ピンチベック   作:あほずらもぐら

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第36幕 : 新たなる試練

「………………?」

 

『あ…起きた?』

 

「悪い、私はどれくらい寝ていた… ?」

 

『丸一日くらい?今はカラドリウスさんから君の看病を頼まれてる。』

 

「また私は戦うのか…これで、終わりでは無いと…」

 

『…疲れたよね…それで…言いにくいんだけど…』

 

『やめろ。今の奴に話して何になる…少し休ませてやれ。』

 

『……うん。』

 

「良い…聞かせてくれ…」

 

『ダメだ…お前がまた死ぬからな…正直限界の筈だ。お前はロボットじゃない、ちゃんと休め。』

 

「……無理な相談だな。私は自治領の所有物に過ぎん。」

 

『これだから堅物は困るぜ…お前さんのガールフレンドに頼まれたの!回復するまで事の詳細は話すなって。護民官はお前だけじゃない。他の奴に任せて寝てろ。』

 

「私とカラドリウス様はそういった関係にない。私は彼女に仕える身であり、それ以上でもそれ以下でもない。」

 

『じゃあ何だよ、ペラドンナやリディアだったら…あっ…』

 

「何だと…!?」

 

『いや…それは…その…』

 

「何故お前がその名前を知っている…!おい!答えろ!」

 

『待て待て…そう焦るな…って言っても無理だよな…』

 

「彼女が生きている筈が無いのだ…彼女はあの時死んだ筈…!骨すら灰になった筈だ!」

 

『おい馬鹿!大人しくしないと俺が…』

 

 

 

『見苦しい!それでも私の懐刀ですか!そこに控えなさい!』

 

「……はっ!」

 

『先ずは貴方の帰還を歓迎します…そして貴方には非常にショックな出来事でしょうが、貴方の妹さんは今、教団に誘拐されています。これは貴方が回復するまでは隠し通すつもりでした。しかし貴方に看破された今、お話する他無いようです…』

 

「…首尾を。私としては…私情を挟むのは大変恥ずべき事ですが、迅速に行動したい…。」

 

ピンチベックは、怒りや焦りを噛み殺した声で答えた。

 

『心中お察しします…貴方の家族とあらば、私も協力は惜しみません…彼女は教団に必要な存在のようです…よって人質ではありません…殺害されると言う事はまず無いでしょう…そして…』

 

「自治領の中に、裏切り者が居ると言う事ですな…」

 

『………!』

 

「あそこまで最高議長の一人、そして護民官の足取りを掴めるなど異常。襲撃者はいずれも手練れ、間違いなく貴方様、そして護衛の存在を知っての行動…」

 

『…相変わらずですね…あの状況を冷静に把握していたとは…』

 

「…有り難きお言葉。光栄の極みで御座います。」

 

『しかし…貴方は暫し休息を取るべきです…あのような手勢に正面から挑み、生還した事が奇跡に近いのですから…』

 

「貴方様の御威光と我が忠誠心あっての賜物です。偶然などでは御座いません故、全く心配には…」

 

『良く聞きなさい。貴方は無理をしすぎです…だから休みなさい。』

 

「しかし…!」

 

『これは命令です!逆らうのですか!?』

 

「……!滅相も御座いません…」

 

『…ごめんなさい…でも、貴方には万全を期して任務に当たって欲しい…妹さんが危ないからこそ…!』

 

「いえ…ご配慮…痛み入ります……」

 

ピンチベックの、ローデリウスの声は震えていた。

 

『きっと悔しいでしょう…でも私は貴方に死んで欲しくない…!』

 

「はい…悔しいです…出来るものなら…替わってやりたい…!」

 

『ごめんなさい…ごめんなさい…!でも…』

 

「あの子は…血の繋がらない…こんな醜い私を兄だと慕ってくれた…例え嘘でも嬉しかった…!最早人として生きるなど叶わないと思っていた私を…」

 

もう、それ以上は続かなかった。男は声を殺して泣いた。あの日のように、絶望と不安で心が塗りつぶされた。だがあの日とは違った。側にはカラドリウスが、ペラドンナが、ストゥーピストが、コームがいた。

 

『お前…馬鹿…こっちまで泣けて来るじゃねぇかよぉぉぉぉ!』

 

『絶対助けようね…!絶対…!』

 

『お前はいい兄貴や!このウチが保証したる!泣け!泣いてスッキリせい!』

 

『こんな外骨格で申し訳ありませんが…一度…抱きしめていいですか…?その…不安が紛れますよ…?』

 

ピンチベックからの返答は無かった…了承と見たカラドリウスは黙って四本の腕で彼を包んだ。

 

「……!」

 

『…嫌でしたか…?』

 

「いえ…こういった時、どうお答えすれば良いのか…経験がありませんので…」

 

『……願わくば、貴方に復讐以外の道を見つけて欲しい…どうか…』

 

