『何だよ…何なんだアイツは…上からはあんな奴が護衛にいるなんて聞いてない…!』
中規模ギルド所属の冒険者、ウォータースリンガーは森を駆ける。その肩には銃撃によって深い傷がつけられており、冒険者である彼に奇襲を仕掛けた人物が侮り難い実力の持ち主である事を示していた。
『コー…コー…コー…』
ウォータースリンガーの聴覚は嘲笑の様な、しかし憎悪に満ちた吐息を微かに拾った。否、鋭い聴覚を活かした遠距離戦を得意とする彼だからこそ、”拾ってしまった” のだ、その死霊めいた吐息を。
『とにかく、メテオリット、それからミストハンド、グリーンベルトに連絡を…アッ!』
水晶を確認すると、メテオリットは敵大将であるペラドンナと交戦中、ミストハンドからは応答なし、グリーンベルトも以前戦闘を継続している。自分は完全に孤立しており、救援は望めそうもなかった。
『クソッ!こんな事が…殺してやる!』
ウォータースリンガーは両手を組み合わせ、神秘的なサインを組む!そして霧から水を手の中に生成、冒険者の身体能力を活かして恐ろしい速度で射出!
『コーッ!』
しかし追手は寸前で体を捻り回避!そのまま木を蹴り勢いをつける!
『何だ!何故”蛇の目”が反応しない!』
『コヒューッ!』
襲撃者はその疑問すら嘲笑う様に突撃!二丁拳銃を交差させながら目にも止まらぬ速度でのリロード!そのまま拳銃を乱射!ウォータースリンガーの水弾連射を相殺しながらも弾幕を正面から崩す!そしてついに朧げな影を捉えた!
『ここで死ぬ訳には!ウォーッ!』
ウォータースリンガーは銃撃を回避しながら逃走!しかし勝負を諦めた訳ではない!
(このまま死角に回り込み、背中をブチ抜いてやる…!)
素早く旋回!霧に紛れ、仕切り直しを図る!身体能力は此方が上、背中を取った上での不意打ちならば勝機はある。何故なら彼は常人の数倍もの身体能力を誇る冒険者だ!敵陣から僅かコンマ数秒で抜け出すなど造作もない!しかし今は後発隊ヘの報告が優先だ。傷口を押さえながら銃弾をダガーで抉り、回復ポーションを使用する。暫く走った後、ふと水晶を見ると、グリーンベルトが有事に備え、近くで待機しているようだ。敵将は手負い、どの道メテオリットが仕留めるだろう。彼と合流し、残敵を掃討するのが一番だろう…
グリーンベルトの影を見つけ、彼は安堵した。構えを解き、全身に暖かい感覚が巡る。
『グリーンベルト!俺だ、ウォータースリンガーだ。新手が出た、後発隊に伝えるぞ、後暫くでペラドンナは死ぬだろう。俺達は戻り、残りを……』
数メートルまで近づいた後、ウォータースリンガーは絶句した。それは、グリーンベルトなどでは無かった。緑のボロ切れが巻きついた、無様に身をよじる肉塊であった。ポタポタと地面に血が垂れる…血の匂いも香草で消していたらしく、霧もあった為に気づかなかったのだろう…下手人が相当の用心深さと周到さの持ち主なのは明らかである。
『…チッ…!』
ウォータースリンガーは半ば恐慌状態に陥りながらも魔術をいつでも発動出来るよう、一切の警戒を解かない。敵が罠を張っていた以上、下手に動けば一瞬で殺される可能性もある。ここは後手に回り、傷が癒える時間を稼ぐべきだ。
『…何処だ!?何処に隠れている!?』
この状況で敵がグリーンベルトを仕留めたのには、間違いなくカラクリがある。こちらには”蛇の目”がある。生半可な策ではこの状況下で冒険者を葬る事など不可能な筈…
『バァン! バァン!バァァン!』
ウォータースリンガーの横を一発の弾丸が通過した後、残り二発が脇腹を掠めた。彼は動揺の余り、思考をあまりにも停止させ過ぎたのだ。
『クソッ!クソッ!』
だが“蛇の目”は敵をはっきりと捉えていた。幸いにも傷は浅い。直ぐに反撃に出る!しかし彼の方が一枚上手だった。何故なら、敵が銃弾を放った事により、銃身が加熱しているのだ!敵の位置は此方から筒抜けである!全ての魔力を消費し、渾身の技を放つ!
