ピンチベック   作:あほずらもぐら

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第32幕: 五人霧中 中編

『ファイアスターターの生命反応が消失…やはりあのストゥーピストが相手では地の利を活かしても勝てんか…機械に頼り過ぎたな…だが孤立させたのは大きい。手間が省ける。良い狩りになりそうだ。』

 

『あぁ…そうだ…既に位置についている。そろそろ誘導出来る頃合いか…何、問題ない、報酬を頂いた以上犬死にはせんよ…狼だけにな…』

 

そういうと男は水晶玉を置いた。クロスボウを背負った冒険者、ヴォルクの表情は蛇革のフードに隠され、窺い知る事は出来ない。

 

『この匂い…来たか…』

 

ヴォルフは支給された暗視装置を、暫しの躊躇の後に装着した。機械を嫌う彼の武器は使い古したクロスボウと、鋭く研いだ銀の鉈である。大蛇の革で作った装束が霧の中に溶ける…

 

『ワオォーーーッ!!』

 

突然、ヴォルクが異様な叫び声を上げた!何かを呼び寄せるような声!霧深い樹海全域に響き渡るような遠吠えである!

 

『うわぁあぁぁっ!ちょっと!?僕美味しくないよ!』

 

「ガオォ!バヴッ!バオッ!」

 

何と、ペラドンナがニ匹の魔狼(ワーグ)に追われているではないか!?彼は魔物との意思疎通が可能である!

 

グルルルルゥ!バオォッ!(そのまま、奴を足止めしろ)

 

「えっ…!?」

 

魔狼がペラドンナの辺りを旋回し、彼の足元に注目する…迂闊に動けば脚を食いちぎられるだろう!貴族が娯楽でやる形だけの狩りではなく、山深くに住む狩人が、熊や鹿の命を奪って生き延びる為の狩りである!

 

クゥー…ガルガルッ!!ワォッ!(よくやった、問題なし、殺す)

 

クロスボウからボルトを恐ろしい精度で発射!すぐさまリロードし、次に備える!だがあらかじめ展開していたシールドスペルが致命傷を避けた!軽傷だ!

 

「痛っ…ってクロスボウ!?人が居るの!?」

 

(さて…あとどれだけ耐える?血が流れる程、彼らの士気も上がる…次は脚だ…)

 

ガル…ワオォッ!ヴォオオ…(次は、脚だ、離れろ。)

 

間髪入れず次弾を発射!しかしペラドンナは僅かな発射音を聞き、咄嗟に身を屈めた!脚に当たりはしたが、敵は未だ軽傷だ。ヴォルクの額に汗が浮かぶ…

 

(…あの回避、噂通りの使い手よ…やはり良い狩りが出来そうだ。彼らの歓喜が聞こえるぞ…)

 

「…ちょっと!用があるなら出てきなよ!今なら許してあげるよ?」

 

ヴォルフは音もなく別の木に飛び移る。一箇所に留まると声でバレる恐れがあるからだ…

 

『…悪いな。森の為だ。黙って死ね。』

 

『森…?森って此処の事?』

 

『…違う…お前には関係ない。どうせどちらかは此処で死ぬ。』

 

帽子を押さえ、ヴォルクが再び霧の奥深くに隠れる。そして再び遠吠えを響かせる。

 

ガオォォォォン!バォオッ!グルルルッ!(疲弊させろ、止めは、私がやる。)

 

直後、魔狼が飛び掛かる!絶妙な間合いで確実にペラドンナの集中力とスタミナを削っていく!魔狼を殺しても後にはヴォルフとの戦いが控えている…精神力、集中力、体力を破壊し、疲弊した敵を一気に叩く作戦だ!

 

「…確かに僕は角があるけど、羊じゃないよ!名誉ある護民官だ!ここには…僕達の仲間を弔う為に来た!」

 

ペラドンナは体を捻りながら空高く跳び、全方位に放電!魔狼を怯ませると同時に紫色の光が一瞬、ヴォルフのシルエットを浮かび上がらせる!ヴォルフは強い光に思わずバランスを崩した!

 

『何!?放電だと!霧魔法のマナを含んだ水分を利用したのか!』

 

そのまま転落するヴォルク!しかし体勢を立て直した魔狼が彼を受け止めた!そのまま魔狼の体をクッションにして飛び上がり、回転しながら着地!見事な連携である!

