ピンチベック   作:あほずらもぐら

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第27幕: 最初の大仕事 

俺は一体、何の為に産まれたのだ?ただ周りから罵倒され、憤りの捌け口にされる為か?失敗を重ねて、劣等感に浸る為か?それとも妹の踏み台?皮膚を病んでいた為に兵役は免れたが、父は自分の為に死んだのだ。何故今なのか?何故、あの時ではなく今なのか?自身に才能があった事は喜ぶべきなのだろう…

 

 

力を悪用してはいけない。分かってはいる。だがこの力を、今まで俺の事を見下していた奴らに使えたら…彼に葛藤するなと言うのが酷だろう…。きっと今なら、奴らが束になって襲い掛かろうが蹴散らせるし、奴らが家から逃げる前に奴らの親兄弟を皆殺しに出来る…そんな邪悪な願望を、彼は抱いてしまった…。

 

 

『エイヤッ!』

 

試しに林檎を思い切り殴ってみた…勿論、手を痛めないようにバンテージを巻いてからだが…結果、今日の朝食に林檎のジャムが追加されたのだ。まさかあそこまで完全に潰れるとは思わなかった。新しい環境に向けてトレーニングは欠かさないが、自分に効果があるのかは定かでない。だが力を秩序に向けて行使する為には必要な気がしたのだ。何もしていないとまた邪な事を考えてしまう。

 

『イ、イヨーッ!』

 

気持ちを声に出す事が大事だと教本には書いてあった。無論、一般人向けの物だから、冒険者が積む訓練に活きるかは分からない。だが力は出る気がした。そのまま硬質煉瓦に渾身の一撃!が、亀裂が入りはしたものの、割る事は出来ない。

 

『うーむ…これくらいは出来なければ、いざと言う時心配だなぁ…』

 

この数日で取り寄せた資料によると、格闘職冒険者であればガントレットを装着しただけで石造りの分厚い城壁を破壊出来るらしい…せめて煉瓦の一つでも割りたい所だが、やはりすぐに身につく物では無い。

 

『よっ!ほっ!』

 

宙返りは以前より簡単に出来るようになった。しかし彼らは自分を抱えたまま宙返りした上で、非常に不安定な足場に着地していた。今の自分では恐らく無理だろう…戦闘員では無いにしろ、冒険者である以上は最低限の能力は欲しい。

 

『…そこまでやな…無理は禁物やで…お前は貴重な労働力やからな!』

 

『あ、あんたは…』

 

『偶然近くで仕事があってな…これは内定祝いや…』

 

コームから俺に渡されたのは”棍棒”だった。金属で補強されてはいるが、それ以上の強化や符呪はされていないようだ…

 

『棍棒…何故棍棒なんだ?些か原始的過ぎやしないか?』

 

『だが誰にでも使える!刀と違って素人が鎧の上から殴るだけでも人を殺せるし、弓や槍と違って素人でも頭を狙える…戦闘経験のないお前でも性能をフルに発揮出来る…違うか?』

 

『確かに…俺のような三下には扱い易いかもな…』

 

『分かってくれたようで何より…基本的に冒険者との戦闘はやって貰う必要ないからな…お前には民間人に扮しての情報収集をメインにやらせる予定や…まぁ非常時には雑兵相手に暴れるくらいはやるかも知れんし、刃毀れしない棍棒は最適やと思ってな…手に持って試してみ?』

 

『分かった…』

 

試しに何度か振るってみたが、予想より軽い上に頑丈だ。煉瓦を殴ってみたが、思った以上に簡単に砕けた。普通の木材ではこんな乱暴な扱いは出来ないだろう。

 

『何で出来てる?家業の一環で木こりをやったから分かる…普通の木ならここまでのしなりと強度はない筈。』

 

『”ヤテベオ”っちゅう樹木タイプの魔物や…こう…ツルが伸びて、大ネズミやメガネウラなんかを取って食う。数は多いがこの辺りには生えてない上に、生き血を吸った魔性の木材なんて加工したがる鍛冶屋はそうそう居らんからな…つまりウチの人脈無しでは出来ん逸品やな!流石ウチや!』

 

『成程ねぇ…確かに、福利厚生は馬鹿に出来ないな…』

 

『でな?金属部分はウーツ鋼や!これは材料費自体は大した事ないが、作る手順がちと面倒でな…一度に沢山作らないと儲けが出ないんよ!

