ピンチベック   作:あほずらもぐら

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第29幕: 黄金の花 中編

〜山賊団アジト〜

 

 

今日は噛みタバコが異様に不味い…あの冒険者のせいだ…だが今だけ辛抱せねば…これも金の為、家族の為だ…家族だけには不自由して欲しくない。

 

『おい、グラス…』

 

『えっ?』

 

『飲み物だ!この非冒険者の負け組が!早く持って来いってんだ!』

 

『へっ、へい!』

 

クソッ…息子程の年の奴に指図されるのは屈辱だ!だが辛抱だ…俺にはこれしか無い…武芸しか学んで来なかった俺には…王国が負けてから何人から盗んだか…だが家族に罪は無い…養うにはこれしか無い…

 

『お前たちのケチな犯罪を見逃して、あまつさえ新しい仕事をくれてやるのは誰だ!』

 

『そ、それは銀の蛇商会の方々です!心得ておりますとも!えぇ!』

 

ここが踏ん張り所だ…やっと堅気の仕事に戻れるのだ。

 

『ハッハッハッ!そうだとも!僕達天才の面倒を変わりに片付けるのがお前達の仕事だ!完璧な社会構造!素晴らしい!』

 

『はい、高級果実酒ですよ…』

 

『ハッハッハ!』

 

グラスになみなみと注がれた果実酒を飲み干し、美しい銀糸で蝶が描かれた貴族的装束を着た若い冒険者が高笑いする。脇に少女を侍らせ、体をじっくりと眺める。

 

『ほら、君も楽しんでくれ…しかし君には勿体ない場所だなこのゴミ溜めは!』

 

『えぇ…そうね…』

 

『…くっ…』

 

あの冒険者の隣にいる女が実の娘なら、父親たる人物は痛恨の極みだろう…目の前で冒険者に媚びへつらう男は…

 

(俺が真っ当な仕事をする為とはいえ…娘にここまでやらせるとは…私は父親失格だ…!)

 

『ハハハハ…全くで御座いますな…いやはや、申し訳ない!』

 

『…ちょっと待っていてくれるかい?』

 

『…えぇ…えぇ…』

 

その時であった…彼の隣にあった壺がパチンコ玉で粉砕される!恐ろしい程的確に狙いを定めた一撃!何と、壺の真後ろに控えていた山賊の頭をも射抜いているではないか!常人ではおよそ真似出来ない芸当だ!

 

『ひっ!』

 

『…下らん…もっと面白い事を言え、下賎な賊め…』

 

『申し訳ありません!もうこれ以上うちの若いモンを殺さないで下さい!許してください!すんません!』

 

『ハハハハハッ!分かれば宜しい!私は腹が減った!』

 

『では何か持って来ますんで…おい、そこの!何か食べ物を頼む!』

 

『ハハハハッ!僕の為に精々励め!お前達も商会に便宜を図って欲しいなら、美しい娘の一人でも差し出す覚悟が必要だな!お前たちは頭目を見習うべきだ!彼は実の娘を私に献上するという忠義を見せた!素晴らしい!』

 

『素晴らしい!』

 

護衛が繰り返し、拍手を送る。この冒険者、ワイアードは銀の蛇商会と彼らとの取引の為に派遣された貴族出身の冒険者である。無礼討ちと称して、既に自分の仲間を10人は殺している。

 

『ヘい!持って来やした!』

 

『ハハハ!御苦労!チップをくれてやろう!』

 

ワイアードは金貨を高く放り投げ、そのまま指を動かす…すると金貨がまるで矢のように跳び、食べ物を持って来た山賊の頭蓋骨を粉砕した!

 

『屑を雇うに辺り、数は一人でも減らしておけと、上からの命令だ…悪く思うなよ?ハハハ…』

 

そこに太鼓持ちのように控えていた山賊が前に出る…まさか、奴の機嫌を取ろうと言うのか?仲間の為にこの状況でリスクを冒す者が?

