『これだから、知能指数の低い時代錯誤な冒険者は困ります…これからは技術を以って秩序を築く時代ですから、正直腕力頼みの冒険者は不要…降伏して技術を受け入れなさい。』
『クソが…諦めねぇぞ…折角手に入れたこの力…這い上がって、彼女をゲットするまでは死んで堪るかよ…』
ノーマンは火傷を負いながらも吠える。自分の実力では援軍が来るまで耐えられるかは正直怪しいだろう…だがそれしか道は無い。
『馬鹿馬鹿しい…やはり男は下半身でしか物を考えないのですね…適性を持った者を殺すのは残念ですが…』
『へっ!殺されてやらねぇぞ…』
『では死んで下さい。自殺する程に痛めつけますので。』
敵の冒険者、ギフトブレイズは間違いなく自分の短いキャリアの中でも最大、最強の敵だ…ただでさえ強い上、旧時代の技術の流用で作られたらしい強化外装を使っている。魔法職にも関わらず高い耐久力と身体能力を誇っており、有効打を与えられない…
『この野郎ォ!舐めるな!この俺が!このノーマンが簡単に死んで堪るか!』
しかしノーマンもある程度の修羅場は潜っている!放たれた緑の火球を咄嗟に棍棒で砕き、小爆発を目眩しにして突撃!炎で熱された棍棒がギフトブレイズの装甲を焦がす!しかし致命傷には至らない!ノーマンは連戦もあって疲弊しているのだ。
『くっ…無駄な事を…』
『無駄って言う割には…余裕が無いな。所詮は絡繰頼りの固定砲台よ!三下一人殺せない奴が、随分と大口を叩いてくれたな!』
『抜かせ!どの道逃げ道は無いぞ!』
ギフトブレイズは緑火を束ね、広範囲に射出!周囲が炎の嵐に包まれる!ノーマンは樹木を活用し、素早く陰に隠れて回避!だがそれだけでは終わらない!何という事か!ノーマンの身体が突然麻痺!意識が朦朧としている危険な状態だ!
『ガハッ…ゲホッ!何…だ…身体…が…』
『これこそ、魔法と技術の融合ですよ…貴様ら時代遅れの冒険者とは違う、新たな魔法とでもいいましょうか。』
『毒の…炎って…訳かよ…』
『死なない程度に痛めつけて、研究室行きですかねぇ…覚悟してください。』
ノーマン危うし!だが、ギフトブレイズ自慢の技が迂闊を招いた!熱気で水晶の映し出す生体反応の表示が遅れたのだ!襲撃者の接近に気づけない!既に目前だ!
『しまっ…』
襲撃者の猛禽めいた恐ろしい蹴り!後悔を言葉にする事も出来ず吹き飛ぶギフトブレイズ!だが彼女も手練れ、何とか受け身を取る!慌てて向き直ると、そこには亡霊めいた不気味な影!
『な、何者だ!霧で加勢は絶ったのに!周囲への情報操作も完璧な筈...!』
「見張りのグリーンベルトとスリーアンダーは死んだ...あとはこのクズもな...お前も直ぐに後を追え。下らん仲間と地獄で傷を舐め合い、サタンの裁きを待つがいい...!」
男は右手に持った物を掲げた。それは空になった眼窩から神経が飛び出し、歯は殆どが抜かれており、両耳が削ぎ落とされた上に、鼻が異様な形状に折れ曲がったウォータースリンガーの首!ギフトブレイズの顔から、その手で燃える有毒物質とは裏腹に熱気が、生気が失われていく!
