば家族への支援を打ち切ると言われた。事実上の死刑宣告である。それなのに何故、こいつは邪魔をする!

 

『ここで倒れる訳には行かない!通させてもらう!』

 

『……』

 

目の前の人物が顔を伏せたまま短刀を構える。

 

『……』

 

『お前は…!』

 

敵が顔を上げた。穴だらけの不気味な仮面が鈍く光る。忘れもしない、あの拳銃使いの男。炉に薪を焚べるように怒りが沸き立つ。

 

『………』

 

『言葉は不要と言う訳か…行くぞ!』

 

十字架型ハルバードが唸りを上げる!奴を殺し、勲としなければ家族は飢えと病で死ぬ。彼は前進することしか出来ないのだ!ハルバードが風を纏う!

 

『……』

 

しかし卓越したダガー捌きで逆にハルバードを絡め取り防御!蠍がハサミで敵を押さえ付け、針を打ち込むようにそのまま蹴りを繰り出す!列車の反対側まで吹き飛ばされるアイアンクロス!

 

『うぅっ…出来るな…!』

 

しかし今の彼は特殊な防具を皮膚の下に直接埋め込み、骨と筋肉、内臓を保護している!この程度のダメージでは止まらない!扉を蹴り、跳躍からの反撃!不意を突かれ回避が遅れる!ガントレットで防御を試みるもハルバードの切っ先がガントレットを貫通した!袖から血が垂れる!

 

『………!』

 

しかしピンチベックも歴戦の勇士、戦意はいささかも衰えず、貪欲に反撃の機会を狙う。ガントレットから鉤爪を展開して追撃に備える。

 

『このまま、一気に押し切れるか!?』

 

アイアンクロスも慎重にハルバードを構え、呼吸を整える。今は優勢とは言え一度倒された相手、油断は命取りだ。閉所では攻撃手段が多く技量の高い彼の方が有利だろう。指一本の動きさえ誤れば死ぬ。

 

『…………』

 

長い沈黙の後、アイアンクロスが先に仕掛ける!ハルバードを短く持ち突撃!素早く持ち替え、得物の重量と斬れ味に任せた鋭い突きを放つ!

ピンチベックは身を屈めて回避!しかしこれでは終わらない!ハルバードから衝撃波が放たれ、ピンチベックを吹き飛ばした!

 

『その命、貰い受ける!』

 

アイアンクロスの左腕が変形!腕の強化骨殻が左右に突き出し、マシンガンと化した!そのまま弾丸を連射!冒涜的な人体改造だ!薬莢が辺りに散らばり、銃弾が窓ガラスや扉を破壊する!

 

『うぉぉーっ!!当たれえぇぇぇぇ!!』

 

これを側転で回避するピンチベック!しかし、狭い車内では回避は困難!鉤爪で銃弾を弾くが、死角からの跳弾が左足に命中!だが無事な方の右足で跳び、鉤爪をアイアンクロスの脇腹に突き刺す!激しく痙攣するアイアンクロス!鉤爪に放電機構が取り付けられているのか!?

 

『ぐわぁ!!だが…勝ったのはこちらだ!』

 

強い電流に耐え、歯を食いしばってハルバードで反撃!右肩を切り裂き、アキレス腱を串刺しにする!

 

『くっ…うあぁぁぁあっ!!』

 

『やったぞ!介錯致す!』

 

そのまま心臓にハルバードを突き刺し、内側から風魔法でズタズタに切り裂くつもりだ!筋繊維を潰されて内臓を全て破壊され、脳も潰されれば完全な蘇生はもはや不可能だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギュルルル...バアァァン!

 

 

その時であった…狙い澄ました射撃がハルバードの攻撃を弾いたのだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………ピンチベック…ご苦労…だった…』

 

 

 

 

 

顔に包帯を巻いた男が、鍛えられた低い声で話す。その手には、磨かれたリボルバー銃が握られている。

 

 

「..この...ローデリウスが...お相手...しよう...」

 

 

 

『何で…逃げ…』

 

言い終わる前に“ピンチベック”の体はロープに巻かれて後方車両へと消えていった。

 

『さっきといい、中々粋な真似するなァ、あのインキュバス。ええ仲間やないか…』

 

「…否定は…しないさ…ハハ…」

 

後方車両の遠くで泣きそうな男の怒鳴り声が聞こえる。無事に回収されたようだ。

 