 

『これが数の力よ…狩猟とは信頼と手数を活かした者が勝つ…そして判断力もな…やはりこの機械、頼りにはならん…』

 

その手には電撃で火花を散らす暗視装置が!彼はあの一瞬で第六感を働かせ、落下しながらも装置を取り外していたのだ!暗視装置を踏み砕きながら鉈を構える!

 

『やはり羊は鉈で首を割って殺すに限る!高位魔族…彼らでも危ういか…やはり良い獲物よ…肉が食えんのが残念だが…』

 

蛇革の装束が不気味な程森に溶け込む…ペラドンナは鋭い眼光だけが虚空に浮かんでいるような錯覚に陥った…

 

ヴォオオン!ワオォォォォォォン!(手出し無用、一騎討ちだ!)

 

遠吠えを聞いた魔狼が素早く霧に消える…不気味な程の静寂と、霧が二人を包む…

 

「本当にあの子たちと話せるんだね…凄い…!」

 

『あぁ…いつもこうやって人間である私の我儘に付き合ってくれるのだ…だが雷は怖がる…森の中で暮らしている故、仕方ないのだが…しかし、彼らは絶対に裏切らない。下らぬ諍いばかりの人間より上等と言うものよ…』

 

「…同感。僕の親友もそれで酷い目に遭ったし。」

 

『では、貴殿の首を頂こうか…案ずるな、弔いはする…ここは森故に、獣葬だが。』

 

「…絶対に嫌だ…僕の顔見てよ!勿体無いと思わない訳?狩りをやってる割には、見る目ないね!」

 

『確かに…獣より先に女に食われるやも知れんな…』

 

二人の戦いはもう始まっているのだ。まずは口先で相手の知能指数を計る…特にヴォルクのような裏の人間はまずそうする事が多い。

 

「……ッ!!」

 

両者は無言で武器を構える…歪んだ樹木はまるで殺意に萎縮しているようだ。鉈を素早く持ち替え、激しい近接戦に備える二人…永遠とも思える静寂の数秒…

 

 

『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!』

 

先に仕掛けたのはペラドンナだ!雷を帯びた刃が放電し、禍々しく輝く!そのまま連続で突きを繰り出す!

 

『遅い!』

 

しかし相手は手練れ、怒りで精細を欠いた刺突を、回転させた鉈の側面で弾く!力み過ぎた攻撃を弾かれ、大きく仰反るペラドンナ!ヴォルフの蹴りで吹き飛ばされ、背後の木に激突!体勢を崩した所を鉈で一閃!ペラドンナの胸から鮮血が迸る!

 

「ぐはあぁっ…!」

 

『見当外れか…未熟故、仕方ないとも言えるが…』

 

鉈についた血を払いながら止めを刺そうとするヴォルク!しかし、その油断がいけなかった。

 

「…そう…でも…ないよ…!」

 

何とペラドンナは傷口から噴き出す血に電流を流していたのだ!油断から回避を忘れていたヴォルクは感電!全身から煙を上げながら回避!しかしダメージは甚大だ!

 

『…馬鹿…な!あれは確実に倒れる筈!あの出血量で魔法の詠唱は…!』

 

「あらかじめ…継続…回復のポーションを飲んでおいたからね…銀貨5枚は…ちょっと高かったけど…君の嫌いな科学って奴…」

 

『ハハハ…!何と!これは…楽しませてくれる!だが!』

 

見よ!高圧電流を受けたにも関わらず、見事な跳躍である!そのまま霧に溶け込み、素早く木の影を縫い、狙いをつけた!鼠を狙う梟のように急降下!

 

(挙動が読めない…ここはシールドスペルで!)

 

ペラドンナは油断なくシールドスペルを構えた!しかしそれを予想していたのか、何と木を全力で蹴り方向転換!捨て身で死角を狙ったのだ!

