ピンチベック   作:あほずらもぐら

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第26幕: 路傍の石か、光る宝玉か

「お待たせ!準備できたよ♡」

 

『おう!待たせな兄ちゃん!』

 

『よろしく頼むぞ!』

 

『えっ!』

 

「こっちの二人は同僚ね!今日はよろしく!」

 

なんだ…同僚か…よく考えれば分かる話じゃないか…緊張しすぎだな、俺は!さぁ…ツアーガイドの時間だ!彼女にいい所見せるぞ!

 

『これが運搬用の車両になります!実はこれも旧時代の遺物を再現した物なんですよ!まぁ、動力源は魔力に変わっていますけどね!昔は”石油”ってのを使っていたらしいですよ!』

 

『いいね…兄ちゃんいいガイドになれるよ…観光地で働いたらどうだ?』

 

『あ、ありがとうございます!前向きに考えてみます!』

 

マジで!?こりゃ真面目にビジネスチャンスだ!情けは人の為ならずってホントなんだな!

 

『よろしい…で、何キロくらい出るんだ?』

 

『大体…時速60キロくらいですね!中々早いでしょう?お宅の馬より早いかも知れませんよ?』

 

『燃費はどれくらいかな?今度知り合いが遊園地にこれを置きたいって話でね…是非知りたいんだよ。』

 

『はい!魔力供給無しで10時間は走れます!凄いでしょう?商品化の際には、是非私の名前を出して頂いて…』

 

『すると単純計算で600キロ移動できるのか。』

 

「荷物積み終わったよー!」

 

『では、10キロ先の輸送艦停泊所まで移動しますよ!シートベルトは締めましたか?』

 

「うん!今回はありがとう!」

 

隣いいいいいいい!!こんな可愛い子と隣だあああああ!!この仕事に就いて本っ当に良かった!ありがとう太陽!ありがとう世界よ!俺に生きる活力をくれてありがとう!宇宙よありがとう!

 

『居たぞ!奴らを捕まえろ!』

 

『…ゑ?』

 

『…チッ…流石に早いな!クソッ!兄ちゃん!死にたくなかったら早く車を出せ!』

 

『え!どういう事ですか!貴方達…作業員じゃないのか!?』

 

『いいから早く出せ!死にたいか!』

 

『おい、どういう…』

 

「お願い!この女の子…奴らに狙われてる!助けると思って!」

 

『頼む!金ならやる!全部俺が責任を取る!だから!』

 

『何て事を言うんだ!折角見つけた仕事を捨てろと言うのか!大体貴方達は何者なんですか!?』

 

『分かってる!だがな…このままじゃこのガキ…殺されちまうんだ!だから頼む!』

 

『ふざけるな!僕が何をしたって言うんだ!もう嫌だ!君達がどうなろうが知らないよ!』

 

「君しか頼れる人がいない…だから…」

 

『もういい!何の才能もない僕が変な期待をしたからいけないんだ!』

 

何で俺がこんな目に遭う!今まで法律を守って、真面目に働いて来たのに!何でだ!

 

『あの娘を捕まえろ!殺してでも連れ戻せ!おい!発進するな!奴らをそこで食い止めろ!』

 

 

『……お前は、あんな奴らに手を貸して、本当に後悔しないな?そういう男として終わるか?それとも、俺達に手を貸して金と名誉を手に入れるか?どうする…?』

 

 

 

 

『...後で話、聞かせてもらうぜ!』

 

 

 

彼を動かしたのは欲や恐怖かも知れない。

同時に、それだけではないのも確かだった。

 

 

『いいねぇ!今のお前最高に輝いてるぜ!そんなに輝いてるのは寝小便しなくなった頃からって感じだ!』

 

『僕…怖いですよ…それも凄くね…だって仕事の備品と発掘資材盗んで訳の分からない冒険者と逃げてるんだから!本当に漏れそうですよ!』

 

『兄様だけが勇敢だと思ってた……でも違うんだな!』

 

『そうだぞ、ガキ…いやリディア!人はな…ビビってる時と義憤に駆られた時が一番強えぇんだよ!つまり今のアイツは最強だ!誰も奴には勝てない!』

 

「僕達任務とはいえ人質取って強盗してる筈なのに、何でこんな清々しい気分なの!?」

 

