ピンチベック   作:あほずらもぐら

31 / 123
第28幕: 黄金の花 前編

『…妹ねぇ…会いに行ってやれって言うが、臭いとか気味が悪いとか散々言われたんだよなぁ…』

 

昼過ぎまで時間がかなりある。戦闘が起きないとも言い切れない。備えは必要だろう。前金を幾らかもらったが、何を買えばよいだろう?回復用にポーションを買うか?飛び道具?山だから万が一に備え追加の糧食か?それとも安物の盾を買うべきだろうか?

 

『傭兵は気楽な仕事だと思ったが…いざ下準備となると何を買えばいいか、分からない物だな…どうする?』

 

防具はまだ準備が出来ておらず、鉄の胸当てと関節を保護するプロテクターだけだ。下にアクトン(衝撃や鎧のずれを防ぐ防具の一種)でもあれば良いのだが、今から採寸して作るのは無理だ。しかも市販品はボロい中古の物だけ。

 

『なまじ戦についての知識があるだけに不安だぜ…あれ程の手練れが推す冒険者、信頼は出来るだろうが…最後に自分の身を守るのは自分自身だ…過信は出来ん…』

 

『おっと…それは俺を馬鹿にしてるのか?今回は宜しくな…』

 

『…あんたは…』

 

そこにいたのはあのターバンの傭兵だ。どうやら信頼出来る護衛とやらはこの男らしい…最近暖かくなって来たからか、黒い外套を脱いでいる。蠍とコブラが金糸で描かれたダスターコートが目に痛い。いつも下に着ているならかなり悪趣味だろう。

 

『その盾は駄目だな…第一対魔物用で対人戦は想定してないし、木製なのは悪くないが、そんな鍋の蓋みたいな地味な外見だと相手に舐められる。道中の魔物対策に火種や硫酸瓶、傷口の消毒用に度数の強い酒と塩を買え。』

 

『…あの親切な彼は?』

 

『あぁ、ペラドンナか。あいつなら今は仕事終わりだから墓参りだな…あんな頻繁に参られて、アイツも嬉しいだろうよ。で、その後有事に備えてまた待機。宮仕えは辛いねぇ…』

 

『その…墓は彼の大切な人…?』

 

『あぁ…なんでも小さい頃、脱走兵に襲われた所を助けられたらしい…で、久しぶりに再会したがすぐに帰らぬ人に…全く酷い話だぜ。神サマは俺みたいな奴じゃなくなんでアイツを殺したんだか…』

 

『…気持ちは分かる。』

 

『悪りぃ、暗くなっちまったな…だが俺達が死人に出来る事は限られてる。前を向き、そいつの分まで精一杯生き延びるだけでも弔いにはなる…それが分からないで引き摺ると冒涜になる。戦やビョーキなら尚更な…』

 

『そうだな…俺も同感だ。』

 

『だったら前を向け…お前は戦がまだ怖いだろう…だが死ぬ覚悟がある奴程、長生きするんだよ…それから、人は皆事象に理由を求めるが…早い話、そんな物は全て偶然だな。バタフライ何とかって奴だ。偶然が積み重なって、また偶然が起きる。神学を修めた人間にしては信仰心が足りないと思うか?だが俺は腐った世界を見て回り、確かにそう感じた。』

 

『以外だな…人に歴史ありって奴か。確かに俺達の幸せは簡単に壊れる。冒険者なら自分の過去は無理でも、人の未来は変えられる。』

 

『いい事言うじゃねぇか…ま、難しく考えず生き残って、今の言葉を後輩にでも伝える事だな…さて、それじゃあ人助けに行きますか!』

 

『でもさっき仕入れ値の二倍請求したって』

 

『よし!そろそろ時間だろ。ビジネスに支障があったら困るからな…行こう!すぐ行こう!』

 

『…こいつ、本当に信頼出来るか…?』

 

 

〜現地にて〜

 

 

『登山は久しぶりだな…空気が美味い。』

 

『…スタミナを使い過ぎるなよ。三人くらいで昔荒野に人喰い飛竜を倒しに行った時、お前のような新人の女がへばって竜に食われたっけ…今でも覚えてる。殺した後に胃袋を裂いて死体を取り出したんだよ…あれはグロかったな…幸い内臓までは傷ついてなかったからどうにか蘇生出来たが、蘇生代が払えなかったのか、次の日、俺が贔屓にしてる店に臨時で入って客を取ってたんだよ!で、近くで見たら以外と美人だったから結局本番を…』

 

『酷い話だぜ…だが飛竜と戦って生き残ったって事はある程度信用は出来るか…』

 

『まぁ、山での疲労は命取りだ。それだけ覚えとけ。判断力が鈍るし、自信も無くなる。水分と食料の補給を忘れるな…ただでさえ相手の土俵なんだ、慎重に行動しろ。』

 

『あぁ…そんな悲惨な事にはなりたくない…肝に銘じるぜ…』

 

『そうしろ。男は男でまた酷い目に遭うからな。お前はでしゃばらないし、話が分かる。俺の手下になれば美味い物も食えるし、妹さんに新しい家族を紹介出来るかもなぁ?』

 

『…遠慮しておく。』

 

『ハハハハハハ!冗談だ!だがお前は気に入った!今度飯に連れて行ってやろう!…ん?』

 

その時である。地中から土煙を上げ、2メートルはあろうかという昆虫型の魔物が現れた!鋭い眼光で二人を睨みつける!鋼の剣を打ち付けるような声で叫ぶ!

