ピンチベック   作:あほずらもぐら

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第24幕: 護る力 前編

エント自治領、とある街の一角。ある人物が、新たな門出を迎えようとしていた。紫がかった肌に、花の様に鮮やかな目。その顔は、かつてその称号を授かっていた男とは対局に傷一つなく、女性と見紛う程に美しかった。だが彼は肩まであった長髪を切り、折角の美貌を不気味な仮面で隠してしまった。マントを羽織り、外に出る。今日は初めての任務だ。だがその前に、彼はある人物に会いに行った。

 

「これから初めての任務だよ♡…これ…返しそびれちゃったけど…銃だけじゃ、襲われた時に不安だよね!だから返すね…遅くなってごめん!」

 

“ローデリウス・アルバ・ロムルス”と書かれた墓の前に古びたダガーを立て掛ける。男は僅か21歳でこの世を去った。ダガー以外にも、大量の花が辺りに植えられている。猛毒を持つ筈のペラドンナでさえも。男はそれなり以上に慕われていたのだろう。他の同僚からのメッセージが小さな石碑に掘られて近くに置いてある。墓前には三本の矢が刺さった銀貨の袋と、ドワーフ鍛治が作ったであろう、真新しい戦士の彫像が新たに置かれていた。

 

「ごめんね…帰りにも会いに来るから。」

 

男は自分のせいで死んだも同然だ。だが彼はなるべく平静を装う。幾ら落ち込んでも、彼は蘇らず、ただ悲しむだけなのだから。

 

「じゃあ!またお話ししようね!」

 

 

(君は優しいな…私などの為に…)

 

 

そんな声が聞こえた気がする。初めて会ったあの時に言われた言葉だ。だが彼は振り返らない。

 

「…ありがとう。」

 

一言返事をして、彼は出発した。これから彼は戦場に赴く。勇敢な戦士の加護が得られた…かは棺の中の彼とオーディンしか分からないだろう。だが先代の友であったペラドンナは少なくともそのつもりであったし、この直後、墓前に酒瓶片手に現れたターバンの男もそのつもりであった。

 

 

『皆よう集まってくれたな!この前の戦いもあって、焔塔教団の戦力は大分減って来とる。後一押し…とまではいかんが、それでも勢いは大幅に削げた。脅威になりそうな奴はあの隕石野郎とこの前撃退したタングステン、あとは冒険者ですらない幹部格だけや。だが油断は出来ん。奴らは旧時代の遺跡を片っ端から漁っているらしい。特に教義のメインにもなってる”焔の塔”は資料からは詳細が知れん上に旧時代の文献にも残っとらんオカルトやが、副産物として大量の戦争兵器を発掘してるっちゅう噂も聞く。油断だけはするな!』

 

『今回の作戦は、その旧時代の発掘現場を襲撃し、彼らの詳細な戦力を調べる事です。旧時代の兵器は今では失われた高度な技術で作られているものが多く、放置すれば間違いなく脅威になるでしょう。』

 

『作戦開始は深夜や。眠気で士気が低下した所を一気に叩く。略奪は自由やけど、ウチの所に持って来れば高く買わせてもらうで!』

 

『良し!金稼いで、アイツの墓を金塊で作ってやろうじゃねぇか!』

 

「…彼、絶対嫌がると思う…」

 

彼の夢はどんな味がしただろうか。今となっては、永遠に分からない。夢魔は悪夢を見せ、人の苦しみから生じるマナを食す。だが一方で人間の悪夢を食べる事もある。ストゥーピストの夢は味付けが濃く、胃もたれが酷かったが。

 

「やっぱり…苦いのかな…彼の夢…」

 

『だがよ…アイツは最期、お前と俺の名を呼んで死んだ。ただ苦いだけじゃなく、最後の方は美味い所もあったんじゃないか?』

 

「…僕のせい…だよね…もっと彼を信じてあげていれば…」

 

『馬鹿言え!アイツはお前がやった事…喜んでると思うぜ。お前がアイツを守ろうとしたのは事実なんだ…自分が死んだくらいじゃ、俺たちは止まらないって、アイツは信じてる筈だ…だから俺たちを後継者に推した。違うか?』