『思想は人を強くするんだよ…今のお前達もそうだ!兄ちゃん…思う存分飛ばせ!行き先は自治領の国境だ!褒美は思うがままだぞ!』

 

『は、はい!』

 

『居たぞ!奴らを殺せ!』

 

『ひいいいいいいい!?死にたくないいい!』

 

「総員、戦闘開始だよ!」

 

『ハッハハハハハ!こっからは俺らが頑張る所よ!兄ちゃんはドライブを楽しんでろ!』

 

『お兄さん、私がついているぞ!応援してあげるから頑張るんだ!』

 

『わ、分かりました!』

 

こんな小さな女の子が危険な中、頑張ってるんだ!確かに俺は被害者かも知れない!だが…あんなの見せられて、他でもねぇ、俺が黙ってねぇ!俺はもう逃げない!どうにでもなれ!もう知らんぞ!生き残ってやる!

 

このノーマンと言う男は単純な生き物であった。しかしながら、幼少期からそれなりに苦労し、それなりに努力してきた男でもあったのだ。世界の命運が今、この男に委ねられている。

 

『まずいな…奴らの方が早い…こうなりゃ実力行使よ!やっと人が斬れるぜ…!』

 

『撃てー!』

 

『嫌だぁ!』

 

クロスボウからボルトが発射される!しかしノーマンは巧みなハンドル捌きでボルトを回避!そのままドリフト走行で峡谷を駆け抜ける!赤い大地に華麗なタイヤ痕が刻まれる!自分でも訳が分からないくらいに力が漲るのだ!

 

「ノーマン君、今の超カッコいいよ!その調子!」

 

『こ、光栄です!』

 

『俺も負けてられねぇなぁ!ショットガンってのはよォ…実は普通に射程が長いンだぜぇ…お前らを全員地獄に送れるくらいにはなあ!』

 

ストゥーピストがショットガンを発射!クロスボウ兵は内臓をぶち撒けて即死!

 

『どうだ!これが!この俺様の力だ!何が魔法の時代だ!銃ってのは相手が冒険者や魔物じゃなきゃ使えるんだよ!まぁ一名例外はいたが…』

 

『まずい…!落石だ!避けられないぞ!』

 

「僕に任せて!」

 

ペラドンナはシールドスペルで落石を防御!砕け散る大岩!しかしペラドンナはびくともしない!

 

『凄い…これが冒険者の力…!』

 

『油断するな!奴ら、まだ追って来るぞ…新手だ!』

 

『そんな…もう嫌だ…何で俺が…』

 

『そう言うな…まだまだ楽しめるって事だ…少なくとも俺はな!』

 

狭い通路に差し掛かり、敵が一気に距離を詰める!白装束がハープーンを射出!機関部にハープーンが命中!車両から煙が上がる!

 

『もう終わりだぁ!死ぬぅ!』

 

「落ち着いて…跳ぶよ!じっとしててね!」

 

ペラドンナはノーマンを、ストゥーピストはリディアを抱き抱えて跳んだ!4人はそのまま敵の車両に着地する!

 

『奴らを迎撃しろ!』

 

白装束が短槍で着地後に呆然とするノーマンを狙う!

 

『嫌だぁ!死にたくない!』

 

次の瞬間、ノーマンの体を槍が…貫かない!彼は目を疑った。自分では腰を抜かし、槍に刺されたつもりだったからだ。それで、自分は慌てて身を屈めようとした筈…

 

『何故…俺はこんなに動ける…!?』

 

だが動揺している暇はない!白装束が追撃に入る!

 

『止めろっ!』

 

また回避出来た…何でだ!?俺は畑仕事すら碌に出来ない役立たずではなかったか?なぜこんなにも体が軽い!?

 

『お前の才能は”それ”だったんだよ…良かったじゃねぇか…』

 

『これは…何なんだ…俺はどうして…』

 

「すごい!すごいよ!」

 

『こうなりゃヤケだ!く、食らえ!うおぉーッ!』

 

『ぐあああぁっ…』

 

ノーマンの鋭い蹴り!白装束が大きく吹き飛ぶ!