 

『キ、キ、キキキイィーッ!』

 

魔物の刀のように鋭い両腕が鈍く光る!赤銅色の甲冑を身につけた巨大な重戦車である!

 

『な、な、何だありゃあ!恐竜か何かか!?』

 

『おっ!デモンシケイダーの幼体か!そういや狩りの時期だな。新人相手には多少厳しいだろうが、今は俺もついてる。今のうち戦いに慣れておけ。』

 

『よ、幼体!?あれでまだ赤ん坊かよ!あの腕何だ!農具か何かかよ!まるで鋼だぞ!』

 

『実際、こいつの殻は軽くて頑丈だから意外に金になる。油断するなよ、来るぞ!』

 

『キ、キィーッ!』

 

両腕の鋭い爪でノーマンを引き裂こうと襲い掛かる!野生的な、相手を殺す為の暴力!

 

『うわぁあああああ!!』

 

姿勢を低くし、そのまま背後に滑り込む!デモンシケイダーが振り向く隙に力を込め一撃!しかし強固な装甲に阻まれ致命傷には至らない!

 

『やって…ない!うおっ!?』

 

デモンシケイダーの体重を活かした体当たりが直撃し、ノーマンが足を崩す!デモンシケイダーは爪を振り上げ突進!背後は木、このままでは細切れにされてしまう!

 

『…まぁ、一撃入れただけマシかな…そろそろ…』

 

ストゥーピストがサーベルを抜こうとした時であった。

 

『こっ…ここで死んで…堪るか!』

 

ノーマンが跳ぶ!後ろの木を蹴り、距離を取ったのだ!足へのダメージを警戒し、地面を転がって体勢を立て直す!

 

『ふぅ…何とか助かったな…』

 

棍棒を振り回して敵を威嚇、牽制しながら構える。だが体当たりのダメージが足に蓄積されている…これ以上の無理は出来ない。チャンスは残り僅かだろう…

 

『割と粘るねぇ…もう少し待つか…』

 

『あぁ…そうしてくれ…退屈にさせて済まないな!』

 

『キ、キ、キッ!キキィィーッ!』

 

奴の守りは堅い…まるで石を殴っているかのように錯覚する。奴を斃すにはどうすればいいか?軽率な行動は死に繋がる。

 

『おい…背中だ…背中の殻が一番薄い…羽が出来る予定だからな。で、次に柔らかいのが腹だ。…セミは普段地中で過ごすから、嗅覚でお前を探してる。』

 

『…!…分かった、やるだけやってみる。』

 

正面から飛び越えるのは難しい…かと言って傍を抜けるのも厳しいだろう。この動く要塞をどう攻略するか…

 

『よ、よし…集中しろ俺…今までだって辛い時はあったさ…だがいつだって挫ける事はなかった。生きるのを諦める事はなかった筈だ!やれる筈だ!』

 

冷や汗を拭い、ゆっくりと近づく。一歩、また一歩とにじり寄る。先に仕掛けたのはデモンシケイダーだ!鎌のような巨大な爪でノーマンの首を掻き切ろうと飛びかかる!

 

『このっ!』

 

震える手で硫酸の入った瓶を投げる!鼻先に命中しデモンシケイダーの嗅覚を破壊!狙いが外れた!

 

『死ねっ!死ねぇ!』

 

地面を全力で蹴り跳躍!馬乗りの姿勢から背中を殴打!甲殻が割れ、大きく怯むデモンシケイダー!その背中を更に踏み台にし、再び跳躍!空中から腹部を狙い、全体重を掛けて振り下ろす!しかし一発では終わらない!そのまま追撃で腹部の甲殻にヒビが入る!錯乱状態のデモンシケイダーは反撃を試みるが、硫酸で嗅覚が鈍り、爪が空を斬る!

 

『うおぉぉぉぉぉぉぉ!!』

 

絶叫と共に棍棒を何度も振り下ろす!内臓をばら撒き、デモンシケイダーは倒れた。

 

『よし…今度こそやったぞ…俺が!恐らく中堅冒険者ですら苦戦するレベルの強大なモンスターを!討ち取ったぞ!』

 

『…おい、危ないぞ。』

 

『キキ…キキキーッ!』

 

背後から捨て身で飛び掛かるデモンシケイダーをストゥーピストのサーベルが両断した。ケーキのような綺麗な断面を晒してデモンシケイダーが絶命する。

 

『…まだ息があったのかよ…』

 

『あぁ…虫の類は死んだかどうか分かりにくいからな…念入りに殺しとけ。詰めが甘い新人はそれでよく死ぬ。だが奴を死ぬ寸前まで追い詰めた事は褒めてやる。新人にしてはやる方だな…』

