ピンチベック   作:あほずらもぐら

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皆さん、ご無沙汰しております。投稿者のあほずらもぐらです。Twitter を始めた事を、この場をお借りしてお知らせします。お暇なら是非遊びに来て下さい。名義はハーメルンと同じ「あほずらもぐら」です。以前より見に来てくれる方が増えているのがとても嬉しいですね。それでは、本編、ご覧下さい。


第31幕: 五人霧中 前編

〜湖に向かう馬車にて〜

 

 

『…それで…その悪霊ってのはどんな奴なんだ?何やらかして封印された?』

 

 

『…詳細には残っていないが…依代を得た後、怨念の赴くままに人間種を殺戮し、幾つもの街を滅ぼしたと…』

 

『彼も人間種を恨んでいました…しかし戦時中には既にあのような能力を持っていたんです…つまり…』

 

『あぁ…焼き討ちの際に感情につけ込まれて憑依された可能性は高いな…普通、高位の悪霊に取り憑かれたなら意識を保ったまま鬼火とか変身能力とかの恩恵を得るのは不可能だ…恐らく悪霊に負の感情を利用されてた…飼い殺しって訳だ。』

 

『もしくは悪霊の力が強過ぎて依代の肉体や精神が耐えられないから普段は抑制してるか…両方ってのも有り得る話やな…あの戦闘力、低級な悪霊や動物霊由来のライカンスロープでは無理な話や…余程の大物が憑いてるのは間違いないな…』

 

『…兄様は…自分は不要な存在だと…この世に居てはいけないと…ずっと言っていた…私は…心からそれは違うと言えなかった…兄様の生い立ちを知っていたから…』

 

『でも、それは違った。他でもない君が必要としていたし、実際に僕は彼のお陰で命拾いしてる…それは本当の事だから。』

 

『…そう言ってくれると嬉しい。兄様は…辛い思いをしても、決してそれを他人に押し付ける事は無かった…妬む事も。』

 

『そんな人間だからこそ狂わずにはいられなかったのか…俺達には分からない…いや、分かってはいけないんだろうな…。人の悪意は底が知れん。』

 

『…周りと違ったら、何がいけないんだろうね…彼…悪い人間じゃなかった筈なのに…悪い事はしてない筈なのに…』

 

『とにかく…湖を見ない事にはどんな奴か分からないな…』

 

『…最悪の事態も想定しています…悪霊が彼の遺体から離れ…ここに戻っている場合も…』

 

『道理で聖水臭い訳だ…で、このミスリル銀の十字架は…奴を殺したガキの持ち物か。生意気にも祝福が施されてやがる…正教を裏切った王国の背信者が十字架を掲げるとはな…全く皮肉な話だぜ。』

 

『皆、縋る物が必要なのです…この変革の時代なら尚更…』

 

『変革だぁ…?全く馬鹿馬鹿しい。あの戦争は王国がウッドエルフの故郷を自分の土地だとか言って耕した、それだけだろ。因果応報だよ、ありゃあ…先代王がくたばった後から雲行きが怪しくなったんだよ、あの国は…』

 

『僕には政治や社会はよく分からないけど…少なくとも戦争は良くないってのは分かるよ…争いで損するのは貧しい人ばかりだって、いつもパパが言ってたからね。』

 

『…瓦礫から遺体で見つかるのはいつだって貧民だ。いつだって真っ先に焼かれるのは畑だ。分かってる…やらなきゃ自分達が死ぬ…だけど…やっぱり俺はそういうのが嫌いだ!頭では理解してても何か理不尽だ!』

 

 

『……それで…仇を取りたいと思いますか?』

 

『…いや、こればかりは…俺には責める事は出来ん…俺は弱い人間だ…残された家族を想うと復讐は出来ん…』

 

『…そうですか…もし、私が彼の…その…家族になっていたら…彼は…いや、仮定は無意味ですね…』

 

『カラドリウスさん…』

 

『兄様は…ずっと暴力に晒されて来たんだと思う…私が6、兄様が13の時にはもう、身体中に傷が…でも私と喧嘩した時は…絶対に手を出さなかった…自分を兄と呼んでくれる人には…家族には手を出さないって…』

 

『…家族を二度失った…という事ですか…彼の境遇で暴力に走らないのは、かなり難しい事だっただろうに…』

 

『全く、出来た兄貴だぜ…』

 

『…そろそろ着くで…準備しろ。』

 

『あぁ…彼に憑依した悪霊を…彼のような人間を…僕はもうこれ以上は見たくない…』

 