『…馬鹿な…!あの…インドルジェンス様と同じ殺され方…!だが貴様が生きている筈が…!』
「だが、今目の前にいる…あのような派手な手品、自分から見つけて、殺してくれと言っているようなもの………望み通り殺してやる。その後はメテオリット、そして貴様らの背後にいる協力者も殺し、教団の人間を全て殺す…!この呪われた場所で死ぬが良い、火塔教団!」
『あんたは…!?援軍か…?ゲホッ…』
「…そんな所だ…その解毒薬を飲んだら、ここから東に真っ直ぐ移動しろ。先程、カラドリウス議長の名義で救援要請を送った…そこに戻り、後発と合流した後に帰還の準備をしろ。よく持ち堪えてくれたな。」
男はノーマンに自分の薬を渡した。それは、もう彼が後には退かないという意味である。
『あ、あぁ…って苦っ!何だコレ!?』
「虫の内臓を煎じた物だ…行け!薬で粘膜が形成される時間は限られている。必ず生きて帰れ…必ずだ!お前に死なれては、仲間に合わせる顔がない。」
『…分かった!頼むぞ…』
『拷問と不意打ちしか能のない三下が!今ここで滅ぼしてあげます!今頃仲間が地獄で待っている事でしょうねぇ!』
「…そこまで言うのなら、貴様に地獄に行って確認して来て貰おうか…それで少なくとも仲間には会える。」
『抜かせ!この浄化の炎で悪霊を祓ってくれる!燃えろ!この不敬者!燃えて死ね!』
仲間をまるで虫のように殺し、玩具のように弄んだ悪魔を許しはしない!教団への忠誠が、義憤が恐怖を塗り潰す!緑色の炎が霧を、ピンチベックを焼く為に走る!彼女はこの技で何人もの敵を葬って来たのだ!ピンチベックはバックフリップで炎を回避!しかし二段構えの毒ガスが襲う!
「全く面白い…君にとっては面白くないだろうが…」
霧と煙の中から、以前より更に禍々しく、更に輝かしい仮面が現れる。無数に空いた穴から覗く金色の眼光が何と恐ろしく、圧倒的な事か!もしも彼の目を常人が直視すれば失神は免れない程の威圧感!
『何故だ…何故倒れない!?私の存在は、技はまだ知られていない筈!』
「…コー、ヒュー…その程度で、私の命は、自治領の覇道は潰えん…」
しかしピンチベックは無傷!自らの醜い姿を呪い、顔に何重にも巻きつけた包帯が毒ガスを防いでいる!何と言う皮肉か、醜い容姿が今度は彼の命を救ったのだ!
ピンチベックは背中のホルスターからリボルバーを抜いた。一挺では無い、二挺である。指先だけでくるくると回転させ感触を確認した後、静かに構えた。
『…………っ!』
崩落したダムの如く、互いの殺気が水のように一気に押し寄せる。一方は、荒削りで貪欲、まさに渦のような殺気。そしてもう一方は、屍から流れる血の河で清められ、人骨で研がれた妖刀のような、鋭く尖った殺気。
「…………貴様も命を粗末にしたな。だが償って貰おう………」
『やれるものならやってみるが良い!新世界、新秩序!貴様の如き羽虫には邪魔させない!教団に、そして人類に永劫の繁栄をもたらすのだ!』
「コーッ!ヒューッ!」
『死人が無駄な事を!降らぬなら死んで貰うまで!』
ギフトブレイズは遠距離戦は不利と判断、接近戦に転じた!拳が緑色に加熱する!未熟な冒険者ならば、一撃で重傷を負い、内臓が毒で腐り落ちる!彼女の両腕、両脚には外科手術により毒分泌腺が追加されているのだ!恐怖の一撃がピンチベックを襲う!
しかしピンチベックは拳銃を交差させ防御!爆薬めいた熱量の発砲に耐えうる材質のリボルバーには、ギフトブレイズ自慢の火炎も通用しない!ピンチベックは蹴りで反撃!ブーツに鉄板が仕込まれており、頑丈な骨や筋肉の上から内臓を破壊出来る威力だ!しかし特殊外装に阻まれ、ダメージが少ない!
『…成程、強い…しかし技術と才能の前には無力!』
ギフトブレイズは強化筋肉の力を信じ跳躍!常人の数倍はあるであろう脚力を活かし、一度霧の外に逃れてから死角を突くつもりだ!
「…………」
しかしピンチベックは拳銃を構えたまま動かない!歴戦の戦士も死角からの攻撃に成す術無しか!?
「…コーッ…ヒュー…」
ギフトブレイズは遂に死角へ移動!しかし依然として動かないピンチベック!そしてギフトブレイズの渾身の飛び蹴りだ!特殊な魔法や体質を持たない彼のそれとは威力が違う!食らえば間違いなく即死!この窮地を、彼はいかにして脱するのか!?
「科学を使うのは人間だ…そして人間は銃で撃たれれば死ぬ。」
バァン! バァン!