 

『旦那…まだまだ呑み足りないと見えますが、こう見えてあっし、料理が得意でして…魚の塩焼きなどいかがでしょうか?肉ばかりでは飽きてしまうでしょ?』

 

『おや…屑の中にもマシな屑がいる…気が利くな、ではお言葉に甘えて頂くとしよう…』

 

『ヘヘっ…』

 

『おぉ…中々美味いな!してこれは何の魚だ?』

 

『…鱒です。』

 

『付け合わせは何を使っている?中々に独特な、良い味だが?』

 

『気づくとはお目が高い!旦那に相応しい物を奮発致しました!』

 

『勿体振らず教えろ…』

 

『へい!』

 

『屎以下の小虫に相応しい、虫の腑で御座います!』

 

『なっ!?貴様!』

 

『その服装…中々に良い生まれらしいが…いい物食ってそうな割にはバカ舌だな。下請け共々死んでくれや…』

 

『あいつ...たった一人で大丈夫かよ...有事に控えろと言うが...』

 

ノーマンは山賊団に雇われた掃除係を装い、戦場と化した広間、その目の前の扉から戦局を伺う。

 

『曲者だ!お前ら、あの無礼者を殺せ!殺せば少しは便宜を図ってやる!』

 

山賊が一挙に押し寄せる…未熟な冒険者であれば対処は困難を極める数である。彼らの大半は軍縮で職を失った元王国兵であり、武芸は一通り修めているのだ…だから今まで生き延びて来た。そしてこの戦いでも彼らは生き残ると思っているのだ。

 

『父さん…』

 

少女は思わず目を覆った…あの数を捌ける人間はそうそう居ない。また父が人を殺すのだ…

 

『いいねぇ…あの間抜けだけだったら一瞬で終わっちまうからな…精々俺を満足させてくれ…』

 

ストゥーピストは高く跳び、そのまま天井を蹴り急降下、集団の中に飛び込む!突撃して来た山賊達の隊列、その中心に砂嵐が起きる!

 

『何だ!?』 『クソ、視界が!』 

 

そして砂一色の中、そこら中に朱が散りばめられる!ストゥーピストが

砂嵐に乗じて敵の首や手足を刎ねているのだ!中には即死に至らず、悲痛な叫びを上げる者もいる。だが無慈悲な戦士である彼はゴーグルの下の目と握られたサーベルを光らせ、敵の数を確実に減らしていく。

 

『やはり彼らでは役不足か…ならば!』

 

ワイアードは目にも止まらぬ速さで手を動かし、鉄線を使い大量のパチンコ玉を射出!彼は部屋中に張り巡らせた鉄線を使い、この古い要塞を、自分専用の難攻不落の砦に作り替えている!

 

『何故だ!?』 『味方では無いのか!?』 『う、腕がぁ!』

 

背後からの物量攻撃に対応出来ず、次々と倒れる山賊達。だがストゥーピストは無事である!咄嗟に重装兵の死体を盾にしていたのだ!鉄と肉の混合物を地面に投げ捨てる。

 

『ふー、危ねぇ。だがマジックショーは終わりだ…お前を殺した後、その娘を手土産に帰るとしよう…』

 

その時であった…王国式ロングソードがサーベルとぶつかる!

 

『お前のような輩に…私の娘はやれん…』

 

山賊団の頭目である!剣を構え、熟練の技でストゥーピストの反撃を防ぐ!そして更にカウンターだ!激しい鍔迫り合いで辺りに火花が散る!

 

『…冒険者ではないらしい…いい腕だな、旦那。殺すのが惜しいぜ…』

 

『ハハハ…これでも王国の将校だった男だよ…武芸には自信があるのでね…悪いが仲間の為、死んでくれぃ!』

 

『そりゃ無理だなぁ!金と女、そして積荷、全部頂くのが俺様だ!旦那、勿論アンタの命も頂く!』

 

ストゥーピストは砂嵐の中、寸分狂わずに的確な攻撃を叩き込む。しかし頭目は敵の土俵に引きずり込まれ、次第に身体能力で差をつけられていく!

 

『くっ!このままでは…』

 

敵は冒険者、しかもかなりの手練れだ…現役時代、犯罪組織の未熟な冒険者なら倒した事もあるが、ストゥーピストは全盛期の自分でも苦戦するであろう恐ろしい強敵である!広間の兵士が束になって攻撃したのに、この男は僅か十数秒で殆どを殺した…

 

『…強い…君は今まで何人殺した…』

 

数の不利を容易く覆す戦術に、幾人もの冒険者を下した自分を押す戦闘力。躊躇なく部下の急所を破壊する残虐性…この若者が幾つの修羅場を潜り抜けたかなど見当も付かない…

 

『…アンタこそ、数年前の俺なら簡単に殺せた筈だ…現に俺と、その鈍でやり合うとは恐ろしい…得物が同じなら、もっとヤバいかもな…』

 

『娘の手間、無様は晒せないからな…ハハ…』

 

『アンタなら、あのバカ舌くらい殺れてもおかしくはねぇな…しかし、娘さんは中々いい女だなぁ…えぇ?』

 

『そうか、君は…だが娘は渡さん…悪いがお引き取り願おうか!』

 

彼の魔力が切れるまで耐えれば…ワイアードや仲間の援護を待てば…まだ勝機はある!両者の激しい剣戟が衝突し火花を散らす!