『うっわ…縄で引きずられた痕血塗れやん…怪奇小説の挿絵みたいや…』

 

「手負いに…戦力は期待しないで欲しいが…出来る事はやるさ…」

 

『ウチはラッキーだったみたいやなぁ…鎖鎌で列車に飛び乗る前に迎撃して馬から引きずり落としてやったわ!ま、何発か痛いのは貰ったが、治療費で儲かるんなら大した事ないっちゅう訳や!』

 

「そういう事だ…大人しく降伏すれば手の指を全て落とした後、斬首刑からの火葬で手打ちにするよう上に話を通しておこう…」

 

『それ手打ちじゃなくて無礼討ちやろ…』

 

『私が新しく考案した24の拷問に掛けるよりは有情だと思うが。』

 

『舌が回って来たか!どや?ウチの新商品のウルトラハイポーションの効き目は?材料は全て選別したオーガニック品で、飲んでから2分で棺桶に片足突っ込んだ爺さんも婆さんとベッドの上でレスリング始めるレベルの超優良品やで!一瓶たったの銀貨5枚の特別価格で、今から一時間以内に注文してくれはったお客様にはもう一瓶追加でプレゼントや!』

 

『…高くないか?』

 

『それ、今言う話か?お客様を待たせたらアカンやろ!行くで!(敵の命の値段が)安い、(勝利の美酒が)美味い、(殺すのが)早いがウチの信条やからな!』

 

 

『俺は…負けん…負けられんのだ!』

 

「そうか…ならば戦士の端くれとして、此方も全力でお相手しよう!」

 

『この気概は金では買えんな…余りに価値がありすぎる。』

 

 

『そうか…俺は生きて帰る!貴公らを打ち負かし、崇高なる目的の為!礎になるがいい!』

 

アイアンクロスは覚悟を決める。下がった敵二人は既に死にかけ。目の前の兵士のうち一人も重傷だ。同志達の奮闘を決して無駄にはしない!法衣から覗く目は幼さを残しながらも勇気に燃える。

 

『俺たちは同じ穴のムジナだ。だがよ、お前さんには病気の家族がいる、そうだろ?俺みたいな奴でいいなら、連れて行ってくれよ!』

 

『ご家族の為、司祭様の為に、私も微力を尽くすつもりだ。だから気に病むんじゃない!そんな調子じゃご家族も心配するぞ!』

 

 

俺のワガママに付き合ったばかりに、二人共死んだ。皆良い戦士だった。ならば、家族の為、二人の為に、私は闘うだけだ!

 

 

『我が名はアイアンクロス!同志の無念、晴らしに参った!覚悟せよ下郎!我らの信仰、そして怒り!思い知るがいい!天から賜りしこの力!その身で味わうがいい!』

 

 

名乗りを上げ、十字架型ハルバードを構えるアイアンクロス!全身から立ち昇る覇気を隠そうとすらしない!

 

 

「我!偉大なエント自治領の民の名誉ある守護者!ローデリウス・アルバ・ロムルスなり!神聖なる最高議会の剣として、民に裁けぬ悪を裁く者として、民を脅かす貴様ら不浄な悪を怒りと正義の炎で焼き払う事こそ我が使命!自治領の法により、汝に天誅を与えん!」

 

 

ピンチベック…いや、ローデリウスは醜い素顔を晒しながら尚、復讐心にも狂気にも呑まれず、全身から殺気を漲らせ、威圧的な名乗りを上げた!

 

 

『有難う御座います。ご丁寧なお言葉。申し遅れ失礼さんにござんす。手前、商人組合に属します一派閥、黄金船商団の一代目当主を務めさせて頂いております。性はアウロム、名はコーム。稼業、昨今の駆け出し者。万事万端、いざ尋常に勝負の程、宜しくお頼み申します。』

 

 

一風変わった、だが確かに礼節を感じさせる名乗りと共に金で装飾された鎖鎌を構え、一礼するコーム!その目は久方ぶりの闘争による高揚で輝いている!