 

「…そうだよね!僕に任せてくれたんだから、全力で答えなきゃ!」

 

『あぁそうだ!俺は信じてるぞ!ここにいる皆が信じてる!教団に勝ったら、アイツの墓の前で祝勝会だ!』

 

「うん!作戦、絶対に成功させて、ローデリウス君に報告する!」

 

『…見て下さい…貴方が積み上げた物が、繋いだ縁が、貴方が守ってきた仲間たちが、貴方の悲願を果たそうとしている…こんなに嬉しい事はありません…』

 

『良し、アイツの覚悟、無駄にすんなよ!この戦、勝つのは俺たちだ!』

 

 

人間は不滅の魂と、永遠の遺志を持っている。それは受け継がれる物。ピンチベックが、ローデリウスが決死の覚悟で繋いだ命が、また命を繋ぐ為に戦い続けている。彼の魂を縛っていた鎖は、いつしか仲間を繋ぐ、黄金の鎖になっていた。最期に彼は、母、そして唯一愛した女性と同じ人類種として死んだ。厳しい現実ではあるが、僅かな救いはあったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

〜現地到着後〜

 

 

 

『ここが旧時代の遺跡ねぇ…何メートルあるんだぁ?そこらの城と同じか、高さはそれ以上あるぞ!?』

 

「遊びに来たんじゃないよ!きちんと装備の確認はした?それから経路の確認と、現地で支給品の受け取り!早く済ませるよ!」

 

今回、僕達は遺跡の発掘調査の手伝いという形で教団に接触、幸いローデリウス君が教団からのヘイトを一身に集めていたお陰で僕達は殆どノーマーク。後でお礼言っておかなきゃね!

 

『よっし!今日も稼ぐぞ!コームは流石に来ないよな…私兵動員して教団の足止めした訳だし…』

 

「そう。だから必ず二人で行動する事!単独行動は禁止!何が出てくるか分からないんだから!」

 

『お前…ピンチベックに似て来たな!いつもなら…』

 

ストゥーピストはそこまで言って口をつぐんだ。折角恩人に会えたのに、彼の死をまた思い起こさせるのは酷だろう。

 

『いや…何でもない!悪かった!』

 

「…?」

 

二人は手荷物検査を受けて遺跡内に入る。既に多くの労働者が探索や設備の点検を行っている。研究者も熱心に遺物の解析をしているようだ。ここは表向きは王国領の復興事業の一環という扱いの為、戦後、雇用を求める失業者や若い求職者を使って人手を賄っている。

 

『ここは私達に任せて貰って構わない。冒険者の君達には危険が伴う未踏破箇所を頼む。』

 

現場監督の指示に従い、二人は奥に進む。「非冒険者立ち入り禁止」と書かれた鉄条網を超え、旧時代の名残が強い場所までやって来た。原則、発見したものは全て提出する義務があるが、二人、特にストゥーピストはコームに横流しした方が得だと知っているし、何より敵に塩を送るような馬鹿な真似はしないつもりだ。

 

「うわぁ…何これ…」

 

電気設備が未だに生きている場所まで来た。今まであった貼り紙やバリケード、休憩室も無い場所だ。薄暗く、どことなく不気味な印象を受ける。

 

「これが”でんきゅう”?何か体に悪そうな色だね…」

 

「これは”ネオン”じゃないか?俺も詳しくないから良く分からないが…夜も暖炉や蝋燭無しでここまで明るいのは便利だが…後で来る奴が迷わないようにそっとしておこう。触れたら爆発するかもしれん。」

 

旧時代の文明の殆どは失われている。大昔に宇宙人に襲われたとか、魔物が出現した頃に滅んだとか、或いは人間同士で戦争があったとか、様々な説がある。とにかく凄い技術があったのは確かだけど、マナや魔術の力を使った物が不自然なまでに存在しないらしい。

 

『金目の物、金目の物…おっ!』

 

ストゥーピストが何かを見つけた。金属製の指輪のようだ。そしてそれを填めた人の指も一緒に。

 

『げぇっ!まだ暖かいぞ!?おい!曲者だ!誰かいるぞ!』

 

「分かった!」

 

戦闘体勢に入る二人!そこに指輪の主を殺めたであろう下手人が現れた!