『俺を一撃で殺せなかった貴様の負けだ!死ねェーッ!』
ウォータースリンガーは恐ろしい量の水弾を乱射!魔力の過剰消費で目や耳から血を吹き出しながらも乱射!ここで仕留めなければ帰還も叶わない!銃弾では相殺も不可能な弾幕を喰らい、急所を破壊され敵の身体は動かなくなる……筈だった。
『まだ辛うじて生命反応があるか…俺とした事が、避けられたか。だがもう動けまい!折角生け捕りにしたのだ、その間抜け面でも見せて貰おう!』
『くっ…』
首を締め付けると、意外にも幼い声が漏れる。それを耳にして、ウォータースリンガーの顔が愉悦に歪む。女だ。それも若い娘。掠奪品は”何でも”好きにして良いという契約書の書面が脳裏に浮かぶ。
『ガキ…虫ケラが冒険者の真似事か!面白い…貴様が何処の人間か、身体に聞いてみるとしようか…蟲女の”具合”はどうか、興味が湧いて来た…ハハハ!』
『下衆が…必ず罰が当たりますよ…』
少女が呻く。しかし冒険者の身体能力には敵わない。ローブを剥がされ、そのまま縄で縛られてしまう。そのままウォータースリンガーの手から水が放たれ、声を封じる為のドームが作られた。これでは救援も期待出来ない。
『お前、金にしてもいいが…蟲人だからな…俺の所に置いてやるか。何せ避妊の心配が無い。いい土産が出来たぜ…』
ウォータースリンガーはそのまま常人離れした脚力で森を脱し、近くに停めてあった馬車に少女を積む。後は残党狩りだけだ。回復ポーションが効いてくるまで、楽しもうとした矢先…
『止まれ、ゴールディ…お取り込み中に申し訳ない、この深い霧で道に迷ってしまい、近くに集落などありませんかな?』
どうやら民間人が紛れ込んでしまったようだ、霧が深いので仕方ないが…ウォータースリンガーは内心舌打ちしながらも、なるべく親切に接する事にした。何事も穏便に済ませるに越した事はない。
『あ、あぁ、災難だったな、近くに丁度村があってな、俺も山賊狩りにここまで仕事で来てるんだが、そこをずっと北に行けば、看板がある…そこから西に行けばすぐだ。』
『ご親切にありがとう。そうだ、是非お礼を…』
旅人はウォータースリンガーに何か渡したいのか、懐を探っている。そして彼の足元を一瞥すると、何かに気づいたのか、手を止めた。
『…どうした?』
『…失礼……何か落ちたようだが?』
『えっ…?』
もしかすると、少女が逃げたのか?ウォータースリンガーは、思わず辺りを見回した。
そして、旅人が懐から取り出した短刀が、彼の脇腹に突き刺さった。そのまま無駄のない動きで刃を捻り、恐怖と痛みで硬直するウォータースリンガーの筋肉をもう片方の短刀で一突きにする!ウォータースリンガーは麻痺!バランスを崩し転倒!