 

『言えたぁ!台本無しで行けたぁ!』

 

「…随分と大きな物を背負っているようだが…これも戦争だ。許しは乞わん…苦しみ抜いて死んでくれ。」

 

『タングステンも、フェザーダンサーも勇敢に戦い、己の役割を充分に果たした…ならば俺も戦うのみ!教団の為!家族の為!行くぞ!』

 

アイアンクロスのハルバードが音を立てて変形する!柄が畳まれ、ハルバードの穂先が近接戦に適した、ブーメランめいた形状になった!そのままローデリウスの喉笛を切り裂きにかかる!

 

「コヒュッ!ヒュヒュヒュヒュヒュ!」

 

これを熟練したダガー捌きで弾き、カウンターの連撃!目の前の空気が切り刻まれる!元がハルバードの為に重量があり、閉所ではダガーの軽さと素早さに押され気味だ!

 

『この程度!同志の痛みに比べれば!』

 

しかし、皮下に埋め込まれた特殊鎧が致命傷を防ぐ!重量に任せた捨て身の反撃でダガーを弾き距離を取った!

 

(何だ!?この木人でも斬りつけているような違和感は?確かに筋繊維を狙った筈…怯みすらしない!?体内に防具を仕込んでいるのか…?しかしそれでも私のダガーに斬られたならかなりの痛みを伴う筈だが…)

 

『この力があれば…!隙あり!』

 

あり得ないスピードで壁を蹴り、ハルバードの柄を一瞬で伸ばしての鋭い突きだ!衝撃波だけで壁に大穴が空く、恐ろしい一撃!これぞ風系エンチャントにおける二段構えの大技である!これを辛うじて躱すローデリウス!だが衝撃波は回避不可能!右腕に無数の切り傷が生じる!

 

『…鎧だけではない…この薄気味悪い臭い…この違和感の正体は何だ!?』

 

『レディを無視するなんて許さへんで!鎖鎌の錆にしたる!』

 

コームの鎖鎌がアイアンクロスの足元に向かって飛ぶ!アイアンクロスはこれを最低限の動きで回避!しかしこれで終わりではない!鎖鎌から暴徒鎮圧用金粉煙幕催涙ガスが発生!竜族にすら通用する強力なガスがアイアンクロスを襲う!

 

『おぉ…今の俺にはそのような足掻き、通用しないぞ!』

 

何と!アイアンクロスはガスを浴びながらも血走った目を見開いてローデリウスを見据え、ハルバードを回転させ、ガスを払いながら突進したではないか!これも信仰の成せる技か!?

 

『な!?こいつ…タマネギの10倍濃度の硫化アリルやぞ!んな滅茶苦茶な話があるか!』

 

(痛覚を外科手術か何かで抑制しているのか!?しかしペラドンナが鉤爪で突き刺した時は確かに怯んでいた…まさか…)

 

『…この力…これがあれば…あるいは…』

 

アイアンクロスは自身の肉体に力が駆け巡るのを感じた。やはりこの力は素晴らしい。これで弟も妹も助かる…今までとは段違いに調子がいい。脊髄に電流が走るような全能感に酔う。今やどんな痛みにも彼は怯まない!

 

「”隠者の石”か…お前達の下らぬ支援者…麻薬ビジネスの顧客と言った方が良いか。ただの麻薬…野犬のクソ以下の肥やしにもならんが…物は言いようだな。」

 

『……もう俺には…これしか手段が無いのだ!お前達を殺す為には、手段は選んでいる訳には行かない!』

 

「貴方程の戦士が…光栄だ…」

 

『さぁ来い…ピンチベック…貴様の首で恩賞を頂く!』

 

「コーム…貴女はストゥーピストとペラドンナを頼めるか…二人が…その…心配だ。」

 

『今日は随分と素直やなぁ…それくらい余裕が無いって事か…任しとき!』

 

「恨むなら恨め…やっと…やっと復讐以外の道を…あれほど私の意思を汲んでくれる仲間を…見つけたのだ…私はエゴを通すぞ...」

 

 

 

「彼らは私の事を人間だと言ったのだ…今だけでも、それが嘘でも…もう一度だ…もう一度だけ、私は信じる!」

 

 

『互いに最後と言う訳か…相手にとって不足無し!我が同志と…家族の為…もう二度と彼らから…俺から何も奪わせないぞ!自治領の犬が!』

 

 

二人に正義など無かった。多くの命を奪い、多くを踏みにじり、多くを失った二人には。この戦い、より強い悪が勝つ!両者は同時に跳んだ!

 

 

 

 

 

 

第22幕 完

 

 

 

 


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