 

『嘘だろ…俺は…あんた達と同じ…』

 

『まだまだ三下だがな…油断するなよ、俺達は不死身じゃない。』

 

『あぁ…あぁ。』

 

ここは先輩の冒険者に従うべきだな…自分でも信じられないが…自分の身を守れるくらいの力は手に入れたって訳だ…

 

「今の蹴り…君、センスあるね…♡」

 

『あ、はい!ありがとうございます!』

 

 

『…分かりやすい奴だな…嘘下手って言われるだろ…』

 

『…そんな事よりシートベルト締めました?』

 

『お前は本当に分かりやすいな…ここまで露骨に話を逸らして来るとは…気の毒な奴だよ全く…』

 

『な…何か問題が…?』

 

『いや…お前さんには悪い事したなって…だから新しい仕事を紹介しようと思ってな…スリリングで稼ぎもいいし、福利厚生も充実してるいい職場でな…』

 

「嘘でしょ!?彼をスカウトするの!?だって彼は数十分前まで…」

 

『世話になった以上、義理は通す…俺達に協力した結果が失業なんていくらなんでも可哀想だろ…何より冒険者を連れて来ればコームやカラドリウスが喜ぶだろ?』

 

「そうだけど…」

 

『冒険者になって直ぐは全能感がヤバい。アイツが無軌道でケチな悪事を働くよりはマシだと思うがな…お前の手下にでもしてやったらどうだ?』

 

「僕まだ18だよ?」

 

『俺だったらお前みたいなイケメンな上に強くて若い上司、充分に尊敬出来ると思うが…』

 

「そんな…照れるな…///」

 

『事実、お前の冒険者としての才能は俺や奴より格上だ…認めたくはないが、マナ適正だけで言えば上の上、戦闘センスも悪くはない。』

 

『じゃあ、俺はどんな感じだ?』

 

『見た感じ、マナ適正自体はさほど強力でもないな。しかしあの蹴りは中々良かった!魔術や飛び道具も使えば充分やれる水準だろ…』

 

「トイレ行って来る!」

 

『本当か!俺、まだ自分が冒険者だなんて信じられないよ…奴らも国境付近までは追って来ないだろうし...危険な仕事に出向くと、家族にも話してみるよ...少なくとも俺は前向きに考えてる。』

 

『家族は大事だな...そうしてくれると有難い!ペラドンナもお前の事気に入ってるみたいだ…変わり者だが悪人じゃない、人懐っこい奴なんだよ。』

 

『変わり者…?彼女は確かに綺麗な人だが…人柄はそこまで変わっているようには思えないな…?』

 

『彼……』

 

『今、何と?すまないな…自分の心音でよく聞こえなかった。』

 

『彼女じゃなくて…彼…』

 

『おっと、耳に虫が入って』

 

『いい加減、認めるんだ...いいか、現実を受け止めるには困難が伴う。認めたくはないだろうし、君の心中は察するに余りある。ナンパされたと思ったらそいつが男だったなんて、ゴーストライターに無名の同人作家でも雇ってるのか疑いたいだろう...だが、奴は男だ。』

 

『……確かに、彼は自分が女だとは一言も言ってないな…悪かった。俺の勘違いだったようだ…』

 

『…俺さ…親父が戦争で死んだ矢先、親戚の子が養子に来てさ…お兄ちゃんじゃなくてお姉ちゃんが良かったって言うんだよ…でもあの子の姉ちゃんは高位の聖職者で戦後はずっと巡礼をしてるから世話が出来ないんだよ…頻繁に手紙は来るが、お前の妹にいびられてるなんて書けなくてよ…だから俺が綺麗で金持ちな嫁さんを連れて来れば、家族も楽になるって思って…』

 

『家族はいいよな…俺には居ない…俺はダビテの出身だからよ…内戦で全部無くなった…まだ七歳だった時だよ…神学を学んだ時期もあったが、冒険者になってからはこの有り様よ…』

 

『そうか…全て失ってから力を手に入れたのか…皮肉だよな…もっと早くにこの力が有れば、俺もアンタも家族を失わずに済んだのにな…神サマは本当、何を考えてるんだか…』

 

『神はとっくに俺達に愛想尽かして別の宇宙に逃げたさ…俺はそう考えてる。俺は神のせいじゃなく人のせいにしたいからな。だがこの力は救いだ…まだ家族が居るなら、そいつらの為に使ってやれ。下手に人の事考えて使うと碌な事にならないぞ。俺の知り合いがまさにそうだった…。』

 

「お待たせ!何の話?」

 

『何、先輩が後輩の話を親身になって聞いてただけだ、気にするな。』

 