おぉ、見よ!ピンチベックは死んでいない!辛うじて、本当にギリギリでこの攻防を制していたのである!しかし一体何が起きたのか!?冒険者ならば、その奇跡的光景と彼の智慧を目撃出来た筈だ!ピンチベックは聴覚をフルに活用し、敵のいるおおよその方角を特定、そして拳銃での一発目、その発火炎、つまりマズルフラッシュで敵の姿をはっきりと視認、その後二発目を突き出された脚関節に命中させたのだ!
『ぐ…ああぁぁっ!熱い!こんな、こんな馬鹿な事が!』
必殺技が不発に終わり、地面を転がるギフトブレイズ!一対一での戦闘に於いて、脚関節の負傷は勝敗を決するのには余りに決定的だ!だが痛みに苦しんでいる暇は無い!何故ならここは病院ではなく戦場、敵前である!片足で何とか立ち上がり、腕を突き出して火炎を準備する。
『くっ…来るな!』
「技術も才能も、私の方が上だったな…どの道その距離ではお前も毒の影響を受ける… 諦めて死ね。」
『黙れ!どの道死ぬのだ!せめて一矢報いて…!』
ピンチベックは、ギフトブレイズの目に見覚えがあった。捨て鉢な、どこにも居場所のないような目。かつて自分を殺した少年と、どこか似ていたのだ。その”目”。単純な理由ではあったが、彼は確かに躊躇していた。今までも殺しを迷う事はあったが、それは相手が手を汚さざるを得ない状況であったり、また事情を知らない人間が混ざっていたりと、殺す程の罪では無かったからだ。実際、自治領の法律はそういった軽犯罪や未遂については微罪や簡易報告で済ませる事も多い。だから目の前の明確な”敵”に対して躊躇したのは初めてであった。
(私は…彼女を殺すべきなのか?今更、一人も百人も変わりはしないのだろう…だが…私は何の為に民を護る誓いを立てた?この復讐が終わった時、私は何を成す?)
『い、今だ!喰らえ!』
ギフトブレイズの拳が唸る!しかし出血したために魔力が足りないのか、勢いが落ちる!しかし敵を仕留めるには十分だ!だがそれは当たればの話!ピンチベックは咄嗟にガントレットから爪を展開し、拳を傷つけ、そのまま斬り上げて毒腺を破壊!
『ぐああぁぁぁぁー!?』
「こうなってしまえば、その花火遊びも使えまい…観念して貰おうか。」
(随分と怖がられているな…当たり前か…思えば慣れたものだ…この数年で私は…同族まで躊躇なく…)
『まだだ…せめて、せめて最期に…』
(こんな…子供まで…私の父…あぁはなるまいと思っていたが…結局は同じ血筋か…暴力と無縁だった時期が懐かしい…あぁ…リディア…母さん…そして姉妹よ…皆…私が殺したのだ…あの時、私にこの力があれば…)
「ハハハハハ…ハハハハ…」
ピンチベックは、ローデリウスは笑っていた。血の涙を流しながら、ただ笑っていた。それは、愉悦からの笑いではなかった。怪物と化した自分に、名前すら捨て、悪霊に突き動かされる、愚かな自分自身に浴びせる嘲笑であった。
(良いぞ、もっと痛めつけろ!その調子だ!クハハハハハハ!!)
「ハ、ハ、ハ…」
『ぐぅっ…ぐあぁぁぁぁっ!!』
「…………………………ハハ…」
(どうした!飽きたのなら早く次の獲物を…)
(もう、終わりにしたい。)
(何を言うか!復讐はまだ終わっていないぞ!)
(あそこで死んでおけば…)
(貴様…裏切るつもりか!)
(裏切るのではない。もう止めにするべきだ…)
(何の為に墓場から残留した魂を吸い上げ、貴様を甦らせたと思っている!全ては憎悪と復讐の為ではないのか!)
その時だった。
ドオォォォォォォン!!
「爆発だと!?」
『ハハハ…もう遅い…貴様の仲間は…今頃メテオリット様に…』
(あの小僧か!ならば虫など捨て置け!今こそ復讐を遂げるべし!ムハハハハハハ!!)
「止めろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
第34幕 完