 

『…助かったぜ…しかしあの岩みたいな鎧の化け物を真っ二つに…』

 

『単純に戦闘経験や身体能力の差もあるが、武器の傾向もある。その棍棒はかなり頑丈みたいだが木製だからな…人の頭なら砕けても、あの虫は無理だ。それで一撃で倒すなら頭を潰す他ない。だが俺のサーベルは高純度オリハルコン製の特別仕様だ。鉄の甲冑ごと人間の胴を斬れる。』

 

『…とにかく、アンタが凄いのはよく分かった。先を急ごう。』

 

『確かに、取引の瞬間を押さえた方がいいな。魔物の死体は後ろで控えてる奴らが持って行くだろ。討伐ボーナスはお前にくれてやる、その様子じゃ色々と入り用だろ?』

 

『感謝する。だがアンタは金に汚いと思えばそうやって気前よく振る舞う事もある。一体どこで判断してるんだ?』

 

『そりゃ気分次第よ!気に入った奴には与えるし、気に入らん奴からは全部奪って破滅させる。それが楽しくて仕方がない!』

 

『つまりは好きなようにやるって訳だ…羨ましいよ。俺も強くなれるといいが。』

 

『まぁ、こればかりは才能や運も絡んでくるからな…一概に努力しろとは言えねぇ。しかし凡人から抜け出したと思えば冒険者の世界でも格差や人間関係が壁になる。嫌な話だよ全く。』

 

『結局どこまで強く、偉くなっても人間は人間か…』

 

『そう暗くなるな。お前は今まで自分を馬鹿にした奴らの稼ぎの何倍もの額を稼ぎに来てる、ひとまずそれで満足しようや。』

 

『…だな!兜山まで後どのくらいだ?確か一泊するんだよなぁ?』

 

『あぁ…疲れていい事なんて一つもない。地図が正しいなら後半分くらいか。そろそろ暗くなって来たな…今日はこの辺りで食糧を探すか。』

 

『待て、支給された糧食は食べないのか?』

 

『迷ったりした場合に取っておけ。あと、そのクッキーは石みたいに固いぞ…ジャーキーは旨いが喉が渇く。近くの水が飲めるとは限らないから持って来た水は節約しろ。糧食はゴミが出るから犬を使って追跡される可能性もある。』

 

このストゥーピストとか言う奴、意外としっかりしてるんだな…洞窟の入り口を手際よく蔓や枝なんかで隠している。成程、ここはもう敵陣だから油断は出来ない訳だ…

 

『…と、この本には書いてある。実は俺も野宿はあまりしない。大体は襲撃先を占拠して夜を明かすのが大半だからな…飯も大抵は現地で略奪した物だし。』

 

『…本当に大丈夫かよ…その本には何を食えって?』

 

『えーと…獣は皮を剥ぎ、大量の内臓を除去する必要があるので、血の匂いで肉食性の魔物を誘き寄せる可能性があり少人数では危険。茸や山菜、果実は毒がある物と見分けがつかない為、柑橘類以外は専門知識無しでの食用は極力避ける事。肉を食べるのなら、蛇や蛙など、皮を処理しやすいものが好ましい。特に蛇の血は栄養が豊富なので、傷病者や精神状態が優れない者に積極的に与える事。木が近くにあれば皮をめくり、カミキリムシの幼虫を探す事も出来る。これは生でも食べられるので、火が無い場合はやってみて欲しい。』

 

『それから…魚は毒を持たないものが多いので、昆虫などを餌にして捕獲するのが良い。一部の魚は雌なら卵を、雄なら精巣を食べられるが、これも素人判断は危険。それ以外の内臓は食べられない。しかし、野外で放置すれば蛆が沸くのでこれを食べる事が可能。無論、よく洗ってから火を通す事。…つまり魚を取ればいいって事だな!』

 

『…しかしこの教本を書いた奴は本当に魚の精巣やカミキリムシの幼虫を食べたのか?』

 

『あぁ…魚の精巣と卵は米と一緒に食べるって書いてあるな…米はこの前食ったが中々美味かったぞ。東の大陸の方ではパンみたいな主食らしい。あっちは人口が多いから何でも食べるんだろ。昔ジパングには行った事があってな…多様性と言うものを思い知ったぜ…』

 

『俺も行ってみたいが、あちらの魔物は強いと聞く…どうだった?』

 

『あぁ…あっちはクラーケンの亜種とか、普通の奴の倍くらいのサイズの人魂、それから変な声で鳴くキマイラみたいな奴も居たな。だが一番強かったのは闘牛みたいな角が生えた、でかい蜘蛛だった。』

 

『何だよそれ!どんな戦い方をする奴だった?』

 

『とにかく足音がしないんで、危うく背後を取られる所だった…麻痺毒のブレスも脅威だな…洞窟の外に誘い出したのが良かった。現地の冒険者が居なかったら危ないぜ、ありゃあ。しかし腹が減ったな…そろそろ取りに行くか!』

 

『だな!』

 

 

 

 

 

第28幕 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。