「あ、そうだ!ノーマン君、僕と一緒にお茶したいって言ってたよね!近くにいいお店があるから一緒に行こうか!」

 

『はい…』

 

「疲れちゃったよね…こんな事に巻き込んじゃって…本当にごめん!今日は全部奢るから!好きなだけ食べてね!」

 

『凄く優しいんですね…でも自分で払います…言い出したのは俺なんだから…』

 

「悪いって!遠慮しないでよ…もしかして眠い?また明日にしようか…?」

 

(優しい…優しいよこの人…だがそれが惜しい…)

 

『い、いえ!折角ですから、ご厚意に甘えて頂こうと思います!』

 

「そう…じゃ、遠慮しないで食べてね!」

 

〜30分後〜

 

 

『ふぅ…食った食った…』

 

「あ、そうだ、冒険者になった訳だけど、君はこれからどうするの?」

 

『どの道、元の仕事には戻れないでしょうし…取り敢えず冒険者としてどこかの組織に入って新しくやり直そうと思ってます!』

 

「あ、あの!もし良かったら、僕、いつもはこの辺りにいるから!声かけてくれれば、力になれると思う!」

 

『あ、ありがとうございます!』

 

「今日は疲れたでしょ…家はどの辺りかな?送ってくよ…。それとも、遅いから僕の家に一晩泊まってから帰る…?僕は構わないけど…♡」

 

『いえ、とんでもない!ご迷惑でしょう?自分で馬車を手配して帰りますよ!』

 

「…残念だな…君の夢がどんな味か気になるのに…」

 

『すいません…家族が待ってますので…』

 

「じゃあ、帰り道には気をつけてねー!」

 

『は、はいっ!』

 

 

〜ノーマン邸にて〜

 

 

『ただいま…って…皆寝てるよなぁ…』

 

『おう、お帰り!お疲れさんやで!』

 

 

 

 

 

 

 

『な、誰だお前!?強盗か!?』

 

『あー…何て言うかその…お前を雇おうと思ってる者や!まぁ座りぃ!寛いでな!』

 

『ここ俺の家なんだけど…』

 

『もー、冗談やって!本気にしてもうて可愛い奴やなぁ!』

 

『人の家で飲酒するなよ…』

 

『ホラ、自分も遠慮せず飲みぃ!わざわざ買って来てん、全部消費せんと荷物になってまうからな!』

 

『それで、ご用件は何ですか?…全く、今日は面倒ばかり起きるな…』

 

『ヒック!じゃあ本題に入らせてもらうな!お前、ウチのアホどものせいで失業したらしいな…だから今回は経営者のウチ自ら解決策を提案しに来たって訳やな…』

 

『はぁ…それで何が言いたいんで?』

 

『お前、ウチで働いてみぃひん?ちょっと危険やけど、金はさっきまでお前がやっとった仕事とは比べ物にならない程稼げる…しかも自治領の役人のお墨付き、れっきとした社会奉仕でもある訳や!名前を売れば嫁なんぞ向こうから幾らでも立候補して来るぞ!』

 

『勤務内容は?』

 

『(ウチらにとって存在が都合の)悪い奴をやっつける。どや?スリリングで面白そうやろ?武具もこっちで支給したるし、何より学歴、性別、経験、年齢、種族、倫理観全て不問や!』

 

『待て、それじゃただの兵士じゃないか!』

 

『大丈夫や!最初は非戦闘任務だけやから!いきなり戦場にぶち込んだりはせえへん!』

 

『…俺は構わないが…家族に話をしておきたい。』

 

『あ、それに関しては心配しなくてもええで!お袋さんからちゃんとサイン貰ったからな!』

 

コームが書類を見せる。確かに彼女の字だ…これならば問題ないだろう。

 

『ええお袋さんやなぁ…お前が妹さんの為に嫁探してるって言ったら、あの子がそんな事まで考えてたのかって、嬉し泣きしてたで?最近ちゃんと話しとったか?』

 

『いや…妹は難しい年頃だからな…最近は安宿に住んでた…』

 

『ちゃんと話さなアカンで!朝になったら話しとき!明日から一週間後に迎えに来るからそのつもりでな!』

 

『えっ!?そんな急に!』

 

『じゃあ、お邪魔しましたー!しっかりな!』

 

『行っちまったよ…これから俺、どうなるんだか…』

 

 

 

第26幕 完

 


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