『…悪霊の中に、アイツの魂が居たらお前はどうする?既に取り込まれてる可能性もある…』

 

『…もう…楽にしてあげたい…彼は…充分苦しんだ…だから…ありがとうって…それから…さよならも…』

 

『そうか…それを聞いて安心した。だが行うは難しだ…躊躇えば死ぬのはお前だ。』

 

 

『……うん…!』

 

 

彼らは霧深い夜の森までやって来た…しかし不思議な事に、森には鼠一匹居なかったし、樹木は異様に歪み、不気味なまでの静寂が彼らを包んだ…

 

『…ここまで木が影響を受けとるか……依代を得て移動するタイプの地縛霊にしてはかなり強いな…』

 

『しかし、低級霊や動物霊が一匹も出ないのは不可解ですね…この規模で影響があるならば、雑魚が数十匹は居てもおかしくない筈…』

 

『ともかく、体力を温存出来るに越した事はないな…それとも俺達を迎え討つ為に準備をしてるのか?』

 

『…今は進むしかない…これ以上自治領に厄介事を持ち込むのは御免だ…悪霊を殺し、奴の弔いとする…それが今出来る最善の事だ…』

 

『…うん…』

 

『憐れみは彼も望まないでしょう…彼は私に…自治領に…影として仕え続けたのですから。全力で迎撃し、戦士に相応しい最期を与える。我々が彼に報いるには、それしかないですから…』

 

『おい、リディア…お前の兄貴はいつも…あり?何処行った?』

 

『リディアちゃん…?』

 

『俺達が兄貴を殺すのが耐えられないか?おい!悪ふざけならいい加減に…』

 

『リディアさん…貴女も彼を止めなければ…』

 

彼らの後ろに控えていたリディアの姿は、何処にも無かった。湖は近い。霧はより深く、森はより静かになっている…水面から魚の泳ぐ音が聞こえる程に…

 

 

『…火』

 

『今、誰か何か言った?』

 

 

 

その時である!

 

『…火火火火…火火火火火火!!』

 

何者かが赤い線を引きながら彗星めいて飛来!血に濡れたようなボロを纏い、鉄の翼を背中に装備した冒険者、ファイアスターターだ!

 

『おいおい…冗談キツいぜ…』

 

『冗談ではない。我々には彼女が必要なのだ。悪いが返して貰おう。』

 

続けて霧の中から不気味な両腕を掲げ現れた冒険者はミストハンドだ!

 

『雇い主はこの娘を御所望だ…お前の下らん仲間の下らん秘密を探る為に我々は…』

 

『…お前達の自己紹介は長いな。 ”うわーイケメンでセレブで人格者で凄腕の傭兵、ストゥーピストにはクソ以下のド三下の俺達じゃ歯が立たない、やられたー” で充分なんだよ。行くぞ…』

 

『それも充分長いやろ…しかも断末魔やし…』

 

『リディアちゃん…皆!戦闘態勢!カラドリウスさんを守って!』

 

『いえ…私も戦えますよ…可愛い部下の仇、討たせて頂きます!』

 

『…いいだろう。この辺の地面は故郷に似てるな…血が染み込んだ、生き物が居ない地面だ…お前達の血もこの土に染みるんだぜ?』

 

『好きな事をするのが若いモンの権利、若いモンに好きな事やらせるのが大人の義務や…それを邪魔する奴は全員カス以下や!刈り取ったる!』

 

『同感だぜ…俺は難しい事は分からん。だがよ…俺の仲間はな…お前ら程度じゃあ止まらないって事は分かる!勿論、俺もだ!』

 

『では死んで貰う!』

 

『火ー火火火火火火火火!』

 

ミストハンドが周囲を駆け回り霧を展開、ファイアスターターが霧から飛び出して死角を狙う!

 

『火火火!火火火火火ーッ!』

 

『チッ…クソが…』

 

ミストハンドが霧で地面を湿らせているため、ストゥーピストが砂嵐を展開出来ないのだ!そして更に奇襲!吹き飛ばされるストゥーピスト!

 

『ぐあぁっ!クソ!』

 

そして更にファイアスターターの追撃!何故この濃霧の中で正確な攻撃が可能なのか!?この短時間にストゥーピストは完全に孤立!地の利、数の利で追い詰められる!