『…え…』
「...落ちたのは、貴様の命だ…」
それを容赦なく蹴り飛ばし、旅人はウォータースリンガーの首を無造作に掴み、引き摺りながら霧の外へと向かう。ぞっとする程の静寂が、再び森を包んだ。
「動けないだろう…だが痛いだろう…そういう毒だ。私が作った……彼女を殺さなかったのが間違いだったな…ここは魔物を相手にする”狩場”では無い…人間が互いに首を狙う”戦場”だ…よって今から貴様に質問をする。答えなければもっと苦しませる。」
『クソッ!悪魔が!呪われろ!』
『心配するな…最終的には皆、話すから殺してくださいと懇願して来る…だが貴様が賢いなら話は別だ…些か道具に不備はあるが、始めるぞ…』
男は仮面の奥で右の目を赤く光らせ、ダガーを指先だけでくるくると回しながら無慈悲に話す。恐ろしい程の憎悪と侮蔑を隠そうともしない。
「まず…この襲撃を支援しているのは誰だ?我々についてここまで詳しいのなら協力者がいるな…?」
『知らない!俺は指示された事をやったまでだ!詳しくは知らん!』
男は無言でククリナイフを投擲!男の真横にククリナイフが突き刺さる!後数ミリずれていれば耳が裂けていた!何という精密なコントロール!数学者顔負けの正確な軌道計算だ!
『…本当だ!知らない!』
男は小型ダーツを投擲!男の指と爪との間にダーツが命中!人差し指が変形し、真っ赤に染まる!
『ぐわあぁっ!』
「脅しで済ませるとでも?条約で禁じられているからと言って、何だと言うのだ…。」
『本当に知らんのだ!少なくとも自治領の人間ではあるが、それ以上は知らん!』
今度は返しがついたメスでウォータースリンガーの腿を突き刺す!そのまま全力で引き抜き、流れる血を
男は鋲のついた小さなハンマーでウォータースリンガーの顔面を殴打!折れた歯が二本ほど地面に散らばる!そのまま首を掴み、歯の隙間からゴブレットに入った血を流し込んだ!殺菌作用のある錫のゴブレットは傷口からの感染症を防ぎ、人質を延命させるのだ!余りの苦痛にウォータースリンガーは覚醒!
『ゴボボボボボーッ!!』
「寝るな!では誰なら知っている!言え!」
そのまま身体を揺さぶり、恐ろしい剣幕で睨みつける!この光景を他人が見たら、間違いなく失禁するであろう恐ろしい光景だ!
『やめろ!ミ、ミストハンドなら知っているかも知れない…この作戦の指揮は奴が取っている…!ゴボッ…ゲホッ…』
「それだ!それで…奴は何処にいる!」
『そ、それは言えない!言えば殺される!』
「ではここで私が殺す!」
ウォータースリンガーの右手の人差し指が逆方向に折れ曲がる!そして折れ曲がった指をそのまま引き千切る!そして再び顔面を殴打!更に歯が折れる!増えた隙間から千切った指を突き込み、そのまま口の中に入れた!
そのまま鼻と口を塞ぐ!
「さぁ食え!自分の指を食え!話さないのなら死んで貰うまで!」
『オボッ…オボボボボボーッ!やめ…やめてくれぇ!』
「そのまま噛み砕け!これはペナルティだ!次は耳を食わせる!」
ウォータースリンガーは余りの恐怖に失禁!しかし男は手を緩めない!血の味と苦痛で嘔吐するウォータースリンガー!男は吐瀉物を手際よく、一滴残らず革袋で受け止める。そして耳に短刀を当てる…
「どうだ…唇が潤って、話し易くなっただろう…?」
『…ハァ…ハァ…わ、分かった…話す…そのベルトに水晶の板があるな…?それだ…その位置に…生命反応が…その緑に光る部分だ…その中のどれかが…ミストハンド…』
「…本当に分からんのか?」
『本当だ!他に知っている奴はメテ…』
仮面の男の目が一層禍々しく光る。しまった。そう思った時には、もう彼の耳は自分の口の中だった。
「私に…まだ黙っている事があったとは…私相手に情報の出し惜しみは禁物、これで分かったな。次は右目だ。励めよ…?」
第33幕 完