いつの間にか、部屋には二人を残して誰も居なかった。だが、ピンチベックは確かに変わろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

〜数日後〜

 

 

 

我々を裏切った人物…恐らく派閥争いだろう。しかし彼女を良く思わない人間が最高議会に一体何人いるのだ?戦時中仕方ないとはいえ、世襲で最高議長の一人になった方だ…敵は幾らでもいる。今までも雇い主不明の屑を何人も返り討ちにして来たが、ここまでハイリスクな手段に出れる地位の人間はそう居ない筈だ…

 

かと言って自治領の名義で教団に協力を申し出るのは怪しまれる…この状況で教団は匿名の情報など信じない…信じたとしてもあのレベルの冒険者を送り込む筈がない…二つ以上の顔を持っていて、尚且つ自治領の情報を握っている…

 

 

〜某所にて〜

 

 

『ドリー、意外と積極的やな〜ッ、あんなガッツリ行くと思わんかったで…』

 

『変な事言わないで下さいよ…私は彼の助けになれればと思って…』

 

『でも、顔赤くなっとるで自分…』

 

『それは、慣れない酒を飲むからで…』

 

『嘘つかんでええて!だってお前あんな腕四本も使って抱きしめて…あんな乙女なドリー初めて見たわ…』

 

『もういいでしょ!本題に入りましょう!』

 

『……分かった。』

 

『……それで、裏切り者の正体…最高議会ではない人間の候補、見当は?』

 

『それが…候補は片手で数えるまでには絞れたんやが…ここからが難しくてな…』

 

『此方でも調べます…必要なら報酬も追加で出します…教えて下さい。』

 

『報酬は…もう充分もろてるからな…よし、教えたる!まずは銀の蛇商会の代表、パッチやな…あのハゲは色々手広くやってる…あのワイヤー使うクソガキも確かあそこの所属だったな…とにかく仕事を選ばない奴や、教団とも癒着してる…依存度は低いが、可能性は充分やな…』

 

『次はアヴァ商会代表のバスカールやな…コイツは教団抜きでとんでもない奴や…まぁウチも商売してるから正義ではないが…とにかく金!末端からの評判は最悪!戦後に職を失った若者が形振り構わないのをいい事に、安い金で雇っていいように使っとる…だがなまじニーズがあるから儲かる。本当に旧時代みたいな事をこの時勢にやってるんや…最近ではその末端すらゴーレムに切り替えようとする始末…コイツには義理人情って概念が存在しないさかい、そのゴーレムも視察に行った時に見たが、多分教団が掘り出したガラクタや。そんな感じやから、ギルドには敵も多い…また戦争が起きれば奴を止められる奴は少ないやろな…』

 

『そして最後は…ペラドンナや。』

 

『何ですって!?』

 

『あいつ…あいつが前回の作戦で一番後を歩いていた…その時にあの子が攫われた。そして動機や…動機はピンチベックに恩があるかららしいが…あそこまでするか?普通…大した見返りも求めずに。そもそもピンチベックが最初に死んだ時、原因は何だった?』

 

『確かに…可能性はありますね…』

 

『アイアンクロス、それからあの隕石。あのレベルの手練れとやり合って、まだ実戦経験の浅い奴が生き残るのはおかしいと思わへん?奴らが手加減していたとしたら…それとも実は奴がそれ以上の実力者で、わざと八百長試合をしていたら…?今までの演技は奴に情を沸かせる為で…まぁ憶測や、鵜呑みにはするな。』

 

『別におかしくはない…成程、参考になりました。では。』

 

『ほなな!調査は継続するから、何か分かったら連絡するわ!』

 

 

 

「……………」

 

 

ピンチベックは、今のやり取りを料亭の天井裏から全て監視していた。だがこれは彼女にすら知らせていない単独行動である。カラドリウスも一通りのスパイ対策訓練はマスターしている。彼女が無能なのではない、ピンチベックの経験が勝ったのだ。

 

(成程…確かに良い着眼点だ…だが間違い探しは苦手なようだな…)

 

暗殺や隠密行動の為の特殊な呼吸法と、彼の異常に痩せた身体がこの閉所への侵入を可能にしていた…汚れ仕事専門に近い彼だからこそ成し得る技であった。しかしこの潜入は、疑惑が増えただけに終わってしまった。

 

「潮時か…結局犯人は分からず…」

 

彼としては、得難い戦友を疑うのは避けたかった。だが今回ばかりはその可能性を認めざるを得ない。だが表立って動くのは無理だ。命令を守って、尚且つ犯人を炙り出す必要がある…もし敵が身近にいるならば、作戦が再開してからでは手遅れになる可能性も考慮して、迅速に行動する必要があったのだ。確かにペラドンナは黒の可能性が高いし、コームも捜査に協力する振りをして隠蔽工作を図っているかも知れない。信頼出来る者はゼロ。今、彼の孤独な戦いが始まったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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