 

「そんな…!」

 

そのままペラドンナに急接近!そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴォルクの胸を、一本の刀が貫いた。ヴォルフの口から夥しい量の血が吐き出される。刀が引き抜かれ、ヴォルフが力なく倒れる。

 

『ゴホッ…不意打ちには…気をつけた方が…いいな…ハハハ…』

 

「嘘…何で…」

 

『狩りに…無粋な輩は…不要よ…バォォォッ…(早く逃げろ)

 

『…馬鹿な真似を…最後の最後で血迷ったか…雇われの分際で…』

 

霧の中で、不気味な程蒼い刃が鈍く光る。血に濡れたそれは、余りにも儚い芸術品のようだった。

 

『既に手負いか…すぐに楽にしてやる…』

 

メテオリットの刀が黄色い炎を纏う。まるで、その刀が隕石だった頃、空から落ちて来た時のように。そして、メテオリットの家族を死体すら残さず灰にした時のように。

 

『…先の会話…やはり碌な事が無かったか。では何故、仲間とやらの弔いに来た?他人が憎くはないか?自分が戦いで嫌な思いをしている間、幸せになっている人間が妬ましいだろう…?』

 

『それとも仲間は恩人か?だがそいつも真っ当な人間ではないかも知れんな?例えば…暗殺者に拷問官。それとも盗賊か?』

 

『………』

 

『我々の情報網を舐めてはいけない。ここまでお前が生き延びた事自体、悪運が重なった末の奇跡的な偶然なのだから。分かるだろう?あの狂人の仲間ならば。』

 

『………』

 

『…どうした…?奴が死んだのは因果応報だ。奴は恨みを買い過ぎた…あの異常者は殺し過ぎたのだ!当然の報いだ!』

 

「…盗み聞きといい、割り込みといい…君、趣味が悪いよね。…絶対に許さない…!」

 

『それは奴も同じ事だ!教団の冒険者は奴一人に20人近く殺されているのだ!死体は著しく破壊され…顔は苦悶の表情…これが20人。見知った顔も大勢居た。時には彼らの家族も犠牲になった。口封じの為にな…何故そんな男の肩を持つ!?』

 

『……でも、あの時僕を…僕を助けてくれた人には変わりない…』

 

だがその目には疑念が浮かんでいる。もし、メテオリットの言う事が本当なら…

 

『奴はお前を自分の身勝手な復讐に利用していただけだ…最早お前を救った人間ではない…あれは修羅だ。』

 

メテオリットは居合の構えを取り、強く踏み込む。その目は仲間を殺された怒りで激しく燃えている。

 

『……悪いが…同志の手前、退く訳にはいかない。お前には新たな秩序の礎になって貰おう…司祭様が作る、日の沈まぬ無敵の千年王国の為に…』

 

ヴォルクはペラドンナが勝てない事を悟った…あの傷では勝ち目が無いのは明白…しかし彼もまた深手を負い、下手には動けない状況だ…死を偽装する特殊な呼吸法でどうにか生きてはいるが、手負い二人で向かった所では無理だ。

 

(…どうする?不意打ちから庇ったまでは良かった…しかし相手は襲撃部隊で一番の猛者…本調子なら勝ち目はあるが、ここに居るのは手負いばかり…)

 

『…違う…彼らは…お前達が殺したんだ!教団が薬や武器の密輸をやっていなければ…!』

 

『何を言っている…我々は彼らを救済しているのだ!王国の民は住処や職だけでなく、一枚のパンを奪い合って争うのだぞ!分かるか、彼らの気持ちが…元老院と前王の一存で始まった戦争が敗戦で終わり、その皺寄せの全てが市民に来ている…二度とあの惨劇を、あの地獄を繰り返す訳にはいかん!だがお前達は貧しい王国の市民から更に搾取を続けているのだ!力を蓄えるにはこれしか無い…自治領の支配を終わらせるには!』

 

『………』

 

『だが王国は民の絆で生き残って来た国、全ての貧民が潤わなければ、施しは争いの種になる…だがもし…自治領の土地や仕事を彼らに分配出来れば…焔の塔の力による新たな支配さえ有れば、あの国は救われる。故に貴様らは太平の秩序を破壊する賊…生きては帰さん!』

 

『………僕はそれでもエゴを通すよ。犠牲の上の平和は、いつか終わりが来るものだから。きっと、彼もそう言う筈。』

 

『そうか…では奴と同じ場所へ…ヴァルハラへ行くがいい!』

 

 

 

 

 

 

第32幕 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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