とても建材や家具なんかには使えない代物や…流石ウチやな!』

 

『つまり俺専用の特注品って訳か…しかし話を聞かないお人だ…』

 

『おっと…スマンな!製品の説明になるといつもこうや…だが誠意は伝わったやろ?忠誠心爆上がりやろ?市販品とは違うからな…大事に使ってくれや?』

 

『あぁ!中々気に入った!今すぐ使いたいぜ…!これなら冒険者も殴り倒せそうだ!ありがとよ!』

 

『あまり調子に乗るな…お前みたいなド新人が戦場に出たら、直ぐにバラバラ死体や…くれぐれも過信はするな!冒険者なってすぐに調子に乗って、それで馬鹿やって護民官(ピンチベック)に殺された奴をウチは何人も知っとる…』

 

『そ…そうか、そんな暗殺者みたいな奴も居るのか…冒険者ってのは恐ろしいな…』

 

『あぁそうや…奴のような汚れ仕事専門の刺客に狙われたが最後…不意を襲われ、生きるか死ぬかの瀬戸際まで追い込まれ、延々と拷問されるんや…それで最後に希望をちらつかせてから、惨たらしく殺される…場合によっては家族や友人も同じかそれ以上の目に遭わされる…見せしめにする為やな…その男は死んだが、奴の遺した”マニュアル”と、奴の仕事を受け継いだ暗殺者は今も確かに存在して、今も馬鹿共を苦しめとる…胸糞悪い話やなぁ…怖いなぁ…』

 

『ひいぃぃぃぃぃぃぃ!!分かったよ!何もしない!何も聞いてないぞ!だからそんな恐ろしい話はやめろ!』

 

『ガハハハハハ!安心せいって!今じゃ先代の奴程拷問が上手い奴は居ないっちゅう話やからな!』

 

『全く安心出来ん…だがそれも秩序を守る為の手段なのかも知れないな…縁が無い事を祈るぜ…しかし、そんな情報を俺なんかに”バラして”いいのか?暗殺者だけに。』

 

『まぁ、自治領と教団の陰謀に巻き込まれた以上、遅かれ早かれ知る事や…その男はそこそこ実力のある冒険者三人をたった一人で葬る手練れやった…そしてそんな奴を殺す冒険者もまた存在する…誰も、惨殺死体から無事な内臓を自転車のパーツ取りみたく見繕って売る仕事はやりたくないからな…それで毒薬を調合するんやと…で、その毒でまたケチな冒険者が死ぬ訳やな…若手の時に仕事で一度だけやったが、堪えるぞアレは…』

 

『いやー…キツいっす…』

 

『大丈夫やって…今は蠍や蜘蛛から抽出した毒を希釈して使っとるらしいからな…苦しみも毒の量も二倍、コストも大幅カット出来るし、従業員の負担も激減や!』

 

『何が大丈夫なんだよ…』

 

『冗談が寒いから罰や罰!さて、釘も刺し終わったし…その棍棒…ウチで試してみるか…?付き合ったるで…新人研修っちゅう奴や…』

 

コームは金細工で装飾された大鎌を構え、素早く回転させる…しかし目立つなあの鎌…幾らかけて作ったんだ…?てかこの人も冒険者かよ…

 

『鎖鎌でもいいんやけど…あれは護身用で、こっちがメインやからな!よし、お姉さんが胸を貸したる!どっからでも掛かって来い!』

 

…この人いくつだ?見た目は若いが…いや、やめておこう…

 

『やるだけやってみるかねぇ…エエイッ!』

 

隙を伺いながら軽く打ち込む。無理に出れば簡単に負けるだろう…少しはいい所を見せなければな…

 

『うーん…まだ躊躇があるな…もっと前に出な!』

 

こ、こいつ…思った以上に強い…!得物は決して軽くはない部類だろう…だが俺の棍棒より明らかに速い…ギリギリ目で追えるが、受け止めるのは難しいだろうな…

 

『じゃあウチの番な!頑張って受け止めや!そいっ!』

 

『危な!お、重い…ここまで強いとは…』

 

回転しながらの斬撃を何とか棍棒で受け、間合いを少し詰める…だが彼女は表情を崩さず、むしろにやけているような気がする。

 

『これ防ぐか!ええな!しかも無意識に距離詰めるのもポイント高いで!』

 

『そこまで凄い事か…?』

 

『そういえば三馬鹿と一緒に戦った言うてたし、自主練でマナに体が慣れて来たのかもな。足手纏いにはならないレベルではある、って感じやな…受け止めるのは基本や…だが距離詰めたんは評価出来る…これはどうや?ほいっ!』

 

『おわっ!』

 