 

『ガ…ガ…侵入者…検知…戦闘、開始…!』

 

全身鋼鉄の魔物めいた形状の自律二足歩行兵器だ!緑の眼光で二人を睨み付ける!駆動音の咆哮を上げ、ガトリング砲をフル稼働させる!

 

『おいおいおい!確かにこりゃ値打ち物だろうが、これだけのサイズは持って帰れないぞ!』

 

「こういう時は…!」

 

 

「ストゥーピスト君!後ろをお願い!跳弾に気をつけて!」

 

『あぁ!持ち運びやすいようにスクラップにしないとな!』

 

ペラドンナは瓦礫を背に銃弾を回避!脆い瓦礫に銃弾がめり込み跳弾しない!

 

『ペラドンナの経験じゃ……そうか…あの堅物、中々面倒見が良かったんだな…』

 

瓦礫を背にストゥーピストが呟く。

 

(室内戦では遮蔽物を活かした者が勝つ。バリケード、瓦礫、土嚢、それから敵の死体、前後に気を配れ。最近の魔術は跳弾するからな。可能な限り死角を無くせ。)

 

ピンチベック…ローデリウスとの実戦訓練の光景が昨日の事の様に蘇る。短期間ではあったが、彼の非凡な才能を実戦レベルに伸ばすには充分過ぎる時間だった。

 

(ローデリウス君…また助けてくれたんだね…)

 

『ただ死んだだけで終わるような男じゃねぇよな…流石だ。』

 

ストゥーピストの目が残忍に、しかし確かな希望を持って輝く!銃撃で巻き上がった瓦礫の破片を風で辺りに漂わせる!殺人マシーンのカメラが砂嵐で覆われた!ガトリング砲の狙いがずれる!

 

『カメラに異常…機銃掃射…継続…』

 

古びた機械の銃撃では、彼の動きを捉えられない!僅かな隙を逃さず、

一瞬で殺人マシーンに接近!サーベルでガトリングの接合部を切り落とした!

 

『黙れ!黙って金になれ!』

 

更に足払いで転倒させる!ショットガンを発射!コッキング!発射!コッキング!発射!破壊された装甲にサーベルを突き刺す!火花を散らしながら殺人マシーンは機能停止!

 

『よし!帰りに持って帰るぞ!電子基盤やコードが幾らするのか俺には分からん…それに隠して持って行くと傷つくからな…』

 

「こ…これの持ち主…どうしてるの…かな…」

 

彼はまだ流血には慣れていない。少し前まで一介の貴族だった青年だ。

無理もないだろう。

 

『血は苦手か…そのうち慣れるだろ…ビジネスも殺しも慣れが肝心よ。死体を見つけたら骨くらいは拾ってやれ…お前は純粋だ…俺みたいな欲深にはなるなよ。……アイツが悲しむ。』

 

「分かった…でも、まだ生きてるかも知れないよね…暖かいって言ってた…」

 

『冒険者じゃないなら他の部位にも被弾してる筈…良くて気絶、即死じゃないようだが、最悪失血死かショック死だな…どの道自業自得だ。あまり気にしない方がいい…後が持たん。』

 

指から指輪を外しながらストゥーピストは言う。願わくば、彼には慈悲深いまま成長して欲しい…しかしそれを願う事が、どれだけ罪深い事か。それ程までにこの世界は不条理で溢れている。

 

「僕…少しだけ…探していいかな?君は好きにしていいから。」

 

彼ならどうした?僕には分からない。でも彼は僕に優しいって言ってくれた。

 

『チッ…分かった。今回だけだ…次は無い。タイムイズマネーだ、忘れんなよ…』

 

「…ありがと♡ 君のそう言う所好きだな!」

 

ストゥーピストは指輪を丁寧に拭いてからポーチに仕舞うと、金属製の水筒を開け、中の酒を口に含んだ。

 

『あいつは男だ…あいつは男…だがイケメンに言われるといい所見せたくなるぜ…手伝ってやるか…』

 

瓦礫を蹴飛ばしながら、辺りを探す。勿論金目の物も。

 

『おーい、指落とした奴いるかー?居ないなら交番に…』

 

次の瞬間、ストゥーピストがおもむろにサーベルを抜く!血の匂いを嗅ぎ、感覚が研ぎ澄まされている!不意打ちを宙返りで回避!