 

『カッコいいぜ、お父さん…だが積荷は…種は返して貰う!』

 

ノーマンは恐ろしくて仕方なかった。最強の存在である冒険者と、そしてその中でも決して弱くはないストゥーピストとあそこまでやり合う常人が…そしてその武人でさえ跪く暗黒の権力が…

 

『何だよ…ありゃあ…』

 

死体の山が積まれる中、剣を交える二人の戦士。闘技場で見るじゃれ合いとは訳が違う、人間同士の、真の殺し合い。

 

『フン、余興はそこまでだ…死ね、腐れ傭兵!』

 

ワイアードが鉄線を素早く弾き、大量の棘を再び射出!まだ息のあった山賊の断末魔が響き渡る!地獄を写したような、狂気的な光景。

 

『何!?』

 

『おっと危ねぇ!』

 

二人は華麗なジャンプで回避!ストゥーピストは魔力を振り絞り、風で自分の周りだけをバリアーのように覆った!針の狙いが外れ、死体の山が針地獄と化す!しかし魔力を使い果たし、砂嵐が止んだ!

 

『ぐ…抜かったか…私も歳だな…』

 

頭目も針の殆どを回避したが、右肩に針が突き刺さっている…

 

『父さん!』

 

少女が身を乗り出すが、ワイアードの腕で体を掴まれ動けない…父親は、手段はどうあれ自分達を養ってくれた…王国が敗戦し、軍縮で職を失い、山賊に身をやつしても。

 

『ハハハ…危ないぞ?大人しくしてなさい…』

 

『離して!離してよぉ!』

 

『すまんエリィ…私は…私は…!』

 

『チッ…人質って訳ねぇ…まぁ、一番通用する方法だなぁ…。特に戦や犯罪だと、心細いから尚更効く。人殺しってのは大抵寂しいもんだ…癒す人間が居ないとすぐ壊れる。』

 

ワイアードは遠目には見えない程細い鉄格子で、少女を囲い、守り、だが同時に少女の心を痛めつけている。彼が指を動かすだけで、少女の身体はバラバラになるだろう…。

 

『…俺は報酬だけ貰えれば充分でね…全員斬る。それだけだ…』

 

『だろうな…私も同じだよ…金の為、貧しい者から更に奪う…君以下だな…』

 

最早勝負はついただろう…だが二人は未だ剣を交える。火花が散り、砂煙が舞う…肩をやられ、満足に剣が振るえない。だが男は、父は戦った。

 

『もう一度…先の針を…お願いします…』

 

 

『娘一人に殊勝な事よ…まぁ、屑とはいえ死に際の願いだ、聞いてやるよ…』

 

『嫌ぁ!止めて!』

 

次の瞬間、再び複雑に張り巡らせた鉄線がしなり、針を撃ちだす。男は最後の勝機に賭けた。せめて、手を汚していない娘だけでも…

 

『ハハハ…娘は可愛いだろう…あのような若者を守ろうと…私は…』

 

背中に大量の針が刺さり、吐血する頭目。針の一部は内臓に達している筈だ。戦闘は不可能である。

 

『親父さん…もうしゃべるなよ…へへっ…クソ痛てぇ… 』

 

ストゥーピストにも針が刺さってはいるが、まだ戦える…

 

『ハハ…だが…最後に一矢報いる事は出来たよ…君の負けだ…娘を死なせる訳にはいかん…』

 

 

『なぁ、親父さん…幾ら出せる…?』

 

『何…?』

 

『幾ら出せるかって言ってんだよ!あの娘、あのままじゃ奴の…だから俺に依頼をしろ!あいつら全員皆殺しにしてやる…』

 

『だが君はもう…逃げ』

 

 

『…家族が…家族が居るだろ!俺には居ない…だが大事な物なんだろ!?それくらい俺にも分かる!で、幾ら払える!早くしろ!』

 

『最期に…君のような若者に会えた事を光栄に思う…分かった!この砦の物…全てで支払う!だから…』

 

『契約成立…おい、新入り…そいつの護衛…頼んだぞ!』

 

『…あぁ!』

 

『仲間が控えていたか!えぇい!その男も殺せぇ!』

 

『し、し、し、死んで堪るかよ!この棍棒で皆殺しだぁ!か、掛かって来い!』

 

『よく言った!さて、報酬も入った事だ…おいクソ野郎…俺達を簡単に殺れると思うなよ…俺様が満足するまで斬ってやる!』

 

 

 

 

 

第28幕 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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