鎌を振り下ろす姿勢からの蹴り!対応出来ず吹き飛ばされるが、何とか受身を取って転がり、大きく距離を離す。

 

『そう来たか…一応、武器に振り回されない程度はテクニシャンやなぁ…意外と見込みはあるか…』

 

…今のは何だ!あのスピードで蹴りを繰り出せるのか…やはり俺は入り口に立っただけのようだな…

 

『やられてばかりじゃつまらんやろ?お前も反撃せい!』

 

接近する為に何をするべきか…?生半可な速度では対応される…せめて一矢報いてやりたいが…

 

『後悔するなよ…ええい!えぇい!』

 

溜めからの二回連続の強打から体幹を崩し、そのまま下段で一気に決める!しかしコームは鎌を軸にして跳躍!鎌を振り回し、空中から急襲!目の前に刃が目前まで迫る!

 

『おおっと!危ない危ない、殺す所やった。中々やるな!狙いは悪くないで!』

 

『これでも駄目か…俺、やって行けるかな…』

 

『まぁ農民上がりにしてはそこそこって所やな!冒険者は学習する速度が早いから安心せい!まぁ学習するまでに生き残ってればの話やが…』

 

『…一時は世界の支配者になった気分だったが…上には上がいるな…』

 

『そうや…だが気にする事はないで!最初から火を吐ける竜は居らんからな!ウチも昔は低級な魔物を倒しては、小銭で武器を新調し、金が無くなって倒した魔物の肉を食ったりしてたからな…貯め込んだ宝石目当てに飛竜の巣に忍び込んだりもした…要するに経験やな!』

 

『あんたも若手の頃は苦労したんだな…』

 

『まぁ…誰でも…』

 

『ジリリリリン!ジリリリリン!』

 

ポータブル水晶玉から着信音が鳴る。

 

『はい、もしもし!』

 

『おう、”アレ”の場所、割れたんか?おおきに!流石やな!今日はお前の好きな所食いに行くで!いやいやいや!遠慮すんなや!その件は研修も兼ねて新人とアイツに任せればええ!自分は次に備えてや!ほな!』

 

『…喜べ、お前の初任務や!場所は南の兜山の中腹にある山賊の拠点や…そこにウチが扱う予定になっとる商品があってな…とにかく希少な物で値が張る。なのに空気の読めん賊が奪って横流ししようとしとる。お前はそいつの取引現場を押さえて、取引の相手ごとたたんで来い。満足な額を払うし、無論護衛も付ける。頼むで!』

 

『お、おい!戦闘任務はしないんじゃないのか!?話が違うぞ!』

 

『これはウチの事情で依頼してるに過ぎん。自治領の任務じゃあらへん…かと言って私兵は商売敵にバレると厄介、相手が分からんとそうそう使えんのや…それにお前には冒険者。威張り散らしながら交渉(おど)して貰うだけやから、労働法にも触れない。完璧やろ?』

 

『…本当に大丈夫なんだろうな?俺は傭兵の仕事なんて知らないぞ…』

 

『だから護衛を付けるって言うとるんや。戦闘を想定して信頼できる実力派を雇った。依頼料に商品の仕入れ値の倍額吹っかけて来たが、まだ一般には流通してない物やし、次はいつ手に入るか分からんからな。とにかく緊急性の高い上に認知されにくい戦力が必要になった訳や。』

 

『無論危なくなっても反撃するなとは言わん。寧ろ取引相手にまだまだ隠し玉が居ると思わせるくらいで行け。もう馬車を手配してあるから、昼過ぎには準備して迎えを待て。』

 

『大変な事に首を突っ込んだみたいだが…後悔するよりも次どうするか、考えてみるかなぁ…』

 

『何や自分堅実やな…成り立ての冒険者は調子こいて無理してくたばった挙句に蘇生代で首が回らんなって、商品ギルド傘下に入る奴らも多いんやけど…自分みたいな慎ましいのが以外と生き残るってのがまた面白い所や!大体自分を売り込む奴は碌なのが居らん!自信と口ばかりの上流階級出身が殆どや!』

 

『俺は冒険者になった時、更に上の奴らを見たからな…冒険者になってすぐに自分の実力を客観視出来たのは幸いだった…でなきゃミスを犯してたからな…』

 

『そうか…おっと!悪いな、次の商談に行かな!じゃ頑張りや!』

 

『…あぁ!』

 

 

幸か不幸か、突然に舞い込んだ巨大なビジネスチャンス。男は混沌を極めるこの時代で、果たして生き残る事が出来るのか。

 

 

第27幕 完

 

 

 

 

 

 

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