 

(この殺して慣れてない感じ…冒険者じゃねぇ。しかもカタギ…)

 

ストゥーピストの周囲に瓦礫の破片で砂嵐が生じる!それを殺気が向けられた方角に向ける!目論見通り、砂嵐に驚いた敵は彼の目の前へと逃れる!

 

『おっと…落とし主が名乗り出てくれて良かった!だがビジネス執行妨害罪だ…被告には死刑を……って…』

 

そこにいたのは、片手から血を流す少女だった。歳は12、13程だろうか。少女は怯えながらも威厳のある声で、ナイフを片手に必死にストゥーピストを追い払おうとしている。

 

『わ、私の身柄を狙っているようだが…私を簡単に捕らえられると、お、思わない事だ!』

 

『これはこれは…5年後が楽しみなお嬢様だ…ナンパなら他所でやってくれるか?危険な男が好きなら話は別だが。』

 

『だ、黙れ!下賤な賊め!私に近寄るな!』

 

『指…どうしたンだ?アリさんにでも噛まれたか?』

 

『な…!こんな子供を傷つけて…あれ?』

 

見ると、無くなった筈の指がくっついているではないか!ストゥーピストは一瞬のやり取りの合間に治癒魔法で彼女の指を付け直したのだ!

 

『どうだぁ?そのオムツコーナーの隣に置いてそうなバタフライナイフ、降ろす気になったか?』

 

『……恩を売って、油断させた所を連れ戻すつもりか!余程このナイフを心臓に突き刺して…』

 

『ほい』

 

『えっ?』

 

バタフライナイフを構えた所までは良かった。サーベルでナイフの切っ先を切り落とされるまでは。

 

『それで刺せるとは思えないがなぁ!鉄製のナイフとは恐ろしい!近所のオモチャ売り場で買ってきたのか?』

 

『ききっ貴様!なななな何をするつもりだ!な、何が目的だ!身代金か!それとも私の体か!社会への報復か!』

 

少女はストゥーピストの恐ろしい程の技の冴えを間近で見て、更に震え上がった。とにかくこの男の目的が分からないのが恐ろしい!

 

(おっと…正当防衛とはいえやり過ぎたな…どうにかして機嫌を直さないと…)

 

『……そんな顔…するんじゃねぇ…可愛い顔が台無しだ。俺は…お嬢ちゃんがそんな物騒な物を持ってるのが…気に入らなかっただけだ…』

 

 

「コラー!何やってるの!」

 

 

怒号と共に蹴りが繰り出され、ストゥーピストの身体が5メートル余り吹き飛んだ!

 

『うわぁあ!!ま、待て!俺はこのガキを治療してやっただけだ!余りにも可愛げが無いんでつい…』

 

ヘッドロックを食らいながらストゥーピストが弁解する。

 

「本当?」

 

少女が首を横に振る。

 

『痛だだっ!おい痛いって!ガキの前で暴力を振るうな!教育に悪いだろ!』

 

「女の子にサーベル突きつけるような人の言う事は知りません!」

 

『ま、待て!その男が無礼だったのは確かだが、私を治療したのは事実だ!離してやれ!』

 

「分かったけど…」

 

『最初から…そう言えよ…クソガキが…』

 

「乱暴な言葉を使わない!分かった?」

 

『痛いから!それ折れるって!マジでやめろそれ!』

 

「ごめんなさい、出来るよね♡」

 

『分かった!悪かった!ごめんなさい!すんません!』

 

「良く言えました!よしよししてあげるね!」

 

ストゥーピストの頭を撫でながら、ペラドンナは少女に話しかける。

 

『何があったか、お兄さんに話してくれるかな?』

 

 

 

 

 

 

 

第24幕 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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