 

『無駄だ!大人しく投降しろストゥーピスト…私の亜流水魔法でお前の仲間も今頃は孤立、各個撃破されている!私の亜流水魔法とファイアスターターの火焔飛行術に貴様は破れるのだ!』

 

『火火火…!』

 

『チッ…クソが…この霧全部魔術かよ…』

 

ストゥーピストがサーベルを抜く…ゴーグルから覗く目が残忍に光った…荒削りで怒りに満ちた殺意が辺りを包む…

 

『逃げられると思うなよ…精々苦しんで死ね…!』

 

ミストハンドはストゥーピストを一瞥すると、リディアを抱えて何処かへ飛び去っていった…炎の筋が霧越しに見える…ファイアスターターは両手足から放たれる炎魔法でホバリングし、油断なく機会を伺う。

 

『火火火…』

 

『来いよ…飛び回るだけの蚋が…腕前を見せてみろ。』

 

ストゥーピストは酒をあおりながら手招きをして挑発する。小さな風の渦が辺りの霧を払う…あくまでも自分の周囲だけだ…決して油断は出来ない…

 

『火火火火火ーッ!』

 

ファイアスターターが突撃する!炎魔法の射出速度と合わさり、隼のような急降下!鉄の翼が木々を切り裂き、真空波を発生させる!

 

『真空波は物理現象だ!よって!』

 

僅かな霧の揺れを察知し、なんとサーベルの一撃で真空波を相殺したのだ!回避した所に追撃を加えようとしていたファイアスターターに戦慄が走る!真空波を相殺する為には全く同じ角度で真空波を斬る必要があるのだ!予想以上の技量を見せつけられ、動揺を隠せない!

 

『火ッ…』

 

『成程ねぇ…それが旧時代の技術の賜物って訳だ…新鮮で楽しめそうだ…』

 

『火火火火火ーッ!?火火火火火火!』

 

『…ったく、最近の冒険者はまともな受け答えも出来んのかよ。それじゃあ女にモテないぜ?』

 

『火ーッ!?』

 

ファイアスターターは蜂のような不規則飛行でストゥーピストに迫る!そのまま赤熱する腕で正拳突き!食らえば内臓が焼け焦げて死ぬ!

 

『うおっ!?』

 

ストゥーピストはこれを辛うじて回避!だが拳からも炎が噴き出す!そのまま炎の反動で離脱!

 

『熱っ!クソッ!何だってアイツは…』

 

湿った地面を転がり、素早く消火!不慣れな戦場に於いての的確な判断が功を奏した!ファイアスターターの追撃を奇跡的に回避したのだ!

 

『火火火火…火火火火!』

 

ファイアスターターの竜巻めいた回し蹴り!だがストゥーピストは土に剣を突き立て、そのまま冷えた土を全力の風魔法で巻き上げた!過剰な魔力使用でマスクの下から、ゴーグルの隙間から血が流れる!だが魔法は解除しない!

 

『火火火火火…火火火火!?』

 

『ゴ…ボ…やっぱりな…』 

 

そのまま巻き上げた土の中からストゥーピストが飛び出す!蹴りでファイアスターターが吹き飛ぶ!完全に敵を捉えた!反撃を試みるファイアスターター!しかしサーベルで完全に防御される!魔法頼りのファイアスターターでは熟練のサーベル捌きに対応出来ない!反撃のパンチを斜めに傾けたサーベルで受け流すと同時に片腕を切り飛ばされ、オイルと鮮血が飛び散る!

 

『火火火火火火火火火火!!火火ー!?』

 

そのままバランスを崩し、壊れた飛行機模型のように悲鳴を上げ飛び回るファイアスターター!滅茶苦茶な軌跡を描き、豪炎で周囲の霧を払いながらストゥーピストの方に飛来!それを無造作に両断!更に右足が両断される!

 

『火ィー火火火火火火ィー!?』

 

そのまま炎と血液を撒き散らしながら墜落!バタバタと不恰好にもがく!スプリンクラーのように暴れ回るが、ストゥーピストに居場所を知らせる結果になった。

 

『火…火火ィ!火ィーッ!?火…火…』

 

『お前の戦いを見て…故郷の殺人コブラを思い出したよ…砂嵐の中でも視覚が特殊だから問題なく狩りが出来る…体温を視覚化出来るらしいが…流石に土の壁越しじゃあ無理だ。お前もそれと同じだった訳で…神話や数学以外の勉強もやってみるもんだな。』

 

ストゥーピストはファイアスターターの首に切れ込みを入れ、素早く捻じ切った。それから腰に下げた魔力のポーションの瓶を開け、一息に飲み干した。

 

『…糞不味い。』

 

 

 

 

第31幕 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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